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002『黒歴史ノート』

「特異世界クラウディアが、この世界の、この星の裏側に存在する多次元世界だというのは、既に知っての通りだと思う」


 もちろん初耳だった。

 だが、いろいろと面倒くさくなっていた僕は、特に否定もせず首肯した。


 場所は、近所の公園だ。

 ベンチに座り、僕はただ、死んだ目をしながら話を聞いていた。

 隣には、僕の黒歴史ノートを胸に抱き、楽しそうな顔をしている阿久津とかいう女がいる。


「何もなくて、そこに在る。それが特異世界クラウディア。……まあ、私たちのように、その世界出身のモノがこちらに来ることはあっても、その逆はない。……御仁ならばもしかして――とも思うが、まさかそんなことはないだろうな。ッはッはッは!」

「あ、あはは、そうですね……」


 あるわけねぇだろ、馬鹿じゃないの。

 内心、そう思った。


「あの世界は……こちらよりも、よほど争いの絶えぬ世界だ。御仁も知っているだろうが、悪魔王と勇者が、代々争いを繰り広げている。おそらく、私か今代の勇者、いずれかが死んだとしても、憎悪と復讐心が必ずどこかで生まれ落ちる。……私は、そんな世界の成り立ちを変えたくて、この世界へとやってきた」


 すごく立派な考えだと思う。

 ただ、妄想の中の出来事でなければ、だけど。


「……なぜ、と聞いてもいいですか」

「……ふっ、分かり切ったことを聞くのだな」


 分かり切ってねえから聞くんだよ。

 僕の言葉が通じたわけではないだろうが、彼女は微笑み、黒歴史ノートを見た。


「戦いを終わらせるにはどうすればよいか。答えは簡単だ。より強大で、より優れた統治者のもとに支配されればよい。悪魔王も勇者も、等しくその者の下で服従していればいい。そうすれば争いは起こらない。だれしも平等に不自由を被る。それが世界平和というものだ」


 か、考えが重い……。

 なんなんだこの人は。

 中二病通り越して、精神病んでるんじゃなかろうか。

 怖いよぉ……なんなんだよこの人、関わるべきじゃねぇよぉ。

 でも、僕のアパートから出てくるの見られてるし……ここで逃げたら色々と面倒だし……。くそぅ! タイミング悪すぎだろ!


「この世界には、古代より、尋常ではない強さの者が多くいると聞いていた。だから来た。そして、運よくその尻尾をつかむことができたのだ。……未解の王にして純然たる深淵の闇。彼こそが、我らの未来に必要な存在だ。この書物を見れば容易に理解できる」


 理解してほしくなかったなぁ。

 僕はそう思うけど、彼女は黒歴史ノートを嬉しそうに抱きしめている。

 ……燃やしてぇ、そのノート。

 なんで中二病から目が覚めたあの日、ノートを燃やしておかなかったのだろうか? 今の僕なら躊躇なくそれを燃やせるよ。

 嘲笑いながら、見せつけるように炙り捨てられるよ。


 しかしなぁ……母親がノートを売った時点で、それは彼女のものになる。

 それを問答無用で燃やすのは……ちょっとね。

 だから、策を弄したいと思います。


「御仁。なにか知っているのだろう? 私は壱巻……すべての淵源にして原初なる書物は持っていても、ほかの書物についての情報は持ちえない。特に、()()()()()()()()()()()()が、いくら読み解こうともわからないのだ」


 そう言って、阿久津さんは僕に黒歴史を開示した。

 僕は咄嗟に視線を逸らす。

 直視したら、中二臭くて目が腐る気がしたから。


 あ、ちなみに彼女が開示しているのは、壱の書36P、『至高の暗淵』の在処を示す謎の地図だ。もう見なくても分かるもんね!

 地図はテキトーにグー〇ルマップで見つけた地形をベースにしており、地図中に謎の記号や暗号がちりばめられている。あれを読み解くには、参巻に散りばめられているヒントを用いなければならないはずだ。

 というか、壱巻だけでよくここまでたどり着いたな。

 異常だよ異常。あんたァ異常だ。


「……阿久津さん。それは、あまりに不用心過ぎますよ。それを書いたのは、かの解然の王。貴方はあの方の恐ろしさをよくご存じないと見える」

「……! す、すまない御仁。先ほどから、かの名前を口にするたびに、何とも言えない表情を浮かべていたな。なるほど、その名は本来であれば口にしてはいけないものであったか」


 その通り。

 参巻に書いてあるよ、解然の王うんたらかんたらについては。

『我が名を口にすること、それは禁忌に値する』

『我が名は至高。故に言葉にすら神霊が宿る』

『無用に我が名を発すれば、その身に大いなる呪いがもたらされるであろう』

 以上、参巻、P3抜粋である。

 それと、なんだよ大いなる呪いって。


「ゆえに、解然の王……か。やはり御仁、知っているのだな」

「……それほど、多くを知っているわけではありません」


 おそらく、誰よりも解然の王を知っているであろう僕は、そう言った。


「解然の王。彼は、言ってみればこの世界に生まれ落ちた異端。イレギュラーとでも言いましょうか。世界中の不合理、不平等を具現化した存在。闇より暗く、深淵よりさらに先に在るもの」

「……っ」


 阿久津さんは緊張に喉を鳴らした。

 頬に一筋の汗が滴り落ちる。

 僕はその様子を見て、彼女へと語り掛ける。


「まず第一に、彼はあなた程度が利用できるような代物ではない。それを認識し直してください。大前提として、貴方の願いで彼が動くことはない。仮に彼の居場所を突き止めたとて、大前提がなっていなければ……」

「なって、いなければ……ッ」


 一陣の風が吹き抜ける。

 彼女の銀髪を風が揺らして。

 僕は、長い、長い溜めの後に、端的に言った。


「悪魔王。貴方はその場で――消されるでしょう」


 僕の言葉に、彼女は震えた。

 ……正直、自分でも何言ってるかよく分からない。

 でも、この問答が理由で、彼女が自分からその黒歴史ノートを手放してくれれば……その時は、何の遠慮もなく燃やし尽くせる。

 そんな思いで、僕は今、禁忌すら破って中二発言を連発している。


「そ、そんな……では、私の……夢は」

「貴方は、標的の大きさを間違えた。彼は貴方の手に負える存在ではない。……理解できたのであれば、その書物は私に渡していただきたい。二度と、似たようなことが無いよう、今度は封印ではなく、地獄の炎で灰すら残さず燃やし尽くします」


 そう言って、僕は右手を差し出した。

 阿久津さんは、黒歴史ノートを抱きしめ、プルプルと震えている。

 妄想だとしても、中二病にその区別はつかない。

 彼女はもしかしたら、本当に絶望しているのかもしれない。

 けど、そんなのは関係ない。所詮は妄想だ。

 そのノート燃やす。その方がよっぽど重要極まりない。


「さぁ、阿久津さん」


 僕はそう言って、彼女に声をかける。

 彼女は僕を見上げた。

 その頬は真っ赤に染まっていて、阿久津さんは――。



「――ッ!? 御仁ッ、後ろだ!」



 突如、真剣な顔をしてそう叫んだ。

 僕は困惑した。

 な、なんだよ。いきなりそんなこと言って。

 僕は彼女の言った背後を振り返る。


 と同時に、身体中に衝撃が走って、鮮血が溢れ出す。



「…………へ?」



 ぐるんぐるんと、視界が動く。

 阿久津さんが、泣きそうな顔をして僕へと走って来るのが見えた気がした。

 そしてまもなく、再びの衝撃と、強烈な痛み。

 悲鳴も出ず、のたうち回ろうにも痛みでそれどころじゃない。


「が、ぁ……ッ、が、……!」

「御仁!」


 阿久津さんが、泣きそうになりなが駆け寄ってくる。

 腕に右手を当てると、真っ赤な血が溢れ出している。

 僕は痛みに顔をしかめつつ、先程までいた方向へと視線を向けた。

 ……随分、吹き飛ばされたみたいだな。

 トラックにでも引かれたか?


 頬をひきつらせながら、視線を動かしたその先で。

 僕は、信じられないものを目の当たりにした。



「……な、んだよ、あ、れ……は」



 そこに在ったのは、巨大な化け物だった。

 阿久津さんは、その化け物を睨み据える。


「貴様……一体何者だ!」

「僕が何者か? そんなもの、見ればわかるじゃあないか」


 化け物の背後で、男の声がした。

 妙に野太く、地味な声だった。

 化け物の背後から現れたのは、丸顔の男だった。

 体格はでっぷりとしていて、妙に髪の毛をワックスで固めている。

 衣服は最先端の流行をピンポイントに捉えていて、容姿と服装のギャップがまた……なんといえばいいんだろうね。とっても残念で仕方ない。


 阿久津さんは、その男を見て唖然と目を見開いた。

 彼女の視線の先で、男はナルシストのようなポーズを決め、懐から黒いノートを取り出した。


「そ、それは……まさか! 貴様……!」

「悪いね悪魔王。至高の暗淵。あれを頂くのはこの僕だ」


 そのノートには、でかでかと【参】と書かれている。

 ……ああ、間違いない。

 この僕が、その本を見間違えるはずがないのだ。

 男は黒歴史の塊を手に、イラっと来るようなポーズを決めてこう言った。



「我が名は【妄言使い(ファントム・ワード)】。いずれ世界を統べるイケメンさ」



 丸顔太っちょは、そう言った。

 初っ端から、ちょっと反応に困るような妄言だった。



妄言使いとは一体……?


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☆の数だけ作者が頑張ります。

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