115『強奪』
点滴ってすごい。
私は、選ばれし生き物だ。
生まれついたその瞬間から、その自覚があった。
最も古い記憶は、私を産んだ両親の記憶。
実に。
実に……醜悪な両親だった。
否、私以外の存在であるということだけで、私はその両親を汚らしい肉塊にしか見ることが出来なかったのだ。
故に、殺した。
元から汚い肉袋から、その中身を撒き散らしただけ。
それに対してなんの躊躇も、後悔もなかった。
ただ、家が汚れた。
だから私は家を捨てた。
生まれ育った家を、肉親と共に捨てた。
両親を捨てて、数年。
冥府という世界を渡り歩いて理解した。
あぁ、この世界に私より優れた存在は、やはり居ない。
当然の事だった。
私は完璧、故に何も間違えない。
私が正しく、それ以外の全てが間違っているのだ。
だから、私の行為がたとえ『禁忌』に値するものであっても。
世間一般における『悪』だとしても、私が『正』と言えば正しいのだ。
雑多蔓延る道端で。
多くの肉袋が闊歩する中。
私にぶつかってきた子供の肉袋を、その場で八つ裂きにした。
悲鳴をあげた母親も、その場で殺した。
唖然と崩れ落ちた父親も、目障りだったので殺した。
騒ぎになって煩さかったため。
その町を、その場で滅ぼした。
「あぁ、実に、実に醜悪。こんな世界が私の生きる世界だと?」
私は思った。
これは、変えねばならん。
この世界は何としても変えねばならない。
それが、私の生まれてきた意味なのかもしれない。
「さぁ、改変だ」
かくして、私は冥府の王へと手を伸ばす。
この冥府を、改変するために。
私が頂点として君臨する、私だけの世界へと。
☆☆☆
この、1年と半年の間。
僕の胸には、後悔が溜まっていた。
強さを手に入れる度。
自分の成長を実感する度。
……どうしようもなく、後悔した。
何故、あの時あの瞬間、この力がなかったのか。
どうして僕は、シオンに助けられてしまったのか。
僕は、何故あんなにも……弱かったのか。
悔やみ、叫び、泣いては悔やんで、また叫ぶ。
眠れぬ日々が、数ヶ月続いた時期もあった。
だけど、その後悔もいずれは消えた。
――憎悪という真っ黒い感情に、飲み込まれて消えた。
『おいカイ! 今日の晩飯どーすんだ! 腹減ったそ!』
懐かしい声が、聞こえた気がした。
記憶が蘇る。
たったの2ヶ月。
されど、一緒に生きた2ヶ月間。
苦楽を共にし、同じ釜の飯を食った。
思い起こせば、彼女の声は止まらなかった。
『お前は天才だ! だから、オレの子分として適任だろう! けどオレはその更に上を行く! 超スペシャルド天才ってやつだ!』
『あー、はいはい。わかったわかった』
『頭を撫でてんじゃねぇ!』
『おいカイ! 今日はなかなかいい感じじゃねぇか! 勝負しよーぜ!』
『嫌だ』
『うるせぇ勝負だ!』
『子分はな! 親分を敬わなきゃいけないんだぜ! 分かったらこれから毎日オレを敬え!』
『敬うって言葉、意味知ってるのかお前』
『……う、うるせぇ! 知らねぇよンなもん!』
記憶がどんどん蘇る。
時を経るにつれ、鮮明になってゆく。
色鮮やかに、まぶたの裏に焼き付いてゆく。
『……なぁ、カイ』
あれは、いつの会話だっただろうか。
真夜中、霧矢も寝静まった時間帯。
僕の隣に座った彼女は、嬉しそうに笑っていたんだ。
『オレ、最近すげー楽しいぜ。お前は最高の子分だぜ』
そんな光景も、ある日を境に、ブツンと切れた。
殺された。
殺された。
シオンは、死んだ。
シオンは殺された。
何故、どうして?
どうして彼女は殺された?
死んだ?
何故?
誰がやった。
誰が……シオンを殺した。
「……お前か、屑野郎」
腹の底から怒気が零れる。
言葉尻に、憎悪が滲んだ。
僕は、目の前の男へ腕を振るった。
瞬間、右手首から黒色の円環が解け、線となって男に絡み付く。
男は嫌な予感を覚え、咄嗟に【具現】を発動する。
『串刺し公』という具現能力。
足元から黒い杭が飛び出して、僕の顔面へと迫る。
だが、少しだけ遅かった。
「……!? な、何故……何故、そこで止まる!?」
黒い杭は、僕のあご先数センチの距離で、止まっていた。
僕はその杭へと手を載せる。
瞬間、その杭は一瞬にして崩壊、塵へと変わった。
うん。やっぱり『死絶』の能力は正常だ。
壊すのにかなり時間がかかっていたけど、やはり【深淵剣デスパイア】が硬すぎた、ってだけの話か。
能力に不調があったのかと、少し心配だったからよかったよ。
僕は円環を手首へと戻すと、男は焦っていた。
「な、何故! 何故具現が発動しない! き、貴様……一体何を!」
「少し黙れ」
たった一言。
それだけで、男の四肢は地面から飛び出た【針】によって串刺しとなった。
「ぎ、いぁぁあああああああああ!?」
「黙れって言ったよな、クズ野郎」
その頬をぶっ叩き、無理やりに悲鳴を消した。
男は……冥府の王イミガンダは信じられないと目を見開く、
彼の目には、自分の四肢を串刺しにした針が映っていて、
「ば、馬鹿な……! な、何故貴様が【串刺し公】を使える!?」
へぇ、形状は全然違うのに、ひと目でわかるのか。
さすが、腐っても冥府の王。
この能力の元祖所有者でもある。
……まぁ、それはそれで別にいいんだけども。
僕はイミガンダを見下ろし、その顎へと蹴りを叩き込む。
最悪の角度で入った一撃は奴の脳を揺さぶり、イミガンダは言葉を発することも出来ずに力を失う。
お前さ、喋るなって言ってんじゃん。
話、聞いてた?
「……ッ、な、に……を!」
「お前の問いには答えない。お前の要望には応じない。お前の希望は叶わない。お前はこの先助からない。お前はもう、ここで終わる」
右の拳を握りしめる。
最後の最後で、役に立ったな冥府の王。
お前が大事にしてた【具現の適性Sランク】その理を頂いた。
僕の手の甲には【現】との文字があり、それを見たイミガンダは全てを察して僕を睨んだ。
「強奪……系ッ!」
「あぁ、可哀想に。1番大切な剣は壊され、能力だけ奪われた。2番目に大切な具現の力も奪われて……なぁ、一つだけ答えろよ。3つ目に大切なものって何?」
右手の分は奪った。
だけど、左手の分は残っている。
暴走列車から奪った【活性】は、僕の死をきっかけに、強奪状態から定着状態に変化した。
故に僕は、初期と変わらず【2度】奪えるわけだ。
あ、そうそう。
話は変わるけど、冥府の王イミガンダ。
強奪してる状態で、僕かお前が死んだら、さ。
僕が奪った能力、もう返さなくていいんだよ。
なら、現世に戻るのに、ちょっとお土産が欲しいなってさ。
僕は、そう思うんだ。
「あ、ちなみに【零落の黒焔】は要らないよ。あんな中二病臭い能力……しかもお前のお下がりとか。臭すぎて使う気も出ないし」
「――ッ! き、きさ、まぁぁぁぁ!」
叫び、四肢から針を抜きながら、僕へと迫るイミガンダ。
その速度は、かなりのものだったろう。
でも、お前……もう、深淵剣の強化、受けてないんだろ?
そんなもんで、今の僕に届くわけがないだろうが。
「ぐげぁ!?」
僕は、その顎を上空へと蹴りあげた。
一撃で、顎が碎ける感覚があった。
……いいや今の感覚。下手すれば顔面の骨も砕けたか?
まあ、どっちでもいいことか。
僕は、イミガンダの吹き飛んで行った方向へと歩き出す。
僕の視線の先で、イミガンダはぴくぴくと震えていた。
「な、何故……こ、このっ、がほっ! わ、私が……!」
「3番目に大切なもの……ないのか? じゃあ……そうだな【経験値】にしておくか。お前が生きてきた中で見受けた経験値、その全てをよこせ」
左手首から黒色が伸びてゆく。
それは、なんの抵抗も無くイミガンダの【経験】を奪った。
脳内へとレベルアップのインフォメーションが流れてきたが……S級にはまだ届かない。だけど今回……それを上回る『副産物』が手に入った。
「……へぇ、これ、お前の記憶が」
それは、長い時を生きた男の記憶。
人間のようで、人間では無い種族の記憶。
血も涙もない……と言えば、嘘になる。
――生まれたその瞬間から、間違い続けた男の記憶だ。
「…………な、何故? ここは、どこだ? お前は……なぜ私は、こんな場所に……何故、傷を負っている? 何故、何故、何故……何故何故何故何故何故?」
ふと、目の前から声がした。
経験……記憶を奪ったせいで、自分が誰かも分からないか。
ざまぁない、とも、今じゃ言えないな。
こいつの記憶を見て分かった。
「お前は、生まれてきたこと自体、間違ってたんだよ」
僕は、右の拳を振り上げる。
さぁ、終わりにしよう。
「もしも次ってのがあったなら……その時こそは、正しく生まれてこい」
右手が狼のソレへと変化して。
僕は、何の容赦もなく、奴の頭蓋へと叩き落とした。
次回、【再臨】




