001『中二病』
――中二病。
それは、だれしも一度は患ってしまう病である。
ある日突然、超能力に目覚めた気がしたり。
何でもできてしまうような万能感に支配されたり。
はたまた、自分を何者かの生まれ変わりであると考えたり。
……まあ、一言で表せば【イタい時期】のことである。
でもって、そのイタい時期の何が厄介かっていうと。
一番の問題は、患っている最中は一切の自覚がないということ。
心の底からそう思っているということ。
だからこそ恐ろしい。
目が醒めた後の、背筋が凍るほどの後悔。
そして、もしかして今も自分が気づいていないだけで、中二病真っ盛りなのではないか? という謎の疑心暗鬼。疑心すぎて夜も眠れない。
目という漢字をあえて【眼】と書いたり。
両手、をあえて【諸手】と書いてしまったり。
ヤツ、やつ、奴の書き方に妙なこだわりがあったり。
されど、しかして、かくして、閑話休題。
そんな言葉を乱用してみたり。
セリフの最後は「……っ」じゃなくて「……ッ!」にしてみたり。
なんだか難しい単語を並べていると賢くなった気がしたり。
その延長線上で、なんだか小説を書きたくなってきたり。
というか、異世界小説とかにやにやしながら書いている時点で、僕、まだ中二病なんじゃね?
とか、そんな感想さえ抱きかねない。
以上、何が言いたいかと聞かれれば。
中二病とは、最悪の病である。
自覚症状、無し。
完治には相応の時間と心の傷が伴う。
過去は消せず、黒歴史として残り続ける。
ふとした瞬間に思い出しては叫びだしたくなる。
現に、僕がそれだ。
思い出したくもないが……僕もまた、かつては中二病だった。
ほんと、マジで、叫びだしたくなるくらいにはイタかった。
そんな僕だからこそ、今では中二病の片鱗を見るだけで鳥肌が立つ。
寒気が走って怖気が……あ、駄目だ。
この書き方、なんか中二病っぽくね?
とにもかくにも、あれだ。
「フッ、ハハハハハッ! 我が臨界天魔眼の前にひれ伏すがいいッ!」
「くッ、私の運命も、此処までだというの……?」
「あ、あきらめるにはまだ早いぽよ! 君にはボクがついてるぽよ!」
といった場面に遭遇して。
僕は、頭が痛くなった。
学校からの帰り道。
ちょっとショートカットしようと思って、裏路地に入った。
……それが運の尽きだった。
「わ、私は……私は負けられないのよッ! 私が負けたら……世界はあなたのモノになってしまう……そんなことは絶対にさせない! 世界を……不幸にしてたまるもんですか……ッ!」
「ハハハハハ! その意気や良し。だが、如何せん実力が伴っていないようだな。夢は力が伴ってこそ、現実足り得るのだ。……お前にはその力がなかった。己が運命を呪うんだな」
きぃいいいいいいいいいいいいいっっっっっっっっっっツ!!
なにこれ、ドギツいよちょっと!
え、なんですかこれ、聞いてるだけで心臓破裂しそうなんですけど。
なんなんですか? あなた達正気?
あ、いや、正気を疑ってる訳じゃないんだよ?
明らかに正気じゃねぇもん。
こっちが羞恥で死にそうだよ。
裏路地の奥の方。
小さな団地で向かい合うのは、二人の女だった。
一人は、黒っぽい服装に身を包み、邪悪な仮面をした女の人。
もう一人は、地元の中学の制服を着た小柄な少女。
その隣には……なんだあの生物は。犬とも猫とも狸ともつかない、よくわからない生き物がいる。
「そうぽよ! 悪魔王の臨界天魔眼は、強力だけどその分消耗も大きいぽよ! 消耗してるのは優だけじゃない! 向こうも同じくらい、いいや、それ以上に消耗しているはずぽよ!」
しゃ、喋った……?
いいや落ち着け、腹話術だあれ。
間違いない。だって優って呼ばれた女の子と声同じなんだもん。
つーか、ぽよ、ってなんだ。
裏路地で繰り広げられる狂気の沙汰。
変な生き物の、腹話術と動きの完璧さ。
まるで、実写化のアニメを見せられているような……?
「あっ」
これってもしかして、中二病じゃなくないか?
ドラマのリハーサルだったりするんじゃないか?
あっ、危ねーー!
危うくあまりのイタさに心臓壊れるかと思った!
やめてよねー、元中二病にこんな光景、不意に見せつけるの!
自分の過去を思い出して恥ずか死ぬ所だったわ!
僕はひとしきり内心叫び、深呼吸して息を整える。
さて、ドラマだと分かったところで、さっさとこの場を去るとしよう。変に覗き見られたとかなんだといちゃもんつけられたらいやだから。
僕はそう考えて、ゆっくりと後ろに歩き出す。
こういう時は、よく小枝を踏んで『バキッ』『……!? そこに誰かいるのか!』という流れだが、僕はそんな初歩的なミスはしない。
僕は、特に気づかれることもなく、その場所を後にするのだった。
☆☆☆
翌日。
土曜日。
書店へ本を買いに行こうと、一人暮らしのアパートを出た。
「くっ……このあたりの、はずなのだが」
家の目の前に、昨日の女が立っていた。
僕は、頭が痛くなった。
えっ、ナニコレ、どういう状況?
昨日の、悪魔王やってた人だよこの人。
今日は仮面をしてないみたいだけど、服装が同じだからすぐわかった。
外国人……っぽい顔立ちだな。
少なくとも日本人ではなさそうだ。だって銀髪だし。目は真っ赤だし。
なるほど、悪魔王の名は伊達ではな……ああ、駄目だ! 奴に引っ張られて僕も中二病っぽい発言をしそうになってるぞ! ふんばれ僕! この人は中二病じゃない、ただの女優だ!
「おっ! そこの御仁! 少し尋ねたいことがあるのだが……」
とか思ってたら、話しかけられた。
彼女はずんずん僕の方へと向かってくる。
その手には……地図かな? なんか本を持っている。
にしても、なんだろう、この感じ。
あの本、どこかで見た覚えがある。
「実は、少々道に迷っていてな。この近くだと思うのだが……この場所をしらないだろうか?」
「え、あ、はい。ええっと……?」
女の人は僕にその地図を見せてきたため、僕は目を細めてそれを覗き込んだ。
――瞬間、背筋が凍った。
大粒の汗が体中から噴き出してくる。
その地図、その文字、その本を見て、理解した途端から。
まるで黒歴史を目の当たりにしたかの如く、震えが止まらなくなった。
「な……っ!? こ、これは……!」
「……ほう? この本の価値に気が付くとは。さては御仁、こちら側の人間か?」
女性の声を聴いて、僕は喉を鳴らした。
……いいや、この本に価値なんてものはないよ。
だって、僕はこの本を知っているから。
というか、この本を書いたのは……他でもない、この僕だ。
僕は焦って、その本の表紙を見た。
その瞬間、あふれ出す過去の記憶。
封印したはずの、黒歴史。
「……………ちょっっっっっっと、待っててくださいね」
僕は女性にそう言うと、その場を離れて実家に電話した。
電話は数コールでつながり、お母さんが出た。
『あ、もしもし息子?』
「あ。もしもし息子? じゃねえんだよ! おいこら! アンタ、僕が中学二年生の時に書き溜めてた黒歴史ノート、どこやった!?」
『ああ、あれ? フリマで売っちゃったわよ?』
愕然。
僕は頭痛のあまり死ぬかと思った。
は? なにやってんのこの人。
僕は中学二年生のころ、ノートにびっしりと黒歴史を書いていた。
著者名は、【未解の王にして純然たる深淵の闇】。
つまり、僕だ。
未解の王にして純然たる深淵の闇。
通称『解然の闇』。別名『深淵より来るモノ』『ダークネスブラックキング』『黒翼の闇』などなど、多岐にわたって呼ばれた僕は、様々な設定をノートに書き連ねた。
本の正式名称は【ディュゥェアルノォーゥト】。
カッコつけて言ってるだけの、デュアルノート、だ。
やだ、今考えてみると恥ずかしくて死にそう。
その書は、『壱』~『拾』……あ、1~10ね。中二病だから難しい方の漢字を使ったのは許してほしい。とにかく、十冊ある。
そして、それらの始まりにして原初の書物。
『壱』の巻。
それを、あの女は持っていた。
『いやー、あのよくわからないノートね。まあ、駄目で元々、フリマに出してみたんだけど。これがびっくり。外国人……の方かしらね? 十人くらいいらっしゃって、それぞれ一冊ずつ買っていったのよ』
「ジーザスッ!」
間違いねえ、この銀髪女だ。
この女、どういうわけか僕の黒歴史をお買い上げになった上、奇跡か偶然か必然か故意か、僕の前に姿を現しやがった。中二病に言わせてみれば運命と書いて運命、と読むやつだ。
僕はブチっと電話を切ると、タイミングよく銀髪女が近づいてきた。
「もしや御仁……この書物について、何か知っているのだろうか?」
「えっ、あ、えっとお……」
「この書物はな。……とある闇市にて入手したものだ。最初はただ、この本の発するオーラが気になり、一冊だけ購入したのだが……読んでみて唖然とした。ここまで、世界の深淵について書かれた書物は見たことがない。然るべき場所であれば禁書指定されていて当然のブツだろう。……この本の価値に気が付き、急ぎその闇市へと戻った私だったが……そのころには、十あった書物全てが売り切れていた」
闇市? 然るべき場所? どこだそれは。
僕は、ここらにきて、察し始めていた。
この人、女優じゃないよ。
ただの中二病だよ、間違いない。
僕の、元中二病としての第六感が言っている。
こいつ、僕の同類だ。
つーことは、なに?
もしかして昨日のアレ、マジだったの?
……やっべぇよ。
コイツら、やべぇよ。
正気じゃねぇよ、イカれてやがる。
「というわけで、色々と教えて欲しいのだが」
その女の言葉に、全身の肌が粟立った。
ま、まずい……ッ!
に、逃げろ、逃げるんだ僕!
本能の奥底が叫んでいるよ!
心が叫んでる!
これは関わったら負けフラグが立つヤツだ、ってな!
「いえ、なにも知りませんので。それではさようなら」
僕は早口にそう告げると、そそくさとその場を立ち去った。
しかし、女は当然のごとくついてくる。
「そう邪険にするな、御仁よ。お主が、この書物について……なにか、とても重要なことを知っているのは理解したぞ。この書物を前に見せた驚愕。あれは、並大抵の人間が見せるものではなかった」
でしょうね!
見ず知らずの他人が、自分の黒歴史ノートを持ってたらそりゃ驚くよ!
「勘違いでは? 僕はそんなもの知りません」
「いいや。他は騙せても私の目は誤魔化せんぞ。本当は知っているのであろう? この書物にある神話的存在、未解の王にして純然たる深淵のy」
「ンンッ、ンッ、ゲホゲホッ! あー喉がイガイガするなぁ! さあ、ソーシャルディスタンスを守って数百メートル離れよう! そして二度と関わらないでくれ頼むから!」
そう、中二病なんてものとは二度と関わりたくないのだ。
患っていたというだけで寒気がする。
だというのに、この女は患いも患い真っ盛り。
否が応でもかかわってやるものか!
「くっ、そこまで教えたくない『何か』が、やはりこの本には眠っているのだな……!」
そうこう考えていると、女が叫んだ。
僕はちらりと振り返ると、女は歩きながら壱の書を読んでいた。
ま、まさか……!
目を見開く僕と、そして……口を開く中二病患者。
「『この本を詠む者よ。貴様に一つ忠告だ。深淵を覗くとき、我もまた貴様を覗いているのだ。……弐度は忠告しない。それでもこの本を詠み進めようというのであれば、死すら生ぬるい地獄を覚悟し』」
「んぎゃあああああああああああああああ! やめろおおお! 道端で朗読するなそんなものォォ!」
僕は叫んだ。
バッカじゃないのかこの女! なんて神経してやがる!
道端で!? そんな黒歴史の塊みたいなノートを!? 著者の目の前で!?
馬鹿だろ! この女どう考えたって馬鹿だろこの馬鹿!
ひとりしきり叫び終えた僕を、女はにやりと笑って見下ろした。
「ふっ、やはり、知っているようだな御仁。この先は一般人には聞かせられぬ、深淵の中でも一層に深い部分について書かれている。ゆえに止めたのであろう? やはり、私の見る目は間違っていなかった」
「わかった……わかったから。頼むからもうそんなことはしないでくれ……」
僕は疲労困憊で息を吐き。
中二病は、花が咲くような笑顔でこういった。
「私は特異世界クラウディアの悪魔王。この世界では、阿久津真央、と名乗っている。よろしく頼むぞ、同志の御仁!」
僕は、改めて思う。
中二病って、恐ろしい病だな、って。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
よって、元中二病だったり、異世界小説とかにやにやしながら書いて、目を眼、両手を諸手と書いたり、ヤツ、やつ、奴の書き方にこだわりがあったり、「……ッ!」みたいなセリフが多かったり、バカみたいに誤字が多かったりするのは作者の実体験とは限りません。