表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妄想クラウディア~10人の異能使いと禁忌の劫略者~  作者: 藍澤 建
第一章【エンドロールの向こう側】
29/170

114『崩壊』

 怒っていた。

 とても怒っていた。

 燃えたぎるような熱が胸の内で暴れ狂う。

 身体中の体温が、一気に上がったような感覚を覚える。


 しかし、頭はどこまでも冷静だった。


 どうすれば、この男を殺せるか。

 そんなことは考えていない。

 殺す。その事実は確定した。


 問題は、()()()()()()()()()()()()()


「……まずは」


 僕は、四肢を狼のままで歩き出す。

 対するイミガンダの動きは明快だった。

 奴は僕以上に『怒り』を表に出していた。

 真っ赤に燃え上がったような顔と、額にくっきりと浮かんだ青筋。

 おやおや、そんなに顔面殴られたのが悔しかったのかな?

 僕はなんとか彼を落ち着かせようと、舐め腐るように顎を突き出す。


「なぁ、今どんな気持ちだ? リア充に膝を屈してるぼっち野郎が」

「ぶっ、殺す!」


 奴は剣を構え、一気に僕へと駆け出した。

 その速度は僕と同等……かもしれない。

 少なくとも、狼王状態の僕『以上』ってことはないな。

 僕もまた彼へと向かって駆けると、その剣を右拳で相殺した。

 金属同士が激突したような音が響き渡る。

 イミガンダは、()()()()()()()()()()()()()事実に、大きく目を見開いていた。


「な、何故……何故斬れない! 何をした貴様!」

「何も。ただ、その剣は切れ味自体はさほど良くねぇんだ……よッ!」


 腹へと前蹴りを叩き込む。

 イミガンダは少量の胃液を撒き散らして後ずさる。

 奴は想像以上のダメージに僕を睨み上げたが……僕の方へと視線を戻したイミガンダは、大きく目を見開いていた。

 だって眼前には、僕の拳が迫っていたから。


「く、クソっ!」


 イミガンダは、斬れもしない深淵剣で拳を払う。

 言ったろ、それは僕には通じないんだよ。

 狼王の硬度が、その剣の切れ味を上回った。

 よほどお前の剣の腕がいいならいざ知らず……お前、儀式用の剣で鉄塊を斬れるほどの技術、ないだろ? つまりはそういうこった。

 僕は技術もへったくれもなく、ひたすら両腕で乱打した。


「く、クソっ、クソ!」

「どうしたトイレか! なら行ってこいよ、後ろから後頭部ぶん殴って殺してやるからさ!」

「……ッ、舐めるな人間風情が……!」


 イミガンダは叫び、本気の一撃を振り下ろしてくる。

 もはやそれは、斬撃ではない、打撃だ。

 鈍器のように、腕力で振り回しただけの一撃。

 ……ぶっちゃけ、それが一番厄介だった。


「ぐ、のぉ……っ!」


 あまりの威力に、両腕ガードしても、ダメージが突き抜けてきた。

 腕の骨が、砕けたのがわかった。

 数秒もせずに治癒するだろうが、それでも……戦闘中の数秒って結構でかいぞ!

 僕は大きく後方へと飛び退る。


 だが、イミガンダもまた追随してきた。


「――ッ」

「貴様は殺す。もう逃がしたりはしない」


 2度目の振り下ろし。

 僕は咄嗟に右足で蹴りを入れ、斬撃の方向を左へ逸らす。

 それでも僅かに掠った一撃。

 それだけで凄まじい衝撃が響き、貫き、僕は大きく吹き飛ばされてしまう。


「こりゃ、やべーな」


 すぐに立ち上がり、前を見た。

 そして思い出した。


 ――S級が、どれだけヤバい集団か、ってことを。


「阿久津さん、ポンタ、暴走列車に……異能を使えるシオンだろ? あいつらと同格ってことは……」

「解くん! そっからが本番っぽいよ! 気をつけて!」


 霧矢から声が飛び。

 僕は、嫌な予感に後方へと跳ねた。

 直後の事だった。

 僕の爪先を掠って、地面から巨大な【杭】が突き出した。


「――ッ!? これは……もしかして【具現】か!」


 霧矢とて、イミガンダの全てを知ることが出来たわけじゃない。

 ただ、日曜日は肉体が強化されるということ。

 そして、イミガンダの異能の正体について。

 知ることが出来たのは、せいぜいそれくらいだ。


 だから、初めて知った。

 この男もまた……【具現】の適性が高いということを。


「キッツ!!」


 僕は叫び、駆け出した。

 駆けるそばから、地面を食い破って杭が突き出す。

 それは、イミガンダから50メートル程離れた場所で打ち止めとなったが……なんつー広範囲の具現だよ。下手をすればシオンと同等まで有り得るぞ。


「……うん、見えた。彼の基礎三形、具現は【串刺し公(ヴラド・ツェペシュ)】。自分を中心として、指定した範囲に杭を生み出す……言ってみれば広範囲殲滅型の具現能力だね」

「なるほどな……」


 霧矢も、1度見てしまえば根っこのところまで分かるらしい。

 近くから霧矢の声がしたため、振り返ることなく声を返す


「適性は?」

「堂々の[S]だね。シオンちゃんと同格と思った方がいい」

「ふざけてんな」


 僕は苦笑すると、砂煙の中からイミガンダが姿を現す。


「……やはり、具現だけでは仕留めきれんか。やはり貴様は、この剣で仕留めるしかないようだ。【零落の黒焔(ブレイズ・ゼロ)】」


 早速奥義かよ。

 剣からどす黒い炎が吹き上がる。

 あの剣単体なら十分に弾き返せるが……あの炎は不味い。


 ――冥府の王イミガンダ。

 異能【零落の黒焔(ブレイズ・ゼロ)】。

 能力としては単純明快。

 ()()()()()()()()()()()と言うだけの力。

 幾重に貼った防壁も。

 どれだけ頑丈な岩肌も。

 たとえ、阿久津さんの臨界天魔眼であったとしても。

 その全てを貫通、確実に相手を切り刻む為の異能だ。


 そう、ずっと前に霧矢から聞いていた。

 それと同時に、こうも聞いていた。

 イミガンダは、元々違う異能を持っていた、と。

 しかしある日、とある剣を拾ったことで、かつての異能を鍵ごと捨てた。そして、一目惚れしたその剣を鍵として、新たな異能、零落の黒焔を習得したのだとか。


「……また、面倒臭いことしてくれたもんだ」


 僕は苦笑し、拳を握る。

 深淵剣を拾って2ヶ月で異能を仕上げてくる才能もそうだが。

 直感的に、僕らの嫌がる『異能』を習得したことにも腹が立つ。


「こうなりゃ、肉を斬らせて……!」


 僕は重心を下げて、両足へと力を込める。

 そして――ふわりと、図書館のような古びた匂いが鼻を突く。



「――さて。それじゃあ、そろそろ俺の出番かな」



 聞こえてきたのは、霧矢の声だった。

 驚いて振り返れば、彼はどこからか杖を取りだし、それを握り締めて僕を見ていた。


「お、お前……!」

「これでもね。俺も異能力者の端くれなのさ。戦闘能力が高いかどうかは置いておくにしても……この最終局面で力を貸さないほど、俺も寄生を極めちゃいないんだよ」


 ふわりと、霧矢は杖を振るう。

 杖から零れ落ちた光は、僕の体へと入ってゆく。

 すると、まるで光の膜が僕の体を包むように広がってゆき、それを見て驚く僕へ、霧矢ハチはウィンクした。


「さ、お行き。俺の力で、君の表皮数センチ以内における、【零落の黒焔】を無効化させてもらった。これで、君に防御力貫通は届かない」

「お、お前……!」


 こんなこと出来たのか!?

 僕が驚いていると、冥府の王から声が響いた。


「貴様……! まさか、S級異能力者【理知の砦(アヴァロン)】か!」

「え、S級!?」


 おいおいマジかよ!

 僕は驚いて彼を見れば、自称嘘をつかない男は笑っていた。

 ノーコメント……ってことは、そういう事か!

 どーりで能力が強すぎると思ってたよこの野郎!


「現世に戻ったら、1発ぶん殴る。騙された気分だ」

「酷い!」


 霧矢が笑いながらそう叫び。

 僕は、一気にイミガンダへと走り出す。


「チィッ!」


 炎をまとった剣が、振り下ろされる。

 僕は霧矢を信じて拳を振るうと……僕の拳の直前で、炎は消えた。

 衝撃が周囲へと響き渡り、僕は拳を一層固めて笑みを浮かべた。


「良かった。どうやら、うちの裏方はサポートもS級みたいだな」


 助かったよ、霧矢。

 これで、対等に戦える!

 僕は集中力を一層高めて、拳に力を込める。



 そして……ぞわりと、背筋が凍てついた。




「……貴様らは、どこまで私を苛立たせるのか」




 イミガンダは、静かに呟いた。

 そして僕を襲ったのは、無数の斬撃。

 咄嗟に拳で迎え撃ち、弾いて逸らして躱していく。

 しかし、奴の速度はどんどん上がってゆき、次第に僕の体へと傷が増えてゆく。回復能力を上回る勢いでの攻撃だ……っ!


「……ッ」


 な、なんでいきなり……!

 僕が困惑に包まれる中。

 イミガンダは、たった一言こう言った。


「いつから、これが私の本気だと錯覚した?」


 次第に押されていくのがわかった。

 スロースターター……とでも言うのかな。

 徐々にキレが増してゆく。

 全盛に戻ってゆく、と言った感じだ。

 く、クソっ、やばいんじゃないか、これ……!


「霧矢ハチ。貴様が関わってくると言うなら、話は別だ」


 頬へと深い切り傷が増え、真っ赤な鮮血が吹き出す。

 拳が弾かれて軽く吹き飛び、数メートルの距離が空いた。


「はぁっ、はぁ、はぁ……ッ」


 息が荒い。

 なんだこれ、めちゃくちゃ疲労が溜まってる。

 僕は肩で息をしていると、イミガンダが僕を見下ろした。


 その目には、いつかの日と似た色が宿っていた。

 それは興が覚めたと言った時と、実によく似た色だった。


「貴様、A級だな? なれば、もとより貴様に勝機など1片たりともなかったのだ。私は勝利する。塵芥の理解不能な怒りや憎悪。無駄極まる感情に倒されるなど、笑い話にもなりはせん」


 イミガンダは、今一度、僕の評価を設定したようだ。

 ――A級。つまりは格下の相手である、と。

 僕は歯を食いしばり、膝に当てていた手を構えに戻す。



「孤高こそ最強。貴様のような弱者の思想は――崩壊して然るべき」



 崩壊、と。

 そう口にしたイミガンダは、僕へと刃を振るった。

 間違いなく、命を取りに来た一撃だった。

 それを前に、僕は剣へと、拳を叩き込む。


 僕と、イミガンダと。

 一瞬の、力の硬直。

 衝撃が周囲へと突き抜けて。


 ……少しだけ、静かな時が流れた。


 それは、異様な光景だったろう。


「……?」


 イミガンダは何か嫌な予感を覚えたようだ。

 彼は訝しげに眉を寄せ、そして、目を見開いた。



 ――ピシリと、【深淵剣デスパイア】に()()()()()()から。



「……ッ!? ば、馬鹿な……!?」


 驚くイミガンダに対し、僕は力を込めて、刃を摘んだ。

 すると、僕のつまんだ場所から、一気に滅びが伝播してゆく。

 ヒビが刀身全体へと向かってゆき、焦ったイミガンダは剣を払って僕から距離を取ろうとした。だけどな、もう手遅れだよ。


「……焦ったよ。あまりにも壊れないもんだからさ」


 僕がAランクになって覚えた技能。

 それは、1度は怖くて習得を避けた、反則技能だった。



「【崩壊】技能。……今は【死絶】の技能だったか」



 触れたもの全てを崩壊させる力。

 ――【杯壊】に属する、最悪にして最強の技能。

 最初は無条件に全てを崩壊させる技能だったが、進化を遂げた今では、『範囲を指定して』崩壊させられるようになっている。

 ……といっても、さすがに深淵剣を壊すには時間が掛かったな。

 剣と接触する度に重ね重ね使っていたんだが……ここまで手間取ってしまった。


 僕の掌には、塵になって砕け散った【深淵剣】の残骸が。

 僕から距離をとったイミガンダの握る剣も、もう柄の直前までヒビが走っている。その剣が砕け散るまで……おそらく。秒読みと言ったところか。


「な、何故だ! 何故……この剣は最強の剣! 絶対に壊れることは無いのだ! そうに決まっている! これだけ強い剣が壊れるなど……」

「壊れるさ。そういうふうに出来てある」


 僕の言葉に、イミガンダは目を見開いた。

 僕は、予め作っておいた小さな布袋に、剣の残骸をしまい込む。

 入口をしっかりと締めて、腰へとぶら下げ、そうして再びイミガンダへと視線を向けた。

 僕の目の前で、深淵剣デスパイアは最期のときを迎えていた。


「あ、あぁ、あ! ぁぁあ、ああああああああああああ!!!」


 イミガンダは、すがりつくように剣を抱くが、もう無理だよ。

 深淵剣デスパイアに、作者が敵に回った。

 その時点で、もうこの未来は見えていた。


「作者側としては、最強にも必ず攻略法を作ってるもんだ。だから、剣の切れ味は悪いし……こうして、時間をかければ破壊することも出来るようになってる」

「ば、馬鹿な! そ、そんな欠陥品だったとでも言うのか!」


 イミガンダが叫ぶ。

 僕は、目を細めて端的に言った。



「うるせぇな。てめぇが使いこなせてねぇだけなんだよ」



 僕の深淵剣デスパイアを、馬鹿にするな。

 アレは、正しく使えば無類の強さを誇る最強だ。

 そも、あれを剣として使おうとしている時点で、お前は間違っていた。

 これは、儀式用の剣。

 極論言えば【アクセサリー】の類なんだよ。


 僕は腰の布袋へと手をかざす。


 さあ、深淵剣デスパイア。

 そこに在って、されど無い。

 妄想力の体現が如き剣よ。


 安心しろ、お前を間違って使う者は、もう居ない。

 今度は僕が……作者たる僕が、お前を正しく使ってやる。


 デスパイアの本質は、無形。

 どんな形であろうと……どんな姿になろうとも。

 たとえ朽ち果て、灰になろうとも。

 術者が信じる限り、力を与える。


 布の袋が光り輝き、イミガンダは目を見開いた。

 見晒せ冥府の王。


 これが、正しい使い方だ。



「発動【暦の七星(セブンスタ)】」



 身体中に、力が漲る。

 イミガンダは愕然と震え、霧矢が呆れたように肩を竦める。

 戦い始めてからここに至るまで。


 ほぼ全て、計算通り。


 お前は鍵たる剣を失い。

 僕は、在りし日の力を取り戻した。


 そして今日は、お前にとって最悪の日。

 僕の【劫略】の力が増す、日曜日だ。


 僕は、イミガンダへと右手をかざす。


「【禁書劫略(イクリプス)】」


 手首へと円環が浮かび上がる。

 イミガンダは何かを察して身体を震わせ。

 僕は、別の生き物を見るような目で、男を見下す。




「お前さ……容赦されるとは思うなよ」




 既に、形成は逆転していた。


 断言しよう。

 冥府の王が、ここから僕に勝つようなことは、絶対にない。



作者高熱につき、明日の投稿出来なかったらごめんなさい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >これは、儀式用の剣。 > 極論言えば【アクセサリー】の類なんだよ。 ………成る程、つまりデスパイアはMMORPGのアバターによく見かける実際使える訳でもないのに何故か背中に背負ってる大剣…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ