119『霧矢ハチの大切なもの』
死闘の果てに
僕は、異能力を解除して息を吐く。
黒狼系の、暦の七星。
初めて使ってみたが……凄まじい力だった。
暦の七星を使ってない状態なら、せいぜい今の僕はA級最上位って程度だろう。だけど、あの状態なら間違いなくS級に足を踏み入れていると思う。
それだけの力を感じた。
……まぁ、だからといって他のS級より強いか、って聞かれたらちょっと不安が残るわけだけれど。
「なぁ、冥府の王イミガンダ」
「あ、……ぁ、ぁ! な、何故、何故ぇ……!」
目の前で、イミガンダはまだ生きていた。
やはり、番人は人間とは根本的に異なる生き物なのだろう。
首だけになっても、なんやかんやで10分くらいは生きてるしな。
奴は今、ゴミクズみたいにボロボロにされた体を見て泣いている。
既に、彼の死慌再臨は解けている。
これは後から分かった話だが、僕がこの状態にならずとも、遠からず彼は想力が足りなくなって元の姿へと戻っていた。それが、体をボコっている最中に判明した。
……やっぱり、偽物でリベンジするな、って神の思し召しだろうか。
そんなズルは許しません、って思惑を感じる。
まぁ、別に本物も倒すつもりだから別にいいんだけど。
「じゃ、原点回帰。……そろそろシオンの想いも汲んでやろうか」
「ま、待っ……! 待て貴様! この私が一体誰だと――!」
誰だって?
冥府の王、イミガンダだろ。
それでも不足だって言うなら、僕が知る言葉の中で、最もお前に近しい言葉を贈ろうか。
「【人間失格のクズ野郎】……あぁ、最初から人間じゃなかったな」
「……ッ! こ、この、下郎が! 人殺しめ!」
「お前にだけは言われたくねぇ」
僕は、やつの頭部めがけて拳を振り被る。
その命は、既に風前の灯。
吹かずとも消えゆく燃え滓だ。
だけど、それでも。
復讐すると決めて、始めた以上。
何がなんでも、僕はコイツを殺さなきゃいけない。
「お前を殺す。でなきゃシオンに顔向けできない」
僕は拳をにぎりしめる。
イミガンダは何か騒ぎ立てているが、それも聞こえない。
僕はゆっくりと拳を動かし始めた……その、直後の事だった。
「ちょっとちょっと、解くん、それはあんまりじゃないかい?」
ひょいっ、と。
横合いから、霧矢がイミガンダの首を捕まえていった。
「な……! お前何して……」
まさか、ここに来てそんな屑を庇う気か!?
僕が非難するように彼を睨むと、彼はいつも通り、おちゃらけた雰囲気で否定した。
「いや、何って……解くんが倒しちゃったら、イミガンダの御霊は君のもの、的な流れになっちゃうじゃん。そんなのはあんまりだよー。ねぇ、こいつは俺に殺させてよ。さすがに冥府生活飽きちゃったの」
「こ、コイツ……!」
一時期は、あんなにいい感じで協力してくれたのに!
心の底から『あっ、コイツ良い奴だな』なんて思ってたのに!
台無しだよ! 最後の最後で全部もっていきやがった!
そして、零巻を用意してもらってる手前、僕は霧矢の【御霊をちょうだい】というお願いに、なんの反論も漏らせない。
「……っ! こ、この……!」
「あははー。悪いね、解くん。というか、シオンちゃんの復讐とか言いながら、途中から完全に自分のために戦ってたでしょ? その時点で彼女の意を汲むとか言っても……ねぇ?」
「ぐっ……」
僕はなんの反論も出来ずに言葉を飲み込む。
そ、そうだよ! なにか悪いですか!
そもそも僕みたいなのに復讐なんて向いてねぇんだよ!
僕はもっと軽いノリが好きなの!
シリアスよりコメディの方が活き活きとできるのぉ!
ここに来るまで、何度も心が潰れるかと思いました!
とは内心思うものの、何も言えず。
イミガンダは、状況についていけずに目を瞬かせた。
「よ、よもや……私は助かるのか? や、やはり天は私を見限ってはいなかった! よくやったぞ【理知の砦】! 貴様には我が配下として――」
イミガンダは満面の笑みで声を上げ。
霧矢ハチは、同じく満面の笑顔でこう返した。
「うるせぇな、死ねよ」
彼が指を鳴らした。
次の瞬間、イミガンダの頭部が粉微塵に消失した。
「…………ッ」
な、何も、見えなかった……?
どんな能力なのかも、何をしたのかも。
何も分からない、何も理解出来ない。
僕はここに来て、寒気を覚えた。
なんなんだよ、コイツ、この男……ッ。
イミガンダなんて比じゃない。
――霧矢ハチ。
S級異能力者、【理知の砦】
……何を僕は勘違いしていたんだ。
後方支援くらいしか出来ない、だって?
嘘をつけ、S級が僕より弱いわけが無いだろうが。
「お前、僕より、ずっと――」
「……そうだね。騙していたことには謝るよ」
彼は、正直だった。
嘘をつかないと言った男が、やはり最初から嘘だったと理解し。
それでも僕が冷静でいられたのは……コイツと生きた2年間があったから。
「でもね。僕にも君に戦ってもらう理由があったんだ。……まぁ、詳しく語るつもりは無いけど、絶対にその方がいいと確信していた。僕の本にはそう書いてあるからね」
「…………本?」
霧矢は、よく分からないことを言い出した。
彼はイミガンダの体へと歩いてゆくと、その心臓部から水晶玉を取り出す。
――三つ目の【冥府の御霊】。
奇跡を可能にする、願望器。
それを前に喉がなる。
だけど、彼から奪おうとは思わなかった。
彼が本当は強いと知ったから?
いいや、違う。
霧矢ハチがここまでついてきてくれたからだ。
……認めたくはないが、僕は感謝してる。
この2年間、一緒にいてくれたこと。
得体の知れないおっさんであっても。
敵しかいないこの世界で、お前が居てくれて本当に助かった。
だから、僕の想いに迷いはない。
「とりあえず、使えよ。お前が先に生き返れ」
この一年半も、思えばこの一言から始まった。
僕がシオンを生き返らせて、お前が僕に力を貸した。
そこから始まったんだ。
なら、お前が生き返るところから、帰還の物語が始まってもいい。
「……そうだね。解くん、ありがとう」
「うるせ。どーせ、僕が最初からこうするって分かってたんだろ。だから、僕に殺しをさせなかった」
「ありゃ、バレてた?」
バレてる、っての。
お前が表に出るなんて、滅多なことじゃない。
余程大切な何かがあったんだろう。
きっとそれは、『灰村解を人殺しにしないこと』。
……シオンもお前も、甘ったるいにも程があるぜ。
「それじゃ、お別れだな」
僕が言うと、霧矢ハチは寂しげに笑った。
「寂しくなるね。でも大丈夫、きっと、また会えるさ」
「おう。必ず四つ目の御魂を見つけてみせる」
まぁ、四つ目の御霊を手に入れるにあたり、結局は番人を殺さないといけないわけだし、結局お前の願いは叶わなかった、ってことになるがな。
僕はそこまで考えて……ふと、なんだか違和感を覚えた。
「……って、待てよ?」
僕がここに残る時点で、誰かを殺めることはわかってるはずだ。
ならば何故、この男は自分の手でイミガンダを殺めた?
本当に自分が先に帰りたかっただけ?
いいや、違う。そうじゃない。
僕は最初から、イミガンダの分は霧矢に渡すつもりだった。
なら、この男が本当にしたいことは――。
僕が必死になって考える中。
霧矢ハチは、「もう遅いよ」と口にした。
彼は宝玉を握りしめ。
コツンと、その宝玉を僕へと当てた。
「俺の願いは【灰村解が、生き返ること】」
「な……!?」
目を見開いたその時には、既に変化は起きていた。
奇跡は動き始めていた。
「ちょ! い、今のは無しだ! お、おい霧矢! お前何を!」
「いやー、今現世に戻ったら、色々と力を隠してたことについて解くんから殴られそうだし? それならいっそ、解くんを先に生き返らせて、俺はあとからこっそりと現世に戻るとしようかなー、なんて」
「ふざけんなよ!」
僕は叫んだ。
体を光が包み込む。
僕は霧矢の胸ぐらを掴み、声を上げる。
「お前が生き返れ! じゃなきゃお前の想いはどうすればいい! お前は僕のために御霊を捨てた! その行為にどう応えればいい! 僕は……ッ!」
「……もう、応えてくれたじゃないか」
霧矢はそう言うと、儚く笑った。
僕はその笑顔に言葉を失う。
その笑顔を、疲れきったような笑顔を、僕は知っていた。
僕がシオンを失ってから、浮かべていた表情と同じだった。
「俺はね、君たちのことが結構気に入ってたんだぜ」
それは、霧矢ハチが語る、本心だったと思う。
「理由はそれだけ。僕は前も言った通り、君たちをボコボコにしたイミガンダが許せなかった。まぁ、君を先に現世に戻すにあたって、滅多な事じゃ死なないように成長してもらったわけだけど。想像以上だったよ、今の君は強い」
その言葉をきっかけに、僕の体の崩壊が始まる。
「き、霧矢! 僕は……!」
「すぐに落っこちて来ないでくれよ? まぁ、最終決戦くらいには俺も合流すると思うし……君も、これ以上彼女を待たすんじゃない」
僕の視界が、白く染まる。
声帯も消えて、目も見えなくなって。
消えてゆく、あたたかい光に包まれて登ってゆく。
それでも最後に、霧矢ハチの声が聞こえた。
「頑張れ少年。俺は、君を応援してるよ」
それが、僕が冥府で聞いた最後の言葉。
☆☆☆
その姿を見送って。
俺は、安堵の息を吐いた。
「ふぇー、疲れた疲れた。これでやっと安心出来る」
右手を振るうと、一冊の本が現れた。
それは、黒一色に塗られた本だった。
その表紙には【捌】の表記があった。
……こんなものを作ってしまうだなんて、やっぱりあの少年は異質なんだと俺は思う。だからと言って特別とは限らないが……少なくとも俺は、彼が特別であってほしいと願わずにはいられない。
「解くん。ここは、君が生き返るべきだと判断した」
そもそも俺の出番は、まだずっと先。
今回の登場は、イレギュラー的なものさ。
俺は今後、しばらく彼の物語に関与しない。
というか、できない。
なんてったって、まだこっちでやることがあるんでね。
俺は背後を振り返る。
……解くんが発狂しそうな光景が、そこにはあった。
「「「「我らが、新たなる王よ」」」」
そこには、多くの番人が膝をついて頭を垂れていた。
全員が上層の中二病。
彼が見ていたら、きっと発狂していたと思う。
にしても……なんだっけ?
冥府の王を殺した者は、例外なく次代の冥府の王となる。
だっけか?
嫌な風習もあったもんだよね。
だから、解くんにはイミガンダを殺させたくなかった。
だってそうなると、解くんが冥府の王にされるから。
それはいけない、絶対に。
彼は生き返って、物語を進めるべきなのだから。
そして、いつの日か。
全ての異能力者を打倒して。
それでも一冊、足りないことに気づいて欲しい。
その時が、俺の出番。
――10人目の異能力者、霧矢ハチとして。
この、第8巻を、君と奪い合う。
無論、今度は敵同士として、ね。
「やっぱり、こんな初期から生き返るのはまずいよね」
最終決戦には間に合うからさ。
それまでは、少しの間お別れだよ、解くん。
俺の名は、霧矢ハチ。
S級最上位の異能力者、【理知の砦】
世界で最初に【逸常】に目覚めた、最強の異能力者。
……なーんて、俺の柄でもないんだけれど。
「さて、とりあえず……どうやって冥府から出ようかな」
俺は、いつも通り、ここで死んでいる。
少なくとも、彼が9冊のノートを集める、その日までは。
以上、第1章、完!
次回、第2章【学園編】開幕!
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