313『遥かなるG』
毒の沼を渡り切り。
僕は、今のステータスを確認した。
灰村 解
Lv.86[Sランク]
異能[禁書劫略][暦の七星][超加速]
技能[神眼][神狼][廻天][復讐][指揮][次元][消滅]
特異[飛行][毒支配][超再生]
基礎三形
活性[S]
遮断[A]
具現[S]
「レベル、86……か」
背後を振り返る。
毒の沼は、全て毒の無い状態へと浄化した。
すると、これがまた驚くべきことに、水の底が透けて見えるほどに澄んだ湖へと変貌していた。
毒沼だったころは一滴だけで常人が苦痛に死に絶えるほどだったけど、今じゃ観光地として流行りそうなほどの絶景だ。
毒が在るか無いかでここまで違うんだな……。
僕はそう考えつつ、ステータスへと視線を戻す。
今回の毒提灯グレアス戦では、二つの特異技能を習得、強奪できた。
なんなら、痛覚遮断の技能も取れた気がするが……それを取ってしまえばいよいよ人間を辞めることになる。
人間を辞めねば過去が消せない……というのなら話は別だが、僕はぎりぎりまで人間のままでいたい。
そこは、僕の人間としてのわがままが出た。
「それに、生理的に受け付けないしな」
冥府の王、イミガンダと言い。
黒の解放、シーゴと言い。
そして、毒提灯グレアスと言い。
なんだろう……こう、力を奪いたくないと思わせてくる輩がいる。まあ、どいつもこいつも性格に難があったり、臭かったりするわけだが……これは僕個人の感情からくる嫌悪感だろうか。
あるいは、それとも。
「……相性、か」
……いいや、僕の考えすぎか。
禁書劫略が効きづらい相手がいる、だなんて。
これはあくまで、僕の主観。
なんとなく気に入らないから、そいつの力を使いたくない。
それだけの話だろう。たぶん。
「さて、と。それじゃあ、一番時間のかかりそうな敵も倒したことだし!」
レベルも順調に上がってきてる。
この調子なら、この先もとんとん拍子で進んでいけそうだな!
僕はそう考えて、さらに先へと歩き出す。
さあ、次のボス、出て来いヤァ!
☆☆☆
「いやあああああああああああああああ!!?」
僕は叫んでいた。
叫び、逃げていた。
僕の背後から、黒い影が追ってきていた。
それは、次のボスモンスター……のはずだ!
だけど……なにこれぇ! こんなの設定した覚えがないよ!
毒提灯の次は、『全身甲羅の白い謎魔物』っていう設定でした! それが……なんで全身黒色まみれの謎生物になってんだ!
僕は振り返る。
その姿を見て、絶叫した。
そう、その姿は、まるで……!
【遥かなるG】Lv.90
「ゴキブリじゃねぇかあああああああ!」
僕は転移し、奴の後方へと飛ぶ。
すると、遥かなるG……もうGでいいや。Gは甲羅を回転させ、その場で円を描くようにスピン。さらに勢いを増して僕の方へと向かってくる!
「きいいぃぃぃいぃぃぃっ、しょい!」
あまりの気持ち悪さに変な声が出た。
僕は毒提灯の野郎にも使った、次元断裂により疑似斬撃――まあ、命名して【次元斬】を幾筋も撃ち放つ。
だが、Gはカサコソと足音を立てながら、凄まじい機動力でそれらの攻撃を全回避。
くっ……見た目はきもいが強いなコイツ!
今は変わり果てたが、もとはと言えば僕が設計した魔物だ。
イカレた戦闘力、アホすぎる耐久力、頭の沸いてるとしか思えない毒沼! それら全てを攻略してきた挑戦者を完膚なきまでにぶっ潰す! そういう考えをして造り上げた一種の極み。
アラガマンドが純粋な戦闘力に特化し。
グレアスが耐久性能に特化し。
そして、このGは、純然たる【防御力】に特化している。
作者……つまりは僕が、コイツに与えた技能は一つ。
――その名も【淵源石】。
僕が考えた、宇宙一硬い物質の名前。
全身をそれに変化させることで、常軌を逸した防御力を誇る。加えてこの石は外部からのエネルギーを吸収、たくわえ、放出することができる。
「ふんっ!」
神狼化。
異常稼働を発動し、さらに超加速も上乗せする。
そんな状態で放つ、土曜日の僕が放てる最大最速。
その一撃は、Gの脳天へと直撃するが……わずかに、その甲殻を傷つけた程度。
防御力を削る神狼技能でさえ、この体たらく。
どんだけ硬いんだよ、淵源石ってのは!
クソったれ! 余計なモノ考えやがって中学二年生の僕め!
『シュルルルル!』
奇妙な鳴き声がして、僕は咄嗟に上空へ転移する。
瞬間、僕のいた場所を凄まじい爆発が巻き込んで、その様子を僕は上空から見て苦笑した。
攻撃しなきゃ勝てない。
何度も拳を打ち込まなければ防御力を削り切れない。
だけど同時に、攻撃するたびにあの反撃が待っている。
僕は頬を引き攣らせ、地上に降り立つ。
……最も簡単な攻略法は、奴の『淵源石』技能を奪うこと。
だけど……なんだろう。
こう、いつになく奪いたくない自分がいる。
だって、ゴキブリだぜ?
自分で考えたとはいえ、そんな野郎の能力をわが物のように使いたくはない。……かといって、コイツの能力が役に立たないわけでもないしなぁ。
つーか、能力だけで見ればめちゃくちゃ強いと思う。
だけど、本能の部分が叫んでた!
それはやめとけって!
ゴキの持ってた力だぞ! ばっちいって!
それだけは絶対にやめとけ、後悔するぞ!
ってな。
僕は息を吐き、拳を握る。
……まあ、なんだ。
奪うのは後でもできる。
今すべきは、コイツ相手にどう成長すればいいのか。
何を学び、何を伸ばせばいいのか。
……そう考えたら、自ずと答えは導き出せた。
「神狼技能……加えて、活性と超回復」
今の状態でも、かなり高水準にまとまったそれらの力。
今の僕が近接戦を行う上で、なくてはならない三つの柱。
それを、コイツとの戦いでさらに高位のモノへと高められたら。
僕はきっと、もっと強くなれる。
そんな気がする。
僕は想力を高め、痛みを覚悟し、前を向く。
「さあ、長丁場だ! 今回も頼むぜ、深淵最下層!」
僕の、三度目の挑戦が始まった。
☆☆☆
時はさかのぼり、現実にて。
今代の悪魔王――阿久津真央は、荒野に立っていた。
それは、カイが深淵に挑戦する、二日前のこと。
彼女は荒野にしゃがみ、足元の砂を触る。
「……これは」
数日前まで、此処は都市だった。
そういわれて、この光景を見て。
きっと、信じる者はいないだろう。
あまりにも、残酷。
あまりにも、非現実。
常軌を逸した暴力の果てが、そこにはあった。
「…………やはり」
阿久津真央は、そこに至って確信した。
彼女が、ここ二年間にわたって調べ続けていた一つの事象。
それは、とある人物の異能について、だった。
その力は強大だった。
あまりに強く、あまりに大きく。
一度は、なす術もなくその背中を見送った。
されど、その時の悔しさは、彼女に執念を植え付けた。
――絶対に、暴く。
そして、敵を討つ。
そのためだけに、彼女は二年間を活きてきた。
その末に見つけた、たった一つの手がかり。
それが、この荒野と化した街並み。
緑豊かな山は朽ち。
家屋は灰となって風に流れた。
まるで、力のすべてを奪われてしまったかのように。
「間違いない、奴の力は――御仁と同じだ」
勘違いしていた。
あの男の力は……ただの災躯などでは無い。
もっと、異質な何か。
そう気がついた時、阿久津はなにか嫌な感覚を覚えた。
背後を振り返る。
そこには、死臭を察して無数の魑魅魍魎たちが現れていた。
『ぐ、けげ』
『ぎごご、ぐご』
「……全く、彼我戦力差くらいは読んで欲しいものだが」
彼女は呟き、拳を握る。
懐から一冊の本を取り出して、前を見据える。
「私も私で、成長せねば置いていかれる環境でな」
既に、かつて守られるだけだった少年は、守る側へと回っている。
驚異的なスピードで、成長している。
故にこそ、もう、自分とて足踏みはしていられない。
「展開――【第二異能】」
かくして、想力が弾ける。
数分後には、その場の全てが死んでいた。
〇【第二異能】
通称、ツインテット。
その名の通り、二つ目の異能力のことを指す。
ただし、一人の人間が二つ以上の鍵を手に入れることは難しく、通常は一つの鍵(異能)しか保有できない。また、仮に二つ目の異能を手に入れたとしても、二つの異能があるということは、異能の鍛錬に掛ける時間も二倍必要になるということ。
圧倒的な才能、驚異的な豪運。
そして、たゆまず努力できる環境、心の強さ。
全てがそろい、初めて実現可能となる机上の空論。
S級の中でも存在が認められていない、奇跡の具現。
※十以上の能力を使いこなせる主人公は、頭がおかしい。




