308『壁を越えろ』
※コメディです。
対決から、1週間。
結果から言おう。
僕への挑戦は、さらに熾烈を極めることになった。
「灰村解! 貴様に序列戦を申し込む!」
「お姉様の仇……ここで晴らさずしてどうするか!」
「貴様には此処で死んでもらうぞ!」
毎日のように挑んでくる生徒たち。
その度に返り討ちにするのだが、2日経てばまた同じ面子が襲ってくる。
何故? どうして?
疑問が溢れて止まらない。
そんな僕へと、隣の席に座る女が説明した。
「いやはや……どうも、私の負けっぷりが余程応えたらしくてな。私のファンが貴殿に複雑な感情をぶつけているのだ」
「いやなんでお前ここに居んの?」
シオンの席に座っているのは、つい先日、僕がボコボコにした白髪少女、ダリア・ホワイトフィールドであった。
彼女は小首を傾げると、当然とばかりにふざけたことを言い放つ。
「何故? 貴殿の力、その一端に触れたのだ。同じ異能力者として、純粋に尊敬するのは当然だろう」
「当然じゃねぇよ……」
おい名家! プライド云々はどこいった!
僕は内心叫ぶと、どこからか成志川が飛んできた。
「わかる! 分かるよその気持ち! 僕も最初は灰村くんの敵だったけど、彼の姿に感銘を受けてね!今ではこのとおり、親友なのさ!」
「うるせぇ! いきなり肩を組んで来んな!」
そして、誰が親友だ、誰が!
お前とは今も変わらず敵同士だよ!
僕はそう叫ぶが、2人は無視。
互いに見つめ合い、がっしりと握手していた。
明らかに、同士を見つけた人たちの目だった。
「おいカイ! 聞けよ、すんげぇう〇こ出たんだけどよ! ……って! おいてめぇ! なにオレの席座ってやがる!」
トイレから戻ってきたシオン。
彼女が成志川とダリアの中へと乱入し、もはや収拾のつかない地獄と化す。
僕は遮断を発動するが、ここにいるのは誰も彼もがそういうの効かない化け物たち。
「つ、掴みかかるな! というか貴様! トイレに行って手は洗ったのか!」
「知らねぇ! 忘れた!」
「う〇こをした手で私に触るなぁァァァ!!」
「は、灰村くん! 良かったら……これ、割引券なんだけどさ。今日、良かったら一緒にカフェでもどうだい?」
何たる地獄絵図。
そしてうるせぇ!
僕の席の真ん前で騒ぐな!
「おいカイ!」
「灰村くん!」
「貴殿!」
三人が叫び、僕は両耳を塞いで突っ伏した。
……もうやだ、この学校。
☆☆☆
なのでいい加減、当初の目的を果たそうと思う。
放課後。
僕は、廊下に立っていた。
教室からでてきたシオンや成志川が僕の方によってきたが。
「悪い、ちょっと用事があるから先帰っててくれ」
で追い払った。
基本的に、シオンも成志川も僕の言うことは素直に聞いてくれる。……ほんと、なんでなのかは知らないけど。
なので、2人は帰宅し、今は僕一人だ。
窓際に背中を預けてたっていると、ぽよぽよ、と珍妙極まる足音が聞こえてきた。
足元を見れば、謎生物。
僕は咄嗟に踏みつけた。
「ぽよっ!?」
「あ、すまん。足が滑った」
「足が滑った雰囲気じゃなかったぽよ!」
僕の足裏で、その謎生物は叫んだ。
名前は、ポンタ。
僕がこの学園へ入学した目的――六紗優のペットでもあり、物理戦において最強を極めた異能力者という顔も持つ。
彼は僕の足裏から這い出でると、自分の体を毛ずくろいしながら口を開いた。
「で、なんの用ぽよか? 入学以来、優ちゃんの事を避け続けてきたヘタレ童貞が、今更どの面下げて――」
「今日バッティングセンターの気分だなぁ。あ、ポンタ。せっかくだしお前玉役やるか?」
「悪魔ぽよ! やはりお前、悪魔王以上の悪の素質を持ってるぽよ!」
彼は叫ぶが、冗談なのは分かってるはずだ。
僕は小さく息を吐くと、彼に言う。
「まぁ、何だ。その悪魔王さんと、六紗の仲直りをさせたくてな。そのためにわざわざこんな場所に来たわけだ」
「……ふざけた理由ぽよ。どーりで、お前がこんな場所に来てると思ったぽよ」
ポンタはそう言って息を吐く。
だが、僕の案に否定こそしなかった。
「……いいのか? 6代目勇者のお目付け役だろ」
「何を勘違いしてるぽよ? ボクはただのぷりてぃーなペットぽよ。あれは優ちゃんがまだロリっ子だった頃、彼女とボクは運命的な出会いを――」
「ペットショップで買った、って聞いたぞ」
「お前うるさいぽよ!」
ポンタは叫んだ。
しかし、すぐに真剣な顔つきになると、僕を見上げて口を開いた。
「だけど、僕と優ちゃんが過ごしたどんな時よりも、お前と悪魔王と、ボクと優ちゃん。四人で居た時の方が、優ちゃん楽しそうだったぽよ。……悔しいぽよ」
「……ポンタ」
咄嗟に掛ける言葉が見当たらない。
僕は彼の言葉を呼ぶが、その続きが出てこない。
彼は寂しそうに笑っていて。
僕は、その場にしゃがんで彼を撫でた。
「……ぽよ?」
彼は、驚いたように僕を見上げて。
僕の顔を見て、限界まで目を見開いた。
「へっへぇー、ざまあねぇな、謎生物」
僕は、満面の笑顔を浮かべていたから。
「お、おお、お前! それが落ち込んでるぷりてぃーペットに言う言葉ぽよか!」
「本当に可愛いペットなら違う言葉を選んでたかもな! でもお前は可愛くねぇから当てはまらん!」
「この男……この男ぉ!」
僕は勝ち誇ったように笑い。
ポンタは、悔しそうに歯を食いしばった。
そうだよ、お前はそれでいい。
落ち込むなんてらしくねぇだろ、征服王。
「つーかお前は、僕よりもずっと、六紗を幸せにすればいいだけの話だろ」
僕か言いたいのは、端的にいえばそれだけ。
だけど、何だかそれだけ言うと『僕がポンタを気遣っている』みたいだからな。
僕は笑って付け足した。
「まぁ、結局は僕がそれをも上回っちまうんだろうが、せいぜい頑張れよ、謎生物。期待しないで待ってるぜ」
「ほざいたな男! ここでイスカンダルになってもいいんだぽよ!」
まさに一触即発!
僕は次元の渦を呼び出し、ポンタは想力を放つ。
あと一歩で戦闘開始! というところで、廊下の奥の方から黄色い悲鳴が飛んできた。
「キャーーー! 六紗お姉様よ!」
「今日もお美しいわ……なんて神々しい!」
「六紗お姉様の背後に薔薇が見えるわ!」
「なんて可憐さ! 神も嫉妬してしまうわ!」
僕とポンタは、そちらへと視線を向けた。
そして、2人揃ってゲンナリした。
……そう。
僕だって、頑張ろうとはしてたんだよ?
なんなら、初日から六紗へとコンタクトを取ろうと頑張ってた。
さっさとこの学園辞めたかったから。
でもね、でも……アレはきついよォ。
「ふふっ、ありがとう皆。嬉しいです」
そう言って、お手本の様な笑顔を浮かべる六紗。……その笑顔が完璧すぎて、その背後にバラが見えた。
彼女を囲む女子生徒たちから、またもや黄色い悲鳴。
「おい……ポンタ。この学園のどんな男子よりもモテてるんだが? 何なのあいつ」
「……優ちゃんは、元々多才ぽよ。王様になるってことで、色々頑張って、完璧な外面を身につけた。その外面が完璧すぎた、って話ぽよ」
それで……あの光景に繋がるわけか。
女子たちに囲まれ、神聖さすら漂わせる六紗優。
男子生徒からの告白などは、その親衛隊とも呼べる女子生徒の壁によって完全ブロック!
下手に近づこうものなら威嚇の嵐!
彼女に触れようとした者は……まぁ、言わずが得という言葉もあるよね!
まさに鉄壁。
僕に、アレを越えられるだろうか?
「ということで、ポンタ。なぜ六紗ではなくお前みたいなのを呼んだのか。理解してくれたかと思う」
「寸分たがわず理解したぽよ」
彼は頷くと、僕を見上げる。
「だけど、問うぽよ。お前、仮にあの鉄壁をぶち破ることが出来たとしても、今の優ちゃんに、話しかけられるぽよ?」
「そっ、それは……」
「女の子たち、たぶんめちゃくちゃ見てるぽよ」
うぐっ……!
僕は思わず言葉につまる。
だ、大丈夫じゃないよね、それ!
だって、話しかける内容、阿久津さんについてだもん。そんなの、公に話せるような内容じゃないよね……。
「あ、諦める……しか、ないのかッ」
まさか僕も、ここまでの鉄壁が彼女についているだなんて思ってもいなかったよ!
最初から知ってたらどうこう出来たとは思わないけど、だからってこんなのあんまりだ!
用事なんてさっさと済ませて、一刻も早くこの学園辞めてやりたいって思ってんのにさ!
僕は拳を握りしめ、歯を食いしばる。
そんな僕の足へ、ポンタは手を乗せた。
「だけど、お前にはボクがついてるぽよ」
「……っ! ぽ、ポンタ……!」
こ、こんなにもお前が頼もしく思ったのは初めてだ! 侵入者事件の時よりも頼もしく感じてるよ! 今この瞬間!
僕は前を向く。
そこには、ぶ厚い壁によって完全な防御体制を敷く六紗優!
それを前に、僕ら二人は立ち向かう!
「あぁ、行くぞポンタ……!」
「ボクらが力を合わせて、乗り越えられない壁はないぽよ!」
かくして、僕らは壁へと駆け出した!
☆☆☆
そして!
女子たちに威嚇されて勢いを殺された!
「「「シャーーーー!!」」」
「「…………」」
怖ぇ! 怖いよあの人たち!
足が竦む! これ以上六紗に近づけば命はないと本能が叫んでる!
侵入者シーゴ以上の威圧感だ!
「く、くそ……っ」
「お、おいお前、これは想定外ぽよ。一旦、なんでもない振りをして素通りするぽよ!」
ポンタが小声で叫ぶ。
僕は即座に行動へ移した。
ポンタを小脇に抱えると、別に六紗にはなんの用事もありませんよ? とばかりにその場を素通りし始める。
女子たちの「は? なに、驚かせないでよね」とでも言いたげな鋭い視線。
僕とポンタは喉を鳴らす!
な、何たる緊張感!
こんな壁……僕らに果たして崩せるのか!?
いいや、崩せる未来が全く見えないよ!
僕とポンタは、六紗の横を素通りする。
一切、視線は合わなかった。
気づいていたのか、気づいていなかったのか。
まぁ、どっちでもいいんだけれど。
僕は彼女らの隣を完全に通り抜けたところで、安堵の息を吐く。
でもって、笑顔を浮かべてこう言った。
「ま、いっか。六紗なんて」
うん、なんでこんなことにこだわってたんだろう?
六紗と阿久津さんの仲直り?
六紗へとコンタクトを取る?
こんな高難易度を見せつけられて、それでも僕の心が挫けないほど、僕は別に六紗の事が好きでもなんでもないわけで。
「うし、学校辞めるか」
「ちょ! ほ、本気ぽよ!?」
ポンタが叫び、僕は笑顔で頷いた。
「うん、面倒だから六紗の事は諦めたわ」
それは、一切の誇張のない真実。
その言葉にポンタが叫ぶ、それより先に。
「ちょっと待ちなさいよおぉおぉ!?」
背後から声がして、僕は、右手を強く後ろに引かれた。
振り返れば、僕の手を取る六紗優の姿がそこにはあった。
僕は驚き、お供の女子たちが呆然とする中。
「そこまで頑張ったんなら、もうちょっと頑張って話しかけなさいよ! 待ってる私の身にもなりなさい!」
六紗優は、そんな理不尽なことを吐き捨てた。
今回のお話を一言で表すとすれば。
『カイとポンタはなんだかんだで仲がいい』
で、収まると思う。




