225『負けたくない』
それは、ただ、究極の一撃だった。
連打でも、超高技巧な一撃でもなく。
果てまで極めた異能から放たれる、シンプルな力技。
一言一言、大切に紡ぎ、積み上げ、作り上げた一撃。
彼の空間において、ひときわ輝く金色の光。
大きな太陽。
それが、僕らへ向けて堕ちてきた。
シオンの影が、僕の前を覆う。
今までで最大の厚さを誇る、膨大な影だ。
その内側へ、六紗がコンクリートの壁を生み出し、僕が無数の杭でそれらを支える。
それでもなお、一撃を数瞬止めるのが精いっぱいだった。
「……ッ!」
僕は二人の前へと立ちふさがる。
両手を広げ、その直後、僕を太陽が包み込む。
「が……!」
正確に、身だけを焼き尽くす金色の炎。
それは、痛みという感覚すら遠いものだった。
なんだ、これは。
攻撃を受けた瞬間、痛覚すら焼き切れた。
細胞が一つ一つ、信じられない速度で死滅する。
全身が死に絶える。
それは、暴走列車に受けた一撃よりも、はるかに――。
「大丈夫、【君は死にはしないよ】」
魔法の言葉が弾けて、僕は死ぬことを禁止された。
それは、永遠に続く地獄のようなものだった。
死んで、死んで、死に尽くして。
それでも、死なない。
細胞は死に尽くしても、命だけには届かない。
もう、悲鳴はない。
数時間か、あるいは数秒か。
時間の感覚があいまいになるほど死に尽くして。
僕の全身を包んでいた、太陽がきえた。
僕の体は、力を失い倒れ伏す。
そんな僕の体を、咄嗟に六紗が受け止めた。
「ちょ……! あ、あんた!」
「カイ! ……てめぇ! オレの前でカイを殺すなんざ、覚悟できてんだろうな!」
死んでねぇよ。
そうは言いたくても、言葉が出てこない。
喉が焼かれて、もう、何もしゃべれない。
体だけを焼く炎。衣服は無傷に近いが……体中はボロボロ。満身創痍もいいところだ。
おそらく、復讐技能がなければ意識も無かったろう。
僕は活性を高め、成志川へと視線を向ける。
全身の傷が癒えてくる……が、完治するには、たぶん一日二日じゃ間に合わない。
たぶん、今日。
僕はもう、戦いには加われない。
だけど。
成志川は、安堵したように歩き出し。
僕は、無理やりに口の端を吊り上げる。
――その瞬間、彼の膝が、がくりと崩れ落ちた。
「な……!?」
その光景に一番驚いたのは、成志川本人だった。
シオンと六紗は困惑気味に目を細め、成志川は想定だにしていない消耗に歯を食いしばり……そして、僕を見た。
「ま、まさか……志壁、まで使えるのか!」
今のこの瞬間、声を出せないのが残念だ。
僕の復讐技能は、あらゆる攻撃への耐性を持つ。
だが、その本質は――攻撃を受けた場合、相手から相応の想力を奪い取る、という点にある。
成志川の体が明滅し、その姿が元の状態へと戻る。
と同時に、僕の治癒が、一気に加速した。
放たれた十数発の拳。
掠った際の衝撃波。
そして、最後の太陽。
ただでさえ、想力の消耗が激しいだろうに。
僕は、笑った。
おい特別。……ようやく、僕のとこまで堕ちてきたな。
彼は大きく目を見開いて。
僕は、かろうじて使用可能になった喉で、呟いた。
「悪いな……てめぇも、道連れだ」
彼の視界に映ったのは、無傷で佇む二人のS級。
死地の紅神、シオン・ライアーと。
正統派最強の異能力者、六紗優。
勘違いしてたんじゃないか? 成志川景。
僕は、はなからお前に勝とうとなんてしてなかったんだよ。
僕は、お前が負ければ、それで勝利だった。
そのためにするべきことは、この二人を無傷で温存すること。
僕が、その礎になること。
「……! 君は……どうして、そこまで」
死をも恐れぬ、蛮勇だろう。
はたから見れば、きっとそうだ。
だけどな、成志川。
自分だけが、必死だなんて思うなよ。
僕の理由は、お前に比べちゃひどいものかもしれない。
中二病だった過去がきついから、願望器を使って改変する。
言葉にしてみれば、なんと薄っぺらい理由だろうか。
だけどさ、僕はその薄っぺらい理由に、命を賭けられる。
イカレてる。好きに言えばいい。
僕は僕で、他人は他人だ。
少なくとも僕は、その薄っぺらさに胸を張れる。
「絶対に、曲げられない……ものがあるから」
僕はそう笑い、彼は瞼を閉ざす。
そして、何を思ったか、笑みを浮かべた。
「……やっぱり、君は強いよ。心の底から、尊敬する」
彼は、目を開く。
両手を上げて、降参の意を示す。
それは、誰の目にも明らかな、白旗だった。
六紗は安堵の息を吐き、シオンは、不満そうに頬を膨らませる。
そして僕は――
「な、成、志川! 後ろだッ!」
「……ッ!?」
僕の言葉に、彼は大きく目を見開いた。
その時には、もうすべてが手遅れだった。
グサリ、と。
擬音にしてみれば、あっさりと。
成志川景の胸から、黒い腕が突き出した。
真っ赤な鮮血があふれ出す。
少年は、限界まで目を見開いて。
何か、最後につぶやき、大地に倒れる。
その背後には、一人の男が立っていた。
『先生よォ……よくも、俺に異能を使ってくれたなァ?』
今この瞬間に至って、初めて思い至った。
そのことに、憤りすら感じてしまう。
そうだ、何を馬鹿なことを考えていた……!
成志川が戦闘不能になるということは……この男が、自由になってしまうということ。
そこまでは考えていた。だから、対策も立てていた。
僕はポケットの中のスマホに触れて、歯噛みする。
だけど、この状況は考えていなかった。
――あの男が、味方である成志川景を、殺す未来。
その男――侵入者シーゴは、笑っていた。
笑い、嘲り、成志川を見下ろし、蹴り飛ばす。
彼の体は転がってゆき、成志川は、風穴の空いた胸を押さえて呻くばかり。
『苛立つぜ……てめぇは俺の指示に従う奴隷でいいんだよ。それが……考えてみろ。主が奴隷に噛みつかれちまった。そんなもん、ぶっ壊すしかねぇよなァ?』
男は大地を蹴り、成志川へと止めに向かう。
僕は咄嗟に立ち上がろうとして、膝が崩れる。
バランスを失い、頭から地面に倒れてしまう。
それでも前を向き、必死に異能を発動させ――。
「【我が前に刻は要らず】」
それより先に、六紗が動いた。
視界が切り替わる。
見れば、シーゴの体中には無数の刃が突き立てられ。
僕の隣には、倒れ伏す成志川の姿があった。
「……悪いけれど、これ以上、私の前で人は殺させない」
『へぇ、これが、時間停止。生身だったら死んでたなァ?』
首に刃を突き立てられて。
心臓を剣に穿たれて。
それでも、その男は一切の痛みを感じていなかった。
生命維持に、何の問題も持ちえていなかった。
その光景に、僕は歯噛みする。
六紗優は、強い。
おそらく、人間の中では最強格だろう。
だが、その強さはあくまでも、人間の中に限られる。
刺しても死なない怪物、殺しても生きてる化け物。
そういった類には……きっと彼女は、無力極まりない。
ここにきて、明らかとなった六紗優の最大の弱点。
火力の低さ。
それは、この局面において致命的すぎた。
「おい、六紗……!」
「逃げるなんて言ったらぶっ飛ばすわよ! ……校舎には、ポンタや生徒たちが残ってる。……全快のポンタならいざ知らず、どーせこき使ったんでしょ? 私たちが逃げたら、全員殺される。こいつはそーゆー奴よ」
六紗の言葉に、僕は押し黙り。
男は、嬉しそうに笑った。
『いやぁ……ここまで俺を理解してくれる人間は初めてだぜぇ! なんだ嬢ちゃん、興奮させてくれるじゃねぇか』
「気持ち悪いわね、鏡を見てから出直しなさい」
六紗とシーゴ。
二人の視線が交差し、緊張感が一気に高まる。
僕は大きく息を吐き。
そして、【遮断】を解除した。
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
その声に、シーゴは大きく目を見開いた。
彼は振り返る。
そこには、後頭部へ両手銃を突きつけるシオンの姿が。
……悪いが、僕の得意分野はそっちでね。
自分も他人も関係なく、完全に意識外へと押しやれる。
シーゴは咄嗟に回避しようとしたが、シオンは、その近距離では外さない。
「Go Ahead! 逝っちまいなクソ野郎!」
それは、成志川に放った一撃よりも、さらに重かった。
彼女が心の片隅に持っていた、成志川をなんとなく殺したくない、という思い。人質を取られた彼に対する同情。
そういうものの、一切が抜け落ちた一撃。
それは、男を殺す気で放ったものだ。
『この――』
シーゴは、直前で何か叫んだようだが。
抵抗むなしく、その一撃は彼の頭蓋骨を直撃した。
あまりの一撃に、その体は吹き飛んでゆく。
シオンは両腕を解除すると、追撃へ走り出す。
前方を睨んだ六紗も、次の瞬間には消えていて。
そこに残ったのは、満身創痍が二人だけ。
遠くから、戦闘音が響いてくる。
それを見て、聞いて。
僕は大きく、息を吐いた。
喉はだいぶ、治ってきた。
まだまだ喋れば血は出るけれど、音も出る。
「……あぁいう、強い姿は、映えるよな。誰だって憧れるし、僕も一時期は憧れた」
ああいう特別になりたくて。
僕は、中二病に罹ったんだと思う。
平凡な自分を変えたくて。
僕は、必死に特別を演じた。
まぁ、その終着点は知っての通り。
現実を知って、僕は平凡に逆戻りした。
いいや、戻ってすらいないのだと思う。
僕は、平凡から一歩たりとも歩き出してやしなかった。特別になんてなれてなかった。
終始僕は、平凡のままだった。
だからこそ、って訳じゃないんだけれど。
そういう憧れを、捨て去って。
そうして初めて見えてきた、特別への道のり。
今まで見つけることも出来なかった、特別に。
今更、手を伸ばしている僕がいる。
僕は、全身に力を入れて、無理やり立ち上がる。
動く度に全身に激痛が走る。
体が鉛のように重くて、立ってるだけで精一杯だ。
それでも、引けない時がある。
戦えないとわかってる。
こんな姿じゃ、僕はもう戦えない。
なら、せめて役に立て。
ぶっ倒れるなら、役に立ってから気絶しろ。
その後なら、危篤だろうが瀕死だろうが、望むところだ。
僕は大きく息を吸い、告げる。
「……おい、てめぇ、こんな所で寝てていいのかよ」
僕の言葉に、男は、僅かに口を開いた。
もう、その言葉は僕の耳には届かない。
だけど、その想力を見れば、彼の気持ちは容易に分かった。
――彼の想力は、徐々に回復を始めていたのだから。
想力とは、想いの力。
意志の強さ、妄想力の激しさ。
それがそのまま、力になる。
つまり、想いが強いほど。
そいつの意思が強いほど、想力は体の底から湧き上がってくる。
「……負けたく、ない」
その言葉が、僕の耳に届いた。
少年は、泣いていた。
泣きながら、言っていた。
「こんな所で……負けたくない」
「……だよな。こんな所で、負けてられねぇよな」
僕は笑って、異能を使う。
「【禁書劫略】」
黒い円環が、彼の身体中へと巻きついた。
その光景に、成志川景は僕を見上げる。
「……僕の、力を奪うのか」
その目に映るのは、希望だった。
彼は、残る力を総動員し、僕の手を握る。
「……君に、こんなことを望むのは、間違っていると思う。都合がよすぎると、思う。だけど……!」
その目は、雄弁に語っていた。
僕の代わりに、あの男を倒してくれ。
エニグマを、助けてやってくれ。
言葉にしなくたってわかる、彼の愛。
その甘ったるさに苦笑して、僕は、彼の手を払い落とした。
「そんなことを望むな。話を聞かないかと思えば、今度は助けてくれ、だぁ? そんな都合のいい話あるわけねぇだろ」
「……っ、や、やっぱり、君も……」
僕の言葉に、成志川景は絶望していた。
あぁ、その顔が見たかった。
ざまぁみろ、成志川。
人の話を聞かない、お前の落ち度だ。
僕は笑って、彼から奪った。
「お前の傷、全て僕が貰い受ける」
その言葉に、成志川は大きく目を見開いた。
次の瞬間、彼の体から傷は消え。
僕の胸へと、風穴が産み落とされた。
あまりの痛み。
口から血が溢れる。
僕の力は……理を奪う力。
それが現実として在るのなら、第三者の外傷をそのまま自分に移すことも……できる。
僕が奪えるのは、なにも、能力だけじゃない。
「く、くそっ……」
手の甲へ浮かび上がる【傷】の文字。
僕は荒い息を吐きながら、膝を着く。
そんな僕を、少年は愕然と目を見開いて見上げていた。
「な……な、なにをして――!」
「うるせぇ、お前の方が……強いだろうが」
僕はそう笑うと、いよいよ力が入らなくなって、その場に倒れる。
僕の姿に、成志川は焦ったように立ち上がる。
だけど、大丈夫、問題ないさ。
どっかの誰かさんが、想力が空っぽになっても、ギリギリのところで【灰村解の死亡禁止】だけは発動させてたからな。
僕は、死ぬことを許可されていない。
だから、気にするな。
僕は死なない、何があろうと。
「な、なんで……!」
気がつけば、成志川は泣いていた。
……なんだこいつ、泣き虫だなぁ。
僕は思わず苦笑して、目を閉じる。
僕だってさ、戦いたいよ。
だけど、こりゃ無理だ。
お前は少し、強すぎた。
お前に受けたダメージが、大きすぎる。
だから、僕が勝つことは、諦める。
僕は、僕らが勝つことに尽力する。
「……負けたくない、んだろ?」
「……! あ、あぁ、負けたく、ない!」
泣きじゃくりながら、彼は叫ぶ。
そんな彼へと、僕は言う。
瀕死の体に鞭打って、しかと告げる。
「なら、お前がやれ。お前の大切な気持ちを、想いを、他人に預けてんじゃねぇ」
なにが、頼む、だ。
ふざけてんじゃねぇ。
そんなに、泣くほど大切ならな。
何があっても、自分の手で成し遂げろ。
守り通せ。
僕との戦闘で負った傷。
奴から受けた胸の傷、
全部まとめて、僕が引き受けた。
礎には、僕がなる。
だから、お前は前を向け。
僕は、力いっぱい右手を握る。
その胸へと拳を当てて、目を開く。
そして、その目を見て、真正面から言葉を贈る。
「……僕はお前を、信じてる」
その言葉に、彼は溢れる涙を拭った。
涙を拭って、立ち上がる。
そこには、泣き虫の少年はもう居ない。
2年前に見た、強者の姿が、そこにはあった。
「……あぁ。安心してくれ。僕は、信じてくれる人には、何がなんでも応える男だ」
そりゃ、安心だな。
さすがにもう、瞼も落ちてきた。
体に力が入らない。
意識も、遠のいてきたところだ。
そろそろ、僕はリタイアの時間だろう。
そうわかったからこそ、僕は最後に問いかける。
「そーいやお前、ノート集めて、どんな夢を叶えるつもりだ?」
「……この局面で、それを聞くかい」
彼はどこか、呆れたようにそう言った。
成志川景は、前を向く。
その目は年相応の少年のようで。
彼は、胸を張ってこう言った。
「夢は大きく、世界征服だ」
なんだ、いい夢じゃねぇか。
そう言って、僕は瞼を閉ざした。
誰もお前を信じない。
それは呪いの言葉だった。
だけど、きっと今は違う。
信じてくれる人は、此処に居る。
さぁ、前を向け。走り出せ。
過去を乗り越え、その先へ。




