114『崩壊』
怒っていた。
とても怒っていた。
燃えたぎるような熱が胸の内で暴れ狂う。
身体中の体温が、一気に上がったような感覚を覚える。
しかし、頭はどこまでも冷静だった。
どうすれば、この男を殺せるか。
そんなことは考えていない。
殺す。その事実は確定した。
問題は、どれだけ速やかに排除するか。
「……まずは」
僕は、四肢を狼のままで歩き出す。
対するイミガンダの動きは明快だった。
奴は僕以上に『怒り』を表に出していた。
真っ赤に燃え上がったような顔と、額にくっきりと浮かんだ青筋。
おやおや、そんなに顔面殴られたのが悔しかったのかな?
僕はなんとか彼を落ち着かせようと、舐め腐るように顎を突き出す。
「なぁ、今どんな気持ちだ? リア充に膝を屈してるぼっち野郎が」
「ぶっ、殺す!」
奴は剣を構え、一気に僕へと駆け出した。
その速度は僕と同等……かもしれない。
少なくとも、狼王状態の僕『以上』ってことはないな。
僕もまた彼へと向かって駆けると、その剣を右拳で相殺した。
金属同士が激突したような音が響き渡る。
イミガンダは、僕の腕を斬ることが出来ない事実に、大きく目を見開いていた。
「な、何故……何故斬れない! 何をした貴様!」
「何も。ただ、その剣は切れ味自体はさほど良くねぇんだ……よッ!」
腹へと前蹴りを叩き込む。
イミガンダは少量の胃液を撒き散らして後ずさる。
奴は想像以上のダメージに僕を睨み上げたが……僕の方へと視線を戻したイミガンダは、大きく目を見開いていた。
だって眼前には、僕の拳が迫っていたから。
「く、クソっ!」
イミガンダは、斬れもしない深淵剣で拳を払う。
言ったろ、それは僕には通じないんだよ。
狼王の硬度が、その剣の切れ味を上回った。
よほどお前の剣の腕がいいならいざ知らず……お前、儀式用の剣で鉄塊を斬れるほどの技術、ないだろ? つまりはそういうこった。
僕は技術もへったくれもなく、ひたすら両腕で乱打した。
「く、クソっ、クソ!」
「どうしたトイレか! なら行ってこいよ、後ろから後頭部ぶん殴って殺してやるからさ!」
「……ッ、舐めるな人間風情が……!」
イミガンダは叫び、本気の一撃を振り下ろしてくる。
もはやそれは、斬撃ではない、打撃だ。
鈍器のように、腕力で振り回しただけの一撃。
……ぶっちゃけ、それが一番厄介だった。
「ぐ、のぉ……っ!」
あまりの威力に、両腕ガードしても、ダメージが突き抜けてきた。
腕の骨が、砕けたのがわかった。
数秒もせずに治癒するだろうが、それでも……戦闘中の数秒って結構でかいぞ!
僕は大きく後方へと飛び退る。
だが、イミガンダもまた追随してきた。
「――ッ」
「貴様は殺す。もう逃がしたりはしない」
2度目の振り下ろし。
僕は咄嗟に右足で蹴りを入れ、斬撃の方向を左へ逸らす。
それでも僅かに掠った一撃。
それだけで凄まじい衝撃が響き、貫き、僕は大きく吹き飛ばされてしまう。
「こりゃ、やべーな」
すぐに立ち上がり、前を見た。
そして思い出した。
――S級が、どれだけヤバい集団か、ってことを。
「阿久津さん、ポンタ、暴走列車に……異能を使えるシオンだろ? あいつらと同格ってことは……」
「解くん! そっからが本番っぽいよ! 気をつけて!」
霧矢から声が飛び。
僕は、嫌な予感に後方へと跳ねた。
直後の事だった。
僕の爪先を掠って、地面から巨大な【杭】が突き出した。
「――ッ!? これは……もしかして【具現】か!」
霧矢とて、イミガンダの全てを知ることが出来たわけじゃない。
ただ、日曜日は肉体が強化されるということ。
そして、イミガンダの異能の正体について。
知ることが出来たのは、せいぜいそれくらいだ。
だから、初めて知った。
この男もまた……【具現】の適性が高いということを。
「キッツ!!」
僕は叫び、駆け出した。
駆けるそばから、地面を食い破って杭が突き出す。
それは、イミガンダから50メートル程離れた場所で打ち止めとなったが……なんつー広範囲の具現だよ。下手をすればシオンと同等まで有り得るぞ。
「……うん、見えた。彼の基礎三形、具現は【串刺し公】。自分を中心として、指定した範囲に杭を生み出す……言ってみれば広範囲殲滅型の具現能力だね」
「なるほどな……」
霧矢も、1度見てしまえば根っこのところまで分かるらしい。
近くから霧矢の声がしたため、振り返ることなく声を返す
「適性は?」
「堂々の[S]だね。シオンちゃんと同格と思った方がいい」
「ふざけてんな」
僕は苦笑すると、砂煙の中からイミガンダが姿を現す。
「……やはり、具現だけでは仕留めきれんか。やはり貴様は、この剣で仕留めるしかないようだ。【零落の黒焔】」
早速奥義かよ。
剣からどす黒い炎が吹き上がる。
あの剣単体なら十分に弾き返せるが……あの炎は不味い。
――冥府の王イミガンダ。
異能【零落の黒焔】。
能力としては単純明快。
全ての防御を貫通させると言うだけの力。
幾重に貼った防壁も。
どれだけ頑丈な岩肌も。
たとえ、阿久津さんの臨界天魔眼であったとしても。
その全てを貫通、確実に相手を切り刻む為の異能だ。
そう、ずっと前に霧矢から聞いていた。
それと同時に、こうも聞いていた。
イミガンダは、元々違う異能を持っていた、と。
しかしある日、とある剣を拾ったことで、かつての異能を鍵ごと捨てた。そして、一目惚れしたその剣を鍵として、新たな異能、零落の黒焔を習得したのだとか。
「……また、面倒臭いことしてくれたもんだ」
僕は苦笑し、拳を握る。
深淵剣を拾って2ヶ月で異能を仕上げてくる才能もそうだが。
直感的に、僕らの嫌がる『異能』を習得したことにも腹が立つ。
「こうなりゃ、肉を斬らせて……!」
僕は重心を下げて、両足へと力を込める。
そして――ふわりと、図書館のような古びた匂いが鼻を突く。
「――さて。それじゃあ、そろそろ俺の出番かな」
聞こえてきたのは、霧矢の声だった。
驚いて振り返れば、彼はどこからか杖を取りだし、それを握り締めて僕を見ていた。
「お、お前……!」
「これでもね。俺も異能力者の端くれなのさ。戦闘能力が高いかどうかは置いておくにしても……この最終局面で力を貸さないほど、俺も寄生を極めちゃいないんだよ」
ふわりと、霧矢は杖を振るう。
杖から零れ落ちた光は、僕の体へと入ってゆく。
すると、まるで光の膜が僕の体を包むように広がってゆき、それを見て驚く僕へ、霧矢ハチはウィンクした。
「さ、お行き。俺の力で、君の表皮数センチ以内における、【零落の黒焔】を無効化させてもらった。これで、君に防御力貫通は届かない」
「お、お前……!」
こんなこと出来たのか!?
僕が驚いていると、冥府の王から声が響いた。
「貴様……! まさか、S級異能力者【理知の砦】か!」
「え、S級!?」
おいおいマジかよ!
僕は驚いて彼を見れば、自称嘘をつかない男は笑っていた。
ノーコメント……ってことは、そういう事か!
どーりで能力が強すぎると思ってたよこの野郎!
「現世に戻ったら、1発ぶん殴る。騙された気分だ」
「酷い!」
霧矢が笑いながらそう叫び。
僕は、一気にイミガンダへと走り出す。
「チィッ!」
炎をまとった剣が、振り下ろされる。
僕は霧矢を信じて拳を振るうと……僕の拳の直前で、炎は消えた。
衝撃が周囲へと響き渡り、僕は拳を一層固めて笑みを浮かべた。
「良かった。どうやら、うちの裏方はサポートもS級みたいだな」
助かったよ、霧矢。
これで、対等に戦える!
僕は集中力を一層高めて、拳に力を込める。
そして……ぞわりと、背筋が凍てついた。
「……貴様らは、どこまで私を苛立たせるのか」
イミガンダは、静かに呟いた。
そして僕を襲ったのは、無数の斬撃。
咄嗟に拳で迎え撃ち、弾いて逸らして躱していく。
しかし、奴の速度はどんどん上がってゆき、次第に僕の体へと傷が増えてゆく。回復能力を上回る勢いでの攻撃だ……っ!
「……ッ」
な、なんでいきなり……!
僕が困惑に包まれる中。
イミガンダは、たった一言こう言った。
「いつから、これが私の本気だと錯覚した?」
次第に押されていくのがわかった。
スロースターター……とでも言うのかな。
徐々にキレが増してゆく。
全盛に戻ってゆく、と言った感じだ。
く、クソっ、やばいんじゃないか、これ……!
「霧矢ハチ。貴様が関わってくると言うなら、話は別だ」
頬へと深い切り傷が増え、真っ赤な鮮血が吹き出す。
拳が弾かれて軽く吹き飛び、数メートルの距離が空いた。
「はぁっ、はぁ、はぁ……ッ」
息が荒い。
なんだこれ、めちゃくちゃ疲労が溜まってる。
僕は肩で息をしていると、イミガンダが僕を見下ろした。
その目には、いつかの日と似た色が宿っていた。
それは興が覚めたと言った時と、実によく似た色だった。
「貴様、A級だな? なれば、もとより貴様に勝機など1片たりともなかったのだ。私は勝利する。塵芥の理解不能な怒りや憎悪。無駄極まる感情に倒されるなど、笑い話にもなりはせん」
イミガンダは、今一度、僕の評価を設定したようだ。
――A級。つまりは格下の相手である、と。
僕は歯を食いしばり、膝に当てていた手を構えに戻す。
「孤高こそ最強。貴様のような弱者の思想は――崩壊して然るべき」
崩壊、と。
そう口にしたイミガンダは、僕へと刃を振るった。
間違いなく、命を取りに来た一撃だった。
それを前に、僕は剣へと、拳を叩き込む。
僕と、イミガンダと。
一瞬の、力の硬直。
衝撃が周囲へと突き抜けて。
……少しだけ、静かな時が流れた。
それは、異様な光景だったろう。
「……?」
イミガンダは何か嫌な予感を覚えたようだ。
彼は訝しげに眉を寄せ、そして、目を見開いた。
――ピシリと、【深淵剣デスパイア】にヒビが入ったから。
「……ッ!? ば、馬鹿な……!?」
驚くイミガンダに対し、僕は力を込めて、刃を摘んだ。
すると、僕のつまんだ場所から、一気に滅びが伝播してゆく。
ヒビが刀身全体へと向かってゆき、焦ったイミガンダは剣を払って僕から距離を取ろうとした。だけどな、もう手遅れだよ。
「……焦ったよ。あまりにも壊れないもんだからさ」
僕がAランクになって覚えた技能。
それは、1度は怖くて習得を避けた、反則技能だった。
「【崩壊】技能。……今は【死絶】の技能だったか」
触れたもの全てを崩壊させる力。
――【杯壊】に属する、最悪にして最強の技能。
最初は無条件に全てを崩壊させる技能だったが、進化を遂げた今では、『範囲を指定して』崩壊させられるようになっている。
……といっても、さすがに深淵剣を壊すには時間が掛かったな。
剣と接触する度に重ね重ね使っていたんだが……ここまで手間取ってしまった。
僕の掌には、塵になって砕け散った【深淵剣】の残骸が。
僕から距離をとったイミガンダの握る剣も、もう柄の直前までヒビが走っている。その剣が砕け散るまで……おそらく。秒読みと言ったところか。
「な、何故だ! 何故……この剣は最強の剣! 絶対に壊れることは無いのだ! そうに決まっている! これだけ強い剣が壊れるなど……」
「壊れるさ。そういうふうに出来てある」
僕の言葉に、イミガンダは目を見開いた。
僕は、予め作っておいた小さな布袋に、剣の残骸をしまい込む。
入口をしっかりと締めて、腰へとぶら下げ、そうして再びイミガンダへと視線を向けた。
僕の目の前で、深淵剣デスパイアは最期のときを迎えていた。
「あ、あぁ、あ! ぁぁあ、ああああああああああああ!!!」
イミガンダは、すがりつくように剣を抱くが、もう無理だよ。
深淵剣デスパイアに、作者が敵に回った。
その時点で、もうこの未来は見えていた。
「作者側としては、最強にも必ず攻略法を作ってるもんだ。だから、剣の切れ味は悪いし……こうして、時間をかければ破壊することも出来るようになってる」
「ば、馬鹿な! そ、そんな欠陥品だったとでも言うのか!」
イミガンダが叫ぶ。
僕は、目を細めて端的に言った。
「うるせぇな。てめぇが使いこなせてねぇだけなんだよ」
僕の深淵剣デスパイアを、馬鹿にするな。
アレは、正しく使えば無類の強さを誇る最強だ。
そも、あれを剣として使おうとしている時点で、お前は間違っていた。
これは、儀式用の剣。
極論言えば【アクセサリー】の類なんだよ。
僕は腰の布袋へと手をかざす。
さあ、深淵剣デスパイア。
そこに在って、されど無い。
妄想力の体現が如き剣よ。
安心しろ、お前を間違って使う者は、もう居ない。
今度は僕が……作者たる僕が、お前を正しく使ってやる。
デスパイアの本質は、無形。
どんな形であろうと……どんな姿になろうとも。
たとえ朽ち果て、灰になろうとも。
術者が信じる限り、力を与える。
布の袋が光り輝き、イミガンダは目を見開いた。
見晒せ冥府の王。
これが、正しい使い方だ。
「発動【暦の七星】」
身体中に、力が漲る。
イミガンダは愕然と震え、霧矢が呆れたように肩を竦める。
戦い始めてからここに至るまで。
ほぼ全て、計算通り。
お前は鍵たる剣を失い。
僕は、在りし日の力を取り戻した。
そして今日は、お前にとって最悪の日。
僕の【劫略】の力が増す、日曜日だ。
僕は、イミガンダへと右手をかざす。
「【禁書劫略】」
手首へと円環が浮かび上がる。
イミガンダは何かを察して身体を震わせ。
僕は、別の生き物を見るような目で、男を見下す。
「お前さ……容赦されるとは思うなよ」
既に、形成は逆転していた。
断言しよう。
冥府の王が、ここから僕に勝つようなことは、絶対にない。
作者高熱につき、明日の投稿出来なかったらごめんなさい。




