204『語らい』
「オレはシオン・ライアー! 天下無双の超スーパーすぺしゃる大天才にして、こいつの親分だ! オレを敬え愚民ども! ……ところでグミンってどーいう意味だ?」
「…………御仁、この少女は大丈夫か?」
帰宅後。
自己紹介をしたシオンに対し、阿久津さんは開口一番にそう問うてきた。
ので、僕はシオンの肩に手を乗せ、首肯する。
「うん、優しくしてやってくれ」
「優しくすんじゃねぇ!」
シオンは僕の手をがっしり掴むと、腕ごと僕を抱き寄せた。
僕はおよそ2年もの間、肉体的な成長は止まっていたが……彼女は違う。以前は僕の方が年上だった気もするが、今じゃ同学年か、もしかしたら年上になっているかもしれない。
そんなのに抱えられたら、そりゃもう柔らかいしいい匂いはするしで……阿久津さんが僕を見る目が少し厳しくなった気がした。
「おいてめぇ! 何もんだ! 言っとくがこいつはオレのもんだぜ!」
まるで、おもちゃをとられそうになって焦ってる小学校低学年男子の姿だった。
その姿に、なんだか懐かしいものを覚えて苦笑する。
そういやコイツ、こんな奴だったよな。
すると、僕の苦笑を見た阿久津さんは、厳しい目を少しだけ和らげてくれた。
「……ふむ。私は阿久津真央と名乗っている。御仁の旧友となれば無下にも出来んな。それに……貴様、相当強いだろう」
「へへ! とーぜん! オレを褒めるとは、お前良い奴だな!」
鼻を擦り、嬉しそうなシオン。
その姿を見ては、さしもの阿久津さんでも毒気を抜かれたようだ。
シオン・ライアーは、度を超えた正直者だ。
嘘はつかない、絶対に。
どんな正義もどんな悪行も、声を大にして叫ぶ。
自分が歩んできた道を、絶対に曲げたりしない奴。
それが、彼女。シオン・ライアーという少女なのだ。
そんなのを、わざわざ警戒する必要なんてどこにもない。
「……なるほど、な。では早速、昼食にしよう。焼き鳥を買ってきてくれたようだが、明日に向けて、それだけでは足りんだろう? 色々と作っておいたんだ」
「おお! お前料理出来んのか! おいカイ! こいつ子分にして良いかな? オレ、キリヤよりこいつの方が好きだ!」
可哀想な霧矢。
2ヶ月もの思い出をたったの数分でかき消されてやがる。
僕は苦笑し、阿久津さんは微笑ましそうにシオンを見つめていた。
「では、シオン殿。皿を出すのを手伝っていたたげるかな? 子分に率先して前を歩くのが、良き親分だと私は思うが」
「なるほどな! よし、皿だ! 皿よこせ!」
そうして、阿久津さんとシオンはあっという間に仲良くなって。
入学式前日に、僕らの居住区に住民が1人増えたのだった。
☆☆☆
明日に向けて、試験の準備を整えていると。
ふと、なんだか視線を感じて後ろを振り返る。
すると、そこには阿久津さんのパジャマを着たシオンが立っていて、彼女は枕を片手に元気よく叫んだ。
「カイ! 一緒にねよーぜ!」
「やだよ」
即答だった。
するとシオンは頬を膨らませ、その場で地団太を踏み始める。
「なんでだよ! 久しぶりに一緒にねよーぜ! 冥府じゃ一緒にねてたじゃねぇか!」
「無理やり僕の寝床に侵入してたやつが何言ってる」
「うるせぇ! 一緒に寝るんだ!」
そう叫ぶや否や、シオンは僕のベッドへとダイブした。
あまりの勢いにベッドが軋み、僕は大きなため息を漏らす。
「おまえなぁ……年頃の女の子だろ?」
「おう! 何歳かはわかんねぇけど、たぶんお前と同じくらいだろ!」
「だったら一人で寝なさい。狭いでしょうが」
コイツと一緒に寝たところで、間違いは100%起こらない。
僕もシオンもそういうことを求めちゃいないのは、お互い二か月の間で嫌というほどにわかってるはずだ。というか、コイツ馬鹿だから性知識もないのかもしれない。馬鹿だからな。
僕はシオンが横になるベッドへ腰掛けると、彼女は何が楽しいのか笑い始める。
「なはは! 久しぶりだな、こういうやり取りも! キリヤがいねぇのはちょっと物足りねぇが……、こうしてお前と会えたんだ。わざわざ日本にまで渡ってきた甲斐があったみてえだな!」
「……そうだよ、お前、なんであんな場所で無銭飲食なんてしてたんだ?」
そういえば気になってたんだ。
なんで、こいつは日本の、しかも近所の商店街にまで来てたのか。
偶然なんて言葉じゃ片付けられないだろ。
まるで、どっかの誰かが僕らの再会を望んでいるような……。
「ん? そんなの簡単だぜ! オレの異能はそういう調べ事もできるからな! とりあえず数か月前に日本に来て、それからお前の反応を虱潰しに探してきたってわけよ!」
冥府じゃ見ることのできなかった、S級異能力者シオン・ライアーの異能。
勝手に『超攻撃特化』だと思い込んでたけど、違うみたいだな。
シオンが索敵系の能力者だなんて……、完全に想定外だった。
なので、こっちも想定外の理由があるんじゃないかと聞いてみたけど。
「無銭飲食は?」
「腹減ってたから、喰った!!」
――想定通り、此処に極まれり。
胸を張って犯罪を自慢するんじゃないよ。
僕は頭を抱えると、不意に僕の方に伸びてきた彼女の足をひっぱたく。
するとシオンは、楽しそうに笑って僕へと両足を伸ばしてきた。
「なはは! 親分をひっぱたくなんざ、世界を探してもお前だけだぜ!」
「分かったわかった。わかったから足を伸ばしてくるな」
まるで、かまってほしくて仕方がない『お子ちゃま』だ。
僕は彼女の足を捕まえると、足の裏をこしょばして撃退。
彼女は大きな笑い声をあげると、ベットの端まで這う這うの体で逃げ出していく。
「はっ、反則! 反則だぞ今のは!」
「一つ知ったな。反則とは、明記されていなければ反則に当たらないんだよ」
「む、難しい言葉をつかうんじゃねえ! 眠くなるだろ……!」
そういいながら、舟をこぎ始めるシオン。
そもそも、今は午後の10時。
僕らにしてみればまだまだって時間帯でも、お子ちゃまにしてみればもう寝る時間は過ぎている。冥府でも人一倍寝るのが早かったからな。ここまで起きてたこと自体が奇跡だ。
「ほら、もう寝ろ。僕を探し回ってたなら、疲れたろ」
僕はそう言って、ベッドから立ち上がる。
彼女がここで寝るなら、僕は違う場所で寝よう。
明日は試験本番だからな。
僕も、今日くらいは早めに寝ておきたいんだ。
そう考えて、僕は歩き出す。
だけど、服の裾をつかまれたような感覚があって、振り返った。
「……おいシオン、頼むから――」
今日だけは。
そう、咄嗟に口を開きかけて……。
「……今日だけは、どこにも、いくな」
その言葉に、僕は大きく目を見開いた。
見れば、彼女は既に夢の世界へと旅立っている。
今のが寝言かどうかも判別付きやしない。
けれど、それでも……。
「……そう、だな」
一年半。
僕は冥府で、霧矢と過ごした。
心が押しつぶされそうで。
今にも吐き出してしまいそうで。
それでも必死に前を向き、走ってきた。
……そしてそれは、きっと彼女も同じ事。
「……不安、だったよな」
彼女が僕を見つけて、最初に言った言葉。
【夢じゃねぇよな】って、あの言葉。
僕をかばって、冥府で死んで。
目が醒めたら、現実に蘇っていて。
理由も知らず、僕らと過ごした二か月が、嘘か誠かも分からない。
僕が彼女の立場だったら、きっと悩む。
どれだけ覚えていたとしても、あの二か月を証明できるものは何もないのだから。
だから、きっと不安で不安で、前なんか見えなくて。
僕らが実在するのかも、分からなくなって。
それでも、必死に手を伸ばしたんだろう。
煙のような思い出に。生き返るとも分からぬ幻想に。
僕は、彼女の手を握り返す。
眠っているシオンは、嬉しそうに笑った気がした。
「……大丈夫。僕はもう、どこにも行かないよ」
お前が僕の親分をやめるって言いだすまで。
その時までは、ずっと隣に立ってるよ。
だって僕は、お前の子分だからな。
僕は、部屋の外へと視線を向ける。
すると、僕の視線を感じてか、隠れていた阿久津さんが姿を見せる。
「……どうやら、枕をもう一つ持ってきた方がよさそうだな」
「悪いね阿久津さん。手のかかる親分なんだ」
僕は冗談半分にそう笑うと、彼女はどこか寂し気に微笑んだ。
「ああ、そうだな。……御仁も良き人物に出会い、変わったようだ。それが善き変化だからこそ、うれしい反面、どこか寂しくも感じているよ」
「なんだ、拗ねてるのか?」
「拗ねてなどいない!」
阿久津さんはそう叫び、僕は笑った。
シオンが僕の手を強く握り返して、僕は窓の外の空を見上げる。
さあ、明日は試験の日。
心のガソリンも、満タンに積めた。
体も、今できる最高峰までは鍛え上げた。
準備は万端。もう、落ちる気がしないね。
僕はシオンの手を握りしめ、明日への決意を口に出す。
「さあ、明日は頑張るぞ!」
試験開始まで、およそ11時間。
人物紹介【シオン・ライアー】
S級異能力者。
赤髪ボブカットの女の子。
言葉遣いは荒いが、それは女の子が一人で生きるのに必要だったため。
最年少でA級にまで上り詰めた、本物の天才。
解に出会ってから、よく笑うようになった。
好きなもの:カイ、美味いもの。
嫌いなもの:怒った時のカイ
 




