420『闇に堕ちる』
僕は、誰より父が好きだった。
カッコイイと思ったのが、最初の記憶。
誰より強く、誰より優しく。
涼しい顔をしてどんな人も守ってしまう。
誰からも感謝され、生きる伝説とまで呼ばれたその父に……堪えきれないほど憧れた。
それが、全ての始まりだった。
父は、僕に厳しかったと思う。
理由は……よく分からない。
僕に才能がなかったから、かもしれない。
だから、僕は考えた。
才能がないなら、頑張ればいい。
頑張って、頑張って。
誰より多く努力して。
いつの日か……親父。
アンタに、僕の力を認めさせたい。
そう思って走り続けた。
時に無様に泣き喚いたり。
時に喧嘩して、家出したり。
家出してから途方に暮れたり。
色々あった。
それはもう、本当に。
紆余曲折あって、その末に、親父が僕の前に立ちはだかった。
その姿に哀しさを覚えたけれど。
僕はそれ以上に歓喜した。
あぁ、やっと親父に認めてもらえる……かもしれない。
そう考えるといてもたっても居られなくて。
僕は刀を手に、力いっぱい駆け出した。
そして僕は――今、生き地獄を味わっている。
あぁ、クソっ。
何で僕は……僕はッ。
親父のことを、刺しちまったんだ……。
押し寄せる後悔と罪悪感。
自分で自分を殺したいと思ったのは初めてだ。
殺したい、殺したい。
こんな嫌な自分を殺したい。
変わりたい、変わりたい。
死んで、この血一滴に至るまで取り替えたい。
僕は、親父を殺す様な化け物だ。
死ぬべきなのは親父じゃない。
こんな自分こそ……死んでしまえばいい。
「大丈夫かなぁ、とても心配だよ、僕は」
頭を抱えて蹲る僕へ、その男は話しかけてくる。
それは、悪魔の囁きなのかもしれない。
親父と仲良くしていた少年たちの、敵対者。
それだけは分かっている。
だけど、それ以外は何も分からない。
派手な和服を着た、紫髪の優男。
「残念な事だけど、君のお父さんは死ぬよ? 僕が言うんだから間違いない」
心がズキリと痛む。
猛烈な吐き気に、胃の中のものを全てぶちまける。
それでも男は、変わらぬ笑顔を浮かべていた。
「それでもね、大丈夫。やり直せばいい話だから。死んだのなら蘇らせればいい」
そう言って、男はネズミの死体を取り出す。
男はその死体をぎゅっと握りしめると、次の瞬間、動かぬ骸が大きく蠢いた。
「……っ!?」
それは、この世の禁忌に値する力。
――死者蘇生。
あまりにも桁外れの力に喉がなる。
「僕はねぇ、僕自身のことは甦らせることが出来なくなったけれど、他人なら話は別だよ? どんな死体でも……ほら、このとおり!」
そう広げた手の上で、死体の鼠は生きていた。
蘇って。生まれ変わっていた。
その事実に思わず僕は、男を見上げる。
僕の力は……僕がいちばんよく知っている。
親父が助かる見込みなんて……ほとんどない。
分かってる。分かってるんだよそんなこと。
そして、コイツが【良くない輩】だってのも分かってる。
親父が殺せと言ったのも耳にした。
だけど、それでも……ッ。
気がつけば、僕の両手から力は抜けていて。
ただ、不甲斐なさを噛み締めながら頭を垂れた。
「……お願い、します。親父を……親父を、助けてください」
僕はもう、頭を下げる以外に選択肢を持っていなかった。
そんな僕を、男はきっと笑顔で見下ろしていたのだろう。
きっとその笑顔は、狂気に染まっている。
容易くそんな、推測ができた。
☆☆☆
「生きているのが、奇跡としか言いようが……」
数時間後。
医師にそう言われた僕は、大きく息を吐く。
隣を見れば、ガラス一枚挟んだ向こうで、爺ちゃんはベットに横になっている。
既に処置は全て終えた。
……いいや、処置のやりようがほとんどなかった、というのが本当の所だ。
拳へと視線を下ろす。
灰燼の侍に切り裂かれた拳には包帯が巻かれていたが、それが治るような気配はない。
今は針で縫ってつなぎ止めているが……おそらく、1度でも拳を振るえば傷が開く。
そしてそれは、爺ちゃんの傷も同じこと。
「運良く……あるいは故意に、心臓から刃は外れていました。それが辛うじての延命に繋がったのでしょうが……」
「……本当に、生きているのが不思議なレベルね」
声が聞こえて、背後を振り向く。
病院の通路、奥の方から見覚えのある少女が歩いてきた。
「六紗……それに」
「オレも居るぜ!!」
六紗の後ろにはシオンの姿もあり、元気にいっぱいだった彼女は……僕の姿を見た瞬間、ぴくりと反応を示す。
「……おい、カイ。何があった? その傷もそうだけどよ、なんか嫌な目にでもあったか?」
「……シオン」
僕は思わず彼女の名を呼んだ。
彼女は僕の前まで駆けて来ると、僕の目を覗き込む。その紫色の瞳は、まるで全てを見通しているようで……僕は、素直に二人へと説明した。
変な侍に絡まれたこと。
爺ちゃんが助けに来てくれたこと。
鮮やか万死が……乱入してきたこと。
そして、奴と戦うことになったこと。
それは、あっさりとした説明だったけれど。
それを受けた2人は、いつに無く憎悪を零していた。
「あの野郎……ッ!」
「鮮やか万死……やっぱり生きてたってわけね」
2人はそう言って、僕は苦笑する。
「あぁ、どうやら……アイツとの戦いは避けられないらしい」
僕と暴走列車に縁があったように。
きっと、僕はアイツとも繋がっている。
そう考えると反吐が出るが、今回ばかりはそれが幸いした。
――もう一度、アイツを殺すチャンスが巡ってきたんだからな。
僕は二人の目を見て口を開く。
「戦いは1週間後、この街で行われる」
その言葉に、背後にいたナムダが僅かに反応する。
その反応とは反対に、僕の言葉を受けた二人はやる気を漲らせていた。
「分かったぜ! 一週間だな! ……ところで一週間って何日だ?」
「7日よバカ。……とりあえず分かったわ。何人いてもいいのよね? 正統派の異能力者、全員集めてぶっ潰すわよ」
2人はそう言って拳を握りしめ。
その姿を、僕は目を細めて見つめていた。
あぁ……眩しいなぁ、お前らは。
どうかお前らは、そのまま生きてくれ。
間違っても、危険に身を投じないでくれ。
僕は2人へと背を向ける。
僕の顔を正面から見たナムダが、悲しそうに目を伏せた。
「……僕は、少し寝るよ。さすがに疲れたからな」
「おう! しっかり寝ろよ!」
そう言ってシオンは笑い、僕は歩き出す。
ナムダのそばを通りがかった際に、彼はポツリと言葉を漏らす。
「戦い、は……3日後だで」
その言葉は、僕以外の誰にも届かず消えてゆく。
あぁ、分かってるさ。
安心しろ、ナムダ・コルタナ。
――もとよりこの戦い、誰も参加させるつもりは無い。
拳を限界まで強く握りしめる。
滴った血が廊下に後を残す中。
僕は、奥歯を強く噛み締めて、前を向く。
「――僕だけで、充分だ」
バカ息子をぶん殴って、爺ちゃんの前に連れてくる。
そして、あの男を……今度こそぶっ殺す。
こんな汚れた殺意に、あいつらを巻き込みたくない。
それになにより。
巻き込んで、アイツらが死んじまったら。
多分僕は、もう止まれない。
足音を鳴らし、僕は歩く。
ただでさえ、怒り心頭、腸煮えくり返ってんだ。
これ以上怒ろうものなら。
多分僕は、もう、自我をも保てなくなる。
そんな確信があった。
あぁ、眩しいなぁ。
中二病で、うるさくて。
全然好きじゃなかったはずなのに。
いつの間にか、お前らを大切に思い始めていた自分がいる。
お前らは、こんな復讐に身を染めるな。
頼むから、眩しいままの、太陽でいてくれ。
闇に堕ちるのは、僕だけでいいのだから。




