表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妄想クラウディア~10人の異能使いと禁忌の劫略者~  作者: 藍澤 建
第一章【エンドロールの向こう側】
26/170

111『灰村解の大切なもの』

 全てを理解した。

 シオン・ライアーが、僕を助けた。

 僕の代わりに、あの一撃を身に受けた。


 理解した、瞬間。

 僕の喉から、裂けるような悲鳴が上がった。


「あ、あぁぁあぁぁぁあぁぁあああああああああぁッ!!」


 駆けた。

 既に余力など燃え尽きた。

 それでも、命を削って彼女の元へ駆けた。


 黒い剣が、彼女の体から抜けた。

 鮮血が吹き上がる。

 シオンは僕の方へと倒れてきて、僕は全身で彼女を受け止める。


「お、お前! な、何して……! おい! シオン・ライアー!」

「う、うるせぇ……な」


 その声には、いつものような元気はなかった。

 視界が曇った。これは、涙か。

 分かっている。

 彼女の肩から、胸元まで。

 大きく切り開かれた傷口は語っていた。



 ――手遅れである、と。



「ふ、ふざけんな! し、死ぬな! 死ぬなよシオン!」

「……はっ、オレぁ……天才だ。めちゃくちゃ、強いん、だぜ? そんな……簡単に、死ぬようなタマに、見えるかよ?」

「見えないよ……見えねぇから、絶対に死ぬな!」


 もう、彼女の体に力は感じなかった。

 自分が死ぬことは、すぐに割り切れたのに。

 誰かを……何かを【喪う】ことは、こんなにも、辛いのか。


 今、僕の手から零れ落ちそうになっている命。

 それに対して、何も出来ない無力感。

 彼女を喪ってしまうという、絶望。

 全部知ったさ……、もう、理解したよ!

 もう二度と……もう、絶対にこんなミスはしない!

 絶対にだ! 二度と目の前で、人を殺させたりしない!

 だから、頼むから……ッ。



「頼むから……死なないで、くれよ……」



 僕の言葉に、彼女は笑った。


「……あぁ、クソが。なんで、だろうな……」

「喋るな! もういいから……傷が、血が……!」


 彼女の傷口から、血が溢れだしてくる。

 零れてくる、際限なく垂れ流れてくる。

 僕は傷口を必死に押さえて声を上げる。

 でも、止まらない。


 ……止まっては、くれない。


「オレ……さ。昔っから……友達なんて、いなくて、よ」


 それは、シオン・ライアーという少女の過去だった。

 彼女の片目が見えていないことは、もう、ずっと前に知っていた。

 頑なに眼帯を外そうとしない。

 外しているところを見た事がない。

 それはきっと、彼女のトラウマだからに他ならない。

 だから、僕は彼女の過去について、探ろうとは思わなかった。

 それを……なんで、どうしてこんなタイミングで……!


「後で聞く! だから、今は……!」


 叫ぶ僕と、僕の手を、握るシオン。


「……今じゃなきゃ、ダメだって、分かってんだろ」

「……ッ!」


 理解したくない、言葉だった。

 僕は唇を噛み締め、嗚咽を殺す。

 僕を見上げて、シオンは儚く笑った。


「オレ、何かを失うのが……嫌だったんだ。ぜんぶ、ぜんぶ……オレのものじゃないと、気が済まなかった。誰かに奪われるのが嫌だった。……だから、力を……がほっ、げほっ!」

「シオン……!」


 言葉に混じって、血の塊が零れてくる。

 それでも彼女は、笑っていた。

 いつもとは違った、穏やかな笑顔だった。


「……だから、力を求めた。……ヘンテコな、ノートにも手を出した。……まぁ、そのせいで殺されちまっちゃ世話ねぇ、けどよ……。なぁ、カイ」


 彼女は、僕を見上げている。

 その目に映る僕は、とても不細工な顔をしていた。

 涙を流し、嗚咽を噛み殺し、顔を歪めたその姿。

 きっと見るにも耐えない光景だったろう。

 でも、シオンはとても嬉しそうだった。



「どうだ、オレは……1番大切なもの、守ったぜ」



 その言葉に、僕は目を見開いて固まった。

 涙が頬を伝い、体の芯が熱くなる。

 彼女の、とっても嬉しそうな笑顔を見て。

 僕は、奥歯を噛み締め、僕は涙を袖で拭った。


「お前……こ、こんな状況で、泣かせに来んなよな!」


 なんだよ、なんだよそれ……!

 なにが、1番大切なもの、だ。

 そんなこと言われたら、コロッとイっちまうよ、僕も。

 お前が中二病みたいな格好してなかったら、きっと惚れてた。


 僕は無理矢理に頬を吊り上げると、彼女を見下ろす。


「……バカタレが。覚悟しとけよ。……次に目ェ覚めたら、頭が馬鹿になるくらい叱ってやる。ついでに、腹いっぱいなるくらい、美味いもん食わせてやる」

「……な、はは! そりゃ、楽しみ……だな」


 シオンの瞼が、次第に落ちてゆく。

 僕の手を握る彼女の手から、力が失われてゆく。

 僕は必死に笑顔を作る。

 僕の顔を見て、シオンは最期にこう言った。



「……お前と……出会えて、楽しかった、ぜ」



 彼女の体から、力が消える。

 ……それは、抗い難い終焉だった。


 その瞬間、シオン・ライアーは、死に絶えた。


 何の誇張もなく、なんの冗談もない。

 僕の友達は。

 僕の手の中で、死んで逝った。


 冥府における、死。


 それが何を意味するのかは、分からない。

 それでも、二度目の終焉を目の当たりにして。


 僕は、1度目とは比べ物にならない【怒り】を感じた。



「――ぶっ、殺す」



 生まれて初めての、殺意。

 どす黒い感情が腹の底から沸き立った。


 振り返れば、冥府の王はつまらなさそうに立っている。


「……白けたな。興が醒めた。そして、貴様も脅威たりえぬと理解した」


 白けた?

 興が醒めた?

 こいつは何を言っている?

 疑問だけが溢れかえる中。

 それを、ひたすらに重い憎悪が飲み込んだ。


 僕は、冥府の王へと一歩踏み出し。

 その直後、霧矢が僕の両腕を羽交い締めにした。


「お、落ち着いて! 落ち着いて解くん! ダメだ! それだけは許さない!」

「退け。殺すぞ霧矢」

「退かない! これだけは譲れない!」


 本気の殺意に、霧矢は一切動じなかった。

 今の僕に、霧矢を押し退けるだけの力は……残ってない。

 それでも、腕を失おうと、四肢をもがれようと、首だけになっても、魂だけになっても、意地と根性と……この憎悪だけで、イミガンダを殺す。

 冥府の王だろうが、なんだろうが。


 僕のこの手で、ぶっ殺す。


 そうじゃなきゃ……なんのために、シオンは死んだ?

 なんの意味があった。

 彼女の死に、なんの理由があった!


「やめろ、退けろ霧矢! こいつ、こいつだけは……!」


 叫ぶ僕から、イミガンダは視線を外した。

 既にその目は、僕から興味を失っていた。



「その程度の力であれば……私が手を下す必要も無い」



 その言葉を最後に。

 冥府の王イミガンダは、僕の前から姿を消した。




 ☆☆☆




 イミガンダが姿を消して、一日。


 僕は、シオンの前で、ただひたすらに座り込んでいた。

 霧矢の姿は見ていない。

 もう、自分が何を考えているのかも分からない。

 ただ、胸の内に残る、熱き激情。

 胸の内を焼くような、激しい痛み。


 きっとこの感情を、怒りと言うのだ。


 耐えきれない、耐えきれない。

 胸の内に手を突っ込んで、掻きむしりたくなるような。

 あまりにも熱く、苦しく、激しい感情。


「……少しは、頭が冷めたかい?」

「……霧矢」


 ふと、背後から声がした。

 霧矢ハチだ。

 彼は僕の方へと歩いてくると、シオンを前に、僕の隣へと腰掛けた。


 そして、僕の目の前へと、見たことも無い【宝玉】を置いた。


「……これ、は?」

「俗に【冥府の御魂】と呼ばれるものさ」


 冥府の御魂。

 青い水晶玉の中に、紫色の光が浮かんでいる。

 どうやら霧矢も同じものを持っているようで、彼はもうひとつの宝玉を手で弄びながら、僕へと言った。


「これはね。番人の中でも特に強力な存在……【階層守護者】と呼ばれる者たちの心臓にあたるもの。僕のが、低層守護者の心臓で、そこに置いてあるのが、殺された中層守護者の心臓になる」

「……気色の悪い物を、持ってきたな」


 つまり、この男は……あの、低層守護者を殺したってことか?

 僕は目だけで彼を睨んだが、彼は僕を見ようともしない。

 まるで、既に用済みだとでも言いそうな姿だった。



「この心臓は、言ってみれば10冊の黒歴史ノートの縮小図。簡易的な願望器の役割を果たしているんだ」



 そこまで言えば、もう、分かってしまった。


「……なるほど。これが、脱出の鍵、か」

「その通り。長らく冥府の想力に触れ続け、ついには番人を超えた守護者の原動力。心臓。これを使えば、冥府から外に出られる」


 願望器。

 なんでも願いを叶える奇跡の道具。

 つまり、冥府から出たい、でも、現実世界に生き返りたい、でも、大抵の願いは叶うということ。

 縮小図、と言うからには、黒歴史ノート10冊には及ばないらしいが……。それでもきっと、その奇跡は人間の蘇生程度、簡単に実現できるはず。

 ここに来て、僕は霧矢ハチの目指していた【脱出方法】を理解した。

 なるほど、な。

 階層守護者を【殺さなきゃいけない】なんて、霧矢としても、ギリギリまで僕には隠しておきたかっただろう。


「元より冥府の王と殺り合う必要なんてなかったのさ。結局のところ、低層守護者と中層守護者。その二人が倒せたのならそれで良かった。……まぁ、そうなるとシオンちゃんがアレだし? なんとか冥府の王も倒して、3人で脱出したいなー、とも、考えていたんだけど」


 シオンは、死んだ。

 なら、冥府の王を倒す必要性はなくなった。

 僕と霧矢が、今此処で宝玉を使えば、それで終わる。

 元の世界へと、戻ることが出来る。


 そこまで考えて、僕は宝玉を手に取った。


 良かった。

 これで、また戻れる。

 今度はもっと、上手くやろう。

 10冊の黒歴史を燃やすために。

 もう二度と、死なないように。

 失わない様に。

 シオンの死を、無駄にしないように。


 今度は絶対に、上手くやらなきゃ。

 コイツに、顔向けなんて出来やしない。


 強く、宝玉を握りしめて。



 僕は、()()()()()()()()()()()()()



「霧矢。願望器ってことは……願いはなんでも叶うんだな」

「……解くん」


 霧矢は、僕に向けて呆れの混じった視線を向けた。

 だけどその目は、どこか優しげに見えた。


「即決て。もうちょっと考えた方がいいんじゃないの? その宝玉は、そう簡単に手に入るようなもんじゃない」

「……考えるまでもない。僕は、僕の大切なものを選ぶだけだ」


 僕の――灰村解の大切なもの。

 シオン・ライアーは、僕を命をかけて守り通した。

 自分の命よりも、何よりも大切なもの。

 それが『灰村解』だと、彼女は言った。

 ならば、僕にとっての1番大事なものは、一体なんだ?


 黒歴史を燃やし尽くすこと?

 それはもちろん最重要だ。

 絶対にそれだけは貫き通す。

 だけど、それでも……。


「今この瞬間だけは」


 僕は、宝玉をシオンへと当てた。

 使い方は、なんとなくわかった。


 自分が、現実世界に戻ること。

 戻って、阿久津さんたちと再会して。

 また、黒歴史ノートを巡ってワイワイやって。

 最後には、黒歴史そのものを燃やす。


 その事に優るものはないと、思っていた。

 思って、いたのに。


「……約束、したんだよ」


 叱ってやるって。

 美味いもん、沢山食わせてやるって。


 どれだけ黒歴史に胸を痛めていようとも。

 どれだけ辱めを受けていようとも。

 僕は、お前が死んでいる方がずっと嫌だ。


 ……僕は、お前との約束の方が、ずっと大事なんだよ。



「僕の願いは――【シオン・ライアーが生き返ること】」



 宝玉が光り輝く。

 眩い光がシオンの体を包み込む。

 やがて、光は奇跡となって具現と化す。

 シオンの体が、解けるように光となって、天井へと消えてゆく。


「……これで、シオンは……」

「間違いない。彼女は生き返っているだろうね。冥府じゃなくて、現実世界で。……これで、君は冥府の王を倒さなきゃ、彼女との再会を果たせない」


 霧矢の言葉に、苦笑する。

 ま、流れ的にそうなんだろうな。

 僕が冥府を抜ける条件。

 もうひとつの、【冥府の御魂】の在り処。


 そんなもの、冥府の王イミガンダを除いて、他には無い。


「霧矢。お前はさっさと生き返れ。……僕があの域に達するには、多分、1年じゃ効かないだろうから」

「……はっはー。解くんは優しいね。……うん、1年。多めに見積っても2年くらい? まぁ、それくらいなら全然耐えられる範囲内さ」

「…………霧矢?」


 僕は目を見開いて、彼を見た。

 霧矢ハチはどこか楽しげに笑うと、僕の前で奇跡を行使する。



「俺の願い――【ねぇ、解くんの零巻を、こっちに頂戴】」



「…………は?」


 想定外すぎる、彼の願い。

 僕の目の前に光が瞬き、そして、見覚えのあるノートが具現化した。

 表紙に【零】との表記がある、黒いノート。

 間違いない、ディュゥェアルノォーゥト第零巻だ。


 《新しく技能を習得できます》

 《技能が進化しました》

 《新しく技能を習得できます》

 《技能が進化しました》


 インフォメーションが唐突に流れ出す。

 僕は唖然と霧矢を見ていた。

 彼は僕の視線に気がつくと、あっけらかんと笑ってみせる。


「なーに。俺だって根っからの冷血漢じゃないんだよ! 2ヶ月も苦楽を共にしたカイくんと、シオンちゃん。そんな2人をボコボコにして……ぶっ殺した冥府の王様」


 そこまで言って、霧矢は目を細めた。

 それは、ゾッとするほど恐ろしい笑顔だった。



「吠え面かかせてやりたいのは、俺も一緒なのさ」



 それは、異能使い霧矢ハチとしての顔だった。

 間違っても、自称一般人の浮かべていい笑顔じゃなかったと思う。


「で、でも……それじゃあ霧矢の分が……」

「いいってことさ! 2年もあれば、1個くらい見つかるかもしれないしね!」


 しかし、すぐにその雰囲気も霧散する。

 僕は思わず苦笑し、霧矢は僕の肩へと腕を回した。



「なんとかなる! じゃなきゃ、あまりにも報われないだろ!」



 霧矢の無駄にポジティブな言葉が、今回はとても頼もしかった。


「……ありがとう、霧矢」

「いいってことさ! それより、早速修行と行こうじゃないか! シオンちゃんを待たせるにしても程度ってものがあるからね!」


 彼の言葉に、僕は一日ぶりに立ち上がる。

 片手には、今まではなかった黒歴史の塊が。

 視線の先には、ちょうど都合よく現れた、番人達がいて。



「あぁ、待ってろシオン。今、会いに戻るから」



 僕は、拳を握りしめる。


 もう僕は、負けたりしない。

 誰も傷つけさせはしない。


 二度と、目の前で誰かを死なせない。


 そのためには、力がいる。

 圧倒的な、力がいる。

 そのために何をすべきか。



 答えは簡単。


 レベリング。それだけだ。



覚悟は決まった。

憎悪も据えた。

準備は全て整った。

――さぁ、主人公の覚醒が始まるぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 治ったはずの病が再発して、大変なことになりそうです。助けてください
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ