012『征服の獣』
ポンタ。
犬のような、猫のような、狸のような謎生物。
いつも、ぽよぽよ言ってるイメージしかない、小さな生き物。
それが今、見上げるほどの巨体と相対していた。
「お、おまえ……!」
「御仁! 気持ちはわかるが……今はダメだ」
阿久津さんが、ポンタから目を逸らさずに僕を引き止めた。
僕は彼女へと視線を向けると、阿久津さんは、頬に冷や汗を流してこう言った。
「御仁が逸常である以上……あまり、災躯の力は見本にはならないと思うが……。それでも、この戦いは見ておくべきだと私は思う」
「……ほ、本気で言ってんのか!?」
あのポンタだぞ!?
僕は阿久津さんの正気を疑っ…………あぁ、そういえば最初から正気じゃなかったね。だってゴリゴリの中二病だもん。
僕は歯噛みし、ポンタを見る。
彼か彼女かは分からないけど、ヤツは後ろ足で立ち上がると、僕をふりかえってサムズアップした。
「安心するぽよ。ボクは、あの征服王イスカンダルの生まれ変わりぽよ」
何言ってんだこいつ。
「何言ってんだこいつ」
思っていたことが、そのまま声に出た。
えっ、頭おかしいんじゃないの、あの謎生物。
僕は可哀想なものを見る目でポンタを見ていると、隣から苦笑いした六紗が声をかけてきた。
「……まぁ、そこだけ聞けば馬鹿馬鹿しいわよね。でも、本気よ。正誤はどうあれ、ポンタは心の底からそう思ってる。常軌を逸する信じ込みと、それを可能にするだけの妄想力……つまりは想力が、あの子にはあるの」
「ポンタ、お前には失望したよ」
この3人の中で唯一マトモなヤツかと思っていたけど、全然違ったよ。
やべぇじゃん。中学二年生の僕にすら通じるところがあるよ。
なに、前世が征服王イスカンダルって。
もう、呆れて声も出ないよ。
おいポンタ、お前だけは中二の僕を馬鹿に出来ないからな。
【GOOOOOO……】
「……! そういえば忘れてた!」
そういえば、怪物に襲われている真っ最中だったんだ!
僕が目を見開く中、ポンタの身体中から震えんばかりの想力が溢れ出す。
それを前に、化け物は大きく右拳を振り上げて――。
「いざ征くぽよ【我、征服の獣なり】」
☆☆☆
それは、劇的な光景だった。
ポンタの体が光に包まれて、間もなく。
化物の拳がポンタを直撃し、あわや肉片スプラッタ……かと思った、
そんな僕の目の前で。
見知らぬ長身の人物が、片手で拳を受け止めていた。
【GOOO……!?】
「う、嘘だろ……!」
僕と化け物、多分似たような意味合いのことを思ってたはずだ。
そこに居たのは、美しい白髪を風になびかせる長身の存在。
青っぽい民族衣装に身を包み、その身長は2メートルを超えるだろう。
「……この姿になるのは、随分と久しぶりだな」
声自体は、変わっていない。
ただ、声色は先程までとは一変していた。
可愛らしい謎生物のものから。
一転して、中性的な美しくも男らしい声に変わっている。
風に髪が揺れて、その横顔が顕となる。
その顔を見て、僕は不覚にも目を奪われた。
男性かも女性かも判別のつかない、美の化身。
それが、その場に立っていたから。
「ちょ、ちょっと待て! おいおいおい……あ、あれ、ポンタか! あのポンタなのか!? 僕にしょっちゅう投げ飛ばされてた……!」
「ポンタ? おいお前、今のボクは、征服王イスカンダルだぞ」
ふと、ポンタ(仮)が話しかけてきた。
えっ、征服王イスカンダル?
お前、とうとう頭がおかしくなっちまったのか?
とりあえず、現実を見よう。
お前、現在進行形でとんでもない黒歴史生み出してんぞ。
今に見てな。数年たってから振り返ると、『征服王イスカンダルの生まれ変わり』とか言ってた自分をぶん殴りたくなるから。これ、経験則だから。
善意百パーセントで言うよ。やめとけって。
頼むからやめとけ。やめてください。
黒歴史に苦しんだ僕だからこそ、他人が黒歴史作ってるの見ると身の毛がよだつんだ。
というか、お前ほんとにポンタ?
僕が思考に溺れそうになっていると、六紗の声がした。
「ポンタの異能種別は【災躯】、名を【我、征服の獣なり】。自身の体を、自分の思い描く最強――征服王イスカンダルへと変化させるだけの異能よ」
「アイツ、異能使えたのか……」
今更だけど。
というか、え、なにそれ大丈夫なの?
僕が【解然の闇】に変身する、みたいな話だろ?
そんなのあり……って、アリだから異能なんて呼ばれてるわけだし。
なにより、目の前の光景が如実に語っていた。
――本気である、と。
【Gooooo……!】
「おいお前。まさかと思うが……今のが全力か?」
【GGGGGGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!】
フルスイングの一撃を片手で止められた化け物。
ヤツは激昂したように叫び声をあげると、ポンタ目掛けて阿久津さんにも見せた乱打を叩き込んでゆく。……だけどッ。
「……つ、強い……!」
僕は、その姿を見て理解した。
どちらが、より強いのかを。
ポンタに、化け物の拳は一撃も入っていない。
全ての攻撃が、あと皮膚一枚の場所を通り過ぎてゆく。
危ない、もう少しで当たりそう。
とは、不思議と思わなかった。
「おっ、とぉっ」
最小限の動き。
下手をすれば過小とまで思える回避。
――しかし当たらない。
ポンタには、拳のひとつも掠らない。
きっと、ポンタは見切っているのだろう。
今、この瞬間。
その場において、ポンタが完全な上位に立っていた。
「うん。全て把握した」
その言葉が、切っ掛けとなった。
先程まで回避に専念していたポンタが、一転して攻めに回る。
化け物の拳に合わせて、奴の顎へと掌底を叩き込む。
体勢が崩れながらも打ち込んできた拳を、真正面から砕く。
骨が砕けて腕がへしゃげる。
あまりの痛みに化け物でさえたたらを踏み、その瞬間を目掛けて横っ面へと回し蹴りを叩き込んだ。
……と、そこまでは見えたんだ。
その先は、もう見えやしなかった。
もはや、目にも追えない連打連打。鈍い音と共に化け物の体がひしゃげていく。鮮血が飛び散り、周囲の瓦礫が赤色に染ってゆく。
やがて、ポンタはピタリと拳を止めると、僕らのいる場所まで戻ってきた。
「さて、並の志壁でも10回は死ぬだけ、攻撃を与えたつもりだったんだけど……」
「……それだけやって、まだ動くのか」
僕の言葉に、阿久津さんと六紗が呻いた。
そう、化け物はまだ、動いていた。
生きているのが不思議なくらいなのに。
それでも全身から蒸気を吹き上げ、回復している。
「なんなんだよ……災躯じゃ、なかったのかよ」
災躯は、突き詰めれば身体を強化する力だろ。
間違っても、あんな自己再生能力は無いはずだ。
「……あれは、おそらく異能じゃないな。異能以前に【基礎三形】と呼ばれる想力運用方法がある。……おそらく、あれは極限まで極められた三形のひとつ、『活性』なのだろう」
「か、活性って……せいぜい、擦り傷が治ったり、人より身体能力が上がる程度の能力じゃ……!」
「あぁ。優の言う通り。……あそこまで極められた自己活性。前世と含めて長らく生きてきたが……初めて見た【ぽよ】」
「…………ぽよ?」
美しい声色で響いた、ポンタの口癖。
驚いて見れば、奴は焦ったように口を押さえていた。
「……まずいな。久方過ぎてだいぶ体が鈍っているようだ。特に……制限時間がきついみたいだ……ぽよ。おいお前、そろそろ撤退のいい方法、思いついたんだろうな?」
「お、お前っ、こんな短時間しか変身できないのかよ……!」
僕は叫んで、咄嗟に掴んで持ってきたバッグへと手を入れる。
「……まぁ、考えることは考えついたけど」
これは、本当に……もう、極力使いたくなかった手なんだけど。
まぁ、今回ばかりは割り切ろう。
相手があまりにも規格外すぎる。
ポンタもなかなかどう来てチート極めてると思うが、相手はそれ以上だ。
時間制限、今のところなし。
回復制限、今のところなし。
想力総量、尽きる気配なし。
身体能力、ポンタと同格。
純粋な戦闘能力で言えばポンタに軍配が上がる。
だが……それを補って余りある戦闘継続能力。
このまま戦えば、やがてポンタがゴリ押しされて負けるだろう。
えっ、それなんてチートですか?
いやー、10人の異能力者全員ぶっ潰すつもりだったんですけど、もしかして全員こんな感じの強さなんですか?
だとしたら参ったね。勝てる気がしないや。
「少なくとも、今は」
逃げるが勝ちとも言うわけだし。
さて、名前も知らない化け物一号。
もうちょい待ってろ。
今に、僕もその【域】に達して。
正々堂々、真正面からノートを奪い取ってやる!
僕は零巻を取りだし、ぺージを開く。
第11の黒歴史ノートに、驚いたように目を見開く彼女らを無視し。
聞き覚えのある単語が、僕らの間に響き渡った。
【使用者を確認。これより試練を開始します】
僕らの姿は、一瞬でその場から掻き消える。
さようなら、名も知らぬ化け物。
そして、こんにちは。忌々しい深淵。
……まさか、こんなに早く戻ってくるとは思わなかったけど、な。
「こ、ここは、一体――」
阿久津さんが、周囲を見渡して目を見開く中。
僕は、零巻を閉じて決意した。
「阿久津さん、ボーナスタイムだ」
ここにいる間、外の時間は止まっている。
その間に、あの化け物を返り討ちにできるだけの力を身につける。
ポンタは消耗を避けるように元へと戻り。
驚いたように僕を振り返った阿久津さんへ、僕は言った。
「ここで、逸常の異能を身につける。力を貸してくれ」
次回『芽生え』
現時点において戦力外もいい所な主人公。
そろそろ、覚醒とまでは行かずとも、発芽して欲しいものです。




