転生した男と即オチの女騎士
見切り発車。
この国は、大陸中央にある宗教国家。教国ドミナトーレ。首都はリフィニトーレ。
ええっとこの街は……首都から少し離れた……カーネの街はこの辺だ。
灰色の髪をした少女……にしか見えない少年、シャルは年下の子供達に本のページをめくりながらそう言った。
ガブリエーレ孤児院。ここでは基本的に12歳までの子供を養育している。
孤児院の庭では子供たち数人で勉強をしており、シャルが教科書がわりの本を読み聞かせている。
「冒険者ギルドという名の実質職業斡旋所では7歳から登録できるけど、独り立ちして食べていけるほどの報酬がでるのは12歳以上からなれるC級から。なのでそれまではD級でお手伝いとかしてギルドの信用度を上げるんだ」
「なぜギルドが7歳からかというと平民なら7歳で啓示を受けるからだ。
教会に集まって神官の有難いお話を聞き祝詞が唱えられると『プラス補正』って言うのが頭の中に浮かぶ。力が強くなる……鍛えれば。とか、剣を使うのが上手い……練習すれば。って感じに。うまく覚えられない子もいるが、教会にお布施するか冒険者ギルドで申請すると身分証明書がわりのカードに印字してもらえる。特殊な加工がしてあるので本人の許可のうえギルド支部や教会にある専用の読み取り魔導機に通さないと見れない」
子供たちはふんふん頷いたり、又はあまりピンとこないのかシャルにじゃれつくのを優先している子供もいる。
「火の扱いにプラス補正があったとあるパン屋が、契約していた小麦農家がドラゴンの縄張り争いに巻き込まれてしまい結果的にドラゴンスレイヤーパン屋が誕生した話。お前たちもお気に入りの話だろ?」
そのとあるパン屋はパン屋という職が心の底から好きだった。小麦にも並々ならぬ拘りがあった。自分からパン屋という職を奪うなと魂が願った。
『ドラゴンに挑んだらなんか火効かなかったし、バーンッ(パンチ)てやったらドーン(挽肉)てなった。』
願いが力になる。心の底から、魂から願ったことが力になる。そういう世界観。
「シャルにーちゃんのほせーなんだろうね」
「今度教会いくんでしょ?」
子供達は勉強そっちのけでシャルに構われたがった。くっついてくる子供達を順番に撫でながらもシャルは浮かない顔をしていた。
「そうだな……もう7歳なんだから……啓示があったら何になりたいのか決めないとな」
シャルは自分がいつもずっと何か大切な事を忘れてしまっているような気がしていた。
本を一通り読み終え、集中力ゼロになった子供たちが遊びに本腰入れ始めたのでシャルが見守りモードにはいっていると庭先に人影が見えた。
「シャル、いつも思うが君は面倒見がいいな」
「アリーチャさん、警邏ですか? お疲れ様です。」
声をかけてきたのはこの街を警護している騎士のアリーチャだ。
オレンジがかった金髪が印象的なアリーチャは首都から来たエリート女騎士である。別に左遷とかではなく街に一人は新人騎士を配備しなくてはならなくて、端的にいうとただの貧乏くじだ。本社から出向してきた課長的な。都会から来たかわいいお嬢さん騎士、という扱いで街中から好感度高めだ。
「君はいつも頑張っているな……。子供の面倒もよく見ているし、暇があればギルドで手伝い依頼を受けているし……」
「アリーチャさん……?」
いつもはつらつとしているアリーチャだが今日は歯切れが悪い。
シャルには分かるのだ。アリーチャは疲れている。何か無理をしているのが。
シャル自身はどうして人を見るとなんとなく疲労度を測れるのか分かっていないが、本能で分かるのである。本能というか魂が震えるのだ。
「アリーチャさん、時間あったらでいいんですけど、ちょっと公園行きませんか?」
「別に構わないが……なにか有るのか?」
ああ、アリーチャは自分がいっぱいいっぱいな事にも気づいていないのに、こちらの事に気をかけるのだな……と、シャルはよくわからないがアリーチャを孤児院の子供らのように撫でたくて撫でたくて仕方がなかった。アリーチャは19歳で成人年齢も超えている、騎士学校出身のエリート女騎士なのに。自分よりもはるかに大人なのに。
シャルは孤児院のシスター達に外出する事を伝え、付いてきたがった子供らをなだめすかせ、アリーチャと公園に向かった。
「アリーチャさん、何かしんどいことや辛い事、あったんじゃないんですか?」
公園のベンチで並んで座り問いかける。
「いや……みんな良くしてくれているが……」
シャルはアリーチャの方に体を向けて、目を合わせ、手を優しく握り、もう一度問いかけた。互いの顔が近づく。
「本当に? 最近じゃなくても何かありましたか?」
「いや……本当に……本当に良くしてくれている。年下の新人なのに上司として扱ってくれているし……」
シャルは駄目押しにとまた問いかけた。
「楽しいことも良いことがあっても、辛いって思った気持ちも本当なんですよ。」
シャルがそう言った瞬間、アリーチャは抑え込んでいた気持ちが溢れ出すのを感じた。
(昔、幼い少女だった私はお父様みたいな騎士になると母に向かって何度も宣言していた。父のような街の人に尊敬される騎士になりたかった。巡廻任務を終えた父にありがとう助かりましたと声がかかるのをみるのが何より好きだった。誇らしかった。
それが今の私はなんだ。同じ街道を守護する任務なのに首都で誇らしげにできないと言って卑屈になって。たしかに首都で防衛任務や魔物狩りをしている同期よりは手柄が立てづらいだろう。この辺りは魔物も向こうから襲ってくるような種族がほとんどいないから。だからといってが街道や街に危険がないかといえばそうでもない。それを解決するたびにありがとうと言われてきたはずなのに。
わたしは……なにがしたかったんだ……なんのために……)
アリーチャは自分を情けなく思って涙が出てきた。
(ああ、こんな教会で啓示も受けていない子にすがりついて涙をながしているような私が騎士なんて……。子供をとおりすぎて赤ん坊のようだ。この子に頑張っているなどと認めてもらう価値が私にあるのか。わたしは、わたしは……ただ褒めてほしかったんだ……
ああこの抱擁は、このなんでも包み込んでくれるような安心感。こんな幼い子に感じることではない。しかしこの髪を撫でるやさしい手、私の背に当たる暖かい手のひら。まるで……「『ママ』……」はずかしい!! 何を考えているのだ年下の女の子相手に! いや違う彼は男の子だ! 私はこの一回り以上年下の、少女と見紛う少年に赤ん坊のようにママを感じている!!)
アリーチャはなけなしのプライドもなにもかも捨て、赤ん坊のように少年にすがりついて泣きじゃくった。きっと彼なら受け入れてくれると確信して。
一方シャルは幼子が母を呼ぶような声を聞き、愕然とした。
(『ママ』……? そうだ……俺は……!!)
思考がギュンギュン廻り始めた。正直いうと白い存在は記憶戻って欲しくなかった。
(そう……俺は最高最強の理想のママになるために転生したのだ!!
今まで生きてきた中で何かとても大事なことを忘れていた気がしていた。
そうだ、このことだったのだ! この女性的な見た目を気にしたこともあったがなんのことはない、ママになるための優しげな容姿!! (なぜなら俺の考える最高のママは優しげフェイスなので)これでいい!! いや、これがいい!!)
シャルの思考は高速回転しつつ、しかしアリーチャを適切にオギャらせる為に身体は勝手に動いていた。
(孤児院の子供たちの面倒を見ると満たされていた。ママみたいと言われたことは何度もあった。その度になんともいいがたい幸福を感じていた…ただの承認欲求とかそういうやつかと思ってたが違う!そう、ママ欲!! 俺は、俺自身がママとなってバブみを感じて欲しい! オギャってほしかった! 子供達が甘えるのは当然のことだからバブみオギャりカウント外だったのだ。
俺のママ欲は成人しているアリーチャにバブみを感じられオギャられることによってグングン満たされている。これだァ! この充足感!!)
頭の中はおかしかった。しかしママ的行為最適解の為、顔や行動にはそのあたりの思考はまったく反映されてなかった。そしてもちろんママ欲なので性的興奮などいっさい起きなかった。そもそも7歳児なので。
吹っ飛んだ思考は即座にママ欲に抑え込まれ、そこにいるのはすがりつく女騎士を優しく見守る美少女(にしか見えない少年)が存在するだけだった。
シャルはアリーチャに微笑みかけ、泣き止むまでなだめるように優しく撫で続けた。
アリーチャが泣き疲れて寝てしまいそのまま30分ほど公園で晒し者になってしまったが、ママ欲を満たすのに夢中だったので、そのあたりのことは何も考慮されなかった。
シャルは起きたアリーチャに赤面謝罪されながら孤児院まで送り届けられた。帰り際にハグをするとアタフタしつつそっと抱き返してくるアリーチャにニコニコしながら内心撫でくりまわしたくなってしょうがなかった。
翌日、アリーチャは街の皆がやけに優しく微笑みかけてくることに訝しみ、昨日のことを思い出して赤面しながら職場である詰所に駆け込むと顔を覆い床をのたうち回った。それを見ている同僚も優しげな顔をしているのに気づいてしまったので、我慢できず変な叫び声をあげながら水路に飛び込もうとした。同僚たちは慌てて抑え込んだ。
アリーチャさんはこの後も定期的にオギャってます。
アリーチャさんはこの時点で19歳ですが、主人公の活動する(予定)の年齢は16歳ぐらいを予定しているので……。まあそういう事です。




