215『人質』
一言、強い。
男は、その一言に尽きた。
「くっ」
僕は、狼の両腕で攻撃を弾き、逸らす。
その男の攻撃は、基本的に殴る蹴る、頭突きの3種類だ。
一切の技はなく、ただ、純粋な力技でぶっ潰す脳筋タイプ。
言葉にしてみれば与しやすく感じるだろう。
だけど……得てしてそういうタイプが、最も戦い辛く、厄介なのだと思う。
「おいおい、そんなもんかよォ!」
大ぶりの拳。
何度も見て、完全に見きったはずの拳。
僕はカウンターを叩き込もうとして……それでもその直前に、拳が止まった。
「ぐっ……!」
僕の顔面へ、拳が突き刺さる。
あまりの衝撃に、踏ん張っていてもなお、数メートル押されてしまう。
……何故、今一歩踏み出せないのか。
完全に見切っているはず。
この男の動きは全て理解した。
それでも、拳が直前で止まる理由。
そのひとつはきっと、妄言使いへの警戒だ。
「手を……出してこないのか」
妄言使いを見れば、彼は拳を強く握り締め、ただ、傍観に徹するばかり。
彼の使役するオーガも似たような状態で、僕は眉根を寄せて血反吐を吐いた。
少なくとも、信用出来ない。
手を出してこないと見せかけて、僕の隙を窺っているのかもしれない。
そう考えると、容易に攻勢にも出られない。
そして、もうひとつ。
僕が、本気で攻められない最大の理由がある。
「ひぃっ」
僕のすぐ後ろには、クラスメイトたち。
僕は、吐き出した中に見えた歯の残骸をみて苦笑すると、侵入者の男は首を傾げる。
「おっかしいなー。今の一撃、首の骨を折るつもりだったんだけどな。まぁいいや。楽しみが続くってのは最高だね!」
男は、一気に追撃をしかけてくる。
僕は痛みに顔を顰めながら、真正面から体当たり。その胴体へとしがみつき、逆に押し返そうと力を込める。
だけど。
「気持ち悪ぃな! 男が抱きついてくんじゃねぇ!」
僕の背中へと、肘打ちが突き刺さる。
骨が砕けて、嫌な場所に突き刺さったような痛みが走った。
「か、は……ッ」
あまりの痛みに、思わず崩れ落ちる。
そして、僕の顔面をやつの脚が蹴りあげた。
鮮血が吹き上がり、悲鳴が上がる。
僕の体は大きく吹き飛ばされ、多くの机にぶつかりながら、床に倒れる。
クソ……本当に強いな、こいつ。
イミガンダと戦ってもいい勝負するんじゃないか?
匹敵するとは思えないが……それでも、イミガンダや、2年前の暴走列車に近しい実力を持っている。
そんな感じがする。
「オイオイおい、まだ生きてるんですかァー?」
僕の腹を、男は踏みにじる。
腹筋に力を入れて内臓を守るが、それでも焼け石に水。あまりの威力に内臓にまでダメージが及ぶ。
口の端から血が溢れて、それを見た男は実に楽しげな笑顔をうかべた。
「いいねイイねぇ、人に限らず、何かが壊れる瞬間ってのは、最高に唆るもんだ! 未来ある若者から希望を奪う! 正統派が叫んでるこの学園をぶっ潰す! 俺ァそれだけが生きがいだ! それが俺の自由ってもんだ!」
性格悪いなぁ、こいつ。
僕は思わず苦笑して、男を見上げる。
その態度が気に食わなかったのか、男は額に青筋をうかべ、さらに力を強めた。
「おい。てめぇ……今笑いやがったか」
あまりの力に、内臓が押し潰れるような錯覚すら覚えた。
口からの血が止まらない。
僕は力をふりしぼり、やつの脚をにぎりしめる。
クソッタレが……ッ。
こうなりゃ、後ろに妄言使いが控えていようが、全力でやるしかないか……!
僕はイヤリングへと想力を流し。
男は、僕の反応に不機嫌そうに歯を食いしばる。
そして――。
「……おい。そこまでにしておけよ、外道」
男の後頭部へと、妄言使いの指先が触れた。
ぴくりと、男は反応した。
既に、その顔から怒りは消えていた。
「……おいおい、どーゆーことだ、こりゃ」
「悪いが、その御仁は僕らの目的のために必要な人物でな。ここで死なれては困る」
「さっきは、潰してもいいと……」
「潰すのと、殺すのは違う。意味を履き違えるな」
妄言使いの、鋭い言葉。
僕は活性を高めて傷を癒しながら、その様子を見ていた。
……二人の関係性。妄言使いより、この男の方が立場的に上なのかと思っていた。
だが、この話を聞く限り……そうでも無いのか?
疑問を覚えていると、僕の腹から男の足が退いた。
そして、思いっきり、僕の顔面を蹴りつけた。
「が、は……!」
「貴様!」
「これくらいは許せよ。潰しただけだ。文字通り、その鼻っ面をな」
痛みに顔を押さえれば、鼻がへし折れていた。
僕は力技で鼻を戻すが……骨折を治すには少しだけ時間がいる。
異常稼働を使っていいなら話は別だが……あれをやれば目立ってしまう。
せっかく、人がぼこすかぼこすか殴られてやったんだ。
まだ力を隠してたー、ってなって再び暴力嵐、なんてのは御免です。
「は、灰村……! 済まない、私がついていながら……」
シガラミ先生が、駆け寄ってくる。
彼女はそういうが、シガラミ先生はどちらかと言えば非戦闘型。
油断しきった生徒たちには幻術が通用しても、アドレナリン出まくってる戦闘中に、あれだけの幻術は通用しない。
つまり、今の彼女に、僕らを守り通せるだけの力はない。
「……まぁ、大丈夫っすよ。僕らが倒れても、シオンが残ってる訳ですし」
僕はそう笑って、大きく息を吐く。
おい、シオン・ライアー。
お前と別行動になったこと。
運が悪いと思っていたけど……ここに来て、幸運だと思えてきたよ。
お前がフリーであるということ。
侵入者の1人が、イミガンダ級であること。
――妄言使いに、何らかの事情があること。
全部分かった。
なればこそ、僕は僕のすべきことをする。
間違ってもそれは、この男をこの場で倒すことではない。
僕の目的は――守ること。
そしてその対象は、生徒だろうが、たとえ敵だろうが、関係ない。
僕が守りたいと思った連中を守る。今すべきなのは、きっとそれだ。
「おい、こいつら縛って体育館にでもぶち込んどけ。待望の、人質第2号ってわけだ! ぎゃはははは!」
男の言葉に、妄言使いは顔をしかめる。
僕はその光景を、静かに見つめていた。
☆☆☆
「はぁ!? なに負けてんだあの野郎!」
シオン・ライアーは叫んだ。
場所は、1年2組のクラス。
そこには取り残された数名の生徒たちと、1組、3組から集まった数名の生徒。
その中にはシガラミ先生や灰村解の姿はなく、事情を聞いたシオンは歯を食いしばる。
「あの野郎……! S級二人を相手に自分から攻撃すりゃ、いざって時にガキ共を守れねぇとか考えやがったな!」
カイが本気を出せなかった最大の理由。
それは、背後にクラスメイトが居たから。
だから、下手に攻勢へ出られなかった。
自分から攻撃するということは、それだけ防御を捨てるということ。
S級が2名も居る中で、あの瞬間、カイは攻撃することよりも、守ることを選択した。
ただ、それだけの話だ。
それが、シオンは気に入らなかった。
「S級二人ぐれェまとめてぶっ潰してこそのオレ様の子分だろうが! こりゃあ仕置だな!」
「……ふふ、不謹慎だけれど、少し笑えてしまうわね。だって、とてもアイツらしいもの」
隣の六紗が、そう言って笑った。
しかし、シオンはそんな言葉は聞いていない。
「おい首席! てめぇ、カイの知り合いなんだろ、知ってるぜ! ただ、妄言使いってのは知らねぇ! なんだそれ!」
「……そうですね。妄言使い。彼とは、一度だけ遭遇したことがあります。あの時は、灰村解と、悪魔王。あの二人に対して襲撃していましたね」
「なるほど! 悪いヤツってこったな!」
「そう簡単な話でもありませんよ……」
六紗はそう言うと、聞き及んだ情報を整理してゆく。
「妄言使い。知名度はさほど高くありませんが、純粋な戦闘能力で言えば、おそらく全異能力者の中でもトップレベル。シオン、貴方も相当高位の力を持っていますが、彼は、それに匹敵すると考えた方がいい」
「オレにか? そんなやついんのかよ」
シオンは全く信じていなさそうに首を傾げる。
その光景に苦笑しながら、六紗は疑問を呈した。
「そんな男が、力を抜いた灰村解が『マトモに戦えていた』程度の男に平伏している。それ、おかしくありません?」
「おかしいぜ! この世は弱肉強食! 弱い奴は子分で、強いヤツが親分だ! ほんとにソイツがオレ並に強ぇなら、そいつが親分に決まってらァ!」
「そう。そうなんですよ」
六紗は顎に手を当て、考える。
「ならば、何らかの要因があったと考えるべき。その要因は……おそらく、妄言使いが格下に従わざるを得ないもの。つまりは……」
「……胸糞悪ぃな、人質ってことかよ」
シオンの答えに、六紗は顔を歪めた。
「憶測の域は出ませんが、最も可能性が高いでしょう。……おそらく灰村解は、その人質と合流、あわよくば救出するためにも敵方へ捕まったのでしょう」
「へぇー! 頭いいなアイツ!」
この中で1番頭のいいシオンがそういった。
六紗は彼女の発言に苦笑しつつ、窓の外へと視線を向ける。
そこには、校舎に隣接して造られた体育館があり……今、人質はあの倉庫の中に集められている。
「……では、話もまとまったことですし、私達も救出へと向けて動きますか」
「そうだな! 早く助けてやんねぇと、カイのやつ、また死んじまうかもしれねぇし!」
二人はそう言って、廊下へと出る。
多くの生徒たちは、不安に駆られて彼女らの後について行くが……廊下に出た瞬間、そこに転がっていた多くの人物を見て目を見開いた。
――そこでは、侵入者達が死に絶えていた。
喉を一撃で切り裂かれたもの。
顔面を弾丸で撃ち抜かれたもの。
多くの惨死体。
それを前に生徒たちの多くが口を抑えてその場に崩れ落ちる。
だが、二人はその光景に一瞥をくれることも無い。
ただ、犯罪者には死、あるべし、と。
振り切った正義感の元に、強大がすぎるその能力を行使する。
「さぁ、行くぜ、首席女」
「こちらのセリフよ、シオン・ライアー」
ここに、最強の2人が動き出す。
ふわっとした強さの目安。
化け物級に強い
↑
【暴走列車】
【ポンタ】
【阿久津さん】【六紗】【シオン】
【灰村解】
【冥府の王イミガンダ】
【侵入者の男】
↓
普通に強い
不明【霧矢ハチ】
ここに、どう【妄言使い】が入り込んでくるか、ですね。
 




