007『特異個体』
僕は悔しかった。
何がって?
影狼スキルだよ……。
なんなんだよこの技能。
「強すぎんだろ……!」
僕は、目の前で惨殺されたカブトムシを見て叫んだ。
僕の右腕は、狼のものへと変わっている。
っていっても、骨格は違う。
人間をベースに狼の筋肉をつけた、みたいな。
人狼みたいな状態だ。
腕からは真黒いオーラが吹き上がっている。
それは、まるで影のオーラだ。
「……かっこいい」
……はっ!?
そ、そうじゃないぞ、僕、しっかりしろ!
気を強く持つんだ、中二病に侵されないように……。
僕は深呼吸すると、右腕へと視線を落とした。
僕が驚いているのは、この技能の強さについてだ。
まさか、防御力が異様に高く、正攻法では絶対に倒せないとまで思われたコバルトブルーを、こうも容易く切り裂いてしまうだなんて。
……まぁ、それも当然っちゃ当然なんだけど。
【影狼】の技能。
体の一部を影狼へと変化させる技能。
身体能力を飛躍的に向上させる。
また、攻撃する度に相手の防御力を低減させる。
「……これは、この先も随分楽ができるんじゃなかろうか」
この深淵は、基本的に防御力が高い敵が多い。
それに対して、影狼の防御貫通の力。
格上に対しては効きづらい、みたいなものはあると思うけど、それでも、この技能1つで深淵攻略が随分と楽になったのは間違いない。
それに、僕はひとつの予感をしていた。
この世界が、僕の設定を元に作られた世界ならば。
もしかして、カッコイイ技能ほど強く設定されてるんじゃなかろうか?
……まぁ、憶測の域を出ないし、影狼しかまだ知らない手前、間違ってる可能性もあるんだろうが……大いに有り得る。
となれば、次のスキル習得の時に調べる他ない!
ということで……。
「……よし! ここは、いっちょ頑張りますか! 安全第一で!」
僕は狼の拳を突き上げ、次の魔物が出てくるエリアへと歩き出した。
☆☆☆
第2エリア……とでも呼ぶべきか。
洞窟ゾーンが終わって、次は巨大洞窟ゾーン。
さっきよりも道幅も高さもある、巨大な道のエリアだ。
ここにはコバルトブルーは出てこない。
ここまで来た猛者は、必然的にコバルトブルーの攻略法を理解しているだろうし、逃げてきた者であればコバルトブルーからの逃亡方法は理解しているだろうから。
だから、ここではより硬くて強い魔物が出現する。
『ゴゴゴゴゴ……』
腹の底に響くような声。
僕は頭上を見上げると、そこには石の巨人が佇んでいた。
ゴーレム
Lv.10[Dランク]
そう、良くゲームとかで見るゴーレムである。
コイツもまた、厄介な設定してやがるんだ。
ゴーレムといえば、核とか、術式とか、そういうのが弱点になってる場合が多い。そしてこのゴーレム。胸のところにあからさまに核が見えているし、後ろに回れば首の後ろに術式が描かれている。
このどちらかを壊せばゴーレムは倒れるというのが、テンプレート。
だがしかし、それもフェイクだ。
もういい加減、さっきのカブトムシで学んだだろう。
『ひゃっはー! 核ぶっ壊せばこっちのもんだぜ!』とか、そんなことを言いながら突っ込んだら、それが運の尽き。
核に触れれば、途端に激昂モードになってなぶり殺される。
後ろの術式に触れれば、激昂モードになってすり潰される。
核は弱点なんだから脆いんだろ?
術式は弱点なんだから触ったら消えるんだろ?
そんなチープな考えをした者から死んでゆく。
核は石だし、術式は彫刻。
つまり詰み。
どうしようもない。
デッドエンドである。
ちなみに、ここでの攻略法は、少し面倒だ。
このエリアには、落とし穴が存在する。
ゴーレムがすっぽり埋まるような、大きめな落とし穴だ。
この魔物を倒すためには、その落とし穴まで誘導し、落とす。
その後に、頭の後ろにある凹みへと松明の棒を突っ込み、右に3回、左に1回、下に4回付いてから、テコの原理で押し上げると、簡単に頭が壊れて機能を停止する。
さっきから引き続き、松明の棒無双である。
とまぁ、そんな感じ。
弱点である『核』を一撃で壊せるだけの力があればいいんだが、鑑定の技能しか持たない初期の挑戦者に、コイツを一撃で倒せる力はない。
そういう前提の元、このゴーレムという魔物は設計されている。
――だが、今回はその前提が崩れていた。
「ほっ」
激昂モードはまだしも、通常ゴーレムは動きが鈍い。
僕は懐まで入り込むと、狼の腕でゴーレムの核を串刺しにした。
防御力低減の影響で、ゴーレムの核はいとも簡単に破壊され、ゴーレムは砂となってその場に崩れ去った。
《レベルが上がりました》
もう、軽く数十体はゴーレムを狩っている。
そのおかげで、二時間程度でもうLv.9だ。
ゴーレムとはレベル格差があるが、如何せん相性が良過ぎるな。
だがしかし、相性以前に疲労がすごい。
元より攻略させる気のないこの深淵。
挑戦者のことなど一切考えてはないない。
休憩所、安全地帯など存在しない。
辛うじて、松明に囲まれたカブトムシエリアが安全だったかな? それ以外には食料も水も何も用意されてはおらず、どの方面を向いても殺す気満々だ。
「幸運なのは……まだ、ヤツに遭遇してないってことか」
僕は周囲を見渡しながら、声を上げる。
この世界における唯一の救済措置にして、最大のクソ要素。
そいつを倒さなければ、深淵を攻略するまで帰還できない。
水もなければ食料もない。
餓死が先か攻略が先かのクソゲーム。
だが、出会ったら出会ったで、それもまた地獄。
「ドロップアイテムで、帰還の技能を落とす特異個体……ユニークモンスター」
この場所でいくと、ゴーレムの特異個体だ。
奴はとてつもない性能と硬さ、加えて速さまで兼ね備える。
出会ったら即死。
そんなスローガンをもとに考えた魔物だ。
加えて厄介なのが、特異個体にこれといった弱点がないということ。
正攻法以外に一切の攻略法が用意されていない。
こいつを倒そうと思えば、さらに先へと潜って、レベルを上げてから戦うしかない。そうじゃないと普通は勝てない。
……ただ、今は【普通】の状態からは随分と外れている。
「……今なら、戦える……だろうか?」
影狼技能のおかげで、僕は通常仕様より強い状態にある。
レベルも10近くまで上昇し、素の身体性能もかなり高い状態だ。
でもなぁ……。特異個体、強いしなぁ……。
他でもない、僕が設定した化け物だ。
その強さは僕が一番理解している。
現状での勝算も……まあ、贔屓目なしに理解できてる。
戦えはしても、勝てるかどうかは……正直微妙だ。
「……よし!」
とりあえず、先延ばしにしよう!
さすがにまだ早いよ特異個体は!
だって僕、一般人だし? いくら設定を見知っていても、戦いなれてないし?
多少、喉の渇きはきつくなるけど、ここは体調よりも安全をとるべきだ。
「とりあえず、レベル10! それ終わったら次の魔物だ!」
僕はそう言って、意気揚々と歩き出す。
前を見て、腕を振って歩き出して……。
「あっ」
前方の、通路の角。
その奥から現れた『ソレ』を見て、固まった。
……フラグ、って言うんでしょうかね?
物凄い偶然、ものすごい不運。
最早悪意的なまであるわ。
僕は頬をひきつらせる。
その化け物は、青銅のゴーレムだった。
『ゴオオオオォォォォ……』
スカイゴーレム
Lv.15[Cランク]
「嘘だろぉォ!」
僕は叫び、大きく距離を取った。
噂をすればなんとやら、ってか!
こいつだよこいつ! 特異個体のゴーレムだ!
なんて最悪なタイミング……!
に、逃げるか? いや、ここまで近寄られたら、下手すりゃ逃げるより先に殺られる! 僕は緊張に大きく息を吐き、スカイゴーレムはゆったりとした動作で僕へと視線を向けた。
――次の瞬間、僕の眼前へと拳があった。
「ぐぉっ!」
咄嗟にジャンプして拳の上を転がり、腕へと着地。
前を見ると、スカイゴーレムの目が赤く光った。
「思ってた数倍早いじゃねぇか……!」
スカイゴーレムは、僕を思い切り投げ飛ばす。
身体能力が向上したおかげか、空中で体勢を整えることに成功した僕は、何とか着地を決めてスカイゴーレムを睨み据える。
……やっぱりな。
嫌な予感がしてたんだ。
僕……つまりは挑戦者が【ランクの上昇】でより強化されるというのであれば……それは、敵対者、ここに出てくる魔物も同じなんじゃないかって。
相対するスカイゴーレムは、僕の格上Cランク。
加えて、僕が想定していた以上の速さ、強さ。
間違いない。
「特異個体も……強化されてる、ってか」
恐怖に膝が震えそうになる。
だけど、まだ大丈夫。
痛みも殺気も恐怖も全て、あの妄言使いから比べれば赤子同然。
そう考えるとあのナルシスト。強かったんだなぁ。
こうして特異個体を前にすればわかるよ。
あの太っちょ、常軌を逸するくらいの強さしてやがる。
今の僕じゃ手も足も出ずに負ける。
そう確信できるくらいの強さだ。
……僕は拳を強く握りしめる。
両腕が狼のものへと変わり、影が溢れ出す。
「……怖がってちゃ、ダメだよな」
僕の目的はなんだ?
黒歴史ノートを全部、力技で奪い返す。それだけだろう?
なら、こんな所で挫けちゃダメだ。
「僕は一般人。けど舐めるなよ。痛みも恐怖も見知っているし、お前の設定も一部残さず知っている」
相手は圧倒的な格上。
勝機は薄い?
上等さ。
こちとら作者だ。
単なる登場キャラクターに、負けてたまるかってんだ!
僕は拳を構えると、スカイゴーレムが吠えた。
『ゴアアアアアアアアアア!!』
「作者の意地、舐めんなよ創作物が!!」
かくして、僕らは互いに大地を蹴る。
拳と拳が真正面から激突し、凄まじい衝撃音が響き渡った――!
600話毎日投稿していた頃が懐かしい……。
学生の頃は、けっこー無茶できるもんですね(遠い目)。
次回は真面目にバトルを書くつもりです。




