301『地竜アラガマンド』
第三章、開幕!
「ぎゃぁああああああああああああ!?」
前略。
僕は、逃げていた。
……えっ、めちゃくちゃいい感じで深層に向かったじゃないか、って? おいおい、昔のことなんて気にすんなよ。
人生、思い通りに進むことの方が少ないと思う。
つまり、そういうこと。
忘れてたよ、すっかり忘れてた。
この世界、僕が作った深淵じゃ無くなってるんだった。いつの間にかランクなんてものが出来てて、僕が作ったものよりベリーハードになってるんだった。
『GAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
僕の背後には、巨大な竜が迫ってる。
シガラミ先生の幻術で出会った竜よりは、ずっと小柄な竜だった。
されど、その中身は全くの別格。
【地竜アラガマンド】Lv.85
「シーゴと同格じゃねぇかぁぁぁあ!」
嘘だと言ってよォ!
地竜アラガマンドってあれだよ!
最下層に挑戦する人を「あっ、最下層って言ってもこんなもんなんだぁ」と油断させるための噛ませだよ! 噛ませ犬の予定でしたァ!
本番はこいつの次からなんですよぉ!
それが……どーしてこーなった?
『GAOoo!!』
「ひえい!?」
すぐ背後か殺気が放たれ、僕は咄嗟に上空へと飛ぶ。
瞬間、凄まじい轟音が真下で響く。
見れば、鋭い牙が僕のいた場所を噛み砕いていて、僕は冷や汗と共にその全身を見下ろした。
全身が、岩に包まれたような頑強な姿。
されど、その体は細身で速度も高く、細身の中に凝縮された筋肉は一撃掠っただけでも即死級、というバカ丸出しの威力をくりだせる。
つまり、なんだ。
作者の考えたさいきょうモンスター、ってやつだ。
「ふざけ……!」
僕は咄嗟に、転移する。
直後にその場所をアラガマンドの右腕が通る。
奴は姿の消えた僕に目を見開き。
僕は、奴の腹の下で拳を溜めた。
「【暦の七星】……!」
今日は、土曜日。
強化される技能は【消滅】!
それを、神狼技能、超加速の異能を使い、奴の腹の中へと直接ぶちこむ。
「ふざけてんじゃねぇぞ! クソ設定が!」
僕の一撃は、奴の防御を貫通する。
狼系技能は、敵の防御力を削る力を持つ。
故に、この竜との相性は最高のはず!
僕の【消滅】が、奴の腹の中で炸裂する。
暦の七星で強化されたこの一撃!
「耐えられるものなら、耐えて……」
『GAOOOOOOOO!!』
アラガマンドは、僕の言葉の途中で咆哮を撒き散らす。
瞬間、凄まじい衝撃が体を襲い。
そして、僕は気がついた。
「……ッ!? ま、麻、痺……!?」
体が、硬直して動かないということに。
僕は思わず頬を引き攣らせる。
消滅は変わらず続いている。
それでも命には、まだ届かない。
アラガマンドは僕を見下ろして。
そして、両手両足から、力を抜いた。
「嘘だろ……ッ!?」
単純な、のしかかり攻撃。
それが、今の僕にとっては最悪だった。
眼前へ迫る、超重量。
麻痺の状態異常は、復讐技能で解除した。
僕は、即死の攻撃を前に回避しようとするが……クソッタレ! まだ足の麻痺が治ってないじゃねぇか!
「て、転移……!」
僕は咄嗟に、異能を発動。
あまりに瞬間的な行使のため、ほとんど近距離転移のようなもの。
僕の体は、すぐ目の前の空間へと転移して。
その瞬間を、奴の尻尾が撃ち抜いた。
「が、は……!?」
あまりの威力。
それは、たった一撃で僕の余力を削りきった。
僕の体は、なんの受け身も取れずに吹き飛ぶ。
始まりの扉があった場所を通り抜け、行き止まりとなっている洞窟の壁へと深々と突き刺さる。
「ぐ、……ッ」
口から鮮血が止まらない。
やべぇ、肋が全本持ってかれたか。
内臓に骨が刺さってんじゃないのか、この激痛。シャレにならないぞ……。
僕は何とか壁から脱出すると、力なくその場に倒れ伏す。
アラガマンドは、そんな僕を元の位置で見つめていた。
「……た、すかった」
ありがとう……中学二年生の時の僕。
お前が【最初の地点はセーフティエリアだろ!】みたいな安直な考えをしてくれて助かった。
アラガマンドは、僕に興味を失ったように、どこかへと立ち去ってゆく。
僕はその姿を見送って、仰向けになった。
たったの一撃。
それだけで、意識を保ってるのが限界だった。
「か、活、性」
今この状態で【異常稼働】を使ってしまえば、たぶん、治るより先に命が尽きる。
そう直感したため、その力まで到達しないギリギリの活性で、身を治す。
「……はぁ、最初から、敗北か」
僕は額に手を当て、口の中の血を吐き出した。
開校まで、たぶん、あと数週間。
僕の敗北続きの深淵生活が、幕を開けた。
☆☆☆
数時間で、傷は癒えた。
ということで、僕は考えていた。
さて、どうすればあの化け物に勝てるだろうか。
「地竜アラガマンド……明確な弱点のない怪物」
深淵に棲む魔物には、作者……つまりは僕の考えた攻略ポイント、明確な弱点がある。
コバルトブルーにしても、ゴーレムにしても。
ちゃんとした順序を踏めば攻略できるようになっている。
ま、特異個体のスカイゴーレムなんかは別だけれども。
でもって、今回。
この裏ステージとも呼べる深淵最下層。
ここに棲む魔物たちには、そういった弱点が一切ない。全員が特異個体、スカイゴーレムと同種と考えるべきだ。
しかも、実力差はあの時の僕とスカイゴーレム以上。
「……勝てるビジョンが浮かばねぇ」
非常食を噛みながら、僕は頭を悩ませる。
今回の挑戦。
アラガマンドはすぐ倒せるだろ、とタカを括っていた。だから、水分はあまり大量には持ってきてない。
……何故って?
そりゃ、アラガマンドを倒したら挑戦者が使用可能な水場が開放される、っていう設定なんだよ。
そして、奴の縄張りは全て安全地帯に変わる。
自ずと、水は不要となってくるわけだ。
だが、今回はその大前提からして既に崩れてる。
「硬く、速く、攻撃は全て一撃必殺。更に、極めつけはあの咆哮……」
スカイゴーレムが設定を超えていたように。
アラガマンドの【設定外】は、恐らくあの状態異常付きの咆哮なのだろう。あんなの考えた記憶ないもん。
「予備動作ほとんどなし。食らったら即麻痺。今回はのしかかりだったけど……普通の攻撃だったら、解除前に攻撃食らってるな」
奴の速さは僕と同等か……それ以上だ。
攻撃力や破壊力も僕以上、防御力も僕以上。
レベルは格上、麻痺能力も厄介極まる。
はて、何で勝てばいいのかな?
えっ、もしかして、全部負けてる?
あれっ、えっ、まじで?
マジで何一つ勝ってないの、僕。
僕は、改めて技能を見つめ直す。
「……うーん」
神眼
神狼
廻天
復讐
指揮
崩壊
次元
果たして何をどう使えば、勝てるのか。
つーか、本当に勝てるの?
化け物だよバケモノ。
威圧感だけで潰されそうになったのは初めてだ。
今まで戦ってきた中でいえば……たぶん、2年前の暴走列車。あれを優に超えている。
やべ、どうしよ。
ものすごく帰りたくなってきた。
僕は大きく息を吐き。
そして、前方を見すえた。
「まぁ、弱気を吐いてる暇もないんだが」
僕は立ち上がり、アラガマンドの縄張りへと歩き出す。
さて、考えは纏まらず、攻略法も分からずじまい。全てにおいて劣る今、勝ち目はほとんどないに等しい。というか、無い。
なればこそ。
数打ちゃ当たる、じゃないけれど。
雨垂れ石を穿つ、とは言うらしいから。
僕もまた、質ではなく数で勝負しようと思う。
「回復できねぇ、消滅技能」
倒されては、安全地帯へと帰還して。
傷を癒しては、また立ち上がる。
それを幾度も繰り返し、そしていつの日か……お前の命にこの崩壊、届かせてみせる。
「さぁ、無限コンテニューだ。準備はいいか、最下層、最弱のアラガマンド」
僕は、前方へと走り出す。
地竜アラガマンドの咆哮が、遠くから聞こえてきた。
深淵と学園をちょいちょい行き来しながら、物語が進んでいく予定……です。
まぁ、予定が想定通り行ったことは未だかつて無いので、どうなるかはお楽しみに!




