転生する予定の男は最高最強の理想の『ママ』になりたい。
「突然だけど君は死んだので転生です。
要望は聞くが、君の転移する世界に合わせて私がファジーに決めます」
白く輝くヒトガタのようなモヤがそう言った。
男は即座に答えた。
「俺の考える最高最強の理想の『ママ』になりたいんだがァッ??!!!!!」
「は?????」
輝きとモヤが消え去り、ぽかんとした表情をうかべる白髪の少年とも少女ともつかない存在がそこにいた。
「いや、異世界転生である程度要望が通るんだろ? ならば俺はママになりたい」
「待ってくれ君は男だろう?」
「でもママになりたいんだよ。今世ではママになるのは不可能だ。つまり来世に期待」
「いや……いや?? せめて転生先の世界がどうとか聞いてからにしないか?」
当初の神々しい雰囲気をかなぐり捨てて白い存在は必死になった。予定と違いすぎる。
「……え〜っと、君の転生する世界は剣と魔法のファンタジー、多数転生者や転移者が居る」
「よく見るやつだろ。はいママ一択です」
「待ってくれって!! その『ママ』ってなんだ? 君は子供が欲しいのか?」
その場合この白い存在の権能では賄えない。魂に合わせて器を形成するので魂の性別は変えられない。転生先の世界観的には無性までは行ける。白い存在は焦り始めた。
「『ママ』っていうのは……希望のようなものだ」
「は????」
「つまり、心を優しく包み込んでくれて、全てを受け入れてくれて、しかし倫理に反する行動を取るような場合は叱りつけて、怒るじゃなくて叱るなんだよな……。あったかくて、ご飯がおいしくて、家事をてきぱきして、エプロンが似合って、晴れた日に洗濯してて干したシーツ越しに微笑んでくれ……。華奢なようでいてそして何よりも強い、美しくて、まるで天気のいい空を見上げたような爽やかさがあって、声は涼やかで、きらきらしてて……うっ俺の心のバブがオギャる……ママ……」
「まってくれ。ちょっと落ち着いてくれ」
「まだ続けていいか」
「急にトーン下げるなよ!! なんだつまり君はお母さんが恋しいとかそういうことか……?」
「全くそうではない。俺の母は普通に存命だった……はず? だし、50代の元気なオバさんだぞ。母は母であって『ママ』ではない」
「ああ、ここの空間だと生前の記憶が薄れるからな。……じゃあなんだママって……?」
「だから『希望』だ」
「わかんねーーーーーーよ????」
白い存在は混乱した。こんなやつ見たことない。
「つまり……性別とか無視した自分の理想というか、自分が成れるものとは到底思わないがそういう存在がいて欲しいという……信仰……? だれだって知能ゼロにしてなんか理想のママ的存在にバブバブしたくないか?」
「わからない……私にはわからない……ママとか居ないし……」
白い存在は半ば発狂というのはこういう気分なのかと混乱していた。
基本的には大いなる存在である自分が居ると小さき存在であるヒトの魂が勝手にグチャグチャになっていたので、ここまで会話(?)が続いた事がなかったのだ。
「……ママがいない? そうか……」
白い存在をそっと包み込む気配がした。この空間では魂、つまりなんかフワッとしたモヤ的エネルギー体なので生前のビジュアルは存在しない。男は『ママ』に憧れていた。生前は心のバブがオギャるままにしていたが、ここでは体格もビジュアルも関係ないのだ。バブをオギャらせたいという魂の願いの輝きだけがまばゆいエネルギーなのだ。
「あたたかい……これが……『ママ』……」
端的にいうと逆汚染である。SAN値を直葬すべき側が直葬された、そういうことです。
「う〜ん、じゃあそろそろ転生しようか〜。きみは〜りそうの『ママ』になるんだろお?」
「叶えられるのか?」
「わたしの権能がおよぶかぎりはね〜叶うよ〜。心にしっかり願ってねえ。」
白い存在は発狂したママ……ちょっと変になったまま男を異世界に送り込んだ。
重ねていうがこの白い存在に魂の性別を変えるほどの力は、無い。そして要望はファジーに叶う。
仄かに輝く魂があった。
……その前に立つ白く輝くヒトガタのような存在が叫んだ。
「突然だが君は死んで転生するわけだ。転移先の世界に合わせて要望はファジーに叶えてやる。だがママになりたいとかそういうことは絶対言うなッ!!!!!」
「は????」
徹夜したら妄想の中の男がママになりたいって言ってきたので。