104『VS低層守護者』
「見つけたぞッ!【衣剥ぎ全裸魔】!」
中層へと向かう道中。
ひっきりなしに、番人が襲い掛かってくる。
奴らは烏色のローブを翻し、不名誉な二つ名を決まって叫ぶ。
そのたびに僕の額の、青筋が深まった。
ねぇ、もしかしてその二つ名、かっこいいと思ってる?
格好いい単語を並べ立てても無駄ってわからないかしら。
全裸よ、全裸。
その二文字で全部台無しだっての。
それと、人に指さしちゃいけないって習わなかったかお前。
「ぶっころ」
「やっちゃえ解くん! 相手は低層番人! 筋力だけゴリラに毛が生えた程度の雑魚さ!」
と言いつつ、後方で物陰に隠れる霧矢。
コイツは……本当は強いのかもしれないが、一切強そうなそぶりを見せないな。
まあ、強いのならわざわざ僕を仲間にする必要もないと思うんだけど。
「誰が毛の生えたゴリラだぁぁぁああああああ!」
番人は叫び、僕へと向かって襲いかかる!
その速度は完全に人の出せるスピードを超えている。
正直、影狼技能発動時の僕並みに早いかもしれない。
ランクで表せば……Cランク、ってところかな。
だが、中二である以上、僕も手加減は一切できない。
「我が暗黒の腕に抱かれて消えぶっげらはぁっ!?」
「ふんッ!」
暗黒の腕(ただの大振り右ストレート)を回避し、その顔面へとクロスカウンターを叩き込む。
こちとら、昔は『ふむ、現世の武術もなかなか捨てたものではないな』とか言って、ボクシングから合気道まで、ありとあらゆる武術をかじってきた解然の闇だ! ことごとく三日坊主でやめてきたが、必要最低限の知識は知っている。
そこに暴走列車の『活性』の力が合わさった。
正直、今の僕は影狼使ってた時よりずっと強いと思う。
「…………む、無念……ッ」
番人は、ガクリとその場で崩れ落ちる。
脳内へと《レベルが上がりました》とインフォメーションが流れた。
番人と戦い始めて、ひとつ気づいたことがある。
それは、番人を倒す(殺す必要はないみたい)ことでも、レベルが上がるということだ。
今回で、二度目のレベルアップ。
特になにもレベルの変動がないのであれば、今の僕はレベル14ということになる。
まあ、ステータスも確認できないし、今は気にしないほうがいいかもしれない。
どうせ、新しい技能も冥府を出なければ習得できないわけだしさ。
「ひゅ~、さっすが。低層番人との1対1じゃ、相手にもならないねぇー」
「茶化すなよ。低層……ってことは、中層からはもっと強くなるんだろ」
低層でこれってことは、中層からは間違いなく、僕と同格か、それ以上の番人が出てくる。
そうなれば一人で戦うにも限界がある。
霧矢には、何かしら考えがあるみたいだけど……。
「にしても、ろくなもの持ってないよねー。番人にだけ効く毒みたいなの無いわけ?」
番人の持ち物を漁っている目の前の男を見ていると……どれだけ信用していいものなのかわからなくなってくる。
だけど、まぁ、ここから先、コイツの知識なしじゃ難しそうだ。
その難関代表例みたいなやつが、僕らの目と鼻の先で待っているわけだしな。
「霧矢」
「わかってるよー。そろそろ中層への階段付近。……出てくるだろうね」
霧矢がそう言って……数秒もしなかったと思う。
通路の奥から、冥府に来て初めての【想力】を感じ取ったのは。
「説明した通り……それぞれの階層には、その階層の昇降口を守護する番人がいる。……まあ、普通は僕たちみたいな【輪廻転生の輪から外れた人間】は稀。というか、仮に輪から外れて自由になれたとしても、普通の番人にすら勝てるかも怪しい。……番人に出会わず冥府を攻略するとは無理難題だし? 本来、必要かどうかも危ぶまれる存在なんだけどね」
「……必要だったみたいだな」
僕らの視線の先で、一人の男が現れる。
全身を黒いローブに包んでいた。
されど、その人物が男であると、なによりその体格が物語っていた。
身長、優に二メートル以上。
肩幅、軽く六十センチは下らない。
胸元に見える鎖骨は浮き上がり、筋骨隆々とした首元が見えている。
……暴走列車、から比べると、まだ可愛らしい。
が、通常を基準にすれば、なんという超常。
シンプルに化け物。
コイツなら、素手でゴリラを倒せるって言われても理解できる。
「――苦節、20年」
ふと、男は語りだす。
僕は警戒し、霧矢は逃げ出した。
「来る日も来る日も、未だほとんど例がない【輪廻転生逸脱者】を待つ日々。奴らが上層へと上がらぬよう、他の者たちが仕事にいそしむ中、ただ、ひたすらに待ち続けた。……雨の日も、風の日も、雪の日も。貴様らにわかるか? 給料泥棒と罵られ、皆のカードゲームには加えてもらえない我の気持ちが……!」
それは、哀しい独白だった。
「ねえ、本当にこんな仕事いるの? 三年目にそう思った。それでも何とか堪えて頑張ってきて、それでも二十年も経てば心は限界! こんな仕事なんて辞めてやろうと思っていた……! そんな折に、貴様らがやってきた! 来たのは良い! 今までの我の苦労が報われたのだから! ……だけど、だけどさぁ!」
男の全身から闘気的な何かが吹き上がる。
あまりのオーラが風圧的なモノになって襲い掛かり、僕の前髪を噴き上げ、霧矢を吹き飛ばす。
僕は理解不能の中二状態に顔をしかめながら、拳を握る。
そんな僕らへ向けて、その番人――低層守護者は叫んだ。
「来るならもうちょっと早く来てよぉ! 入社一年目くらいにさぁ!」
僕は、哀しくなって目をそらした。
「その、なんか、ごめん」
「ごめんで済んだら我らは要らんよ! お前ら……ほんっと、マジで! 仕事辞める直前になって出てくるとか冗談大概にしてよね! クソったれが! なんでこう、一二年目に出てきてくれないの!? どーせ死ぬならもっと早く死んでよ、ねぇ!?」
「あ、アイツ、滅茶苦茶言ってるよ……」
背後から霧矢の声が響く。
低層守護者は、憎悪の限りを迸らせて、僕らを睨んだ。
その両目からは、大粒の涙が溢れだしている。
「もう生かしては還さん……! 我が積み上げてきた苦節20年の恨み! 貴様らの死をもって晴らしてくれるわ!」
冥府で死んだらどうなるんだろう。
そう考えてみたが、どーせろくなことにならないのはわかっている。
僕は拳を構えて前を見据えると、同時に低層守護者は大地を蹴った。
「我が名【女神に愛されし肉体美】! 我が異能、その身に味わえ!」
☆☆☆
女神に愛されし肉体美。
その名を聞いて、咄嗟に災躯系の能力だと考えた。
しかしてその考えは、正しかったようだ。
拳を振り下ろしてくる低層守護者。
その速度は今までのどんな番人よりも速い。
間違いなく、スカイゴーレム以上の速さ。
「くっ……!」
大きくその場を飛び退くと、僕のいた地面を守護者の拳が打ち砕く。
異様な破壊音が響いて見れば、奴が殴った地面は大きく陥没しており、拳の跡がくっきりと刻まれている。
嘘だろ……こんなの食らったらひとたまりもねぇぞ。
僕は頬を引き攣らせていると、後方から霧矢の声が飛ぶ。
「分かった! 分かったよ解くん! そいつの能力は【基礎三形のうち、活性の力の超強化】だ! 間違いない!」
「その理由は?」
「勘だね! 特に理由はないけど多分正しい!」
守護者の方へと視線を向ける。
男は焦ったように霧矢の方を見ており、その反応が【霧矢の正解】を如実に示していた。……霧矢、アイツ、絶対に鑑定系の能力持ってると思う。僕の名前も初見で当ててきたし。基礎三形のことも知ってるしさ。
ま、それはそれとして、だ。
「余所見とは余裕だな!」
僕は、霧矢に視線が逸れた守護者の横っ面を、回し蹴り抜いた。
かつてない衝撃と、手応え。
こういう感覚に忌避感があったら災躯なんてやってらんないよな。
そんなことを思いながら、体勢を崩すことなく着地した。
「基礎三形の、活性の強化?」
なんだ、僕とやってる事は同じじゃないか。
「なら、純粋な力比べで、より強い方が勝つ」
僕の言葉に、守護者は反応した。
横っ面を赤く腫れさせて、口端の血を拭い、僕を睨む。
「同類? はっ! 人間が……この低層守護者たるこの我と同類だと!? 笑わせるな! 貴様が私に適うとでも思うのか!」
低層守護者は、僕に激昂していた。
両手を上げて、押しつぶさんとばかりに迫ってくる守護者。
僕はその光景を見て、両腕に力を込める。
……下手に、久理やら杯壊、界刻なんて使ってきたらどうしようかと思ってた。あんなの使われたら勝てないと思ってた。
けど、よりにもよって、相手は災躯。
ゴリッゴリのインファイターときたもんだ。
――何たる幸運。
僕が、最も得意としている相手じゃないか。
「コバルトブルーも、ゴーレムも。全部インファイターだった。全部格上だった。全部倒して、超えてきた!」
僕は、奴の両手を真正面から迎え撃つ。
拳を掌へと叩き込めば、骨が折れる音がした。
それがどちらの骨だったかは、守護者の苦痛に歪んだ表情を見ればわかる。
「ぐっ! こ、この……!」
「お勤めご苦労様! だけどな、お前はそれだけだろ? バカにされた、仕事辞めよう、って。それなのに今更仕事が舞い込んできて、イライラしてるだけ!」
薄っぺらいぜ、低層守護者!
僕の拳が、やつの両手を押し返していく。
「……ッ!? ど、どこにこのような力が……!」
「どこってか! 覚悟の差だろ! 気持ちの問題ッ!」
馬鹿にできないもんだぜ、メンタルってのは。
気が乗らない時と、乗ってる時のポテンシャルは大きく違う。
小説書いてると、実感できるもの。
読者の感想ひとつで、真面目に作品の質が変わってくる。
まぁ、戦闘も小説と似たようなもんだろう! たぶんだけど!
「僕はな……クソッタレた黒歴史に頼って! 禁忌に触れて! それでも勝てなくて無様に死んだ!」
認めたくない。
その現実を直視したら発狂しそうになる。
あの黒歴史の塊に触れて、中二の頃の知識を頼って。
自分に課したルールも破って……。
それでも、死んだ。
残酷な現実に押しつぶされた。
その事実を認めたくはない。
けどな。
僕は目を逸らさない。
逃げ道を探そうだなんて、思わない。
「僕は、お前みたいに逃げたりしねぇ」
「……ッ! き、貴様!」
怒り、守護者の力が強くなる。
腕がねじ切られそうな痛みを感じた。
筋肉が断裂して、血が吹き出す。
その光景に守護者は勝利を確信したようだが……僕も僕とて、こちらの勝利を確信していた。
「腕は潰れる! これで――……」
「……これで、どうなるって?」
僕は、痛みを殺して、さらにこちらから力を込めた。
吹き出す鮮血、守護者の顔が驚愕に染まる。
「貴様……! その腕で一体何を――」
「どの腕のことを言ってんだ。よく見ろよ。もう癒えてる」
僕の腕からは、蒸気が吹き出している。
腕の傷はみるみるうちに消えてゆき、癒えてゆく。
僕はさらに想力を込めると、自分の力がさらに増した。
「死んだよ。だからなんだ? 考えることは、僕が目指すものは最初から変わらない。徹頭徹尾、あの本を燃やし尽くす。その為だけに戦っている!」
そのためなら、どんなことだってやってやる。
禁忌に触れよう、中二病の自分さえ思い出そう。
自分を殺した相手の力だって、使いこなそう。
「誇りはしない! 怒りたきゃ怒れ、笑いたきゃ笑え! 僕は僕の目的のために、ただ奪っただけの他人の力をふりかざす! 誇らしさも達成感も、何も要らない……。僕はただ、目的のためだけに動く機械でいい!」
まぁ、僕とお前が同じ境遇だとは思わない。
けど、逃げた時点で、お前は僕に劣ってんだよ。
否定? したけりゃすればいいさ。
僕は間違っていない。僕は正しい。
……それでも、何か言いたいなら言ってみろ。
お前に、それだけの覚悟があるなら、な。
もしもあるなら、謝ろう。
土下座してやってもいい。
でもさ。
「覚悟もないなら、そこを退け。お前は邪魔だ」
前蹴りが、守護者の腹を撃ち抜く。
奴は大きく吹き飛ばされて、膝を着く。
その目は、怯えたように僕を見上げていて。
「……あらら、死んだ後の方が風格あるんじゃないかい、解くんてば」
そんな霧矢の声が聞こえてきて、僕は苦笑した。
そんなこと……ないとは言いきれないのが、また辛いところだ。
灰村解『僕は僕の目的のために、ただ奪っただけの他人の力をふりかざす。誇らしさも達成感も、何も要らない。僕はただ、目的のためだけに動く機械でいい』
個人的には自分の作品の中で、結構お気に入り
次回『闖入者』
下の☆を押してくださると、☆の数だけ作者、頑張ります。




