211『これをきっと、相棒と呼ぶ』
爆発に巻き込まれ、僕は大きく吹き飛ばされた。
彼女の影が、強すぎる光に弱いというのは知っていた。
爆発の発光で、既に影の束縛からは解かれている。
僕はすぐさま態勢を整え、全身の服の下を狼へと変身させる。
「ここで、決めるッ!」
活性を限界まで高める。
残りの体力も、あとわずか。
もう、十数秒も動けない。
なればこそ、残る力を総動員し。
この数秒で、余力の限りを燃やし尽くす。
頬の傷が、瞬く間に癒える。
そして、癒えた先から炸裂した。
体中、ありとあらゆる体表を突き破り、血があふれ出す。
それは蒸気となって全身を覆い尽くし、僕は拳を構える。
「【異常稼働】……ッ!」
今の僕が発揮できる、最大限度。
神狼×異常稼働。
今の僕の身体能力は、間違いなくS級に達している。
僕は前を向き、大地を踏みしめ。
次の瞬間、煙の中からシオンの姿が現れた。
「うるせぇ! オレの方が強ぇ!」
彼女の飛び蹴りが、僕の顔面を直撃した。
駆けだそうとした瞬間を、狙い撃つかのような一撃。
狙ってたのか? ……いや、偶然だな。
シオンはきっと、そこまで考えない。
それでもこの一撃が必然だっていうなら、それはきっと、野生の勘だ。
僕はたたらを踏んで後ずさるが、すぐに彼女を睨んで拳を握る。
「そういうのは、僕に勝ってから言うこった!」
彼女は剣を構える。
銃身をこちらへと向け、標準を合わせる。
だけど、その瞬間には、もう僕はそこにはいない。
「……ッ!?」
シオンが、僕の攻撃を直前で回避する。
彼女の頭が直前まであった場所を、僕の回し蹴りが通過する。
彼女は大きく目を見開いて僕を見上げた。
「て、てめぇ……!」
「知ってるさ。お前に言われなくたってな」
【次元】ってのは確かに、強い力だと思う。
だけど、僕はどこぞの主人公でも、選ばれし者でもないわけで。
そんな、いきなり七つかそこらの力を与えられたところで、そのすべてを十分に使いこなせるわけがない。……当然のごとく、能力ごとに得手不得手が存在する。
そして僕は、その中でも一番、この力を得意としてる。
「ごりっごりの近接型! お前の好きな、抜身の刀だ!」
――黒狼系技能。
あの日、あの瞬間。
半ば事故のようにこの技能を手にしたのは、間違いじゃなかった。
さあ、シオン。
ついてこれるなら、ついてこい。
もう、下手な技能はやめにする。
残り数秒、僕の体力が持つ限り。
――僕が一番得意とするこの技能で、お前を倒す。
「なはは!」
何が楽しいか、笑ったシオンへ。
最短距離で、肘打ちを叩き込む。
今の僕が放てる最高速。
それは、咄嗟に回された影へと防がれたが、僕の攻撃は防御を貫く。
一瞬の硬直の後、僕の一撃は彼女の影を打ち砕く。
勢いそのまま、肘打ちは彼女の腹部へ直撃するが……いまの【一瞬】で、自ら後方へと下がって威力を殺しやがった。
僕は歯ぎしりすると、さらに加速した。
――残り活動時間、たぶん、六秒前後。
彼女の周囲を、限界を超えた速度で駆ける。
シオンは目に負えぬ僕へと焦りをにじませながら、楽しそうにしていた。
「いいね、いいねェ! 最高だぜカイ! オレが死んだあの日、オレが最期に見た光景よりも、ずっと死が身近にある! てめぇは、当時の暴走列車より強いのかもなァ!」
だが。
シオンは続けた。
その後頭部へと、僕の回し蹴りが直撃した。
手加減、一切なし。
何ならもう一度霧矢のところ行ってこい。
そういわんばかりの一撃に、されどシオンは折れなかった。
よろけ、前方へと倒れるシオン。
半ば勝利を確信した僕は――彼女が、僕に銃口を向けていることに気が付いた。
「――ッ!?」
「逝くなら、てめぇも一緒だぜ、カイ!」
銃口が火を噴く。
至近距離で浴びた、彼女の左腕の銃弾。
それは、背中のミサイルとは比べ物にならない威力だ。
衝撃に、咄嗟に防御した左腕が完全に砕ける。
痛みに呻き、僕はそれでも前を向く。
――残り活動時間、三秒弱。
もう、意識が朦朧となってきた。
息のつらさも、限界を超えている。
血液が沸騰したような。
体中が泣き叫ぶような感覚すらある。
今、足を止めれば、二度と動けなくなる。
そんな予感があって。
僕は、砕けた左腕を放ったらかしに。
ただ、全力で大地を蹴って、駆け出した。
お前が生きて、学び培った一年半。
僕が死後、憎悪に駆けた一年半。
どちらが、より正しく、強く、なれたのか。
「さあ、答え合わせを始めよう」
シオンが大地を駆け、僕へと迫る。
その顔には満面の笑顔。
彼女は拳を固めて、影を纏う。
「……逃げんじゃねぇぞ?」
シオンは、ふと、そんなことを言い放つ。
僕は思わず苦笑し、拳を握った。
期せずしてそれは、一年と八ヵ月前。
初めて僕らが出会った時と、同じ構図だった。
力と力の、真正面からのぶつかり合い。
今回は、以前のような小細工をできる余力はない。
だから、この一撃で、全てを決めよう。
シオン・ライアー。
僕は拳を撃ち放つ。
と同時に、真正面から影の拳が叩きつけられた。
常軌を逸した衝撃が突き抜け。
次元結界すら、砕け散る。
野次馬たちが、吹き抜けた衝撃に悲鳴を上げる中。
僕は……眼前へと突き付けられた拳を前に、目を見開いていた。
「…………っ」
自分の右手へと、視線を向ける。
そして、気が付く。
既に、拳を振れるだけの体力は、なかったのだと。
「……これが一か月後だったら、分かんなかったな」
シオン・ライアーは、僕に拳を突きつけ、そう言った。
そうして僕は、敗北を悟った。
体力尽きて、後ろから地面に倒れる。
それを、彼女は無事な左腕で抱き留めた。
右の拳は、凄惨なまでに傷を負っていて。
「強かったぜ。次は、てめぇが全快の時に戦おう」
僕は目を閉じ、大きく息を吐く。
勝者が敗者に掛ける言葉があるとするなら。
きっと、こういう言葉を言うのだろう。
☆☆☆
学科試験を受けた会場にて。
『それでは、以上をもちまして、今年度のハイライトスクール、入学試験を終了いたします。お忘れ物の無きよう、お気をつけてお帰りください』
試験官の女の人が、マイク越しにそう言った。
僕とシオンは、その言葉を聞いた瞬間、背もたれに体重を預け、大きく息を吐いた。期せずして全く同じ反応だった。
「「いやー、疲れたぁ……」」
そして、飛び出た言葉も同じ。
僕は嫌な予感に彼女と反対方向へ視線を向ける。
すると、シオンはにやにやしながら僕へと顔を寄せてきた。
「んー? おい、カイ! だいぶ親分であるオレ様に似てきたんじゃねぇか? いい傾向じゃねぇか! なはははははは!」
「うるさい、そして似てない。絶対に似てない」
「うるせぇ! オレが似てるって言えば似てるんだよ!」
シオンはぎゃーすか騒ぎ始める。
コイツ……あれだけ戦って、よくぴんぴんしていられるな。
僕なんて、暴走列車の活性能力をもってしても、まだ体が怠いっていうのに。こいつは不死身かなんかなのか?
「つーか、終わったんなら帰ろうぜ! この一日、ぶっちゃけ何やってたのかよく分かってねえけどよ! 終わったんなら帰ろう! そーいや、スペシャル定食的なヤツは食えねぇのか?」
「お前……」
もしかしなくても、よくわからずにこの一日過ごしてたのか?
入学試験とも知らずに、入学試験で主席級の成績をとりまくってたわけ? だとしたら真面目に試験を受けに来た皆さんに謝りなさい。
あ、ちなみに僕には謝らなくていいですよ。
お前と同じく、この学校自体に興味の欠片も持ってないから。
「……まぁ、さっさと帰るには賛成だな」
周囲へと視線を向ける。
そこには、S級二人に対して興味を示す、多くの受験者の姿があった。
中には、今にも話しかけてきそうな受験者の姿も。
……大方、僕たちの戦いを見て、まだ興奮冷めやらぬ、ってやつなんだろう。
最初は化け物だなんだと怯えてたくせに……掌を返すのが早すぎるだろ。
「デラックス肉弁当は!」
「ねえよ。いつから特別メニューが肉弁当になった」
ただの特別メニューとしか言われてねぇよ。
僕の言葉に、シオンが目に見えてしゅんとする。
彼女は赤髪を指先でいじり始めて、僕は大きなため息を漏らす。
「分かったよ……ほら、なんか、帰りにスーパーよっていこう。でもって、なんか、肉とソーセージでも買ってこう」
「そーせーじ!」
僕の言葉を受け、シオン、復活。
彼女は元気よく立上り、僕もまた椅子から立ち上がる。
僕らが動いたことで、周囲がざわつく。
だけど、それも得には気にならない。
きっと、シオンがいれば、何とかなるさ。
「おいカイ! はやくいこうぜ! オレのそーせーじがなくなっちまう!」
「そうやすやすと売り切れるようなものでもないと思うけど」
僕は、シオンに手を引かれて歩き出す。
さっきまで、殺しあっていたっていうのに。
今じゃ、まるで仲のいい兄妹みたいなもんだ。
シオンに言わせれば姉弟になるのだろうが、僕は断じて兄妹を推したい。
喧嘩しても、殴りあっても、殺しあっても。
どんなことがあろうと僕らの仲は変わらない。
根拠はないけど、そんな自信がある。
「早く行こーぜ! お前と食う飯が1番うめーんだ!」
シオンはそう笑い、僕もつられて、微笑んだ。
これをきっと、相棒と呼ぶ。




