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妄想クラウディア~10人の異能使いと禁忌の劫略者~  作者: 藍澤 建
第二章【秘匿の消えた世界】
55/170

221『妄言使いの大切なもの①』

 目の前に立つ男は、強かった。

 2年前に相対した頃より、ずっと強くなっていた。


 あの頃は……きっと、力を奪われていたんだろう。

 何者かに襲撃されて。

 悪魔王と出会って、そして、僕に会った。


 でも、不思議と力が戻ったような様子はない。

 彼の力は強いと思う。

 それでも、ずっと昔から使っていたような熟練感、老巧さ、とでも言うのだろうか? そういうものが一切なかったから。

 だから、僕は理解した。


「……君は、強いんだね」

「あぁ? なんだよいきなり」


 熾烈を極める戦闘中に、それでも僕は語りかける。


 息を整えろ、呼吸を正せ。

 喉の調子は万全だ。

 無駄な言葉は口にするな。

 僕の口は、今だけは、戦うためのモノでいい。


 そう告げる理性。

 されど僕は、一人の男として。


 この少年に、心の底から敬意を評した。



「君は……強いね。僕とは大違いだ」



 僕は、こんなにも弱いのに。

 少なくとも、僕自身はそう思うんだ。

 どれだけ力が強くても。

 どれだけ異能が優れていても。


 きっと僕の心は、あの冬の日に、折れてしまったんだと思うから。




 ☆☆☆




「は? なにこれキモいんだけど」


 小学校、5年生の冬。

 学校の屋上で。

 目の前で、恋文を破かれた。


「あ……」


 僕の好きになった人は、クラスメイトの女の子。

 クラスのムードメーカー。

 いつも明るく、元気で、誰にも優しい。


 ……恋をする瞬間なんてのは、一瞬だ。

 気がついた時には、恋に落ちてた。

 なにか、特別な出来事があった訳でもない。

 ふとした瞬間に、目で追っていて。

 僕は、全てを察し、理解した。


 それが、僕の初恋だった。


「あんたさ、鏡、見たことある?」


 笑い声が、どこからか聞こえてくる。

 視線を動かせば、屋上へと続く昇降口で、彼女の取り巻きが笑っていることに気がついた。


 僕は、全て幻想だったのだと理解した。


 幼いながらに、騙されていたのだと知った。

 ……いいや、彼女が騙していた訳じゃない。

 僕が勝手に、勘違いしてただけだった。


 この世界に、ただ、優しいだけの人なんていない。

 皆が腹に一物を抱えていて。

 それでも仮面を被って生きている。


 それが、現実だった。

 僕はそんな現実が嫌になった。

 ただ、それでも。


 1度好きになった人を、簡単に諦められる訳では無い。


「じゃ、二度とこんなの送ってこないでね」

「ま、待って! 待ってよ!」


 僕は咄嗟に、彼女の手を掴んだ。

 瞬間、彼女は弾かれたように僕の手を振り払い、怯えたように距離を取る。


「な、なんなのよ! 触らないで、気持ち悪いって言ってんでしょ……」

「ぼ、僕は、それでも君が大好きだよ! べ、別に、何かしたいわけじゃないんだ。仲良くなりたくて……」

「は? いや……ごめん、ちょっと無理だわ」


 彼女の目は、本気だった。

 まるで、別の生き物を見るような。

 蔑み果てた、目をしてた。


 僕はその目が、悔しかった。

 悔しくて悔しくて、咄嗟に1歩、踏み出していた。


「……は、な、なんなのよ。近寄らないで! 先生にいいつけるわよ!」

「……好きに、したらいい」


 何がしたかったのか。

 今ではもう、覚えてない。

 ただ、僕は悔しかった。


 容姿が恵まれなかったから、蔑まれるのか。

 生まれが貧乏だから、そんな目で見られるのか。

 僕が暗い人間だから、馬鹿にされるのか。

 気が弱いから、笑われるのか。


 なんだ、なんだよ、そんな現実!

 ふざけんな! ふざけんなよ!

 僕は歯を食いしばる。

 ただ、必死に拳を握りしめ、前に進む。


 少女は、気圧されたように後ずさった。


「ちょ! や、やめて、来ないでよ! あんたなんか先生に言いつけてやる! 分かるでしょ、アンタと私、どっちが信用されるかなんて!」


 その言葉は、悔しさを増長させるだけだった。

 それでも少女は、言い切った。



「お前なんて、誰も信じないに決まってる!」



 少女は叫び、後ずさる。

 そして、僕は目を見開いた。

 マズいと察した時には、既に手を伸ばしていて。


 少女は、足場が消えていることに、気がついた。



「あ」



 それが、最期に聞いた声。

 少女は、僕の前から姿を消して。


 そのまま、雪の大地に赤い花を咲かせた。



 小学5年生の冬。


 僕の好きだった人は、目の前で死んだ。




 ☆☆☆




 翌日からは、地獄の始まりだった。


 ――人殺し。


 そのレッテルを貼られた僕は、地獄を味わった。

 クラスメイトから、拷問に近い苛めの日々。

 死んでしまいたい。

 何度もそう思った。

 それでも、納得できなかった。


「お前が突き落としたんだろ!」

「人殺し、人殺し!」

「あの子を返してよ! 私の友達を!」


 クラスメイトから突きつけられる、嘘。

 視線を移動させれば、死んだ彼女の取り巻きが、僕を見つめて笑っていた。


「そ、そんなの……!」

「うるせぇ! てめぇは黙ってろ人殺し!」


 殴られ、僕は言葉も発せない。

 信じてくれない、誰も、誰も……。

 なんで、どうして。

 どうして僕の発言には、こんなにも重さがないんだろう。

 痛みの中で考えた。

 でも、いつまで経っても答えは出ない。


「僕の言うことなんて、誰も信じてはくれない」


 あの言葉が、脳裏に焼き付いていた。

 教師は、僕の虐めを止めてはくれる。

 だけど、何かにつけて僕を相談室へと呼び出した。

 きっとそれは、他の生徒に見られたくなかったから。


「なんで、あの子を突き落としたんだ」


 断定するような、恐ろしい声だった。

 涙もつき果てていた僕は、諦めていた。

 やっぱり、この先生もアイツらと同じだ。


「分かってる。どーせ勝手に好きになって、振られて、それでやったんだろ」

「……僕は、そんなこと」

「口答えするんじゃない!」


 先生は……男は、そう叫んで机を叩いた。

 あまりの音に、職員室からざわめきが聞こえた。

 僕はもう、何も感じてはいなかった。


「……分かっていると言うのなら、聞かなきゃいいのに」

「あぁ? お前、今なんて言った!?」

「ちょ! 先生! 暴力はダメです!」


 他の先生が、男を止めた。

 それでも、この男は体育教師。

 ほかの先生やらを振り切って、僕の頬へと拳を振り下ろした。


 ……もう、痛みも麻痺してきた。

 僕は口から溢れ出る血を拭い、鼻息荒くするその教師へと一瞥くれる。


「ふぅー……っ、ふぅ、ふぅッ!」

「……カッとなって、手を上げる。アンタも僕の同類ですね、先生」


 僕はそう言うと、男はさらに激昂した。

 男は感情に任せて、僕を殴り。


 ……翌日、その男は学校から居なくなっていた。


 それが、僕にできる唯一の抵抗だった。

 殴られることで、相手をたおす。

 好きに殴ればいい、好きに悪口をいえばいい。

 僕は忘れない、ずっと覚えてる。


 どんなことをしてでも。

 どんな奴に、魂を売ったとしても。



「……絶対に、復讐してやる」



 いつの日か。

 僕の折れた心には、黒い炎が点いていた。




 ☆☆☆




 それから、数ヶ月経ったある日のこと。

 僕の、人生の転機が訪れた。


「おい人殺し、お前のためにすげー人を呼んだんだ」


 そう言って、クラスメイトに連れていかれたのは、近くの神社。

 周囲に人の気配はなく、滅多に人も通りかからない場所だった。


 そこには、中学生や高校生など、多くの男が集まっていた。


「あ? おい、そいつか? 好きなだけ殴っていいサンドバッグ、ってのは」

「はい! コイツ、頭のおかしいクズ野郎なんで、思う存分に殴ってください!」


 そう言って、クラスメイトの男は高校生に媚びを売っている。

 あぁ、なるほど。

 僕は今日から、コイツらに殴られるのか。

 僕は理解して、目を閉じた。


 ……これは、もう無理だ。

 なんなんだよ、コイツら。

 違うって言ってるのに。

 何度言っても、話は聞かない。

 嘘つきだと殴られる。

 そして、しまいにはサンドバッグ?


「頭イカれてるだろ……」


 思わず呟いた言葉に、高校生が反応した。


「あ?」

「お、おいお前! 何言って――」


 焦ったようなクラスメイトを、高校生が殴り、黙らせた。

 鮮血が溢れ出し、少年は一撃で動かなくなる。

 下手をすれば死んでいるかも。

 ……まぁ、どうだっていい事だ。

 ざまぁみろ。


 僕は笑っていると、高校生に胸ぐらを掴まれた。


「てめぇ……癇に障る野郎だな。ちょうどいい、思う存分ぶん殴れそうだ!」


 男の拳を、見た。

 たぶん、ボクシングか何かやっているのかも。

 明らかに、普通の人の拳じゃなかった。

 だから、僕は口にした。



「お前こそ、癇に障るイカレ野郎だな」



 子供をサンドバッグにする。

 その時点で、こいつらの頭はイカれてる。

 素直な発言に、男の額に青筋が浮かぶ。


 あぁ、どーせここで死ぬのなら。

 思う存分、相手をイラつかせて。

 満足してから、死んでしまいたい。


 僕は、振りかぶられた拳を前に、そう笑った。


「あぁ、やっと」


 やっと、楽になれる。

 僕はふっと、目を閉じて。


 そして、聞き覚えのない声が、聞こえてきた。



「あー、もう、うるさいなぁ。眠れないよ」



 それは、間延びした男の声だった。

 全ての視線が、その声の方向へと向かう。

 場所は、社の中。

 誰も、そんな罰当たりな場所には居ないはず。

 そう思った僕らを嘲笑うように、社の中から一人の男が姿を現す。


 それは、不思議な男だった。

 ホームレスのようにも、社会人のようにも見える。

 どうにも掴みどころない、雲のような男。

 一目見た時点での感想が、それだった。


「……あぁ? てめぇ、何もんだよ」

「ん? 君たちかー、騒いでる子は。こら、人が寝てるんだから静かにしなさい! それと、子供を殴ろうとするのも頂けないな!」


 まるで思ってもないようなことを、男は言った。そんな感じがした。

 その言葉に、高校生の男は苛立ったようだ。


「うるせぇな……てめぇら! そいつ殺っちまえ!」


 男が叫び、多くの高校生、中学生がバットや木刀、様々な凶器を持って男に迫る。

 誰もが男の死を想像して。



 そんな想像は、容易く打ち砕かれた。



「……な、な、な……っ」

「えーっと、なんなのかな、この子達」


 瞬殺だった。

 数十名はいたであろう彼らを。

 男はたった1人で、殲滅した。


「ば、ばけ、もの……」

「はっはー! 酷いことを言うね! 君、名前は? サンドバッグにされてた子だろ」


 男は胡散臭い笑顔で問うてくる。


「……成志川。僕は、成志川景」

「そうかい。なら、俺の名前も教えようか」


 そう言って、男は自分の名を名乗る。




()()()()。どこにでもいる、自称一般人のおじさんさ!」




 少なくとも、その男、一般人ではなかったと思う。

「つーわけで、よろしく頼むぜ、サンドバッグ少年」

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― 新着の感想 ―
[一言] ここで来るのか たしかに元世界でS級だったなら他のS級とも関わっていてもおかしくないよな
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