105『闖入者』
目が覚めたそこは、よく分からない場所だった。
ここが地獄、って所なのだろうか?
洞窟のような空間。
青い炎みてぇのが周囲に浮かんでる。
食えるんだろうか?
まぁ、腹は減ってねぇけど、地獄でも腹が減るようなら考えてみよう。見たところ、熱っぽさは感じねぇし、地獄ならなんだって有りだろ。
「つーか、オレ裸じゃねぇか」
自分の体を見て、思わず言った。
つーか、服はまだしも、異能発動の鍵がねぇ。
ってことは、異能が使えねぇって訳か?
試してみたら、やっぱり使えなかった。
かろうじて、基礎三形は使えるみてぇだな。
異能が使えねぇ以上、戦力は半減以下だが……まぁいい。戦えねぇわけじゃねぇし。不安がねぇとは言わねぇが、勝てばいいだけの話だろ。
オレは、そう結論づけて地獄を歩き出した。
服は、たまたま目に付いたよく分かんねぇ黒いのから奪った。
潰れた右目は、テキトーな布で覆った。
赤い髪を後ろで縛り、全身真っ黒けに赤い髪だけが映えてる、なんつーか、絶妙にかっこいい感じになった。我ながらカッケーなオレ。
水は、そこら辺から湧き出てた。
飯は、地獄に住んでる野郎共から強奪した。
生きていく上で、特になんの支障もなかった。
ただ一つ、不満があるとすれば……そうだなァ。
「強いヤツ。いねぇんだもんな」
テキトーに歩き回っても、戦えそうな奴は居なかった。
強そうなやつが誰もいねぇ。
黒い奴らは……まぁ、一般人よりは強いが程度が知れてる。
せめて、そうだ、想力が使える奴、いねぇのかよ。
「……つまんね」
オレはポツリと呟いた。
この世界に来て、もう1ヶ月近く経つ。
オレは、ただひたすらに生きるだけの日々を過ごした。
肉を食い、水を飲み、黒いやつらを蹴散らす。
それだけの日々。
退屈が過ぎる日常。
それは、下手をすれば死ぬことよりも辛かった。
だから、こそ。
「――ッ!!」
遠くから響いてきた、戦闘音!
そして、肌を突き刺したかつて感じたことの無い想力量!
「な、なは! なははははは! おいおい、嘘だろ!」
オレは、笑っていた。
なんつー想力量。
間違いねぇ、あの暴走列車を遥に上回ってる。
どころか、オレより上だ!
おいおいおい、オレより想力量多い奴、初めてだぜ!
強いのか、まだ弱ぇのか!
そんなことは考えなかった。
この想力を持ってる野郎は、間違いなくおもしれぇ。
そう考えた瞬間、オレは走り出していた。
☆☆☆
「はァァァァァ!」
低層守護者の拳が、僕の身体中を撃ち抜いた。
あまりの衝撃に鮮血が溢れ出す。
骨が砕ける。肉がへしゃげる。
身体中が悲鳴をあげる。
痛い、苦しい、めちゃくちゃ痛い、死にそう。
一撃ごとに負の感情が溢れ出す。
膝が震えて、体より先に精神が屈しそうになる。
「まだまだァ! 守護者を舐めるな人間風情ッ!」
連打乱打。
毎秒事に叩き込まれる一撃一撃。
あまりの衝撃に防御が手薄になったところを、拳が貫通した。
首元へと叩き込まれた一撃により、鎖骨が砕ける。
首まで影響があったのか、呼吸がしづらい。
喉が潰れたか?
真っ赤な血を吐き、濁った咳を吐く。
後方から霧矢の悲鳴が聞こえて、守護者は笑った。
「どれだけ言い繕うとも、所詮は人間! 我らには勝てん!」
その顔は、勝利の愉悦に歪んでいる。
僕には守護者のその顔が、何だかムカッときた。
優勢に対する心の余裕。
もっと言ってしまえば、油断。
「……ガラ空きだぜ」
そこには、隙しか見えなかった。
僕は守護者の顎へと、拳を下から叩き込む。
「――ッ!?」
守護者の顎は、一撃で砕けた。
衝撃に守護者の体が僅かに浮かび上がる。
彼はたたらを踏んで後ずさり、しりもちをつく。
その姿を、僕は満身創痍で見下ろしていた。
「で、次は?」
「……っ、こ、この……人間風情が!」
守護者は立ち上がり、僕へと迫る。
振り下ろしてきた拳を、同じく拳で相殺する。
凄まじい衝撃が響き、野次馬に来ていた番人たちも吹き飛ばされてゆく。
――押し負けたのは、僕の方だった。
「ぐっ……!」
「愚鈍此処に極まれり! 何たる無謀、何たる鈍い頭脳か! 貴様がいくら活性の力を極めていようが、我はその上を行く! 異能の力で強化された活性に、ただの活性で勝てると思ったが貴様の果てよ!」
「セリフが中二臭ぇええええいッ!」
もっと簡潔に言えこの野郎!
オマエら中二は、もうちょい言葉を分かりやすく使った方がいいと思う!
僕は大きく叫ぶと、両足へと力を込める。
「毎度毎度……格上ばかりで反吐が出る!」
スカイゴーレム、暴走列車、そしてコイツ。
どいつもこいつも、パワーで僕に勝りやがる。
コイツは防御力も攻撃力も、僕より格上。
回復力は低いみたいだが、それでも時間をかければ骨折だって治るだろう。
そんな中で、僕が勝るものはなんだ?
そう考えたら、すぐに答えが出た。
「死ねぇぇぇィッ!」
守護者の拳が、僕へと振り下ろされる。
僕は全身全霊、足へと力を込めて、奴の【死角】へと駆け込んだ。
「なーッ!?」
奴の斜め後方へと移動した僕と、完全に僕を見失った守護者。
目の前には、がら空きの後頭部。
僕は、その場所へと回し蹴りを叩き込む!
「が……!? く、クソが!」
守護者は僕のいる方へと腕を振り払うが、既に遅い。
既に僕はやつの間合いから外れていて、守護者は僕の姿を見て歯噛みした。
僕が勝てるのは、速度だけ。
唯一、コイツよりも僕の方が速い。
なら、止まるな、逃げるな。
速度でコイツの全てを上回れ。
翻弄し尽くせ。
僕が、勝つまで。
「……フゥ」
僕は深呼吸して、守護者を見据える。
もっと回せ、血を回せ。
体を加速させろ。回転を上げろ。
もっと。もっと!
僕は一気に駆け出すと、守護者が目を見開いたのがわかった。
「速ッ――」
目の前へと伸ばされた手を、踏み台に駆ける。
やつの頭上へと飛び上がり、勢いを乗せた回し蹴りを横っ面へ!
凄まじい衝撃と……防御されたような手応え。
見れば、辛うじて片腕が防御へと回されている。
だが、それでも殺しきれなかった衝撃が奴の顔面を傷つけた。
防御越しに守護者の鼻血が吹き出して、僕は一気に畳み掛けた。
「ラァッ!」
かかと落とし、一閃。
両腕を防御へと構えられたが、関係ない!
全体重をかけた一撃は、防御も虚しく奴の脳天へと突き刺さる。
確かな手応え。
しかし、直後に僕へと伸ばされた右手を、咄嗟に蹴り飛ばした。
「嘘だろ……!?」
なんてタフネスしてやがる……!
蹴り飛ばした勢いのまま、守護者から距離を取る。
奴は防御に回していた腕を構えると、僕を鋭い目で睨み据える。
「まだ、まだ……! 人間に、負ける訳には……ッ!」
一歩、また一歩と、守護者が距離を縮めてくる。
その姿に大きく息を吐き、僕は集中した。
想力をさらに高めて、身体機能を限界まで活性化させる。
全身の傷から蒸気が吹き上がり、気持ち、体力も戻ってきた。
「これで……ッ!」
まだ、戦える!
僕は拳を構えて、守護者を見据えた。
――その、直後の事だった。
「なは! ははははははははははははは!!」
――どこからか、笑い声が聞こえてきた。
直後に感じたのは、馬鹿みたいな量の想力。
あの暴走列車と同等……いや、それ以上か!
「な、なにか……来る!」
僕が確信した、直後だった。
岩肌が剥き出しとなった壁をぶち壊し、黒い影が現れた。
闇とは、漆黒とは、きっとああいう色を言うんだろう。
そんなことを咄嗟に思った。
どこまでも黒く、暗く、静かな影。
しかし、そんな影とは裏腹に、その向こうから現れた人物は、あまりにも荒々しかった。……荒々し過ぎたかもしれない。
「おいおい! おもしれぇことやってんじゃねぇか! オレも混ぜろよ!」
影の中から出てきたのは、一人の女だった。
血のような真っ赤な髪に、右目を覆うように布を巻いている。
彼女もまた、番人から奪った衣服を身にまとっており、その足元からは、漆黒の影が、まるで生き物のように伸びて、蠢いている。
「影使い……眼帯ィ?」
僕の中二病センサーが発動した。
は? なにこいつ。もしかして中二病?
だけど……なんだろう、中二病な見た目に反して、僕の中二病メーターが振り切っていない。
なんだ、この現象は。
僕は生まれ始めて、自身の誇る中二病メーターに違和感を覚えた。
と、僕があからさまに眉をひそめていると、守護者は謎の闖入者に警戒したのか、身体中から想力の限りを迸らせる。
「次から次へと……! 貴様だな、ひと月ほど前から暴れている逸脱者は!」
「アァ? ……あぁ。なるほど、てめぇが想力の片割れか。……その想力。目当てのじゃねぇな? つーことは――……てめぇか。今の想力は」
女は、僕を見た。
僕は、背後を振り返った。
僕の後方で、霧矢は目を見開いた。
「えっ、ちょっと……なんで俺の方見てるわけ?」
え、そりゃ、あれだよ。
赤髪、眼帯、中二病。
加えてオレっ娘。
ここまで来れば戦闘狂だってもう分かったね。
確実に面倒くさいキャラだ。
もう、僕の手には負えません。
というわけで、霧矢。お前ちょっとスケープゴートになってくれ。
僕のそんな内心を察したか、彼は叫んだ。
「ひ、酷い! 俺と君の仲じゃないか!」
「お前、僕を全裸で集落に送り込むくらいしかしてねぇだろうが!」
僕は霧矢の戯言にそう叫び。
その瞬間、低層守護者がその場を蹴った。
「油断大敵ッ! 先程の言葉、返すぞ人間!」
「――ッ!? ま、まず――」
振り返った先で、既に守護者は眼前までやってきていた。
拳が振りかぶられる。
僕は咄嗟に防御しようとして。
――視界の端を、黒い影が突き抜けた。
「が、は……!」
気がついた時、守護者は目の前から消えていた。
悲鳴の方へと視線を向けると、影が守護者を突き飛ばし、壁へと縫い付けている。……おいおい、全く見えなかったぞ、なんだ今の速さ。
「おい、てめぇだろ。今の想力」
「……ッ」
唖然としている間に、いつの間にか距離が詰められていた。
真っ赤な髪に、紫色の瞳。
年齢は僕と同程度だろうか。
女性にしてはかなり身長が高いな。
下手をすれば、僕よりも高いかもしれない。
「……なるほどなぁ。まだ弱い」
少女はそう言って、僕を突き飛ばす。
思わずたたらを踏んで後退る。
少女の方への視線を向ければ……そこには、狂ったような笑顔をうかべる、楽しげな赤髪戦闘狂が立っていた。
「ま、とりあえず、戦うか!」
「……は?」
言葉を発した瞬間。
僕の体は、遥か後方に転がっていた。
遅れて痛みが走って顔を上げる。
前を見れば、無数の影を操る赤髪の姿があって。
「オレの名は、S級異能力者、シオン・ライアー」
S級。
つまりは、暴走列車、阿久津さん、ポンタの同格。
なにこいつ、化け物じゃねぇか。
ドン引きする、僕と霧矢。
僕らを前に、その女は笑ってこう言った。
「試してやるよ、このオレ様が直々にな」
出来れば、遠慮させて頂きたかった。
ヒロイン登場!
新たな異能力者『シオン・ライアー』!
一章の初っ端に書いた独白の子です。




