206『入学試験』
ハイライトスクール入学試験。
僕らが席に着いてから、しばらくして。
続々と受験者たちが集まってきた。
その中には例の金髪イケメンの姿もあったが、さすがに受験者数が多いため、僕らを見つけ出すことはできなかったようだ。
と、そうこうしているうちに、定刻になる。
僕ら受験者の集められた大きな教室へと、数名の大人が入ってくる。
「…………へぇ」
隣で、シオンが静かに声を漏らした。
彼女の瞳は鋭くその大人たちへと向けられており、彼女が直感するということは、それなりに強い人たちなのかもしれない。
あ、僕? シオンみたいに想力をだだ漏らしにしてたら強さもわかるけど、さすがに足運びだけで相手の強さを察せられる域にまでは達していない。
ほんと、足運びで相手の力量を測れる人はイカれてると思う(褒め言葉)。
「さて、諸君。それではこれより、君たちにハイライトスクールの入学試験を受けてもらう。願書等の一切はこの場では受け取らない。試験を受かった者のみ、受験番号と共に私たちへと提出するように」
試験官らしき、男性教諭がそう言った。
机の上には、受験番号の記された紙が貼られている。
……現時点じゃ応募者数があまりにも多すぎて、運営側も管理しきれないんだろうな。受験教室はほかにも10教室以上あるみたいだし。
だから、管理できる程度まで生徒たちを振るいに落として、そこからハイライトスクールに入学させる生徒を選ぶ、と。
まぁ、そうでもしなきゃ先生方が大変だもんな。
そんなことを思いながら、僕は筆箱からシャーペンを取りだした。
隣でシオンが不思議そうにキョロキョロと視線を漂わせる中。
「では最初に、筆記試験を開始する」
シオンにとっては最悪の試験が、幕を開けた。
☆☆☆
「あ、あっ、かば……ッ!?」
お昼明け。
張り出された試験結果を見て、僕は目を見開いた。
ハイライトスクールは、学科試験より実技試験に重きを置いている。そのため、試験は教科数も必要最低限で、時間も短い。加えてマークシート形式なのですぐに結果が出る。
出る……のはいいんだけれど。
【1位 シオン・ライアー 300点】
【2位 六紗優 298点】
【3位 ダリア・ホワイトフィールド 293点】
・
・
・
【63位 灰村解 213点】
「お、おおお、おまっ、お前!」
張り出された結果を見て、僕は唖然とした。
隣を見れば、むふふと胸を張るシオン・ライアー。
僕は大きく深呼吸すると、シオンの肩へと手を乗せた。
「……シオン。カンニングは良くないぞ」
「カンニングじゃねェ! 勉強したんだよ悪ィか!」
「勉強って……」
僕は思わず眉を寄せる。
いや、お前……昨日なんて【ぐみんってなんだ?】とか言ってたじゃん。そんな国語力してる奴がこの試験に受かることなんて…………んっ? 国語?
「はっ!」
僕は焦って背後を振り返る。
今回、行われた試験は三教科。
数学と理科と異能知識。
そう、国語なんて科目は無かったのだ。
……ま、まさか!
僕はシオンを振り返ると、彼女は不思議そうに首を傾げていた。
「あ? なんだよ、もっと褒められると思ったのに……」
彼女は赤髪を弄りながら、拗ねたように言っていた。
その姿を見て、僕は今更ながら思い出した。
そういえばコイツ外国人じゃん、と!
「おっ、おお、おまっ、お前……!」
僕は冷や汗を流して彼女を見つめる。
えっ、もしかしてこいつ……頭良かったの?
国語が出来ないだけで、地頭はすごく良かったって話?
いやいやいや、冥府で過ごした2ヶ月で、コイツがどれだけおバカさんなのかは分かってたはずだ。それは揺るがない。
こいつは1年半前の時点では馬鹿だった。
それが、どうして……。
「もしかしてお前……オレ様の偉業に気づいてねーのか?」
いや、訂正。
今でも馬鹿だと思う。
「ほら見ろ! 第1位! オレ1番! どーだ、すげーだろ! ほれほれ、オレ様のことを敬ってもいいんだぜ! ……敬うってどーゆー意味だっけ?」
「……お前ぇ」
本当にカンニングしてないの?
そんな言葉を僕は口にしようとしたが、それより先にシオンが言った。
「ちなみに数学の第5問、あれ、カイ分かったか? なんつーか、最後に1番難しい問題持ってくんのかと思ったら、アレが一番難しかったよな。まぁ、一分あれば解けたけどよ」
「……おっ、お、ば、ばっ……」
すっ、数学の第5問!
僕が10分以上かけてようやく解いた問題ですが!
こ、コイツ……もしかして本当に頭いい訳?
よく小説とかマンガとかである、おバカキャラだけど地頭はいいタイプの存在なわけ? 2ヶ月も一緒に生活してきたけど、今初めて知ったよ?
そうこう考えていると、近くから怨嗟の叫び声が聞こえてきた。
「なっ、何故だ! 何故落ちている……ッ!」
そちらを見れば……あっ、朝に絡んできた金髪少年だ。
えっ、もしかして落ちたの?
言っちゃ悪いけど、簡単でしたよ?
僕は異能知識が全く分からなかったため、結構点数は落ちてるけれど、他の二教科はほぼ満点だったと自負してる。
というか、異能知識ってなんだよ。
そんなもんを高校の入試に出すんじゃねぇよ。
彼は掲示板に張り付きながら声を上げており、それを見たシオンは冷たい目をして口を開いた。
「……この試験、なんか偉そーな奴ら居たろ。試験官。アイツらがオレらの想力量を測ってたんだよ。それと同時に、どれだけ戦えるかもざっくりと測ってやがった。カイは想力も強そうなオーラもほぼ完璧に隠してんが、それでも通ったってことは、向こうにも【遮断】対策があるってことだ」
「いや、強そうなオーラは隠してないからね?」
なに、もしかして弱く見えるって馬鹿にしてる?
僕は思わず青筋を浮かべたが、すぐに息を吐いて頭を振った。
……信じたくはないけど、こいつ、地頭はいいみたいだな。
通常時の発言と思考と行動は完全に馬鹿だし、僕は相変わらずシオンのことを馬鹿だと思っているが、地頭だけは良い。
そうじゃなきゃ、これだけの考えはできないと思う。
「でもって、強そうな奴は勉強が出来なくても、点数引きあげて合格させてんだ。ほら見ろ、明らかに驚いてるやつも居るだろ?」
「……もしかしてお前も」
「オレは天才だって言ってんだろ!」
そうこう言い合っていると、ピンポンパンポーン、と放送が流れた。
『それでは、これより実技試験を始めます。学科試験を合格した受験者たちは、グラウンドへ集合してください』
そんな声が聞こえてきて、受験生たちはグラウンドへと移動する。
その場に残ったのは、きっと試験に落ちたものたち。
掲示板に名前の上がらなかった生徒たちだ。
「ま、これで落ちるのは、勉強の出来ねぇ見込みなし野郎、ってこった。……下手に希望を持たせるよりかは、こっちの方がいいだろうよ」
「お前……難しい発言して大丈夫か? 知恵熱とか」
「は? ちえねつ、ってなんだよ?」
勉強ができる者と、純粋に強いもの。
それだけが1次試験を合格し、2次の実技試験へと向かう。
……にしても、こうなるとシオンは間違いなく受かるよな。
だって、僕より強いと思うし。
というか、S級を落とす学校だったらもうアレだ。
学校やめた方がいいと思う。
そういう意味では、A級上位の僕も受かるとは思うんだけど。
問題は……その後、学園生活が始まってから、だな。
「……騒がしくならなければいいんだけど」
僕はそう呟いて、グラウンドへと向かった。
☆☆☆
――そして僕は、地獄を見た。
『えー、実技試験、最初は【10キロマラソン】です』
「う、うう、嘘、だろ……?」
10キロマラソン。
10キロマラソンと言ったかあの教員!
馬鹿じゃねぇの、馬鹿じゃねぇの!?
なんで異能力者に耐久力求めてんだよ!
僕が真っ先に捨てた要素じゃねぇか!
「へへっ、10キロマラソンか……燃えてくんじゃねぇか」
「我が漆黒の腕、ここでその力の鱗片を見せよう」
「10キロ。その程度で私たちの力を測れると思うだなんて、程度が知れるわね、ハイライトスクール」
なんで受験者はみんなやる気出してる訳!?
お前ら、体育の授業での1500m走を忘れたか!
女子生徒の1000m走を見て血涙したのを忘れたか!
今回はその10倍だぜ?
正気じゃねぇよ、僕に死ねと言っているのか?
『ちなみに、異能の使用は自由となっております。ただし、コースは町内を1周し、再びこのグラウンドへ戻ってくるように設定されています。転移や時間停止などは、とりあえず半分までは走らないと、途中まで走って戻ってきたとみなしますのでご注意ください。制限時間は1時間半です』
「クソッタレすぎる……」
おそらく、六紗も似たような感想を抱いているに違いない。
僕は歯ぎしりしていると、既に受験者はスタートラインに集まっていた。
焦って僕もスタートラインへと向かおうとするが、背後から集まってきた集団に飲み込まれ、そのままスタートラインから離れてしまう。
「や、やば……」
ただでさえ体力がないんだ!
せめて、スタートダッシュは上手くやらないと……!
僕は必死に手を伸ばすが、人混みにはさすがに勝てない。
僕は押し出されるように最後尾へと吹き飛ばされ、尻もちを着く。
と同時に、マラソン開始のホイッスルが鳴り響いた。
『それでは、試験開始ッ!』
教員の声が響いて、受験者たちは走り出す。
異能を使い、各々が凄まじい速度でかけてゆく。
――出遅れた。
咄嗟に僕は立ち上がろうと前を向き。
「……つまり、これはどーゆールールなんだ?」
僕の隣に、シオン・ライアーは立っていた。
驚いて彼女を見れば、シオンは腕を組み、首を傾げていた。
「あ、あのー……シオンさんですよね? 学科1位の。というか、その、S級で有名な。もう試験始まってますけど……」
試験官の女性が、愛想笑いを浮かべて近づいてくる。
そりゃ、S級が入試受けてたらへりくだりもするか。
だけど、そういう態度はシオンの目には映らない。
理由はきっと、気に入らないから。
「あ! なるほどな! 座りながらゴールしたやつが勝ちってルールか! なはははは! つーことは、アイツら馬鹿だな! 走ってやがる!」
「いや、バカはお前だよ」
僕の隣に座ったシオン。
彼女はうむむと呻いて頭を悩ませている。
大方、どうやって座ったままゴールすればいいのか悩んでるんだろう。
馬鹿だ、やっぱり馬鹿だよこいつ。
誰だよ地頭がいいって言ったやつ。
そいつもきっと馬鹿だと思う。
彼女は、じーっとコースを見つめている。
僕はいい加減立ち上がろうと動き出し。
その直後、シオンは目を剥き、手を叩いた。
「なるほど! つまり、乗り物に乗ってけ、ってことだな!」
「「「………………は?」」」
僕と、試験官たちの声が響く中。
シオンは立ち上がると、右手を払う。
瞬間、凄まじい想力が溢れ出し、僕らは絶句する。
これが、S級異能力者……シオン・ライアーが誇る【異能】。
「【死搭載の我が身】」
光が瞬き。
そして、彼女の異能が発動する――。
次回、シオンの異能、明らかになるか?
 




