413『遭遇』
何故、僕が『正統派一武闘会』なんてものに参加しようと思ったか。
その理由は、あくまでも『いろいろな能力を視れるから』だと思ってくれていい
ただ、それでも。
強いて他の理由を挙げるとすれば、きっと
「学園祭に出たくない」
同じタイミングで開催される学園祭に、参加したくないから。
ある日曜日の昼下がり。
僕は、死んだ目をしてそう言った。
「これまた唐突に……」
近くで聞いていたのは阿久津さん。
お茶を飲みながらテレビを見ていた彼女は、テレビから一切視線を逸らさずそう言った。
そして、近くに待機していたボイドは叫ぶ。
「『ガクエンサイ』……よく分かりませんが、我らが王が望むならば滅ぼしてきましょうぞ!」
「いや、滅ぼさなくていいんだけどさ」
「承知ッ!」
ボイドはそう言って口を閉ざし、僕は改めて言葉を漏らす。
「よく、参加することに意義がある……とは聞くけれど。こと学園祭に至っては参加することに意義なんてないよね。悪意しかないもの。黒歴史を作らせる気満々だよ」
友達のいない者にとっては、遊ぶ相手が居なさ過ぎて永遠に店の手伝いを続ける日々。
彼女のいるクソったれに至っては、学園祭デートではしゃぎすぎて彼女と別れるざまぁみろ。
絶賛中二病のやつに至ってはテンション上がってバンドとかやってさ?
プロでもないのにギターとか弾いちゃって、しかも普通に上手いから笑い話にもできなくて、何とも言えない空気感が体育館中に響き渡ったりしちゃってさ。
――あっ、この人マジなんだ……。
みたいな全校生徒の視線が今でも思い起こせるよ!
辛い、死にたい、消えてなくなりたい!
以上、元中二病の三大要素でした。
「……こう考えると、学園祭って滅ぼした方がいいのかな」
「……ッ! 王よ! 行ってまいります!」
「ちょ!? ちょっと待て御仁ら!」
僕の声とボイドの行動に、ようやく焦ったように僕を見る阿久津さん。
彼女の声に、ボイドは不思議そうに首をかしげる。
「何を待つ必要がある? 我らが王が、絶滅をお望みだ」
「それを待てと言っているのだ! 一時の気の迷いを註してこその良き配下だろう!」
「はっ! 我らが王に間違いなどあるはずもない! ガクエンサイは悪しき文化だ!」
「こっ、この分からず屋めが……!」
阿久津さんは悔しそうにそういうと、僕を見た。
「御仁も……過去に何があったのかは分からぬ。だが、過去は過去で、今は今なのだぞ。過去のしがらみにとらわれ、今を楽しむことを忘れてしまえば……それこそ、今が黒歴史になってしまうのではないか?」
「ぐ……っ!」
なんたる正論!
くそぉ……そういわれると本当にそんな気がしてきたぞ!
僕は頭を抱えると、それを見たボイドが叫ぶ!
「我らが王! 貴様……阿久津と言ったか! 我らが王に指図するとは生意気な……!」
「こらボイド。生意気なのはお前の阿久津さんに対する態度の方だ」
「承知ッ! 済まなかったな女!」
ボイドは頭を下げることなくそう言うと、再び黙った。
こいつはなぁ……、うん。
初めて出てきた時はどうなることかと思ったが、ほんと、扱いやすいのか扱いづらいのか、よくわからないやつだな。
「ご、御仁……この女は、本当になんなのだろうか?」
「さぁ? よく分からない。王様とかなんとか言ってるし、多分中二病なんだろう」
中二病。
それは、説明するのが面倒な異能力者を一言で片付ける魔法の言葉である。
僕は大きく息を吐くと、学校の方向へと視線を向ける。
……まぁ、阿久津さんの言うことも一理ある、のかもしれない。
シオンらは、今日から学園祭の準備に入ってる。
あの戦闘狂、シオン・ライアーが、食べ物と戦闘以外でここまで力を入れるだなんて……今までを考えればなかったことだろう。
成志川も毎日毎日『楽しみだね』『どこから回ろうか』『バンドは灰村くんギター?』とか言ってきて、最近では反応するのも面倒になって全て無視してる。
二人がそれだけ楽しみにしている文化祭。
一緒に回りたくない……と言えば、嘘になってしまう。
それに、よく考えたら僕が嫌ってるのはバンド活動だけ。
僕ら2組は出し物としてバンドをする。それに関しては反吐が出ると思うけど、バンド以外の学園祭まで嫌うことは……ないのかもしれない。
「……それじゃあ、行ってみるか」
シオンも成志川も、前を見て歩き出してる。
成長してる。
それなのに、僕だけこんな所で足踏みしてちゃ格好悪いだろ。……まぁ、バンド活動だけは死んでもやらんがな!
そう考えて、僕は立ち上がる。
それを見てボイドもついてこようとソワソワしていたが。
「ボイド、お前はお留守番な。間違って同級生ぶん殴ったりしたら目も当てられん」
「そ、そんな……!」
『狂犬』と書いて『狂犬』と読む。
誰にも迷惑が掛からないならいいが、そういった公の場に連れて行きたくはないのが本音。
ということで。
「おいナムダ」
「お、おでだか?」
部屋の隅っこで小さくなってたボイドに声をかける。
それを聞いたボイドはハンカチをかみ締め、両の瞳から血の涙を流す。
「ぐぎぎぎぎ……!」
「お、おで、怖いからえんりょするだ。めから血をながぜるなんて、たぶんそん人、病気だで」
「いや、僕も怖いんだけと」
色々な意味で。
そうこう言いながらも、何とか僕はナムダを説得し、学校へと向かうことにした。
その背中を、やはりボイドは血涙しながら見送っていた。
怖いので急いで玄関の扉を閉めると、扉の向こう側から凄まじい怨嗟の声が聞こえてくる。
「うわ怖っ」
「怖いだ……。なんなんだであん人」
扉の向こうから瘴気みたいなのが流れてくるんだけど。
阿久津さん、大丈夫かな?
まぁ、阿久津さんの事だし大丈夫だろ。
なんてったって悪魔王だし。
僕らの中で、唯一ボイドの攻撃を防げる人間だし。
「まぁいいや。行こう、ナムダ」
「んだ。がんばっで守るだ」
まぁ、もう守られるだけじゃないけれど。
それでも、まだまだ全盛期に及ばないのは事実。
あと少し……ナムダ達と殴りあっていた頃に追いつくまでは、恥を忍んで守られよう。
「うん、ありがとう」
僕はそう言って、歩き出す。
☆☆☆
歩き出して、10分くらい。
僕は、例の場所を通りがかっていた。
「…………」
「んだ、どーしただ?」
僕の変化に気がついたのか、ボイドが言う。
僕は道に隣接している大きな公園へと視線を向けており……僕の視線の先には、真昼間から公園のベンチに座る【侍】の姿があった。
「いや……嘘だろ」
食い倒れていた侍と出会ってから、もうどれくらい経っただろうか?
いい加減忘れたかったけれど、この公園の横を通る度に『あいつ、う〇こ大丈夫だったのかな?』と思ってしまうのは仕方の無いことだろう。
それだけ、あの侍のインパクトが強かった。
なので、僕はこの道を通るたびに、公園から視線を外して歩いていた。
そうすりゃ、少しは忘れられるかもしれないからな。
そのかいもあって、少しずつ、少しずつ忘れてきて、今朝の段階に至ってはほとんど記憶から消えていた。
だからこそ、忘れてそっちの方を見てしまった。
そして、見つけた。
憔悴しきった様子でベンチに座る、その男を。
男の隣には、この距離でも臭いそうな袴(ケツの辺りが黒ずんでいる)が置いており、男はふんどし一丁で座ってる。
近くを通り掛かった小さな娘が、一切の好奇心を示すことなく速歩で通り過ぎてゆく。
早上がりのサラリーマンも3度見した後に明後日の方向へと歩いてゆく。
「や、ヤバいだ……。カイくん、今日ば出歩かん方がいいで。今日はへんなひとば出会う日だ」
怖いもの知らずの暴走列車、ナムダでさえ『近寄らない方がいい』と断言するレベルの変質者。
ふんどし一丁で黄昏れる侍とか、お前どこの時代からタイムスリップしてきた、と問いただしたいレベルだもの。
僕は大きく息を吐き、改めて侍へと視線を向ける。
そして、大きく目を見開いた。
「――――ッ!?」
その侍は、僕らをじっと見つめていた。
その瞳は、色の消えた漆黒色。
死んだ目ってのはああいうのを言うんだろう。
「…………」
沈黙が痛すぎる。
僕は思わず喉を鳴らして。
……変質者の侍は、ベンチから立ち上がった。
「!?」
「に、にげるだカイくん! ヤバいで、あの感じから言うど、まちがいなくおでらの事追ってくるで!」
ナムダの言う通り、変質者は僕らへと歩きだす。
ゾンビのような、遅々とした歩。
しかし、その歩みは徐々に早くなってゆき、最後には全力疾走へと変わっていた。
「や、やべぇ! 逃げろ……ッ!」
「逃げるだああ!!」
僕とナムダは逃げ出した。
背後を振り向けば、全力疾走の変質者。
しかも速い!
なんだあの脚力!
脳のリミッター外れてんのか!?
必死な僕らに対し、男は無表情。
しかも無言!
なんだろうね! それがすごく怖いですぅ!
つーか追ってくんな!
僕はスマホを取り出すと、すかさず110番。
『はい、こちら警察です』
「す、すいません! 今、下半身ふんどし一丁の変態に追われてて……!」
僕は電話に向かって現状を伝えると、電話の向こうから息を飲んだような気配がした。
『そっ、それは……』
「とりあえず、正統派を呼んでくださいお願いします!!」
僕は電話先へとそう叫ぶ。
くそっ! これなら六紗と連絡先を交換しておけばよかった! メアドを聞きたそうにツンデレしてる六紗を待ってるべきじゃなかった!
そう後悔していると、僕の声を聞いたナムダが困惑を示す。
「な、なんでだ? あれは警察にお願いする案件だと思うだが……」
「いいや、ありゃ異能者案件だろうな……!」
真眼を強めに発動していた僕はそう返して……次の瞬間、全身の肌が粟立った。
背後を振り返る。
いつの間にか変態は足を止めていて。
その腰には……一振の刀が存在していた。
いつの間に。
そんな考えなど刹那のことで。
奴が居合の構えを取り、その刀へと手を伸ばした瞬間。
第六感と真眼が、同時に危機を察知した。
「な、ナムダッ!!」
僕は叫び、【シオンの影】で彼を上空へと吹き飛ばす。
僕も同時に『飛行』特異技能で飛び上がり。
――その直後、眼下の全てが崩壊した。
「な……!?」
「クソッタレが……!」
僕とナムダは着地する。
周囲一帯は、まるで巨大な剣で切り取られたように消えている。崩壊して塵に変わっている。
間違いない――【杯壊】の技能。
最強の代名詞がひとつ【即死】の力だ。
「にしても……この威力」
あれだけの速度、これだけの攻撃範囲。
そしてなにより、全てを一瞬で消し去るだけの超威力。
……消滅技能を持ってた僕でも、まず無理だ。
僕は頬を引き攣らせ。
ナムダが全身から蒸気を吹き出す中。
その男は、まじめったらしくこう言った。
「S級異能力者――【灰燼の侍】。野糞の怨み、ここで晴らしてくれるでござる!」
僕が出会った中で、1番厄介な異能力者。
その下半身は、ふんどし一丁で寒そうだった。
時間停止→六紗優
能力強奪→ナムダ・コルタナ
即死→灰燼の侍(new)
その内二つを使えていたのが能力喪失前のカイで。
それら全てをコピーできるのが今のカイ。
……もしかして全盛期より強いんじゃ。




