310『紙がねぇ!』
本日、【いずれ最強へと至る道】第三巻の発売日です!
お近くの書店で見かけた際、お手に取ってくださると幸いです!
「やめられない……だと!?」
職員室。
僕は叫んだ。
既に六紗とは別れており、今は僕一人だけ。
目の前にはあきれた様子のシガラミ先生が座っていて、彼女は足を組んで頭をかいた。
「何でですか、先生! 嫌がらせですか!?」
「嫌がらせ……って。いやね、灰村。普通の高校ならばまだしも、ここはハイライトスクール。通常の生徒なら一考の余地があるとしても……頭がいいんだ、少し考えればわかるだろ?」
「うぐ……っ」
僕は思わず言葉に詰まる。
見て見ぬ振りをしてきたけれど、今に至って直面する大問題。
ハイライトスクールは、異能者の育成学校。
現代において、S級の異能力者は個人で一国の兵力にも匹敵すると言われている。というか、それ以上だ。
ゆえに、見方を変えればこの学園は兵器の製造工場とも呼べる場所。
そんな場所が、兵器……もとい異能力者をそうやすやすと手放すなんて、まずありえない。
でもって僕、S級。
……わかってんだよ! 最初っから退学が難しいことなんて!
でもしょうがないじゃん! この学校地獄なんですもん!
中二病みたいなやつらしかいないんだもん!
帰らせて! 僕をおうちに帰らせて!
そんな僕の願いもむなしく、シガラミ先生は言葉を重ねた。
「君は少々強すぎる。学園に入った以上、正統派は君を自由にすることを許可しないだろうね」
「ぐぬぬ……っ」
六紗! てめぇなんて厄介な組織を作りやがった!
僕は歯を食いしばり、先生を睨む。
が、何も状況は変わらない。
だって正論ですもの!
先生は僕を見て、ため息一つ。
「まあ……どうしても、というなら方法は一つあるが」
その言葉に、僕は大きく目を見開いた。
思わず詰め寄ると、先生は面倒くさそうに顔をゆがめる。
「な、なんですか先生! どうやったらこの学校辞めれるんですか!?」
「職員室で君は……まあいい。簡単なことだ。学園を辞めたければ、それを邪魔する正統派の力を借りればいい」
正統派の……?
僕は首をかしげて。
シガラミ先生は、その方法を口にした。
「つまり、正統派からプロの異能力者としてスカウトされればいい」
☆☆☆
プロの異能力者。
つまるところ、中二病末期の巣窟。
「で、御仁。断ったのか?」
「もちろん」
帰宅後。
諸々の説明を終えて、開口一番にそう問われ。
僕は何にも考えることなく、そう答えた。
えっ、もしかして……僕がプロの異能力者になると思った?
もしもそんなことを考えた人がいたならば、君は僕の中二病嫌いを甘く見過ぎているようだ。
プロだよ? いい年こいたおじさんおばさんだよ?
そんなのが……想像してご覧?
『我が肉体は賛美の煌めき、漆黒の腕に消えろ!』
『心も体も、その存在ごと飲み込んであげる……!』
『天穿つ円環、其の理に介入せし。我が名は――宵闇!』
『黒き深淵、紅き血潮に身を任せ、我が真名を知るがいい!』
『禍つ炎痕、我が名に従い力を醒ませ!』
『間違いを正そう。我が前に立った時点で、其の敗北は決していた』
って感じのセリフを、お父さんお母さん世代が叫んでる光景を。
控えめに言っても地獄絵図じゃない?
そんな中に飛び込んでいく勇気、ないじゃない?
六紗も……そんな地獄の中でよくやってるよ。
僕だったら無理だ。入社一時間も持たない。
遅くとも、その日の昼には退社届を出してると思う。
「そんなら学校の方がましだっての……」
誰が想像ついただろうか?
僕の方から望んで学校にとどまろう、などと。
学園の闇に気づいたわけでもない。
暴走列車が襲撃してきてうやむやになったわけでもなく。
六紗が暴論をぶっぱなしてきたわけでもない。
誰も想像だにしていなかった事態だ。
というか、僕ですら想像してなかったもの。
そうこう考えていると、部屋の外から声がした。
それは、シオンの切迫した声だった。
「ァッ、か、かか、紙がねぇ!? おいカイ! トイレットペーパー持ってこい! やべぇ、ここ数年で一番のピンチだぜ!」
「ここ数年で一度死んでるやつが何言ってんだか……」
僕は立ち上がると、トイレへ向かって歩き出す。
この家は、洗面台下にトイレットペーパーの予備が置いてある。まあ、僕の家もそうだったし、定番の場所なんだろう。
僕は洗面台まで行くと、その下を覗き込む。
そして、戦慄した。
「……ッ!?」
「お、おいカイ! てめぇ……おい返事しろ!」
すぐ後ろのトイレのドア。
その向こうから、切迫した様子のシオンが叫ぶ。
その声に、僕は喉を鳴らして拳を握る。
果たして、この事実をシオンに伝えてよいモノか。
一瞬迷った。
だけど、僕は考えがまとまるより先に、言ってしまった。
「か、紙が、ねぇ……!」
予備のトイレットペーパーも、全滅していた。
マンションに、シオンの絶叫が響き渡った。
☆☆☆
『シオンのケツが大惨事』事件。
その事件が発覚してすぐ、僕はパーカーを羽織った。
財布をアイテムボックスへと放り入れ、阿久津さんに言う。
「阿久津さん! 僕は急いでトイレットペーパーを買ってくる。でなけりゃ……クソっ! シオンのケツがクソになっちまう!」
「まったく意味が分からんが……あいわかった。気を付けていってくるのだぞ、御仁。最近は物騒だからな」
毎回言ってるが、僕をして物騒な輩って数知れると思うんです。それこそ、S級じゃないとまず大丈夫だと思いますよ?
僕は阿久津さんの言葉を聞き流し、玄関へと向かう。
「か、カイ……信じていいんだよな!? オレは……オレはお前のこと信じるぜ! お前は絶対にオレがイカれちまう前に、トイレットペーパーを買ってくる、って!」
「ふっ、任せておけ。ただ、ケツがかゆくなるのは覚悟しろよ」
「それは嫌だ! 早く買ってこい!」
シオンは叫び、僕は靴を履いて外に出る。
さて、一番近いコンビニは……ここから数百メートル。
転移すれば一瞬だ。
だが、下手に異能を使っているのを見られても面倒。
僕は自分の脚でコンビニへと向かうことにした。
軽い駆け足で、マンションの通路を移動する。
エレベーターを待とうかとも思ったが、ちょうど上方向へと向かったところ。仕方なく階段を使って地上階まで下りてゆくが……よく考えたらエレベーターよりこっちのほうが早いかもしれない。
そんなこんなで、僕はすさまじい速度で一階まで到達。
そのまま、急ぎで最寄りのコンビニへと向かった。
そこでも『紙がねぇ!』って事態はさすがになくて。
僕はトイレットペーパーをまとめて四束ほど購入。
片手に二束ずつ持ちながら、コンビニを出た。
「うん、このペースなら、シオンも無事だな」
僕はそう呟き、マンションへと向かって歩き出す。
そして、数歩歩いて、立ち止まる。
その時には、既に異変に気が付いていた。
「…………誰だ、お前ら」
僕は、周囲へと視線を巡らせる。
いつの間に……! みたいな反応を期待していたら悪いが、コンビニに入る少し前から、アンタらの気配には気づいてた。
僕の前方に、一人。
右の屋根の上に一人。
左の塀の上に一人。
背後に二人。
合計、五人。
遮断の隙間からわずかに感じられる想力。
間違いない、こいつら全員異能力者だ。
しかも、全員が全員、B級以上の遮断能力。
こいつらが全員戦闘特化だと考えると……そうだな。最低でもA級、それもかなりの実力者とみるべきだろう。
下手をすればS級もあり得る。
「あんれぇー、気づかれた? 見た目は弱そうなのに、やるじゃん」
前方に立つ、リーダー格らしい少年が言った。
なんだこの、年上を舐め腐ってる態度。
こちとらシオンがケツ汚して待ってんだ。
少年にかまってる暇は無いんだが?
僕は一歩踏み出した。
その足元を、左右から棘と水鉄砲が打ち抜いた。
左右を見れば、それぞれ、右手でピストルのポーズをした少女が居て、彼女らの指先には棘と水滴が浮かんでる。
「ちょっと待ちな、アンタ……灰村解、で間違いないね?」
「貴方が例のブツ――ディュゥェアルノォーゥトを保有している、という情報は仕入れ済みです」
その言葉に、ピクリと肩が反応した。
その反応を見て、後ろの少年が口を開く。
「……反応したな? 間違いない、この男、持ってるぞ」
「へへっ! ラッキーじゃねぇか! コイツ一人やれば、俺たちがノート所有者になれるんだからよ!」
ノート所有者になれる。
つまり……君たちはノート自体を持ってはいない、ということか。
僕は安堵の息を吐く。
良かった、君たちみたいなのが、黒歴史ノートを見て無くて。
そして同時に、残念だ。
僕は、トイレットペーパーを地面に落とす。
両手を同時にゴキリと鳴らし、それを見たリーダーらしい少年はあざ笑う。
「おいおい、この人数さ、分かってる? ただでさえ、俺たちは個々がA級最上位の異能力者! 俗にいう天才さ! アンタがなんでノートを持ってんのかは知らねぇが、この戦力差で勝てるとでも――」
「その言葉、そのまま返そうか」
次の瞬間、僕は少年の目の前にいた。
その頭をつかみ、思いっきり地面へとたたきつける。
……ほう、直前で活性を発動させたか。
気絶させるつもりで叩きつけたが、意識があるみたいだ。
「て、てめ……!」
「逆に聞くよ。どこをどう判断して、僕に勝てるだなんて思ったんだ?」
僕は決して、自分の実力を高く評価しない。
ありのまま、今の自分として判断する。
だからこそ……っていうのはなんだけど。
絶対に勝てる相手と、絶対に勝てない相手はすぐに判別付く。
この子たちは、その前者だ。
少年は、僕の目を見て恐怖した。
……悪いなシオン、少し遅れる。
ちょっと、お前のケツ事情よりも優先すべきことができた。
僕は少年を持ち上げ、少年少女らへと告げる。
「どこでそんなことを知ったのか。微塵残さず吐いてもらうぞ」
黒歴史ノートの所在。
それは、僕が今一番知りたいことだからな。
Dルートからここまで発展すると思ってた人、挙手。
ちなみに作者は思ってませんでした。
 




