106『シオン・ライアー』
S級異能力者。
それは、言ってみれば異能力者の頂点だ。
ポンポンS級やらA級やらが出てきて勘違いもしそうになるが、そこの所だけはハッキリしておかなくてはならない。
――S級というのは、化け物の証明である。
「オラオラオラァ! んなもんかよ!」
地面から浮かび上がった三次元的な影が、生き物のように迫り来る。
速度を上げて回避していくが、少しでも速度を緩めれば捕捉られてしまう。そう確信できるからこそ、冷や汗が止まらない。
「ちょ、ちょっとお前! 落ち着け! 敵じゃないだろ僕達は!」
「知るか! 面白そうだから戦う! それに理由なんざ要るか!」
「脳筋クソが!」
僕は叫び、一気にシオン・ライアーへと駆け出した。
だが、待ち構えるのは無数の影。
迫る影の攻撃を最小限の動きで躱してゆく。
それでも身体能力には限界がある。
物理的に回避できない影が背中へと突き刺さり、痛みが走る。
衝撃で弾かれるも、足元には2次元的な影が迫っていた。
咄嗟にその場を飛び退くと、僕のいた場所が地面から浮かび上がった影に飲み込まれてゆく。……おいおい、笑えねぇぞアレは。
「おら、もっと……こう、なんつーの? 頑張れよ! 今のままじゃつまんねーよ。全然オレに勝てそうにねーじゃねぇか!」
「う、うるせー! S級がD級に何言ってやがる!」
勝てるわけないじゃん!
なんなのこいつ!
馬鹿なんじゃないの?
いや、馬鹿だと思います!
シオンは顎に手を当てて少し考えてたみたいだが、すぐに考えるのを止めると、僕へとずびしっと指を向けた。
「おい、てめぇ……もしかして、あんまし異能のこと知らねぇのか?」
「人に指を……まぁいい。あぁ、阿久津さん……特異世界クラウディアの悪魔王に教わったけど、2時間くらいしか教えて貰ってねーよ」
「え! ちょっとちょっと! 解くん! 悪魔王と知り合いだったの!? ちょっとそーゆーこと早く言ってよね! 現世に戻ったらサイン貰わなきゃ!」
霧矢が変なことを言っていたが、仮に出られたとしてもこいつに阿久津さんのサインはやらん。
シオンへと視線を戻すと、彼女は腕を組んで唸っていた。
今の問答で少しは考え直してくれると非常に助か――
「異能は気合だ! つーわけで、早く続きやろうぜ!」
「言葉のキャッチボールッッ!!」
お前もか!
お前も話が通じないタイプか!
あぁ、ヤダヤダ!
なんでったって女の異能力者は話が通じないわけ?
つーかお前ら、僕の話聞くつもりないだろ!
阿久津さんといい、六紗といい!
怒るよ! さすがにそろそろ僕も怒っちゃうよ!
「野球やろうぜ! みたいなノリで殺し合い強要してくんな!」
「うるせぇ! 勝負だ!」
僕の言葉を一蹴し、影をけしかけてくるシオン。
僕はその影を躱してゆくと、シオンが僕へと向けて叫んだ。
「つーか! なんで活性しか使ってねぇんだよ! 基礎三形ったら【具現】だろ【具現】! 銃でも爆弾でもなんでも生みだして投げてこいや!」
こ、コイツ……!
異能始めて間も無い奴に、よりにもよって具現を使えと言うか!
具現って、六紗が言ってためちゃくちゃ難しい奴だろ確か!
特異世界じゃ、炎を生み出して好き勝手操る奴もいるって話だけど。
……そう考えると、もしかしてこいつの影、これも【具現】の力なのか?
だとしたら……強いなんてもんじゃない。
これだけで、並の異能力者を完封できるぞ、多分。
「同格の異能力者なんて、会ったことないからわからないけど……」
「なーに、ごちゃごちゃ抜かしてんだァ!」
シオンは叫ぶと、足の裏から影を噴射。
凄まじい勢いで僕へと迫った。
ここに来て初めての近接線。
僕は得体の知れなさに防御……なんて、するはずもないな!
さらに一歩踏み出すと、空中のシオンへと回し蹴りを叩き込む!
「うおっ」
シオンは驚いたように影の膜で僕の蹴りを防御する。
だが、僕の蹴りに対してそれだけってのは過少が過ぎる。
僕の右足は膜を突き破り、彼女の眼前へと迫った。
だが。
「おお! すげー惜しかったな!」
シオンの、楽しそうな声がした。
ぐにゅりと、唐突に衝撃が殺される。
見れば、二枚目の影が僕の足を完全に捕まえており、嫌な予感を覚えると同時に、僕の体はすさまじい勢いで投げ飛ばされた。
「ぐ、いぃぃぃぃぃぃッってえ!」
背中から、ずざざざざっと地面にこすった。
めちゃくちゃ痛い!
肌が燃え上がったかと思ったわ!
加減ってのを知らないのかこの女!
と、思ったけれど、僕も女性相手に思いっきり回し蹴りを叩き込もうとしていた手前、特に何も言うことができずに押し黙る。
「惜しーぜ! すげぇすげぇ! 威力だけなら大したもんだ! ギリB級あるんじゃねえの!」
ギリB級。
なんだろう、全然うれしくない。
「ほめてんだぜ! 二時間しか異能習ってねぇ野郎が、どういうわけかギリB級まで上り詰めてる! てことはお前……あれだろ! 天才ってやつだろ! なはは! 天才って見破れるオレ、超天才!」
「……ああ、そうだねー(棒)」
「そうだろそうだろ! もっと褒めてもいいんだぜ!」
彼女の言葉を受けて、僕は察した。
……道理で、中二病メーターが微妙にしか反応しないと思ったよ。
だってコイツ、頭の中が小学校低学年だもん。
しかも、なぜか中身が男の子ときたもんだ。
かっこいい技とか格好とかに一喜一憂する男の子。
間違いない、それだ。
「まあいっか! とりあえず、続きやろうぜ!」
男の子……じゃなかった、シオンは再び足の裏から影を噴射させた。
コイツ、近接戦の方が『面白いから』って理由で、そっちメインにしやがったな!
まあいい……僕としても、近接戦の方が攻撃が届くからな。
僕は拳を構えると、彼女を見据え、息を吐く。
体から無駄な力が抜けてゆき、シオンの目がありありと見開かれる。
こうなりゃ、ヤケだ。
全力全霊で、お前を倒す。
出来るか出来ないかは別として。
こっから先は――僕も本気だ。
「やっと……やる気出てきたみてぇだな!」
僕の気持ちに触発されたのかもしれない。
彼女の全身から凄まじい想力が溢れ出した。
それは、間違いなく暴走列車以上の想力量。
……未だかつて、感じたことの無い威圧感だった。
シオンは真正面から突撃してくる。
その速度は流石の一言。
僕の速度を優に超えている。
「Go Ahead! 先に逝ってな! 想力モンスター!」
シオンの拳へ、影が宿る。
見た瞬間に分かった。
――あれを食らったら不味い。
本能の部分で直感した。
僕は目を見開いて、回避に移る。
だが、足が妙に重く感じて視線を下ろし、唖然とした。
「な……!?」
僕の足元の影が、沼のように変わっていた。
ズブズブと僕の両足を飲み込んでゆき、僕は歯噛みする。
――回避は、不可能。
この状況、シオンの速度、S級異能力者の肩書き。
何をどう考えても、僕がこの状況から回避することは出来ない。
瞬間的に理解した。
だからこそ僕は、回避を捨てた。
「……来いッ!」
全身全霊、全ての総力を一点に集める。
おい、男子小学生!
かっこいいものが好きなんだろう?
燃える展開が、お好みなんだろう?
なら、逃げんなよ?
全力全開、限界を超えた想力に腕が耐えきれず、爆散する。
爆散する傍から、限界を超えた活性により回復する。
真っ赤な鮮血が、まるでオーラのように腕へと纏う。
『通常は問題ないのだが……御仁の場合は想力が多すぎる。故に忠告だ。あまり想力を一点に集め過ぎるな。一時的に力を得たとしても、肉体が耐えきれず、自爆することになるだろう』
忠告をありがとう、阿久津さん。
彼女の言葉を思い出し、僕は激痛に無理やり笑う。
想力の超過集中。
その果てに待つ、部位爆散。
活性の回復能力がなければ考えもしなかっただろうな!
これが僕の必殺、諸刃の剣!
それを見てシオンは……やはりと言うべきか、笑っていた。
「いいねェ! 嫌いじゃねぇよそういうの!」
シオンは、標的を僕の体から拳へと変える。
力と力の較べ合い。
純粋な力勝負。
シンプル、故にかっこいい。
そう、小学生及び中学二年生は思うわけだ。
分かるよその気持ち、僕も中学二年生だったからな。
僕は拳を撃ち放つ。
と同時に、真正面から影の拳が叩きつけられた。
凄まじい衝撃と、激痛。
僕の拳は、一瞬で砕けた。
それでも癒える、復元する。
何度でも何度でも、壊れながら治ってゆく。
「は、はは! はははは! おもしれぇ、お前やっぱおもしれぇよ!」
シオンが叫ぶ。
僕は歯を食いしばりながら、必死に耐える。
それでも何とか、僕は言葉を絞り出す。
「そうかい。僕も、お前のことは嫌いじゃないよ」
こんなにもわかりやすい弱点を、どうもありがとう。
僕は笑った。
僕の拳が、完全に砕け散る。
右腕がほとんど原型留めずぶっ壊れ。
シオンは、いきなり力を失った僕に目を見開いて。
――その横っ面へと、僕は回し蹴りを叩き込んだ。
「が……!?」
女相手に、一切の情け容赦ない一撃。
シオンは一直線に壁まで吹っ飛んでゆく。
その姿を見送って、僕は膝から崩れ落ちた。
前のめりにその場へと倒れ込んだ直後、遠くの方で、蚊の鳴くような疑問が聞こえた気がした。
「な、んで……」
「はぁっ、はぁ……そりゃ、お前に勝つ気がなかったからだろ」
最初から、勝つことに本気になられていたら負けていた。
お前は、最初っから最後まで、楽しむことに本気出してた。
そりゃ、負けるだろ。
楽しむためには、力をセーブしなきゃいけない。
僕の力に合わせなきゃいけない。
「最後の最後……僕の拳の威力を弱めないために、足元の泥影を無くした。……強いて言うなら、それが原因だ」
お前はちょっと、楽しみすぎた。
それと、あれだ。
ファッションなのか、本当に見えないのかしれないけど。
その、右目の眼帯的なやつ。
「そんなのあったら、普通狙うだろ」
最後の一撃は、眼帯側を狙わせてもらった。
だから、直前まで反応できなかった。
僕は彼女の眼帯を指してそう言うと、笑い声が聞こえてきた。
「な、なは、はははははは! すげぇすげぇ! こりゃ想像以上だぜ!」
彼女は、既に立ち上がっていた。
活性の力?
いいや違う。
直撃の前に、彼女の防御が完成していたんだ。
ボロボロと、彼女の表皮が崩れ落ちる。
それは、影の膜だった。
最初からなのか、あの一瞬で完成させたのか。
……この女、全身へと影を纏って衝撃を緩和させやがった。
「……くそ、完敗だ」
僕は倒れたまま空を仰いで。
シオン・ライアーは、僕を見下ろして満面の笑みをうかべた。
「おう、オレの勝ちだな! つまり! お前はオレの子分になった!」
「…………は?」
……何を言ってるんだろう、こいつ。
僕は残念な子を見るような目でシオンを見上げて。
シオンは、両手を腰に当てて胸を張る。
「お前、今日からオレの子分な! はい決定!」
灰村解、高校1年生。
気がついたら、赤髪外国人の子分になってた。
新メンバー。
③アホの子、シオン・ライアー。
 




