010『異能力講座』
お陰様で、ローファンタジー部門、日間ランキング上の方に乗ってました! やったね!
「異能とは、言葉を選ばず言えば【妄想】の力だ」
言葉を選ばなすぎにも程度があるだろう。
僕はそう思った。
朝食を取り終えた後。
僕は、居間で阿久津さんから異能についての教義を受けていた。
「妄想……? ってことは、信じ込みさえすれば使えるとでもいうのか?」
「無論、そう簡単なことではない。気の持ちようひとつで異能が使えるのなら、今頃こちらの世界は異能であふれている。そうでなければおかしいだろう?」
そりゃそうだ。
世の中の中二病、全員が異能に目覚めるよ。
「あんた、想力、って言葉は覚えてるわけ?」
横合いからの六紗の声に、僕は首を横に振る。
そんなもん、知るはずもないのである。
すると、六紗は「あちゃー」と額に手を当て口を開いた。
「こりゃ重傷ね。異能について、存在すら覚えてなかったんじゃないの?」
「まあ……否定はしない。正直、僕が覚えていたのは一般常識と、解然の闇についてだけだ」
「解然の闇……ねぇ。よっぽどなのね、そいつ」
「ああ、御仁を襲った輩でさえ、その記憶に……その存在の欠片にさえ触れることはできなかったのだろう。底が知れないな……解然の闇は」
戦慄する二人と、毛づくろいしているポンタ。
二人とも、ポンタくらい解然の闇について興味がなければいいのになぁ。
「まあいいや。それで、その想力ってのはなんなんだ?」
「言ってみれば、異能を使うためのエネルギーよ。その人に生まれつき備わっている力でね。アンタたちこの世界の人間にさせれば、魔力、って言ったほうがわかりやすいのかしら?」
魔力かぁ。
まーた胡散臭いものが出てきたなぁ。
僕も一時期は信じていたよ、自分にはとてつもない魔力が眠ってるって。
解然の闇の持つ力の一端にしか過ぎないが、それでも人の身にはあまりにも多すぎる魔力量。
中学二年生の頃、クラスで浮きに浮きまくっていたのも、当時の僕は『無意識に体中からあふれ出す魔力量に、一般人が無意識のうちに避けているだけ』と本気で思っていた。
――でもね、現実は残酷だ。
中学三年生に入って、ぴたりと目が醒め、中二病からは引退した。
だが、中学二年生の一年間で犯した罪は消えることはない。
一年生の時に作った友人は、既に他のグループに入っていて。
小学校からの友人は「いや、お前と話してたら変な奴だと思われるから。学校では話しかけないでくれ」と断固拒否。
女の子にはあからさまに避けられて。
真夏も黒いコートだったから「あいつ汗臭い」とか根拠もない噂が立つし。
学校の先生からも「おう解然の闇、今日はちゃんとした制服着てるんだな」と笑われる始末。
彼女どころか友達もいない暗黒色の中学三年目だった。
……ふふっ、懐かしいなぁ。
あの頃は受験勉強だけが僕の生きがいだったっけ。
「お、おい御仁……大丈夫か、目が死んでいるぞ」
「ああ、ごめん。話を続けてくれ」
ついうっかり、黒歴史の発する瘴気に塗りつぶされるところだった。
僕は深呼吸して心を落ち着かせると、それを見た阿久津さんが懐から二粒の種を取り出した。
「これは、想力自覚の種と、異能種別の種という。自覚の種を飲み込み、自身の想力を感じ取り、異能種別の種を用いて、御仁の異能種別を把握する」
「異能種別……」
「安心して、ちゃんと教えてあげるわよ」
六紗はどこからか裏紙をもってくると、つらつらと異能の体系図を書いてゆく。
その紙を覗き込むと……すごいな、かなりわかりやすく書いてある。
彼女が描いた異能種別は、全てで七つ。
【災躯】
自身の身体能力を変化させる異能種別。
他者への支援を苦手とするが、純粋な戦闘能力はピカイチ。
三割がこの種別に該当する。
【久理】
魔法など、超常の力を操る異能種別。
多種多様な能力を習得可能で、オールラウンダーに最も近い。
三割がこの種別に該当する。
【志壁】
何かを守ることに長けた異能種別。
攻撃力は皆無の場合が多いが、圧倒的な硬さを誇る。
三割弱がこの種別に該当する。
【薬聖】
支援や、回復能力に長けた異能種別。
錬金術や製薬にも長けており、武具を造ることもできる。
総数は全体の一割にも満たない、希少な種別。
【杯壊】
ただ、破壊することだけに長けた異能種別。
他のことは一切できず、身体能力も他の異能力者に比べて弱い。
滅多に出会うことのできない、破壊力に特化した超希少種別。
【界刻】
時間や空間を操ることのできる異能種別。
数百年に一度現れるとされる、希少すぎる種別。
圧倒的な力を誇る、初代勇者の異能でもある。
【逸常】
過去に一度だけ観測された異能種別。
前記のいずれにも該当しないイレギュラー。
詳細については一切語り継がれていない。
「ちなみに、私は界刻で、悪魔王は志壁ね!」
えっへん、と六紗は胸を張った。
そういえば……ポンタを最初にぶん投げたとき、全ての部屋の鍵を閉めたっていうのに、コイツ、いつの間にか部屋の中に戻ってたっけか。
なるほど……時間か空間か。どっちを使っていたのかは知らないけれど、時間停止でも瞬間移動でも、ああいう芸当をすることができるわけか。
「なるほどなぁ、お前強かったんだな」
「強いって言ってんでしょうが! あんたまだ信じてなかったわけ!?」
「いや、ねぇ?」
「ねぇ? なんて言われても返答に困るぽよ」
話を振られたポンタが言った。
六紗がキッとポンタを睨みつけていると、それを見ていた阿久津さんは微笑み、僕へと言った。
「まぁ、習うより慣れろと言うやつだ。まずは御仁、自身の想力を感じ取ってみるといい」
「ん。まぁ、そうだな……その種を飲めばいいのか?」
僕は阿久津さんから種を貰うと、特に気負いもなく飲み込んだ。
水で完全に飲み下そうと、近くのペットボトルへと手を伸ばす。
すると、阿久津さんが淡々と語り始めた。
そして、僕は固まった。
「想力とは発想力の力。つまるところ、妄想の力。どれだけ妄想力が著しいかによって総量が変わってくる」
「へぇー、そうなん………………えっ、ちょっと待って?」
えっ、今なんて?
妄想力?
どれだけ著しいかで想力が決まる?
えっ、いや、ちょっ……、えっ?
ちょっと待ってね?
ここに、妄想のあまり10冊もの黒歴史をまとめあげた男がいるよ。
しかも、設定が濃すぎて信憑性すら感じられるあまり、本物の異能力者にさえ黒歴史を信じられてしまった男がいるよ?
……もしかして、やばくない?
もしかして、妄想力天元突破してない?
嫌な予感に、僕は頬をひきつらせた。
その、直後の事だった!
ブォッ! と。
自分でも分かるくらいに、体内から謎の力が吹き上がる!
「――ッ!? こ、これは……!」
阿久津さんが、目を見開いて立ち上がった!
僕の方を見ていた六紗も、その場へ崩れ落ちた!
その頬に、一筋の冷や汗が滴り落ちる。
なるほどねぇー。
うん、わかるよ、よくわかる。
例のごとく、なんか熟練の戦士は相手の力量をひと目で把握出来るアレだろ? 足運びだけで相手が只者じゃないとか分かっちまうアレ。
アレと似たようなもんだろ?
君たち、僕の妄想力がいかほどか、察しちまったんだろ?
そうなると、今後の展開も既に読めるよね。
僕は深呼吸して、心を強く持つ。
だが、彼女らはそんな僕の心を、簡単に打ち砕いて行った――!
「そ、そんな……なんて、想力、妄想力……っ!」
「あぁ……なんという妄想力だ……。軽く私たちの十数倍……いいや、百倍、それ以上やもしれん! もはや御仁は妄想の体現者といって差し支えないだろう!」
阿久津さんの言葉に、僕は心で絶叫した。
やっ、やめてくれええええええええええぁぁぁぁぁ!!!
そっ、そんな、そんなの数値化しないでよォ!
視覚化しないで! というか感覚でも理解できないようにしとしてよぉ!
なに、なんなの妄想力100倍って!
えっ、もしかして僕、コイツらより酷いもの持ってるの?
やだぁ、心が死にそう。
えっ、首吊ってもいいですか?
「この妄想力……しかし、1歩間違えれば修羅と化すぞ」
「ええ、正直、戦慄してるわ。少しでも道を踏み外せば、被害妄想の果てに人生めちゃくちゃになってもおかしくないもの」
「あの妄言使いすら、赤子に見えるぽよ……」
あーあー。
やっちまったぁ。
もうダメだ。心が砕けたよ。
粉々に砕けちまったよ。
あの妄言使いよりさらに下とか、もう無理。
なにがって? 色々ともう語彙力も湧いてこないや。
無理だ。
ほんと、まじで、これ以上は勘弁してくれ……。
本格的に恥ずか死ぬ。
僕が痙攣しながら倒れていると、僕とは対照的に、阿久津さんはどこか興奮したように声を上げた。
「御仁よ! では、早速種別の確認に行ってみようではないか! こればかりは運だが……御仁ならば、あるいはそこの六代目勇者と同じ【界刻】すら使えるやもしれん!」
「は、はぁ!? そ、そんなこと…………ありそうで怖いのよね。ねぇちょっと、もしも界刻でも私とは違う異能にしなさいよ?」
話を聞くに、やっぱり界刻が1番上なのかな。
プリントを見ると、一番下は【逸常】ってのになっているけど、過去に1人しか使えなかったって時点でもうアレだね。あってないようなものと考えるべきだね。間違いない。
よし、ここは最強と名高い【界刻】になるよう祈ってみるかぁ。
まぁ、色々ともう、やる気がげっそり削られていった後だけど。
僕は、阿久津さんから渡された種をにぎりしめる。
「御仁、自身の中に感じるようになった想力を、その種へと注ぎ入れるのだ。そうすれば自ずと、種に反応が見えてくる」
彼女が言うには、反応はあからさまらしい。
災躯なら種が脹れ。
久理なら種が光り。
志壁は種の形が変わって。
薬聖は種が薬へ変わる。
杯壊は種がその場で崩れ去り。
界刻は種が実の状態へと時を超える。
さて、僕はどの種別に当てはまるのかな。
僕は、今までは感じなかった【胸の奥の暖かい何か】を引っ張りあげると、願いを込めて種へと流し込む。
阿久津さんと、六紗がゴクリと喉を鳴らす中。
目を見開いた僕の目の前で、種は大きく変化を起こした。
「こっ、これは――」
僕は目を見開いて、固まった。
それは、阿久津さん、六紗も例外ではなく。
二人は僕以上に驚きを見せていて、僕は二人へと問いかける。
「ええっと……これは、説明されてないんだけど」
先に説明されていた、六つの反応。
そのいずれとも異なり。
僕の種は……大きく、腕に絡まるように根を生やしていた。
その根は黒く、どこか禍々しい。
……い、いやぁ、ま、まさかだろ?
僕も僕自身がかなりイレギュラーだとは思っているけど。
まさか、そんな、だって――。
内心でブツブツと呟く僕の前で。
阿久津さんは、やっとの思いで、その種別を口にした。
「――間違いない。御仁は、歴史上二人目の【逸常】使いだ」




