113『牙が届く時』
シリアスを書くのも、コメディを書くのも。
どちらも別種な面白さがあるから、書く側もとても困る。
ちなみに書いていて楽なのはコメディ。
仕上がったモノを見て『おお!』となるのがシリアスです。
――1年半後。
僕の前には、霧矢が呆れたように座っている。
結果から言えば、S級にはなれなかった。
実力的に……じゃなく、物理的に。
レベルが一定の水準にまで達すると、もう、上層の番人の中で相手になるやつが居なくなっていた。完全に僕の一人勝ち状態だった。
……経験値が貰えなくなっていた。
それでも粘ってみたけれど……S級には、今1歩届いていない。
しかし、彼は僕の姿を見て、頬をかいていた。
「……知ってたかい? 史上最短のAランクの昇格者でさえ、異能者登録から2年以上かかってるんだよ。まぁ、それが君もよく知るシオン・ライアーなんだけど」
「……はっ、そりゃいいな。アイツに上から目線で自慢出来そうだ」
そしたらきっと『うるせぇ! オレの方が天才だし強ぇ! 勝負だタマナシ!』とでも言われるんだろうか? 僕がシオンの頭を引っぱたくところまで想像できたわ。
そうこう考えていると……遠くの方から、大きな想力が動くのを感じた。
「……動いたか、冥府の王イミガンダ」
「そりゃ、これだけ暴れ回ったら……ねぇ」
霧矢は、僕の後方を見てそういった。
僕の背後には、上層の番人がほぼ全員ぶっ倒れてる。
今の今までは、何とかイミガンダの目に止まらないよう、1日5人程度の相手しかしてこなかった。それ以外は全て霧矢との訓練に務めてきた。
そして、苦節1年半。
ついに時は来た。
僕は、拳を握って立ち上がる。
壁を突破って飛び出してきた黒い剣を、首を傾げて回避した。
頬に一筋の傷跡が流れるが、血を拭う頃には癒えていた。
「……はて。もしや、私と会ったことがあるか?」
忌々しい声が聞こえてきた。
壁が切り刻まれて、その先から男が姿を現す。
オールバックの白髪に、真っ赤な瞳。
全身を黒い衣装に包んだ、年配の男。
あぁ、実に……1年半ぶりだよ。
冥府で永くを生きるお前には、一瞬だったかもしれないけど。
それでも、僕にとっては気がおかしくなるほど、長い時間だった。
僕は大きく深呼吸して。
目を細めて、その男を睨み据えた。
……さて、僕のことは覚えていないみたいだけど。
まぁ、それはともかく、まずは挨拶といこうじゃないか。
そう考えて、僕は冥府の王へと中指をおっ立てた。
「Go Ahead。ぶっ潰してやるよ、クソ野郎」
いつか、誰かから聞いたフレーズを口にする。
僕の挨拶を受けて、冥府の王イミガンダは、僅かに目を瞬かせる。
「……もしや、貴様――」
奴が言った時には、既に僕の姿は消えていた。
イミガンダは大きく目を見開き……そして、背後へと振り向いた。
奴の視線の眼前で、僕は大きく腕をふりかぶる。
さぁ、1年半越しの復讐劇を、始めようか。
「【狼王】技能」
腕が大きく膨れ上がり、狼の王のモノへと変化する。
黒狼系、超高位技能。
僕は思いっきり腕を薙ぎ払う。
やつは咄嗟に『深淵剣デスパイア』で受け止めたようだが……さすがにダメージは吸収しきれなかったようだ。
吹き飛ばされたイミガンダの顔に、大きなアザができていた。
既に、奴の瞳から見下すような色は消えていた。
お前が僕を逃し、格上風を吹かせて胡座をかいてた1年半。
僕は血反吐を吐いて、登ってきたぞ。
血肉を喰らって、泥水啜って。
憎悪を胸に、走ってきた。
お前の喉元にまで、届くよう。
「お前が逃がしたのは、トカゲじゃなく、竜の子供だったみたいだな」
「……貴様、あの時の」
イミガンダが僕を睨み、僕は嘲る。
「もう、僕の牙はお前に届く」
最後の晩餐に、満足出来たか?
イミガンダは剣を構えて、僕は両手を開いて構える。
冥府の王イミガンダ。
今日、お前を倒す。
さすがにこれ以上待たせちゃ、シオンに申し訳が立たないんでな。
☆☆☆
遊ぶ気は、一切ない。
全力でボコボコにして、その果てに潰す。
そのために必要なこと。
それはきっと、痛みだ。
「【念動】」
僕は左の手を差し出し、捻じる。
と同時に、イミガンダの右腕へと力が籠ったのが分かった。
「……面妖な。念動力の類か」
「うるせぇな」
回転の進化先技能【念動】。
自身はもちろん、特定の場所に自分の望むままの回転をかけられる。
このまま腕を捩じ切る……って、そんなことが出来ればいいんだけど、相手はS級。今の僕とは地力が違う。
「幼稚。幾ばくかの時間を経たとて、所詮はその程度か」
力技で、念動から抜け出された。
……分かっていた。分かっていたさ。
この男が『深淵剣デスパイア』を保有している時点で、僕の遠距離攻撃のほとんどは無効化される。そんなことは理解していた。
『……あの剣の設定、覚えているかい?』
ふと、霧矢の言葉を思い出す。
『深淵剣デスパイアのメインの使い方は……異能の世界に当てはめるとすれば、きっと【鍵】の役割になるだろう』
そう、鍵だ。
デスパイアの所有者は、その武器を媒体にある能力が使えるようになる。それこそ、使用者の異能種別に関係なく、だ。
そして、その能力こそ、今回の最大の難関。
その能力の名は――【暦の七星】
その曜日に応じて自身の能力を向上させる力だ。
解然の闇は、その力で7つの能力をチートから反則へと昇華させていた。
月曜には変化を。
火曜には回転を。
水曜には耐性を。
木曜には指揮を。
金曜には即死を。
土曜には転移を。
日曜には――強奪を。
それぞれを使いこなしていたから、強かった。
そして今日――現実世界で、日曜日
「運が悪いと諦めよ。貴様は最悪の曜日にやってきた」
イミガンダの強化される能力は【身体能力】。
純粋で、馬鹿みたいな腕力、脚力、自然治癒能力。
最もシンプルで、イミガンダにとって、最も使いやすい力。
相手にすれば、厄介極まりない力でもある。
「解くん!」
背後から、霧矢の声がした。
僕は笑った。
ありがとう、霧矢。
お前が知識系の能力者で……心の底から助かった。
「知ってるよ。だから、日曜日にしたんだ」
「…………なに?」
疑問に答えず、僕は駆ける。
両腕と両足を【狼王】へと変化させ、一気に距離を詰める。
イミガンダは、僕を迎え撃つべく剣を構えるが、直後には僕の姿は掻き消えて、再び背後からヤツを襲撃した。
先程の一撃を受けているせいか、イミガンダは先程よりも余裕を持って剣で拳を受け止める。
「……なんだ、幻惑? それとも転移……。何故、災躯と久理、界刻、3種類の異能を使える。……何者だ、貴様」
「おいおい、口動かす前に手ェ動かせよ」
硬直状態から回し蹴り。
念動の力を込めて、回転力を上げた一撃。
それをイミガンダは片腕でガードするも、回転力と衝撃がイミガンダの腕へと伝わり、その腕の内側へとダメージが溜まる。
「無駄な足掻きを……」
奴は呟き、僕の足を掴む。
焦った時には既に遅く、僕は力任せにぶん投げられていた。
空中で姿勢を整えて着地したが……それでも20メートルくらい飛ばされたか? さっすが僕の考えた最強武器。活性Sでも、まだ勝てないか。
僕は苦笑すると、イミガンダは語った。
「今しがた思い出した。貴様、その脆弱さ、その無謀さ。無能さ。実に変わらずに居たものだ。何故そこまで弱く在り続けられる」
「うっわ、お前友達いないだろ」
なにこいつ。
中二病とかそういう以前に生理的に受け付けねぇよ。
なに、なんでこう、サラッと人を見下せるのかね。
僕は眉を顰めていると、イミガンダは言った。
「答えは明確。群れるからだ」
その言葉に、僕は首を傾げた。
「……何を」
「人は群れる。……いいや。生きとし生けるもの、ほぼ全てが何らかの群れを作る。それこそが貴様らが弱い理由。群れば甘え、甘えれば成長の機会を喪う。それが続けば、圧倒的な個である私との間に溝が産まれるのも道理」
いや、それただの『ぼっち』じゃん。
おまえ、もしかして友達いないって言ったこと気にしてる?
というかお前……その、奥さん居ないんですか?
いや、僕も彼女とかいないから多くは言えないんだけどね。
その……『魔法使い』だよね?
明らかにそういう年齢、通り過ぎてるよね?
ってのが、僕の素直な感想。
だけど、なんとなく雰囲気的に言えなかった。
なので、僕は黙って話を聞いた。
「両親、兄弟、友、恋人……その他諸々。ありとあらゆる繋がりを捨てよ。さすれば自分がやらねばならなくなる。生きるためには、自分がどうにかせねばならなくなる」
イミガンダは、両手を広げる。
その光景には、特に何も思わなかった。
なんの感慨も覚えなかった。
だけど、その言葉だけは違った。
「せっかく女を殺してやったと言うのに、なぜ貴様は弱いままなのだ?」
「………………は?」
頭の中が、真っ白になった。
……コイツは、何を言っている?
なぜ、そんなことを口にできる?
僕が目を見開く前で、奴は続ける。
「つい先程まで、存在すら忘れていた。そう、あの女。赤髪の女。私の忠告も無視し、貴様の盾となったあの女だ。……肉壁としては最高の役割を果たしたろう。最高の死に様だった。私の興を冷ましたのだからな」
「……おい、黙れよ」
僕の言葉を、イミガンダは聞き届けない。
「だが、あの死に意味はなかったな。お前は弱いままだ」
1年半前も見た無表情で。
夢にまで見た、あの顔で。
僕に対して、真正面から喧嘩を売った。
「実に徒労。生きる価値も死ぬ価値も無きゴミが、私の手を煩わせるな」
その声を、本能的に理解した瞬間。
僕は、イミガンダの顔面を拳で撃ち抜いていた。
「――ッ!?」
拳に衝撃が返ってくる。
イミガンダは凄まじい勢いで吹き飛んでゆく。
遠く離れた建物へと頭から突っ込んでゆき、その衝撃で建物が崩壊。
ここまで崩壊の振動が伝わってくる中……僕は、血が吹き出すほどに拳を握る。
「……お前、よっぽど死にたいらしいな」
「……き、貴様……ァ!」
イミガンダが、鼻血を吹き出しながら僕を睨む。
その姿に、もう、笑みすら出てこない。
お前さ、ちょっと言っちゃいけねぇ事を言ったよ。
僕は拳から赤いオーラを零しながら、怒りに振るえていた。
腹の底に閉じ込めていた今までの憎悪が、一気に吹き出す。
あぁ、もうこれは、止まれない。
自分で自分を理解した。
僕は、こいつを殺すだろう。
なんの冗談もなく、この拳で、だ。
でも、ありがとう。
お前が救えない奴だって知れてよかった。
これでもう、僅かばかりの容赦も払える。
「もう、ボコるのは辞めた。ただ、殺す」
僕が殺すのは、きっと、お前が最初で最後だ。
誇れよ、寂しいボッチな冥府の王。
全身全霊、全力でぶち殺す。
僕は拳を突きつけ、告げる。
「存分に抵抗しろ。格の違いを教えてやるよ」
僕は今日、S級を打倒する。
次回【崩壊】




