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妄想クラウディア~10人の異能使いと禁忌の劫略者~  作者: 藍澤 建
第二章【秘匿の消えた世界】
59/170

225『負けたくない』

 それは、ただ、究極の一撃だった。

 連打でも、超高技巧な一撃でもなく。

 果てまで極めた異能から放たれる、シンプルな力技。

 一言一言、大切に紡ぎ、積み上げ、作り上げた一撃。


 彼の空間において、ひときわ輝く金色の光。

 大きな太陽。

 それが、僕らへ向けて堕ちてきた。


 シオンの影が、僕の前を覆う。

 今までで最大の厚さを誇る、膨大な影だ。

 その内側へ、六紗がコンクリートの壁を生み出し、僕が無数の杭でそれらを支える。


 それでもなお、一撃を数瞬止めるのが精いっぱいだった。


「……ッ!」


 僕は二人の前へと立ちふさがる。

 両手を広げ、その直後、僕を太陽が包み込む。


「が……!」


 正確に、身だけを焼き尽くす金色の炎。

 それは、痛みという感覚すら遠いものだった。

 なんだ、これは。

 攻撃を受けた瞬間、痛覚すら焼き切れた。

 細胞が一つ一つ、信じられない速度で死滅する。

 全身が死に絶える。

 それは、暴走列車に受けた一撃よりも、はるかに――。


「大丈夫、【君は死にはしないよ】」


 魔法の言葉が弾けて、僕は死ぬことを禁止された。

 それは、永遠に続く地獄のようなものだった。

 死んで、死んで、死に尽くして。

 それでも、死なない。

 細胞は死に尽くしても、命だけには届かない。


 もう、悲鳴はない。


 数時間か、あるいは数秒か。

 時間の感覚があいまいになるほど死に尽くして。

 僕の全身を包んでいた、太陽がきえた。


 僕の体は、力を失い倒れ伏す。

 そんな僕の体を、咄嗟に六紗が受け止めた。


「ちょ……! あ、あんた!」

「カイ! ……てめぇ! オレの前でカイを殺すなんざ、覚悟できてんだろうな!」


 死んでねぇよ。

 そうは言いたくても、言葉が出てこない。

 喉が焼かれて、もう、何もしゃべれない。

 体だけを焼く炎。衣服は無傷に近いが……体中はボロボロ。満身創痍もいいところだ。

 おそらく、復讐技能がなければ意識も無かったろう。

 僕は活性を高め、成志川へと視線を向ける。

 全身の傷が癒えてくる……が、完治するには、たぶん一日二日じゃ間に合わない。

 たぶん、今日。

 僕はもう、戦いには加われない。


 だけど。


 成志川は、安堵したように歩き出し。

 僕は、無理やりに口の端を吊り上げる。


 ――その瞬間、彼の膝が、がくりと崩れ落ちた。


「な……!?」


 その光景に一番驚いたのは、成志川本人だった。

 シオンと六紗は困惑気味に目を細め、成志川は想定だにしていない消耗に歯を食いしばり……そして、僕を見た。


「ま、まさか……志壁、まで使えるのか!」


 今のこの瞬間、声を出せないのが残念だ。

 僕の復讐技能は、あらゆる攻撃への耐性を持つ。

 だが、その本質は――攻撃を受けた場合、相手から相応の想力を奪い取る、という点にある。


 成志川の体が明滅し、その姿が元の状態へと戻る。

 と同時に、僕の治癒が、一気に加速した。

 放たれた十数発の拳。

 掠った際の衝撃波。

 そして、最後の太陽。

 ただでさえ、想力の消耗が激しいだろうに。


 僕は、笑った。


 おい特別。……ようやく、僕のとこまで堕ちてきたな。


 彼は大きく目を見開いて。

 僕は、かろうじて使用可能になった喉で、呟いた。



「悪いな……てめぇも、道連れだ」



 彼の視界に映ったのは、無傷で佇む二人のS級。

 死地の紅神、シオン・ライアーと。

 正統派最強の異能力者、六紗優。


 勘違いしてたんじゃないか? 成志川景。

 僕は、はなからお前に勝とうとなんてしてなかったんだよ。

 僕は、お前が負ければ、それで勝利だった。

 そのためにするべきことは、この二人を無傷で温存すること。

 僕が、その礎になること。


「……! 君は……どうして、そこまで」


 死をも恐れぬ、蛮勇だろう。

 はたから見れば、きっとそうだ。

 だけどな、成志川。


 自分だけが、必死だなんて思うなよ。


 僕の理由は、お前に比べちゃひどいものかもしれない。

 中二病だった過去がきついから、願望器を使って改変する。

 言葉にしてみれば、なんと薄っぺらい理由だろうか。

 だけどさ、僕はその薄っぺらい理由に、命を賭けられる。

 イカレてる。好きに言えばいい。

 僕は僕で、他人は他人だ。

 少なくとも僕は、その薄っぺらさに胸を張れる。


「絶対に、曲げられない……ものがあるから」


 僕はそう笑い、彼は瞼を閉ざす。

 そして、何を思ったか、笑みを浮かべた。


「……やっぱり、君は強いよ。心の底から、尊敬する」


 彼は、目を開く。

 両手を上げて、降参の意を示す。

 それは、誰の目にも明らかな、白旗だった。

 六紗は安堵の息を吐き、シオンは、不満そうに頬を膨らませる。

 そして僕は――



「な、成、志川! 後ろだッ!」



「……ッ!?」


 僕の言葉に、彼は大きく目を見開いた。

 その時には、もうすべてが手遅れだった。


 グサリ、と。

 擬音にしてみれば、あっさりと。

 成志川景の胸から、黒い腕が突き出した。


 真っ赤な鮮血があふれ出す。

 少年は、限界まで目を見開いて。

 何か、最後につぶやき、大地に倒れる。


 その背後には、一人の男が立っていた。



『先生よォ……よくも、俺に異能を使ってくれたなァ?』



 今この瞬間に至って、初めて思い至った。

 そのことに、憤りすら感じてしまう。

 そうだ、何を馬鹿なことを考えていた……!

 成志川が戦闘不能になるということは……この男が、自由になってしまうということ。

 そこまでは考えていた。だから、対策も立てていた。

 僕はポケットの中のスマホに触れて、歯噛みする。


 だけど、この状況は考えていなかった。


 ――あの男が、味方である成志川景を、殺す未来。


 その男――侵入者シーゴは、笑っていた。

 笑い、嘲り、成志川を見下ろし、蹴り飛ばす。

 彼の体は転がってゆき、成志川は、風穴の空いた胸を押さえて呻くばかり。


『苛立つぜ……てめぇは俺の指示に従う奴隷でいいんだよ。それが……考えてみろ。主が奴隷に噛みつかれちまった。そんなもん、ぶっ壊すしかねぇよなァ?』


 男は大地を蹴り、成志川へと止めに向かう。

 僕は咄嗟に立ち上がろうとして、膝が崩れる。

 バランスを失い、頭から地面に倒れてしまう。

 それでも前を向き、必死に異能を発動させ――。


「【我が前に刻は要らず(ブレイブ・オクロノス)】」


 それより先に、六紗が動いた。

 視界が切り替わる。

 見れば、シーゴの体中には無数の刃が突き立てられ。

 僕の隣には、倒れ伏す成志川の姿があった。


「……悪いけれど、これ以上、私の前で人は殺させない」

『へぇ、これが、時間停止。生身だったら死んでたなァ?』


 首に刃を突き立てられて。

 心臓を剣に穿たれて。

 それでも、その男は一切の痛みを感じていなかった。

 生命維持に、何の問題も持ちえていなかった。

 その光景に、僕は歯噛みする。


 六紗優は、強い。

 おそらく、人間の中では最強格だろう。

 だが、その強さはあくまでも、人間の中に限られる。

 刺しても死なない怪物、殺しても生きてる化け物。

 そういった類には……きっと彼女は、無力極まりない。


 ここにきて、明らかとなった六紗優の最大の弱点。

 火力の低さ。

 それは、この局面において致命的すぎた。


「おい、六紗……!」

「逃げるなんて言ったらぶっ飛ばすわよ! ……校舎には、ポンタや生徒たちが残ってる。……全快のポンタならいざ知らず、どーせこき使ったんでしょ? 私たちが逃げたら、全員殺される。こいつはそーゆー奴よ」


 六紗の言葉に、僕は押し黙り。

 男は、嬉しそうに笑った。


『いやぁ……ここまで俺を理解してくれる人間は初めてだぜぇ! なんだ嬢ちゃん、興奮させてくれるじゃねぇか』

「気持ち悪いわね、鏡を見てから出直しなさい」


 六紗とシーゴ。

 二人の視線が交差し、緊張感が一気に高まる。

 僕は大きく息を吐き。

 そして、【遮断】を解除した。



「ごちゃごちゃうるせぇ!」



 その声に、シーゴは大きく目を見開いた。

 彼は振り返る。

 そこには、後頭部へ両手銃を突きつけるシオンの姿が。

 ……悪いが、僕の得意分野はそっちでね。

 自分も他人も関係なく、完全に意識外へと押しやれる。

 シーゴは咄嗟に回避しようとしたが、シオンは、その近距離では外さない。


「Go Ahead! 逝っちまいなクソ野郎!」


 それは、成志川に放った一撃よりも、さらに重かった。

 彼女が心の片隅に持っていた、成志川をなんとなく殺したくない、という思い。人質を取られた彼に対する同情。

 そういうものの、一切が抜け落ちた一撃。

 それは、男を殺す気で放ったものだ。


『この――』


 シーゴは、直前で何か叫んだようだが。

 抵抗むなしく、その一撃は彼の頭蓋骨を直撃した。

 あまりの一撃に、その体は吹き飛んでゆく。

 シオンは両腕を解除すると、追撃へ走り出す。

 前方を睨んだ六紗も、次の瞬間には消えていて。


 そこに残ったのは、満身創痍が二人だけ。


 遠くから、戦闘音が響いてくる。

 それを見て、聞いて。

 僕は大きく、息を吐いた。

 喉はだいぶ、治ってきた。

 まだまだ喋れば血は出るけれど、音も出る。


「……あぁいう、強い姿は、映えるよな。誰だって憧れるし、僕も一時期は憧れた」


 ああいう特別になりたくて。

 僕は、中二病に罹ったんだと思う。

 平凡な自分を変えたくて。

 僕は、必死に特別を演じた。

 まぁ、その終着点は知っての通り。


 現実を知って、僕は平凡に逆戻りした。


 いいや、戻ってすらいないのだと思う。

 僕は、平凡から一歩たりとも歩き出してやしなかった。特別になんてなれてなかった。

 終始僕は、平凡のままだった。


 だからこそ、って訳じゃないんだけれど。

 そういう憧れを、捨て去って。

 そうして初めて見えてきた、特別への道のり。

 今まで見つけることも出来なかった、特別に。

 今更、手を伸ばしている僕がいる。


 僕は、全身に力を入れて、無理やり立ち上がる。

 動く度に全身に激痛が走る。

 体が鉛のように重くて、立ってるだけで精一杯だ。


 それでも、引けない時がある。


 戦えないとわかってる。

 こんな姿じゃ、僕はもう戦えない。

 なら、せめて役に立て。

 ぶっ倒れるなら、役に立ってから気絶しろ。

 その後なら、危篤だろうが瀕死だろうが、望むところだ。


 僕は大きく息を吸い、告げる。



「……おい、てめぇ、こんな所で寝てていいのかよ」



 僕の言葉に、男は、僅かに口を開いた。

 もう、その言葉は僕の耳には届かない。

 だけど、その想力を見れば、彼の気持ちは容易に分かった。


 ――彼の想力は、徐々に回復を始めていたのだから。


 想力とは、想いの力。

 意志の強さ、妄想力の激しさ。

 それがそのまま、力になる。

 つまり、想いが強いほど。


 そいつの意思が強いほど、想力は体の底から湧き上がってくる。



「……負けたく、ない」



 その言葉が、僕の耳に届いた。

 少年は、泣いていた。

 泣きながら、言っていた。


「こんな所で……負けたくない」

「……だよな。こんな所で、負けてられねぇよな」


 僕は笑って、異能を使う。


「【禁書劫略(イクリプス)】」


 黒い円環が、彼の身体中へと巻きついた。

 その光景に、成志川景は僕を見上げる。


「……僕の、力を奪うのか」


 その目に映るのは、希望だった。

 彼は、残る力を総動員し、僕の手を握る。


「……君に、こんなことを望むのは、間違っていると思う。都合がよすぎると、思う。だけど……!」


 その目は、雄弁に語っていた。

 僕の代わりに、あの男を倒してくれ。


 エニグマを、助けてやってくれ。


 言葉にしなくたってわかる、彼の愛。

 その甘ったるさに苦笑して、僕は、彼の手を払い落とした。


「そんなことを望むな。話を聞かないかと思えば、今度は助けてくれ、だぁ? そんな都合のいい話あるわけねぇだろ」

「……っ、や、やっぱり、君も……」


 僕の言葉に、成志川景は絶望していた。

 あぁ、その顔が見たかった。

 ざまぁみろ、成志川。

 人の話を聞かない、お前の落ち度だ。


 僕は笑って、彼から奪った。




()()()()()()()()()()()()()




 その言葉に、成志川は大きく目を見開いた。


 次の瞬間、彼の体から傷は消え。

 僕の胸へと、風穴が産み落とされた。


 あまりの痛み。

 口から血が溢れる。


 僕の力は……理を奪う力。

 それが現実として在るのなら、第三者の外傷をそのまま自分に移すことも……できる。

 僕が奪えるのは、なにも、能力だけじゃない。


「く、くそっ……」


 手の甲へ浮かび上がる【傷】の文字。

 僕は荒い息を吐きながら、膝を着く。

 そんな僕を、少年は愕然と目を見開いて見上げていた。


「な……な、なにをして――!」

「うるせぇ、お前の方が……強いだろうが」


 僕はそう笑うと、いよいよ力が入らなくなって、その場に倒れる。

 僕の姿に、成志川は焦ったように立ち上がる。

 だけど、大丈夫、問題ないさ。


 どっかの誰かさんが、想力が空っぽになっても、ギリギリのところで【灰村解の死亡禁止】だけは発動させてたからな。

 僕は、死ぬことを許可されていない。

 だから、気にするな。

 僕は死なない、何があろうと。


「な、なんで……!」


 気がつけば、成志川は泣いていた。

 ……なんだこいつ、泣き虫だなぁ。

 僕は思わず苦笑して、目を閉じる。


 僕だってさ、戦いたいよ。

 だけど、こりゃ無理だ。

 お前は少し、強すぎた。

 お前に受けたダメージが、大きすぎる。


 だから、僕が勝つことは、諦める。


 僕は、()()()()()ことに尽力する。


「……負けたくない、んだろ?」

「……! あ、あぁ、負けたく、ない!」


 泣きじゃくりながら、彼は叫ぶ。

 そんな彼へと、僕は言う。

 瀕死の体に鞭打って、しかと告げる。


「なら、お前がやれ。お前の大切な気持ちを、想いを、他人に預けてんじゃねぇ」


 なにが、頼む、だ。

 ふざけてんじゃねぇ。

 そんなに、泣くほど大切ならな。

 何があっても、自分の手で成し遂げろ。


 守り通せ。


 僕との戦闘で負った傷。

 奴から受けた胸の傷、

 全部まとめて、僕が引き受けた。

 礎には、僕がなる。


 だから、お前は前を向け。


 僕は、力いっぱい右手を握る。

 その胸へと拳を当てて、目を開く。

 そして、その目を見て、真正面から言葉を贈る。



「……僕はお前を、信じてる」



 その言葉に、彼は溢れる涙を拭った。

 涙を拭って、立ち上がる。

 そこには、泣き虫の少年はもう居ない。


 2年前に見た、強者の姿が、そこにはあった。



「……あぁ。安心してくれ。僕は、信じてくれる人には、何がなんでも応える男だ」



 そりゃ、安心だな。

 さすがにもう、瞼も落ちてきた。

 体に力が入らない。

 意識も、遠のいてきたところだ。


 そろそろ、僕はリタイアの時間だろう。


 そうわかったからこそ、僕は最後に問いかける。


「そーいやお前、ノート集めて、どんな夢を叶えるつもりだ?」

「……この局面で、それを聞くかい」


 彼はどこか、呆れたようにそう言った。

 成志川景は、前を向く。

 その目は年相応の少年のようで。


 彼は、胸を張ってこう言った。



「夢は大きく、世界征服だ」



 なんだ、いい夢じゃねぇか。

 そう言って、僕は瞼を閉ざした。



誰もお前を信じない。

それは呪いの言葉だった。


だけど、きっと今は違う。


信じてくれる人は、此処に居る。

さぁ、前を向け。走り出せ。


過去を乗り越え、その先へ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公やっぱりかっこいい! 中二病やっぱり治ってねえよ
[良い点] あんたは毎回そうだ 毎回見る人を熱くする。感動させる。感嘆させる。 人の想いとか心とかそういうのがすげぇ響いてくるから泣けるんだ。 ありがとう、待ってた
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