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312『毒提灯グレアス』

 深淵。最下層。

 そこには奇跡的なまでの凶悪さを持つ魔物がわんさかいる。

 その中でも、僕がいるのは試練のルート。

 深淵の中でも最も強力な魔物が生息し、試練を受ける挑戦者を情け容赦の欠片もなくぶっ潰す。そういう道だ。


 それは、最初の地竜戦で嫌というほど理解できたと思う。


 でもって、次の相手。

 さすがにあれ以上はないだろう。

 そう思っていた挑戦者をあざ笑うように、化け物が待ち受ける。

 ……っていっても、コイツに地竜ほどの戦闘能力はないだろう。純粋な強さで言えばずっと劣るはずだ。

 それでも、余りある反則加減。


「く……っ」


 最下層、第二ステージ。

 ――()()()()()()()()()()()


 僕は、目の前に広がる紫色の湖に辟易した。

 ここ二週間、ずっとここで足止めを喰らっている。

 この深淵は、敵を倒さねば次のエリアには進めないようになっている。そのため、この沼を転移で素通り――なんてこともできないわけだ。


 僕は、沼へと片足を突っ込んだ。

 瞬間、凄まじい痛みが走り抜け、顔がゆがむ。


 この沼の唯一の攻略法。

 それは、慣れること。

 毒の耐性を付けること。

 ただし、この沼は時間と場所によって毒の種類が異なってくる。言ってみれば数百種類の劇毒がブランドされた致死の沼だからな。

 だから、この沼を渡り切るにはそれらすべての毒に対して耐性をつけねばならない。……常人なら、まず間違いなく数百年単位で時間を喰らう難行だ。


「だけど……!」


 不幸中の幸い、僕には耐性技能がある!

 現実世界での二週間――この世界において、ほぼ半年近く!

 ただひたすら、毒に対する耐性をつけてきた!

 その努力が今、実ろうとしているところだ。



 《新たに特異技能【毒支配】を覚えました》



「ッしゃおらァ!」


 見たかコラ!

 毒沼に片足突っ込み続けること半年!

 数分に一回は襲い掛かってくる沼の主とも、もう数えるのも億劫になるほど戦ってきた!


 僕は、毒沼へと両足を踏み入れる。


 もう、痛みはない。

 足元へと想力をこめると、足元から毒が浄化されていく。

 なるほど……毒支配、か。

 今なら毒を浄化することも、生み出すことだってできそうだ。


 視線を上げる。

 毒の浄化を感知したな? 僕の視線の先では、毒沼の底からこのエリアのボスが姿を現すところだった。


『ギュルルルルル……』


 奇妙な声に、顔をしかめる。

 そこに現れたのは、巨大な【チョウチンアンコウ】だった。

 強烈な腐臭が鼻を衝く。

 でかい、くさい、そして毒。

 相手にしたくない要素が三つもそろったここの主。



毒提灯(どくちょうちん)グレアス】Lv.88



 地竜アラガマンドには、純粋な戦闘能力で劣る。

 されど、僕より格上には変わりない。


 そして、コイツの厄介な点が、もう一つ。


 もしもこの魔物を目撃して。

『毒耐性、そいつから奪えばよかったんじゃ』

 と思う人が居たら挙手してほしい。

 いるよね、中学二年生の僕もそう考えた。


 だから、毒提灯グレアスには【毒に対する耐性】を持たせなかった。


 毒沼の主。

 全身を毒に浸かる魔物に。

 あえて、毒への耐性を一切つけなかった。

 その代わりに、二つの技能を設定した。


「【痛覚無効】と【超再生】」


『ギュルエエエエエエエ!』


 グレアスは叫び、僕は拳を構える。

 痛みは感じず。

 毒のダメージを優に超える自己回復能力。

 加えて、アホほど高めた耐久性能。俗にいうHP。

 つまり、僕は今からその圧倒的な防御を貫通しなきゃならんということ。


 ……上等だよ。

 苛立ちを発散させるには最高の相手じゃないか。


「【暦の七星(セブンスタ)】」


 今日は土曜日。

 次元の技能が強化される日だ。

 僕は周囲へと渦を作り、毒の浄化を広げてゆく。



「さあ、半年分の恨み……ここで晴らさせてもらうぞ!」



 僕は叫び、グレアスは僕へと口を開いて襲い掛かった。




 ☆☆☆




『ギョルルルル!』


 先手はグレアス。

 叫ぶと同時に毒沼から無数の触手が生えた。

 ……これも、初期設定には無かった部分。

 想力、基礎三形、そう言った概念が加えられたことで発生したイレギュラー。ボスモンスターが『具現』を使うという厄介ごとが発生してる。


「だけど」


 僕は右手を振るう。

 次元を面ではなく線で行使。

 僕が指定した範囲が、まるで鋭い斬撃に切り裂かれたように断裂、全ての触手が弾けて消える。

 その光景に、グレアスは少し驚いたようだった。

 だけど、驚くのはこれからだぜ、毒提灯野郎!


「『串刺し公(ヴラド・ツェペシュ)』」


 中指おっ立て、沼底から図太い杭を具現する。

 それはグレアスの腹部へと深々と突き刺さり、その巨体を沼の上へと引き上げる。

 腹から真っ赤な鮮血が吹き上がり、グレアスは不思議そうに首を傾げた。


「……痛覚がない、ってのも困りものだな!」


 さらに腕を払うと、深淵の天井から巨大な杭を一本召喚。

 それはグレアスの背中から腹までを貫通。

 凄まじい衝撃とともに、その体へと致命傷を与える。


 冥府の王、イミガンダの得意としていたこの力。

 あの野郎は気にくわないが、この力だけは認めてる。

 シオンの【影】も凄まじいが、この力だって負けてない!


 拳を握る。

 体内の杭が一気に弾け、その体を内部から串刺しにする。

 言っちゃ悪いが、ハリセンボン状態だ。

 その体中からは絶え間なく血が溢れている。

 ……これだけダメージを喰らえば、さしもの毒提灯グレアスとて、回復するには相応の時間がかかるだろう。


 僕はそう考えて。



 ――次の瞬間、その考えを改めることになった。



『ギュルルェェェェェェ!』


 咆哮、一つ。

 それだけで緩みかけていた緊張感が張り詰めた。

 咄嗟に次元の渦を防御に回す。

 次の瞬間、凄まじい衝撃の何かが、渦の中へと放り込まれた。


「!?」


 な、なんだ……今の一撃。

 全く見えなかったぞ!?


 僕は別の渦をグレアスの方向へと向ける。

 そして、今吸い込んだものを、そのまま放った。

 瞬間、無色透明で、それでも形ある『何か』がグレアスの体を直撃。その衝撃で杭は砕け散り、グレアスの体にさらなるダメージが刻まれる。


 グレアスの体が、杭から解放されて毒沼に堕ちる。

 その衝撃で、毒の津波が迫りくるが、僕は咄嗟に上空へと転移し、回避する。

 そして、眼下を見て、目を見開いた。


『シュルルルル……』


 毒提灯グレアスは、僕を見上げて息を吸っていたから。

 まずいと察した次の瞬間には。

 僕の右腕が、消し飛んでいた。


 信じられない衝撃。

 僕の体は弾かれるように毒沼へと着水。

 痛みをこらえて立ち上がる。


 腕一本。

 決して少なくない代償だが……その力、見切ったぞ。


「……空気砲。ただ、空気を吸い込んで、吐き出してるだけ!」


 これも設定には無かった部分!

 巨大な体と、肺の限界超過稼働を可能とさせる痛覚無効と、回復能力。それらから放たれる【ただの呼気】は、視認不能、回避もほぼ不可能の音速を超えた一撃と化す。


「クソったれ……強くて嫌になるな!」


 右腕へと意識を集中。

 十秒もすれば消し飛んだ腕は治っていた。

 そして同時に、奴の傷も治っていた。


 胴体に風穴を開けて。

 体内から無数の杭で串刺しにして。

 心臓も、脳も。

 何もかもを破壊した。


 ――それでもなお、致命傷には至らない。


 その特異性。

 異常気質。



「……決めた。お前からは、ソレを貰う」



 僕は、回復したばかりの右腕を構える。


 息を吸い、深呼吸。

 脱力し、集中を高める。

 そして、呟く。


「自分を信じろ。確固たる自信、思い込みが人を強くする」


 呟くと同時に、無数の空気砲が襲い来る。


 先ほどの一撃ほど、威力があるわけではない。

 その代わり、嵐のような乱射、連射だ。

 命中率が低いのか、致命的な場所には当たらない。

 当たりそうなものは、神眼を酷使して回避する。


 その最中も、腕は下げない、言葉は止めない。


 思い込め。

 僕は必ず成功する。

 僕はその力を奪い取る。

 それが当然で――それ以外の未来はない。


 僕は、勝利する。


「黒き明星、我が力。我が身の上に秩序を示し、環の内にて劫略せし。我が名は闇。未解の王にして、深淵より深きに在る者。万の円環に至りし者! ……くせぇセリフだけど! これがいいんだろ【禁書劫略(イクリプス)】!」


 設定上の、正式詠唱。

 普段はこんなセリフ言いたくないし、何より、他の人がいる前でこんな詠唱、絶対にしたくない。

 なんなら、一度【暦の七星】の公式詠唱を聞いている霧矢はぶっ殺しても許されると思う。……あ、そういやアイツ、出会った時からずっと死んでるや。


「まあいいか! 奪え、円環!」


 空気砲が肩を穿ち、横腹を抉る。

 と同時に、僕の手首から円環が放たれた。

 それは瞬く間に奴の体中へと絡みつき。


 ――そして、その力を奪い取る。


 毒提灯グレアスは、違和感を覚えて首をかしげる。

 一時、空気砲の連射が止んだ。

 僕の手首へと円環が戻り。


 右手の甲へ『再』の文字が浮かび上がった。


 瞬間、受けた傷のすべてが、逆再生のように戻ってゆく。

 僕の姿に、グレアスは目を見開いて。


 ――次の瞬間、僕はグレアスの背中にいた。



「『消滅』」



 身体中の傷が癒える。

 グレアスの体が、消えてゆく。


 奴は気づけない。

 困惑気味に周囲を見渡し、僕を探している。

 消えることに気づけない。

 痛覚がないということは、触れても消えても分からないということだから。


 奴が消滅に気づいたのは、片目が消滅で消えてから。



『ギュルルル!?』



「もう、遅いよ」



 僕は想力を込めた。

 抵抗虚しく、グレアスの体は消えてゆき。





 《レベルがあがりました》




 無機質なインフォメーションが、響き渡った。

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