303『クラスメイト』
妄言使い、成志川景が転校してきた。
その事実、クラスメイトたちに衝撃を与えた。
というか、僕やシオンも驚いてるし。
それになにより……えっ、なんでエニグマ先生が副担任なわけ? 同学年ですよね貴女。
そうこう思いつつも、考えがまとまるより先に、早速1時限目の授業が始まってしまう。
ちらりと視線を向けると、クラス後方の窓側の席。今までは空席になっていた場所に成志川景は座っていた。
エニグマ先生は……と探してみると、教卓の横の方でパイプ椅子に座っている。
「おい、カイ。なんだあいつら、敵か? ぶっ潰しちまった方がいいんじゃねぇの?」
「……いや、ちょっと待とう。考える」
なんかもう、授業が全然頭に入ってこない。
それはほかのクラスメイトも同じことなのか、チラチラ成志川へと視線を送っている。
それらの視線を一身に受ける成志川は、ふっと笑って僕の方へと視線を向けた。
そして、意味ありげなウィンクを送ってくる。
「うげっ」
……僕は、気持ち悪くて目を逸らした。
えっ、なんなのあいつ?
仮に、仮にだよ?
僕らがとっても仲のいいお友達で。
あいつが絶世の美少年って言うなら分かる。
あの仕草も似合うと思う。
だけどね、現実ってのは残酷だ。
まず第一に、おまえ、太ってる。
イケメン、ちがう。
おまえ、ただのナルシスト。
そして大前提として、僕ら友達じゃないのよ。
分かる?
僕ら、敵同士なのよ。
何を考えて第参巻を置いていったのかは知らないが、本来はこの本を取り合うライバルなわけ。
それが……なんで「やぁ、親友」とでも言いたげな視線を向けられなきゃいけないの?
僕は腕を摩って居ると、隣のシオンが僕の方へと身を寄せてくる。
「おい、カイ。なんか届いたぜ」
「……嘘だろ」
そう言ってシオンは、僕の机へと紙くずを置いてゆく。
それは、よく見たらノートの切れっ端だ。
……こ、これ、あれじゃないか?
授業中によく回ってくる謎の手紙。
開いてみたら【眠くね?】とか【授業つまんね】とか【しりとり】とか書いてある、アレだ。
背後を振り返ると、成志川のウィンクが飛んでくる。
僕は回避した。
危ねー危ねー、油断の隙もありゃしない。
額に滲んだ汗を拭って。
僕は手紙を破り捨てた。
後ろの方からガタリと音がした。
「な、な……にか、あったかな、成志川君」
「あ、いや……す、すいません。なんでもないです。授業を続けてください、先生」
ざまぁみろ!!
授業中に目立って注意されてんの!
僕は思った。
「ざまぁねぇな! 授業中に目立って注意されてやがるぜ! 馬鹿だなあいつ!」
……前言撤回。思ってはいなかった。
思おうかと思ったけど、やっぱり思うことをやめていた気がする。
じゃなきゃ、シオンと同じ考えしてたってことだろ? それはなんか、嫌だ。
「シオン・ライアー、君も静かに」
「あぁ? オレはカイ以外の言うことは聞かねーぜ! なんてったってオレは――」
「シオン、静かに」
「仕方ねぇな!」
シオンは黙った。
シガラミ先生から感謝の視線が送られてくる中、僕は再び筆記用具を手に持った。
シガラミ先生もまた、先程の続きから授業を進めていく。
そして、しばらく経って、またシオンが僕に紙くずを寄越して来た。
「おいカイ。『これをハイムラクンに渡してくれ』ってよ。はいむら、って誰だ?」
「僕だねぇ」
僕の苗字知らねぇのかお前。
僕、灰村解っていいます。
思わずイラッときたが、よく考えたら苗字で呼ばれることの方が少ないしな。まぁ、シオンが忘れても不思議じゃない。
僕は手紙を破りながら、そう考えていた。
背中に強烈な視線が突き刺さった。
振り返ることなく、紙くずになった手紙をゴミ箱の中に捨ててゆく。
すると、後ろの方から僅かな想力が巻き起こる。
「……【手紙は破れてなかった】」
あ、あの野郎、こんなくだらないことに、異能まで使ってきやがった……!
瞬間、破ったはずの手紙が元の形へと戻ってゆき、僕の机の上へと復元された。
……まったく、やれやれだ。
想力の無駄だろうに、こんな低俗なことに異能を使う輩の気が知れないよ。そう考えてい僕は手紙を手に取った。
「【消滅】」
でもって、跡形もなく消滅させた。
後ろの席で、成志川景は立ち上がった。
「……き、君は……ッ!」
何だか声まで上げていたが、無視。
シガラミ先生が、チョークを片手に振り返る。
「……なにか?」
「……っ! い、いいや、す、すいません」
彼は、何も言えずに席に座る。
その光景をちらりと振り返り、嘲笑った。
ざまぁみろ!
☆☆☆
そんなこんなで、1時限目が終了した。
僕は終業と同時に席を立とうとしたが。
その時には、既に僕の目の前へと成志川が立っていた。
「き、君は……! ち、ちょっとくらい手紙を読もうとか思わないのか!」
成志川は怒っていた。
僕は眉を寄せて、隣を見た。
「え、誰だっけこの人」
「知らね」
隣のシオンに問いかける。
シオンは指の爪を眺めながら、即答した。
成志川は唖然とした。
「な、なにを馬鹿な……! 僕だよ、この僕さ! 妄言使い、成志川景! 覚えてるだろう! というか、覚えてるに決まってる!」
「え、えーっと…………」
「うっ、嘘だろ君……!」
僕は冷や汗を流し、成志川は絶叫した。
そんな姿を見て、隣のシオンは首を傾げていた。
「そーなんだよな。こいつ、どっかで会った気もすんだけどよ。興味ねーやつのことはすぐ忘れちまうんだ。お前、どっかで会ったっけ?」
「ほ、ほほほほ、本気で言ってるのかい君たち!」
真面目に忘れてるお馬鹿、シオン・ライアーを前に本格的に焦り始める成志川。
彼はその場で頭を抱え始める。
……さすがにちょっと可哀想になってきたな。
僕がそう思った……直後だったろう。
いつの間にか近くにやってきていたエニグマ先生が、成志川の肩へと手を乗せた。
「成志川! ここは私に任せときなさい! ガツンと! 先生としてガツンと言ってやるんだから!」
「え、エニグマ……!」
成志川が、希望を見いだしたように彼女を見上げる。
そんな視線を受けて、少女は胸を張り。
そして、自信満々にこういった。
「偉いわね! 回ってきた手紙は読まないで授業に集中する! 生徒の見本みたいな存在ね! 感心したわ!」
「たっ、正しいけどそうじゃない!」
成志川はそう叫び、エニグマ先生はニコニコと笑っている。
そんな2人に苦笑していると、シオンがなにか思い出したように手を打った。
「あぁ! そうだそうだ! 思い出したぜお前! この前カイのことぶっ殺してた野郎じゃねぇか! すてーき持ってきたか!」
「殺されてねぇし」
「持ってきてもないけれど……」
僕が呟き、成志川がそう言った。
何だか息があってしまったようで、僕は咄嗟に視線を逸らす。
だけど、ちらりと見えてしまった。
成志川景が、とても嬉しそうに笑っているのが。
「友達……なんて、もう何年ぶりかも分からないけど」
彼はそう言って、僕へと右手を差し出した。
「改めて、よろしく頼むよ、灰村くん」
……こいつの過去に何があったのかは、知らない。
というか、興味もない。
だけど多分、僕の何かを知って、感じて、そして、なんかこんな感じになってしまったんだろう、ってのは分かる。
2年前の強敵感はどこいった。
そうは思わなくもないけれど。
僕はとりあえず、その手を握り返してやった。
「そうだな。せいぜい気をつけろ? 僕はこんな感じで、お前を崩壊させてもいいんだからな」
「大丈夫。君に殺されるのなら本望さ」
気持ち悪いことを言って、成志川景は告げた。
「それに、僕は君を信じてるからね」
かくして、成志川景と、エニグマ先生。
二人が、ハイライトスクールの一員となった。




