318『帰結』
一部設定矛盾がありましたので訂正しました〈2020、10/10〉
その光景を、男は倉庫の屋根から見下ろしていた。
無論、壁や屋根が邪魔をして、その場所から地下を見通すことはできない。
それでもその男は、実に楽し気に笑っていた。
「いやー、いいねいいね、最高だね!」
その表情は、満面の笑顔。
男は両手を広げる。
目が痛くなるような、ド派手な和装が風に揺れる。
「物語はこうでなくちゃ! 大きな成長、強い敵、見守る仲間! そして繰り広げられる熱戦! 熱を帯びた観客席! 誰もが決着を待ち望んでるその光景! ……それをぶっ壊すと考えると、それだけで達してしまいそうになる」
男の頬が、気色の悪い赤色へ染まる。
薄い紫色の髪が奇怪に揺れて、男は語り掛ける。
「ねぇ、君も思うだろう? 悪魔王?」
その言葉を受け。
男の後方に立っていた銀髪の女性は、顔をしかめた。
☆☆☆
銃弾が放たれる。
よりも先に、下から銃口へと拳を振り上げる。
ぐしゃりと、鉄からは鳴ってはいけない音がした。
見れば、奴の構えていた拳銃は大きくへしゃげて、その内部で弾丸が暴走。大きな音を鳴らして拳銃そのものが炸裂する。
「ぐ……っ」
異能者殺しは、目の前で炸裂した銃を前に、顔をしかめる。
その全身を破裂した銃の残骸が傷つけてゆく。
まるで、鉄片の嵐。
その中を、僕は瞬き一つなく駆け抜けた。
「!?」
男が気づいた時にはすでに遅く。
振るった拳は、深々と男の腹へと突き刺さった。
「が……ッ!?」
「お前、本当に異能者殺しか?」
噂で聞いていたよりも……。
僕は思わず困惑を浮かべて……気が付いた。
振るった右拳が、直前で彼の掌に受け止められていることに。
思わず目を剥き、男は笑った。
「ああ、手を抜いて悪かったな。やっと捕まえたよ」
「ま、まず――」
背筋に、冷たいものが走り抜けた。
顎の下へと銃口が触れたのは、直後のこと。
――鈍い衝撃。
顎先に痛みが走り、顔が跳ね上がる。
放たれた弾丸は顎を貫通、口内へと突き破り、口の中から飛び出していく。
真っ赤な鮮血がほとばしる中、僕はたたらを踏んで……その横っ面を、異能者殺しは銃で殴った。
縦に続いて、横への衝撃。
目まぐるしく変わる視界に、思わず歯を食いしばる。
「てめぇ……!」
「先に言っておく。もう、逃がさない」
ジャラリと音がした。
気が付いた時には、僕の右腕と奴の左腕は手錠でつながれていた。
大きく目を見開く。視界の端には、壊れたはずの銃が元の姿に戻っているのが見えて。
僕は、此処に至って一つの答えにたどり着く。
「【具現】……! お前、基礎三形で、銃を――」
「だけじゃない」
眼前から、右拳が飛んでくる。
咄嗟に首をひねって回避する。
だが、回避と同時に右腕を引かれ、バランスを崩す。
思わず足をもつれさせた僕に向かって、頭上から拳銃が物理的に迫る。
「ぐっ!」
グリップで思い切り顔面を殴られた。
あまりの痛みに鼻血が噴き出し、その衝撃に理解した。
具現……だけじゃない!
この男、活性まで僕と同レベルの化け物だ!
「く、そっ」
ダメージに膝が折れる。
奴がその隙を見逃すわけもなく、足を掛けられ転ばされる。
頭上に馬乗りになるように男は迫り。
幾度となく、僕の顔面へと右の拳を振り下ろす。
鈍い音が、何度も響く。
その度に鮮血が溢れて、叩きつけるグリップが血に染まる。
大歓声が聞こえる。
「いけぇ! やっちまえ異能者殺し!」
「これで異能力者を殺したの、何人目だよ!」
「やっぱりお前が最強だ!」
悲鳴が聞こえる。
「や、やべぇよ……し、死んじまうぞあいつ!」
「審判! 試合を止めてやれよ! 死んじまうぞ!」
応援する声が聞こえる。
「てめぇ、カイ! オレの代わりに出といて、何だそのざまは! ぶっ殺すぞ!」
「は、灰村くん! が、がんばって!!」
「ふん。その程度なら、優ちゃんを渡すことはできそうにないぽよな」
……うるせぇ。
どいつもこいつも……僕が負けるって?
ふざけんな、僕は勝つためにここに来てんだ。
こんな程度の傷で試合を止められるなんざ……まっぴらごめんだ!
僕は、右の拳を握り締める。
それを見て、異能者殺しは警戒したように目を細め。
僕は、その顔面へと思いっきり頭突きした!
「が、は……!」
「さんざん殴ってくれやがったな……!」
僕は立ち上がり、右手の手錠へ視線を移動。
目の前で、異能者殺しは顔面を押さえている。
「き、さま……!」
「【異常稼働】」
全身から、血の蒸気があふれ出す。
手刀を落とすと、僕らをつないでいた手錠は粉砕した。
その光景に、異能者殺しは目を見開いて。
次の瞬間、その両手を漆黒の杭が串刺しにする。
「――!? い、一体何が……、ま、まさか貴様も!」
「うるせぇ」
ただ一発。
されど、本気の一発。
顔面へと直撃した僕の拳は、異能者殺しを勢いよく吹き飛ばす。
周囲の鉄檻すらぶち破り、観客席へと突っ込んでゆく。
悲鳴が上がり、観客が続々と避難してく中。
僕は、血色の煙に身を包み、一歩、また一歩と歩いてゆく。
「ぐ、くく……手を抜いていたのは、お互い様か!」
異能者殺しは、客席に背を預けるように、倒れていた。
余力を振り絞り、奴は僕へと銃を向ける。
だが、そのトリガーを絞るより、僕の方が速かった。
「【串刺し公】」
呟いた時には、奴の手から拳銃は転げ落ちていた。
異能者殺しは大きく目を見開いている。
銃を握っていた右手は、鋭い杭によって串刺しにされている。
その光景を一瞥、僕は目の前で倒れる男を見下ろす。
「悪いな。僕の勝ちだ」
既に、勝敗は決しているだろう。
僕は傷を負いながらも、ほぼ回復した状態。
対する男はダメージが深く、両手も使えず、武器も具現せねば使えない。
そして、武器を具現するよりも、僕がとどめを刺す方がずっと早い。
だからこその発言に。
されど、異能者殺しは不満を表した。
「貴様の……勝利? その目は節穴のようだな、灰村解」
「……お前、一体何を言って――」
理解の出来ない言葉に、僕は思わずそう言って。
次の瞬間、崩れ落ちていく黒い杭を見て、僕は咄嗟に後方へと飛んだ。
その光景を見て、真っ先に思い当たるのが【消滅】技能。
だから、考えるより先に動いてた。
……だけど、よく考えたら、それも違うとすぐに分かった。
他者の異能封印――おそらくは【久理】の異能種別であるこの男が、杯壊系統に属する力を使えるわけがないからだ。
「いったい何が……」
杯壊でないなら……なぜ、僕の杭が崩れ落ちた?
僕は困惑を浮かべながらも、集中力を高める。
なにか、とても嫌な予感がする。
姿勢を整え、想力全開で拳を構える。
――そして、拳を構えた時点で気が付いた。
「……!? な、なんで……異常稼働が消えている!」
僕の体からは、血の蒸気が噴き出していなかった。
嫌な予感が加速する。
咄嗟に僕が解除しただけ?
そんな希望にすがって、再び発動するべく動くが――発動しない。
まるで、その力の源、【活性】そのものが封印されてしまったように。
「な、なら!」
具現を発動し、奴の周囲へと杭を召喚しようとする。
が、これもできない。
どれだけ想力を籠めようと、杭の一本も生み出せない。
「……っ、ま、まさか!」
「く、くくく……無様、ここに極まったな! 灰村解!」
……すでに、思い過ごしと考えるには、嫌な予感は大きすぎた。
拳を握る。
されど、いつものような力はない。
杭どころか、小さな具現も発動できず。
遮断も一切が使用不能になっている。
……認めたくはないが、認めざるを得ない、か。
僕は大きく息を吐き、目を閉ざす。
そんな僕へと、異能者殺しはあざ笑う。
「俺の力は封印する力。異能のみを封印する等……俺自身が流した嘘ハッタリさ」
その言葉に、拳を握り締める。
……やられた。
異能なしの純粋な戦闘では、僕が一番強いと思った。
だからこその、僕の参戦。
されど、純粋な身体能力で言えば、たぶん僕はさほど高くない。
活性や具現を奪われてしまえば――僕はただの一般人だ。
「あくまでも、保険。万が一のための嘘だったが……まさか、このような局面で効いてくる、とはな。灰村解。その強さは認めよう。弱者なりに、努力してきたのは認めよう。だが、弱者は弱者。生まれながらの強者には及ばずと知るがいい。その理解こそが、俺が贈る、冥途の土産だ」
男は、銃を構える。
その銃口は、寸分たがわず僕の頭へ向いている。
異能者殺しの声色から、彼の表情は想像できた。
形勢逆転、自分の勝利を確信した笑顔。
そんなところか。
僕は、目を開く。
僕の想像は、裏切られていた。
異能者殺しは、苦々しい表情を浮かべていた。
まるで、何か忘れ物をしてしまったような。
心のどこかで、何か引っかかりを覚えているような。
間違っても、形成を逆転させた男の顔ではなかったと思う。
【何か、とても嫌な予感がする】
その目は雄弁に語っていて。
僕は、思わず噴き出した。
なあ、異能者殺し。
お前の嘘には、まんまと騙されたよ。
まさか、異能だけじゃなく、基礎三形も封印できるとは。
正直驚いたし、何なら敗北も脳裏をよぎった。
されど、それは一瞬。
僕は彼の目を見て、問いかける。
「一つ質問。なら、どーして最初から、基礎三形も封印しなかった?」
僕の言葉に、異能者殺しの肩が揺れる。
ちなみに、奥の手は隠しておくものだ……的な答えはやめろよ?
お前と戦っていて、いくつか理解できたこともある。
お前は、後々の戦略のために手を抜くことはあっても――そんなカッコつけみたいな理由で手を抜くことは絶対にしない。言ってみれば、中二病とは正反対に位置する男だ。
僕の中二病センサーが真逆に振り切ってるからな。
そこの部分に関して言えば、間違いないと断言できる。
――だからこそ、疑問だった。
なぜ、この男は出し惜しんだのか。
最初からすべてを封印しなかったのか。
衆目があったから? 想力の消耗が激しいから?
もちろんそれも、在るのかもしれない。
だが、違うだろう。本当の理由は。
僕は右手を前方へと掲げる。
想力を込めて、ただ、その名を口にした。
「【神狼】」
瞬間、僕の腕が狼のモノへと変化する。
その光景に、男は驚き、大粒の汗を流す。
「な、なぜ……! 異能も、基礎三形も封じたはず!」
「驚くなよ。また、封印すればいい話だろ?」
僕はそう言って笑うと、男は唇をかみしめた。
異能者殺し。
お前の力はきっと――お前が言う通り封印する力なんだろう。
でもって、その力はきっと【異能を封印することに特化している】。
何故、僕の基礎三形をすぐに封印しなかったか。
正確には――出来なかったのか。
最初にその答えを言ってしまおう。
「お前……基礎三形の封印、慣れてないんだろ」
その言葉に、男は大きく反応した。
……大前提として。
基礎三形なんて鍛えてるやつ、異能力者には多くない。
理由は、基礎三形より異能の方が強いから。
だから、異能の方をメインで鍛錬し、基礎三形をおろそかにする異能力者は多い。
そう、学校の授業で習った。
だから、S級クラスでもない限り、基礎三形を警戒する、なんて事態は起こらない。
異能を封印する=勝敗が決するというイメージがあっても、おかしくはない。
そのイメージが、基礎三形封印の、遅延に繋がった。
「な、なぜ……そ、そんなものは憶測で――」
「なら、コレも封印してみろよ。ただし、気をつけろ。これは異能でも基礎三形でも、何でもない。おそらく、お前が生まれて初めて見知る技術だ」
言ってしまえば、僕は最初から【技能】を使えた。
だってこれ、異能でも基礎三形でもないんだし。
なら、なぜ最初っから使わなかったんだ、って?
そりゃ、アレだよ。
奥の手は最後まで残しておくものだから、だよ。
これは、異能ではなく、技能。
誰から与えられたものでもなく。
ただ、自分の力で勝ちとった、技術の一種。
努力の集大成。
なあ、異能者殺し。
仮にお前が、ファンタジー的なすべての力を封印できたとしよう。
それでもなお、この力はお前の範囲に該当しない。
なんせ、この力はお前の見知るソレとは違う。
「ふっ、ふざけ……ふざけるな! 何故貴様がそのような力を持っている! 弱者にはふさわしくない、相応しくないッ! そのような力は、俺ら強者にのみ相応しい!」
男は叫ぶ。
僕は、拳を握り締める。
さあ、決着つけようか。異能者殺し。
お前は、結構強かったよ。
ただ、僕とは相性が悪すぎた。
僕は拳を振りかぶる。
異能者殺しは、顔を赤くして声を上げ。
「さあ、ショータイムを始めよう」
どこからか、声が聞こえた。
尋常ではない、寒気。
――その場に居てはいけない。
理性ではなく、本能で理解した。
大気が震える。
体が震える。
腹の底にまで響く圧。
たぶん、この会場にいるほとんど感じられない恐怖。
感じているのは、僕と、ポンタと、シオンだけ。
気配がした。
頭上を見た。
天井が砕けて、化け物が落ちてくる。
【GOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAA!!!】
巨大な体。
マグマが胎動するような、赤黒い肉体。
胸には、【肆】の文字が浮かび上がり。
その全身からは、絶え間なく蒸気があふれ出す。
……忘れられる、はずもない。
僕の、始まりの因縁。
「――ッ!?」
咄嗟に、僕はその場を飛びのいた。
その巨体が、落ちてくる。
落下地点には、唖然と口を開く異能者殺し。
「……あ」
あっけない、最期だった。
嫌な音がして、真っ赤な血だまりが広がる。
その際に、血だまりの中へと【伍】と記されたノートが転がる。
僕が動くより先に、その化け物は、そのノートを手に取り――喰らった。
まるで、ごちそうにありつくように。
僕の目の前で、僕の黒歴史を貪り食った。
「おいおいおい……嘘だろ、こんちくしょう」
僕は思わず、頬を引き攣らせる。
現実ってのは、予想通りにはいかないけれど。
……これは、あまりにも想定外だ。
赤黒い目が、僕を捉える。
瞬間、その顔が笑みにゆがんだように見えた。
それは、獲物を見つけた、獣の目だった。
「【暴走列車】……随分と、久しぶりじゃねぇか」
想いは繋がり、因縁は巡る。
僕とこいつが対峙するのは……一種の帰結なのかもしれない。
第一章はシオン・ライアー。
第二章は成志川景。
第三章は、灰村解と暴走列車。
さあ、此処に記そう。
二人の始まりの因縁を。
その帰結を。
次回【対峙】




