437『炎②』
生まれつき、私は力が強かった。
ただし、それは生まれ備わった才能ではなく。
私に生まれ備わった、呪いだったのだと思う。
「この異能種別は……初めて見たね。まさか【不明】だなんて」
特異世界クラウディア。
私は五代目勇者を前に、そう告げられた。
その女性は、恐らく三十路前だったと思う。
勇者として全盛か、あるいは少し過ぎた頃の歳だったはずだ。
「その異能も初めてだ。 空のように蒼い……それでいて、どこか冷たい暗い炎。あまりにも強すぎて、全く制御がつかない。まるで呪いの力だよ」
その通りだと、私は思った。
私は力を制御出来ない。
なんのことは無い。
技術とかそういう話ではなく。
この力は……人間が扱うにはあまりにも大きすぎる。それだけの話なのだ。
「あるいは、貴方の異能を含め、ありとあらゆる前例に該当しないものを【逸常】と、故人は言い表したのかも知れないね」
そんなことはどうだっていい。
私は、その女性を見上げて言った。
既に、何の希望も見い出せなくなっていた。
私はもう、生きる希望も何も無い。
「殺して、下さい」
私は両親を焼き殺した。
私は友達を炭にした。
飼っていたペットも死んだ。
思い出は全て黒褪せて。
もう、何も残ってはいない。
あるのは、ただの虚無だけだ。
生きることに意味はなく。
ならば、せめて死んで、私が殺したあの人たちに贖罪をしなければ。
私は使命感に突き動かされた。
そんな私を、五代目勇者は見下ろした。
「そうだねぇ。私も、人殺しに嫌悪感を抱くほど甘ったれてはいないけれど。かと言って好き好んで殺したいとは思わないんだが」
「なら、死にます」
私は、躊躇なく舌を噛み切った。
口の中に血が溢れ、喉を塞ぐ。
私は窒息の苦しさに瞼を閉ざしたが……直ぐに、優しい光に包まれた。
気がつけば出血は止まっていて。
私の舌は元通りになっていた。
「……ッ」
「凄いなぁ、普通。自害って、相当な覚悟がないと出来ないものだけど」
私の前で五代目勇者はしゃがみこむ。
そうだった。
今代の勇者は【薬聖】の勇者。
この女に治せない傷はない。
私はその瞳を睨むと、笑って返された。
「いいね、君。とても気に入った」
女性はそう言って。
次の瞬間、私の胸へと拳を打ち込んだ。
「が……!?」
「気に入ったついでに。君に力を貸してあげよう。否、君を正常に戻す代わり、君には私の【後継者】になってもらう」
鋭い痛みが全身に駆け抜ける。
その中でも、胸の痛みはとても大きかった。
私は胸を押さえて蹲り、女を睨む。
「な、にを――ッ!?」
「君の力を心臓の中に封印した」
その言葉に、思考が止まる。
されど、それは一瞬。
すぐに激痛で正気を取り戻す。
「が、はぁっ、あ、あぁぁっ!?」
「その異能……君は不死の化け物みたいなものだしね。半ば存在意義のなかった心臓を、君の力の封印装置へと置き換えた。まぁ、簡単な錬金術だと思ってくれたまえ」
その言葉が遠くなってゆく。
意識が遠ざかり、私は憎悪に瞳を揺らす。
「こ、殺せ……! こ、ここで、今すぐ。私を!」
「やだよ。君は生きるべき人間だ。生きて色んなことを学び、迷惑をかけた分だけ世界に貢献しなさい。六代目勇者として」
そう言って、五代目勇者は私を見下ろす。
「そうだなぁ……、君、今日から【六紗優】とでも名乗ったらいいよ」
なんせ、六代目の勇者なんだから。
その言葉が聞こえたと同時に。
私の意識は、ブッツリと切れた。
☆☆☆
心臓を潰された。
その光景に成志川は大きく目を見開いた。
それは、ポンタも同様だった。
「ろ、六紗……!?」
「ゆ、優ちゃん!!」
二人の声が響く中。
鮮やか万死は、体に満ち満ちてゆく愉悦の情に浸っていた。
『あはぁ……この悲鳴、この絶望! なんていう愉悦、なんという極楽! 君、もしかして殺されるためだけに生まれてきたのかなぁ!?』
「貴様……貴様、貴様ぁ!!」
ポンタが叫び声をあげる。
その体は、既に想力が尽きているはず。
にも関わらず、極限の怒りによる感情の昂りで、一時的に想力が溢れ出す。
それは、刹那的なごまかしに過ぎず。
それすら使い切ってしまえば、ポンタは指一本とて動かせなくなるだろう。
だが、それでも。
「その人は……ボクの大切な人だ! 貴様などが触れていいような相手じゃないッッ!!」
四肢に力を込めて、立ち上がる。
その瞳には決意がありありと刻まれており、それを見た万死は顔を歪める。
『おいおい……そろそろ心、折れてくれよ。僕だって、これから灰村解を殺さなきゃいけないんだから……さっ!』
六紗の背中から、腕を抜き放つ。
真っ赤な鮮血が吹き上がり、彼女の体は血の沼の中に倒れふす。
その体はピクリとも動かず、万死は右手の中の【握り潰した心臓】を見下ろす。
『にしても、本当に……呆気なく死んだよね』
そこに違和感がない……と言えば嘘になる。
六紗優は危険だ。警戒すべきだ。
鮮やか万死の全細胞がそう告げていた。
それは、遠目から一目見たその瞬間からの、本能的な理解。
この女とは戦ってはいけない。
そんな理解があって、彼は六紗優という個人を頑なに避け続けてきた。
にも関わらず、この現状。
彼は倒れふす六紗を見下ろす。
心臓を潰した。
呼吸もなく、抜き取った心臓から心音なんてあるはずもなく。
血溜まりが絶え間なく広がってゆくその光景には、【死】以外の言葉は似合わない。
にも関わらず……万死は顔を顰めた。
『……一応、頭も潰しておくか』
何か、とても嫌な予感がする。
六紗優を一目見てから、今この瞬間に至るまで。
ずっと、戦うな、逃げろと細胞中が叫んでいるのだから。
彼は六紗優へと手を伸ばす。
その血溜まりに足を踏み出し。
その頭を握りつぶさんと、右手を広げた。
――その右腕を、蒼い炎が包み込んだ。
『ぐぅっ……!?』
「な……!?」
あまりの激痛に、万死は咄嗟に距離を取る。
その光景にはポンタも目を見開いて固まっており、遠目にその光景を見つめていた成志川は……あまりの光景に寒気すら覚えた。
「な、……んだ、アレはッ」
六紗の体から溢れ出す血液。
それが一気に燃え上がり、上空へと蒼い炎となって吹き上がってゆく。
どこまでも続く曇天に描かれる、蒼い炎。
それは空のように青く、どこまでも冷たい。
熱いはずなのに、見ているだけで背筋の芯が冷たくなってくるような、気持ちの悪い炎だった。
「……ッ、【ポンタは此処に】っ」
「っ!? な、なにをするぽよ!」
嫌な予感に急かされて、成志川はポンタを呼び寄せる。
彼を無理やりに小脇に抱えると、成志川はその光景から一切目を逸らさずに口を開いた。
「に、逃げる準備だとも。……万死を相手しろと言われれば喜んで戦おう。だが、僕は無茶はしても無謀はしない」
そこまで言って、彼は喉を鳴らした。
「……アレの相手は、少々無謀が過ぎる」
彼の視線の先で。
死したはずの、六紗優は立ち上がる。
その栗色の髪が、黒色へと染まる。
腰まで伸びていた髪は、足元まで伸びた。
着ていた衣服は炎に溶けて、代わりに黒色のドレスを身に纏う。
全身から蒼い炎を吹き上げて。
振り返ったその瞳は、空のような碧眼だった。
突然の変貌。
あまりの変化に……されど、ポンタは覚えがあった。
「おいポンタ! なにか知らないのか!」
「そ、そういえば……優ちゃん。あの男が死んだあと、S級に覚醒した時も……一気に髪が伸びて、雰囲気も変わってたぽよ」
あの時は、あくまでも髪が伸びただけの変化。
だが、今回の変化はその比ではない。
六紗優は、体ごと振り返る。
その視線はポンタらを経由し……鮮やか万死へと向けられる。
『……なんだよ、その姿……その威圧感ッ! まるで、時間停止しか使えないお前が、強いみたいじゃないか!』
そう言って、万死は無数の骨を召喚する。
それらは津波のように六紗優へと襲いかかり、それを見た二人は悲鳴を上げて。
「【黒死炎天】」
その全てが、たったの一言で燃やし尽くされた。
その光景には万死すら思わず目を見開いて。
次の瞬間、目の前には六紗の掌が迫っていた。
『へっ』
間抜けた声が響き渡って。
彼の頭は、思い切りアスファルトへと叩きつけられた。
鮮血が吹き上がり、万死の体が痙攣する。
――【死】
仮に免れたとて瀕死には違いない。
やがて万死の体は動かなくなり、それを見下ろした六紗は……じろりと、ポンタと成志川へと視線を向けた。
「お、あっ、えっと……」
「お、おいポンタ? 嫌な予感がするんだが? なんか、六紗の目に正気が見当たらないんだが! 光が消えてるんだが!?」
成志川が叫び、ポンタは呟く。
「いや、そんな事言われても……ぽよ」
ポンタとて、六紗の『その状態』は知らなかった。
彼の言葉に成志川は頬を引き攣らせ。
視線の先で、六紗優は腕を振り払う。
「敵は、殺す」
それは、正気すら失った暴走。
二人は大きく震え上がり。
彼女の放った蒼い炎が、2人の姿を飲み込んだ――。
次回から、また廃墟の戦いに戻ります(暴論)!