222『妄言使いの大切なもの②』
さらっと書くと、妄言使いが安いキャラになり。
重々しく書くと、話が重すぎて作風が壊れる。
なかなかどうして悩みどころの多い過去編です。
どうぞ。
男は、霧矢ハチと名乗った。
自称一般人の、異能力者だそうだ。
「君は……うん。久理のタイプみたいだね。そうだ! せっかく会った事だし、君に異能を教えようか! そーすればサンドバッグになんてならないしね!」
きっと、その本心は別のところにあるのだろう。
コイツの言葉は、どこか胡散臭い。
僕に異能を教えることに、何か意味でもあるのかもしれない。だから、ここで待ち伏せていた……だなんて、そう言われても納得できる。
少なくとも、信用していい男じゃない。
なんとなく、そう思った。
だから、信用せずに利用することにした。
僕は、その男から異能を習った。
学校に行き、虐められ。
神社に帰って、家に帰るまで修行する。
そんな日々が、1年間続いた。
1年も経った頃には、僕の日常は変わっていた。
小学六年生の、冬。
あの事件から、ちょうど1年が経過した頃。
「ねぇ、今どんな気持ち? 見下してたやつに……完膚なきまでに叩き潰された今の気持ちは」
僕の前には、死屍累々が広がっていた。
僕は予定通り、僕を虐めた全ての者へと復讐した。
簡潔に言えば、全員集めてボコったんだ。
足を折って、逃げられないようにして。
それから全員、僕がされたことと全く同じことをやり返した。拷問した。
僕は、復讐を完遂した。
「た、たすけ……」
「あ、悪魔……っ!」
悪魔、か。
人殺しよりは、ずっと響きがいいだろう。
うん、これからは悪魔と、そう名乗ろうか。
僕は大きく息を吐くと、久しぶりに笑った。
現実は辛いと、この1年で理解した。
苦しいだけで、救いはない。
誰もが誰かを見下していて。
それを生きがいに活きている。
腐り果てた、ゴミみたいな世界だ。
そんな世界は、力無い者から容赦なく潰してゆく。
だけどもう、僕が力に屈することない。
残酷な現実に押しつぶされることは無い。
僕はもう、力を手に入れたのだから。
だから、こんな腐った現実なんて……真正面から打ち砕ける。
――僕はもう、一人で生きられる。
そう理解した瞬間、僕は笑っていた。
「……そーいえば。他校にも、僕のこと虐めに来てた奴ら、たしか居たよな」
僕は、そう言って歩き出す。
完全無欠な完遂と言うには、まだ早かったみたいだ。
僕は具現でナイフを取りだし、校門を出る。
そこで、僕はいい加減聞き慣れた声を耳にした。
「うひゃー、こりゃまた派手にやったねー。グラウンド血だらけじゃん」
「……いたのか、霧矢」
「うん。最初からねー」
コイツが神社以外で姿を見せるのは、これが初めてのこと。
僕は振り返ると、奴を睨んだ。
右手のナイフを突きつけ、冷たく告げる。
「お前も、僕を責めるか?」
「いんや? 俺は誰も責めたりしない」
嘘か誠か、男はそう言った。
僕は彼へと向き直る。
霧矢は寄りかかっていた壁から背中を離すと、僕の肩へと手を置いた。
「ま、俺から言えることは特にないよ。ただ、強いて言うとしたら……まぁ、そうだね――」
男は、その続きを口にした。
「――――――――」
その言葉を最後に、僕の肩から手を離す。
それは、あまりにもありきたりで。
あまりにも、簡単な言葉。
僕にとっては、反吐が出そうな幸せ理論だった。
「クソ喰らえ、だな」
「そー言うと思った。まぁ、覚えておいてくれればいいよ。それ、俺からの最後のアドバイスだからね」
そう言い終えて、霧矢は歩き出す。
ヒラヒラと僕へと手を振って、どこへともなく消えてゆく。
僕は察した。
たぶんこの男と会うことは、二度とないだろう、と。
「それじゃ、彼女のひとつでもつくって、元気にやんなよ」
その言葉を受け、僕もまた歩き出す。
彼女……彼女、ねぇ。
僕は笑うように吐き捨てて、前を向く。
「そんなもの、人生の無駄だろうが」
そんなものにかける時間が、無駄そのものだ。
☆☆☆
中学校に上がって。
僕の噂は、変わらなかった。
……いいや、世間的には悪い方向に。
僕個人としては、いい方向に進んでいた。
「えー、これで授業を終了する」
教師の声がして、終業のチャイムがなる。
直後、僕の周囲の生徒が、一斉に席を立つ。
その際に僕をちらりと見ていたので、目を合わせてやると、彼ら彼女らは慌てたように駆け出していった。
――成志川景は、悪魔である。
そんな噂が、学校に、いいや、周辺地域に流れつつあった。
というか、僕が流した。
僕が行った粛清……復讐内容と一緒にな。
そのおかげで、今では怯えられるだけで済んでいる。あれだけの噂が流れているのに、分不相応にも僕に話しかけて来るような馬鹿はそう居ない。
「おい、このクラスに成志川ってのは居るか!」
……まぁ、そう居ないってだけで、居ることはいるみたいなんだけど。
クラス全員の視線がこちらへと向かう。
教室前の入口へと視線を向けると、そこには数名の男子生徒の姿があった。
彼らは僕を見るや否や、こちらへとずんずん歩き始める。
「テメぇだな? さんざん俺らのシマ荒らしまわってくれたっていうクソ野郎は。……いいや、人殺し、っつたほーが身に覚えがあるか?」
男は僕の前まで来ると、顎を突き出し、挑発してくる。
実に易い挑発だ。
こんなもんに引っかかる奴の気が知れない。
そうは思いながらも。
僕は、その顎先を軽く叩いた。
想力を込めた、一撃だった。
「あが……っ」
「最低限、喧嘩を売る相手は考えたほうがいい」
男はその場で崩れ落ちる。
今の一撃で脳を揺らした。しばらくは起き上がれまい。
僕は立ち上がると、お供の男子生徒二人が焦ったように拳を構える。
「てめぇ……一体何を!」
「見えなかったんなら、それがお前の程度だ。今すぐその男を連れて引き返すことを勧める。さもなくば血を見るぞ」
そう告げるが、男二人が僕の言うことを聞くそぶりはない。
二人は拳を固め、僕は困り果ててため息を漏らす。
入学早々……問題ばかり起こしたくもないんだが。
まあ、ここはクソったれた現実だ。
こういうことも、納得はできる。
僕は拳を振りかぶり。
二人はおびえたように、身を震わせる。
そんな二人へ、僕は情け容赦なく拳を振るう――
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁあああ!!」
直前で、僕の拳の軌道上へと、金色の何かが割り込んできた。
拳は途中で止められない。
僕は割り込んできた小さな金色を殴りつけ、怯えていた二人も呆然と目を見開いている。
その呆然は、周囲も、僕とて同じこと。
視線の先には、吹き飛んでいった小さな女子生徒の姿があった。
少女は多くの机をなぎ倒し、大の字になって倒れている。
「お、おい……」
な、なんだ。なんで割り込んできたんだ、この女。
僕は咄嗟に声をかけて――次の瞬間、少女の手がピクリと動いた。
……嘘だろ。今、結構力を込めてたはずだが。
驚く僕の目の前で、少女は平然と立ち上がった。
だけど、殴られた頬は赤くなっていて、その目には大粒の涙が溜まっている。それでも、空元気の限りを込めて、僕を必死に睨みつけていた。
「ぜんっぜん、痛くない! 痛くないったら痛くないわ!」
「いや、でも頬が腫れて……」
「うるさいわね! 私が痛くないっていったらそういうことなの! わかったらはい黙って! そして殴ったこと謝って!」
黙ればいいのか、謝ればいいのか。
僕は何とも言えない表情を浮かべていたと思う。
そんな僕へと、不満げに頬を膨らませる少女。
「あんた! 見た感じめちゃくちゃ強いんでしょ、太ってるけど! そんな人が、弱い奴らに絡まれたからって力を振るっちゃだめよ! だってものすごくかっこ悪いもの! 私の美学に反するわ!」
「……格好悪い?」
なんだ、その合理性の欠片もない言葉は。
何故、こんな腐った現実に格好の良さを求めるのか。
いいや、この現実に、何か求める時点で、それは間違っている。
僕は言いかけた。
だけど、それより先に少女が言った。
「そうよ! それに、なーに中学生のくせして『自分は現実を知っている』みたいな擦れた考えしてんのよ! そー言うのを世間じゃ【中二病】っていうのよ! 覚えときなさい!」
「ちゅ……ッ!?」
中二病。
少女は僕の過去も、今も。
全てひっくるめて、そう言い表した。
僕は、それが悔しかった。
お前が、僕の何を知っている。
いったい何を理解している。
何も知らないだろ。それなのに……!
「何も知らないやつが……勝手なことを!」
「勝手で結構! 私は好きに生きるって決めてんの! この人生、思う存分謳歌するって決めてんのよ! 好きにやらせなさい!」
僕の言葉を、やはり少女はかき消した。
彼女は、僕へと指をさす。
その姿が、当時の僕には忌々しかった。
「私はエニグマ! 夢は大きく、世界征服よ! アンタは誰よ!」
それが、僕の、もう一つの転換期。
僕の人生が色濃く変わった、一種の特異点だ。
この時はまだ、知らなかった。
この少女に、心を奪われるということを。
 




