202『悪魔王と勇者の喧嘩』
「何があったのかを語るには、時をあの瞬間へと戻す必要がある」
阿久津さんはそう語った。
あの時、僕が殺された瞬間、のことだろうか。
ただ申し訳ないが、個人的にはポンタのセクハラ発言についての方が気になる。
もしかして、語尾の【ぽよ】がセクハラにあたったのだろうか? まぁ、女の人の前で『ぽよぽよ』言ってたら確かにセクハラかもしれない。
なるほど、アイツは設定に殺されたというわけか。
なんという無慈悲、恐るべし初期設定ッ!
「話を聞いているか、御仁」
「もちろん」
僕は半分話を聞いていなかったことを隠すべく即答した。
阿久津さんは呆れたようにため息を漏らすと、改めて語りだした。
「あの時、私と勇者は……御仁と離れた場所にいたのを覚えているだろうか」
「あぁ、たしかにな」
あの時、六紗の力で阿久津さんは遠く離れた場所に移動していた。
そして、暴走列車の攻撃が、六紗をとらえた。
その六紗を介抱するべく、阿久津さんもまたその場に留まっていた。
その光景は覚えている。
覚えているが……そのあと、何がどうなったらこうなるんだよ。
六紗がなんか世界の王様になっていて?
逆に阿久津さんはこんなビルで隠れ住んでる。
僕は腕を組んで首を傾げると、彼女は言った。
「あの後……御仁が殺されてから、暴走列車は戦線を離脱した。どうやら、他の異能力者の気配を感じて、そちらへと向かったらしい。だが、今問題としているのは、そのあと、勇者と私の喧嘩についてだ」
「お前ら喧嘩してんのか」
「う、うむ。まぁ、その、喧嘩というかだな」
なんとも言いづらそうに頬をかく阿久津さん。
そうだよね、喧嘩してるって認めるの、ちょっと恥ずかしいよね。
でも大丈夫、人間なんだから喧嘩の一つや二つくらい誰だって――
「実は、どちらが御仁の体を持っていくかで揉めに揉めたのだ」
「人の体で喧嘩してたのかお前ら!?」
ちょっと! そうなれば話は変わってくるよ!
やめてよね、人の体で喧嘩なんて!
「だが、あれはあの女が悪いのだ」
そう前置きして、彼女が語ったのは衝撃的すぎる会話だった。
「『ならば、私はハーゲン〇ッツを一つ賭けよう。それで手を引け、勇者よ』私が言った。
『ふっ、ふざけないでよ! そんならあれよ! 私はコイツの家の冷蔵庫にあったハーゲン〇ッツ二つ駆けるわ!』勇者が言った。
『いや待て、御仁の家の冷蔵庫は暴走列車に潰されていたはずだが』私が言った。
『なら、あいつの家のモノ全部売ってハーゲン〇ッツ買うわよ!』勇者が言った」
「ちょっと待て。何やってんのアンタら」
ねぇ、なんで?
なんで僕の体でハーゲン〇ッツの投げ合いしてんの?
というか六紗、お前何考えてんの? 馬鹿なの?
そのハーゲン〇ッツ、僕が楽しみにとっといたやつだよ。
そして勝手に家のモノを売るな。
しかし僕の突っ込みもむなしく、阿久津さんは語り続けた。
「『どうやら……ハーゲン〇ッツでは決着はつかぬようだな』私は言った。
『そうね……やはり、決着はこれでつけるしかないらしいわ』六紗は言った」
その会話だけ聞けば、なんだかシリアスにも聞こえるだろう。
だが、この流れでシリアスに突入するわけがないと、僕は知っている。
僕は顎に手を当てて考えた。さて、こいつらは一体何をして決着をつけようとしたのか。
しばし考えていると、阿久津さんはシリアス顔で、やっぱり緩い過去を口にした。
「御仁も知っているだろう? この世界に古くより伝わる、呪いの札による決闘を」
「しってるよ、決闘スタンバイってやつだろそれ」
すぐに理解ができた。
アレである。
きっと同志なら、決闘と書いて何と読むか分かってくれるだろう。
ゆえに、あえてルビは振らない。
「『くくく……我が率いるは、闇より黒き世界、暗黒より出でし兵によって構成されている。貴様にこの軍勢を超えられるかな?』私は言った。
『ふふ、その油断が貴方の運の尽きよ。我が聖なる光に焼かれて消えるがいいわ!』勇者が言った。
『おい、コイツ腐りそうだけど、そんな事してていいぽよ?』ポンタは言った」
「ポンタの言う通りだよ。何してんのアンタら」
僕の言葉を受け、阿久津さんは顔をしかめた。
固く握りしめた拳を机へとたたきつけ、絞り出すように口を開く。
「結果として、手札が尽きる私と、デッキが尽きる勇者。グダグダの泥仕合と化し、イライラが募るばかり。最終的に手札がなくて何もできなくなった私は、御仁の体を強奪した。奪って逃げた。それからだ、私とあの勇者の、血で血を洗う醜い争いが激化したのは」
「そこから始まるのか……」
もう十分喧嘩してると思うけど。
僕はそう呟くと、彼女は首を振った。
「私は御仁を生き返らせるべく、様々な星を渡った。時に、7つの玉ねぎを集めることで願いを叶えるタツノオトシゴを呼び出せる惑星や、異世界から転生してきた男がなんの理由もなくハーレムを作ってウハウハしているだけの惑星もあった」
「怒られるぞお前」
「その中で、ついに見つけたのだ! 死霊術という禁忌を!」
阿久津さんは叫んでいたが、僕はいまいち乗り切れていない。
「かの魔術師は言った。死霊術というのは禁忌の御業。人々の負の感情を集めることで使うことの出来る黒き術式だと! だから私は……私はっ!」
阿久津さんは、過去を悔いるような目で歯を食いしばった。
拳をテーブルへと叩きつけ、僕のためにどんな事をやったのか、全部吐露した。
「ひとつ! 全世界の女子トイレの扉へと『現在故障中です、水が流せません』と貼り紙をし、世界中の女子の肛門を破壊しようとした!」
「お前はもう怒られろ」
「しかし、誤算だったのがあの勇者だ。まさか、あの土壇場で覚醒するとは! 時間を止めて、世界中の貼り紙を回収することで、世界の女子の肛門と、男児の夢を守り抜いて見せた……!」
そんなんで覚醒とか、六紗も可哀想だな。
つーか、僕がいろいろと頑張ってる2年間、アンタら何してたわけ?
僕がシオンの復讐に燃えている間、全女性の肛門破壊しようと企んでたって。
怒るよ、さすがにそろそろ僕も怒るよ。
「ひとつ! 全てのスマホに介入し、ゲームアプリの【Now Loading】が永遠に終わらないように設定した! これによりスマホ中毒の若者世代の心を崩壊させようと思ったのだが……!」
「もう分かった、六紗だな」
「あぁ! あの女……普通にスマホ会社と結託したのだ! 許せん!」
許せんことをしてるのはお前の方だと思うけど。
永遠に【Now Loading】が終わらないとか、それ地獄だよ。
若者の半数近くが死ぬと思う。
そう考えると、六紗、いいことをするなぁ。
これだけ活躍してたら世界の王様になっていてもおかしくは無い。
そうこう考えていると……阿久津さんの拳が震えていることに気がついた。
それは、彼女の怒りから来るものだった。
「その中でも1番許せぬのが……私の信じていた死霊術が、ただの詐欺だったということだ。完全に無駄骨。結局御仁の体は冷やして保存した」
「うっわぁ……」
すごい徒労。
僕が思わずドン引きしていると、テレビの音が聞こえてくる。
既に、ポンタの記者会見は終了してる。
ぶっちゃけ、誰もアイツに興味が無いんだろう。
話題の矛先は、六紗の語るこれからの話に向かっていた。
『この一年と八か月、かなり異能も世界に浸透してきたことかと思います。そこで私は、以前より案として挙げていた例の政策――【異能専門高等学校】の樹立を宣言いたします』
「おい、コイツも馬鹿な事言い出したぞ」
「む、本当…………おい御仁。いま、コイツ【も】といったか?」
僕は阿久津さんをスルーして、改めてテレビへと向き直る。
テレビの向こうで、既にポンタは片付けられていて。
六紗は、まるでポンタなど無かったかのようにカメラへと視線を向ける。
『昔より、この世界とあちらの世界には、秩序を乱す異分子が存在します。悲劇の発端となった【暴走列車】、悪逆非道の限りを尽くす【悪魔王】、異能者狩りを続ける【死地の紅神】……数えだせばキリがありません。そこで、私たちは彼らへと対するため、異能のスペシャリストを育成することに致しました』
今、悪魔王って言った?
隣を見ると、目をそらされた。
なるほどぉ。
よく、ウチの両親を説得できたね。
こんな人によくも息子を預けようだなんて普通思わないもん。
むしろ僕の両親、正気ですか?
いや、黒歴史ノート売ってる時点で正気じゃないと思うけど。
「つーか、何考えてんだよこいつ。異能者の高等学校とか地獄絵図じゃねぇか」
それって、あれだろ?
中二病が再発した元中学二年生の巣窟だろ?
なにそれ地獄? 冥府と何も変わんねぇよ。
ヨシ決めた、絶対行かねぇ。
なんでったって行く前から地獄が見えているような、油ギッドギトな黒歴史が蔓延る死地に出向かなきゃならんのだ!
断固として、僕は学園編になど突入しないぞ!
絶対にだ!
僕はそう決意を固めていると、テレビの向こうで、六紗は言った。
『その学園には、無論、私も通うこととなりましょう』
その言葉に、テレビの向こうがざわついた。
正統派? ってのが何かはわからないが、王様が自分で作った学校に通いますとか、普通に考えて大丈夫ですか? って話になるだろう。
だって周りは異能力者しか居ないわけだし、普通に危ない、
とは言っても、彼女自身がA級異能力者……二年近く経った今では間違いなくS級だろう。そんな化け物に護衛が要るかと聞かれれば……まあ、要らないと思う。
というわけで結論。
――好きにしたらいいんじゃねぇの?
僕は頭の後ろで腕を組むと、ちらりと阿久津さんへと視線を向けた。
……一時期は、なんだか仲良さげに見えたんだけどな。
すくなくとも、僕が間にいる間は、結構仲も良かったはずだ。
じゃなきゃ、六紗は自分の能力で阿久津さんを助けたりしない。
阿久津さんは、臨界天魔眼で六紗のことまで助けたりしない。
何がどうひねくれて、こうなってしまったのか。
その理由を考えれば……そんなの、簡単に応えは出る。
――灰村解が死んだから。
極論、突き詰めればそこに落ち着くわけだ。
……つまり、言い換えれば、こいつらの仲たがいは僕のせいでもあるわけで。
僕はしばし考え、頭をかくと、大きなため息をしてテレビへ視線を戻した。
「……で、このイカレ糞学校はいつから始まるんだ?」
「……っ! ご、御仁……!?」
阿久津さんが大きく目を見開き、立ち上がる。
「そ、そんな事しなくてもよいのだ! これからは私が御仁を守っていく! 死ぬまで私が養ってやる! だから、そんな危険な場所に出向く必要は……!」
「うるせぇ! ポンコツは黙ってろ!」
「ぽっ、ぽ、ん……っ!?」
僕もいつの間にか、シオンに似てきたのかもしれない。
両足に精一杯力を入れて立ち上がる。
僕はテレビに映る六紗を指さし、彼女を見上げる。
「要は簡単だ。僕が二度と、負けなければいい。そうすれば、阿久津さんも六紗も、喧嘩しなくて済む。でもって、その六紗とも、学校に行けば簡単に接触できると来た」
「べっ、別に……私はあの女と仲直りしたいなど……」
「はいはい分かった、分かった。もう何も言わなくていいから」
もとをただせば、悪魔王と六代目勇者。
そいつらが【喧嘩したままでいい】というのなら、その通りなのかもしれない。
けどさ、僕はそんなんじゃ嫌なんだよ。
僕は嫌だ。アンタらは仲良くしてた方がずっといい。
そうじゃなきゃ、僕が【指揮】なんて技能をとった意味がなくなる。
だからこそ。
僕は特に関係もない第三者として、身勝手にもアンタらの仲を取り持つ。
「悪いなシオン。お前に会う前に……やるべきことが出来ちまった」
とりあえず、あいつの行方を捜すと同時に。
十分に日常生活が送れる程度まで、僕の体を戻すとしようか。
クソったれな、学園編とやらに臨むためにも。
というわけで、今回の章は学園編メインとなります。
主人公の僕TUEEEEEEをお待ちのお客様方。
お待たせいたしました。
あと数話で開幕致します。




