表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妄想クラウディア~10人の異能使いと禁忌の劫略者~  作者: 藍澤 建
第二章【秘匿の消えた世界】
53/170

219『第参巻』

 負ける? この俺が?


 そう考えた瞬間、耐えがたい苦痛が全身を覆い尽くした。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ……嫌だ!

 負けたくない、こんなところで終わりたくない!


 ()()()()()()()()()()()()


 俺が終わって、なるものか!

 薄れゆく意識の中、俺は、俺を見下ろす男を睨む。


 ……ああ、コイツが倒せるのなら。

 この生意気なガキを、ぶっ潰せるのなら。


 たとえ、悪魔にだって……このノートにだって、魂を売ろう。


 人間なんて、辞めてやる。



 俺はこれから、ただ壊す。

 それだけの、機械でいい。




 ☆☆☆




 倒した。

 それだけの感触があった。

 むしろ、これを喰らって立ち上がれるのは、人間じゃないと思う。

 そう思ったからこそ、僕は六紗たちへと歩き出した。



 ――僕の背後で、物音がした。



「……ッ!」


 音がした瞬間、僕は背後へと蹴りを放ち終えていた。

 油断は、一切していない。

 慢心もしない、あるのは動揺だけだった。


 僕の蹴りが、後ろに立っていたソレを吹き飛ばす。

 そいつは壁をぶち破ってその向こう側へと消えていく。

 ……さっきの一撃と、今の一撃。

 これだけやって、倒れないのはイカレてると思う。


「……ああ、クソ。嫌になるな、どいつもこいつも」


 こちとらね。

 覚醒とか戦闘中の進化とか。

 そういう狡いの、一切ナシでやってんですよ。

 それが……こう、相手方が毎度毎度覚醒だったり、死の淵に立って以前の力に目覚めたりと……なんなんですか? もしかして神様、僕の苦戦を見て喜んでたりする? だとしたら僕は神様、アンタぁ嫌いだ。


「……おい、カイ。やべぇぞ、この想力量」

「……ああ。下手すれば、僕に匹敵する」


 壁に空いた風穴の奥から、どす黒い瘴気がこぼれてくる。

 それが、可視化した想力だと気が付いたのは、シオンが話しかけてくる少し前のこと。

 シオンに続き、六紗もまた僕の隣へと歩いてくる。

 彼女は何か言いたげに僕を見たが、すぐに前方へと視線を戻した。


「あんた、あとで一発ぶん殴る」

「そうか。僕も勝手に自分のハー〇ンダッツ賭けられてイラっと来てるんだ」

「……今のは聞かなかったことにしておくわね」


 いいや、聞いてくれていいんだよ。

 知ってるから。

 阿久津さんと僕の体を取り合って。

『あいつの家の冷蔵庫に在るハー〇ンダッツ二つ賭けるわ。えっ、家がつぶれてる? なら家のモノ売っ払ってハー〇ンダッツ買いましょう』

 みたいな発言したってことはな……ッ!


 なぁ六紗。

 ぶん殴るのは、僕の方だよ。

 大丈夫、安心して。

 女の子でも、万全の体調で全力の拳を放れるから。


 あ、そうだ。面白い奴を紹介してやるよ。

 霧矢ハチっていうんだけどさ。

 死んだら会えるんだよね。


 僕は彼女へ拳骨を落としてしまいたい衝動に駆られた。

 だけど、優先順位を間違えたりはしない。

 僕は右腕を、必死にこらえ。

 そして、眼前に迫る【なにか】を前に拳を握った。


「まあ、お前を殴るのは、これの後かな」


 穴の奥から、男が姿を現した。

 それは、先程僕が倒した侵入者の男だった。

 あくまでも、姿形は、だけどな。


『……アァ、これは、良いな』


 その声は、ノイズのかかったものだった。

 全身からは瘴気が吹き上がり、あまりの想力量に酔いに近い感覚を覚える。

 僕ですら、これなんだ。

 想力量の多いシオンですら顔を顰め、六紗や妄言使いの野郎に至っては口を抑えて呻いている。


「なんという……邪悪な」

『邪悪? いいや、これは素晴らしい力さ! 俺を自由にしてくれる! 俺を、純粋な破壊者へと変えてくれた、最高の力だ!』


 男は笑い、インナーを破り捨てる。

 やつの肌は黒く染まり果て……その胸の部分には、見覚えのありすぎる書物が埋まっていた。


「そ、それは……貴様! その本には手を出さないと――!」

『ガハハははは! 約束ゥ、俺ァ壊すのが大好きだって言ったよなァ、先生ェ!』


 それは、妄言使いが持っていたもの。

 2年前、しかとこの目に焼き付けていた。

 僕は目を細め、男を睨む。



「黒歴史ノート【第参巻】」



 僕が1年間、熱意の限りをかけて記した書。

 それは、常軌を逸した想力量を誇り、その力は10冊集めることでどんな願いをも具現する。

 文字通りの、願望器。

 その内の、たった1冊。


 されど、願望器の一欠片。


「簡単な願いなら……叶えてくれる、ってか」

『その通り』


 気がつけば、男は僕の隣にいた。

 目を見開くと、殴られるのと、ほぼ同時のこと。

 あまりの衝撃に、僕の体はグラウンドへと吹き飛んでゆく。

 咄嗟に衝撃を殺したおかげもあって、ダメージは少ない。すぐに体勢を整えると、男の拳はすぐ眼前へと迫っていた。


「ッ、『次元盾』!」


 眼前へと銀色の渦が広がる。

 それは男の拳を腕ごと飲み込み、食らう。

 僕はその状態で空間を切除すると、右腕は切断されて消失し、断面から真っ赤な鮮血を吹き上げる。

 頬に血しぶきが触れて、男は少し目を見開いた。


『ォォ?』

「【異常稼働(フルドライブ)】!」


 対する僕も、全身血乱れ。

 拳を思い切り振り抜くと、感じたのは鉄塊を殴ったような硬い感覚。

 思わず顔を顰めて拳を見れば、砕け、血にまみれた自分の拳がある。


 嘘だろ……防御力貫通の、神狼技能だぞ!

 それでもあの硬さって……どういう神経してんだ、強くなりすぎだろ!

 顔をあげれば、男は10メートルほど吹き飛ばされて、立っていた。


『へぇ、やっぱり強いなァ、お前。だから、本当に嬉しい。ありがとう強くて。俺は、強いお前をこれから壊せると考えたら……アァ、それだけで逝っちまいそうだぁ……!』

「イカレぽんちの変態野郎が……!」


 僕は拳を構えると……視界の端に、左手の銃口を構えたシオンの姿が映った。


「なんだかよくわかんねぇが! こいつ敵だな! なら死んどけオラァ!」


 膨大な想力がこもった、強烈な一撃。

 その威力、速度は僕が身をもって知っている。故にこそ、男がいとも簡単に弾丸を避けたのを見て目を開いた。


「な……!」

「嘘だろオイ!」


 シオンは叫びながら、大地を蹴って駆ける。

 直前まで彼女のいた場所を侵入者の拳が通り過ぎ、男は舌なめずりをする。


『お前も強いなぁ。ぶっ壊し確定』

「うるせぇ、死ね!」


 身も蓋もない暴言を吐き、シオンは剣を振るう。

 男はそれを真剣白刃取り。

 あまりの光景にシオンは目を見開き。

 そして僕は、その後頭部へと手を触れた。



「【消滅】」



 僕が誇る、最強の技能。

 杯壊に当たる、全てを無に帰す崩壊技能。

 それは男の後頭部を徐々に崩壊させてゆき、さすがに焦ったのか、侵入者は僕へと向けて腕を振り払う。


 が、既にそこには僕の姿は無い。


 気がつけば、僕の姿は後方にあって。

 僕の隣には、六紗優が立っていた。


「無茶しすぎよ、アンタも、あの子も」

「……悪いな。じゃないと勝てない相手みたいだ」


 僕は思わず苦笑して。

 シオンは、ゼロ距離からありったけの火力を打っ放す。



「Go Ahead、さっさと死にな、変態野郎!」



 馬鹿丸出しの、オーバーキル過ぎる火力だった。

 10キロ先からでも見えるような、巨大な爆発。

 それはグラウンドの中心に大きなクレーターを作り上げる。

 砂煙が舞い、自信ありげなシオンが僕らの元まで下がってくる。


「やったか! うし、カイ! じゃあ飯食いに行こーぜ! オレはスペシャル肉弁当な!」

「おい、それをフラグっていうんだよ馬鹿」


 煙の中から、人影が現れる。

 ほら見た事かぁ。

 やったか! と思った時ほど『やったか』って口にしちゃいけないのよ。分かる?

 まぁ、僕も六紗も、これで終わったとは思ってもいなかったけどさ。


『イイよなぁ、この本。俺は、強くなりてぇ、壊してぇ。絶対壊れたくねぇ。そう願った。それだけで……こんなにすげぇ力が手に入ったんだからよ!』


 この男の異能は、僕が奪った。

 つまり、今のこの男は異能も何も使わず、それでもこの状態だということだ。


 一言、イカレてやがる。


 本当に、そう思う。

 インフレ激しすぎんだろうがこの野郎。

 どんなに攻撃しても、ほとんど効かない。

 理不尽の方向は違うけれど……この感覚、覚えがあるな。すごくある。

 どれだけ攻撃しても、勝ち目の見えないこの感じ。



「……暴走列車」



 そういやアイツも、胸に【肆】が埋まってたっけか。

 僕は思わず苦笑してしまう。

 偶然、だろうか?

 いいや、必然かもしれない。

 この状況、この相手。


 この逆境。


 僕は大きく息を吐き、隣のシオンが叫ぶ。


「燃えてきたぜ……! うし、一緒に勝つぞ、カイ! でもって美味い飯を喰う!」


 その言葉に、僕は苦笑し。

 六紗は、噴き出したように笑った。


「……そうだな。もしも勝てたら、僕がステーキ奢ってやるよ」

「あら、なら、その時は私も御同伴願おうかしら」

「お前は嫌だよ」

「なんでよ!」


 僕らはそう言って笑い合い、前を向く。


 さぁ、逆境だ。

 勝ち目は見えない。

 けど、勝つ。


 シオンはステーキのため。

 六紗は僕にたかるため。

 でもって僕は……黒歴史の抹殺のため。


 おい、名前も知らねぇ侵入者。

 お前、いつまでその忌々しい参巻を見せびらかしてるつもりだ。あァ?


 僕ァなぁ、その本見てると虫唾が走るんだよ。


 分かるかな、身の毛もよだつ黒歴史を常に公開させられている僕の気持ちが。公開処刑ってこういう意味なんだな、ってこの歳にして理解出来たよ。


「とりあえず、お前。その本毟って見えなくするか、返せ」

『はァ? んな事するわけが――』

「なら、黙って死ね。これ以上その本を晒すんじゃねぇよ。ぶっ殺すぞ」


 そう言い放つと、男は目を丸くした。

 しかし、すぐに笑い始めると、楽しそうな笑顔を浮かべて僕を見た。


『くくく……殺し、壊すのは俺だぜ、餓鬼』

「悪いが、その本ぶっ壊すことに関してだけは、覚悟が違う」


 なんせ、その為だけに生きてるからな。

 僕は拳を構えると、男は余裕満面に両手を広げる。

 ので、僕は情け容赦なく駆け出した。



『さぁ、殺し会おう! そして最後に死んでくれ!』



 悪いな。

 死ぬのはもう、懲り懲りなんだ。

【黒歴史ノートについて】

世界最大の想力貯蔵庫、灰村解が1年もの間、常軌を逸した熱量の全てをつぎ込んで書き続けた10冊の書物。

10冊全てを集めることで過去の改編さえ可能とするが、個々の書物にも相応の力が込められている。

保有想力の範疇で叶えられる願いならば、どんな妄想であっても実現する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 全体的に面白いけどカイが言うように主人公が倒す→敵が覚醒の繰り返しで戦闘シーンが全体的にクドくて、主人公の成長も実感しにくくなってる。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ