2.メルツェルという友人
昨日、試験での緊張からか宿のベッドに潜り込むとすぐに睡魔が襲ってきた
そのまま丸一日寝て過ごし今日の昼頃に起きて今は商業区に出ている
どうやら試験の合格判定は昨日の内にもう出ていたらしく昼過ぎに届いた合格の証である剣、盾、翼の模様が入ったバッジと一緒に受け取った紙に明明後日までに必要な物を所定の店から受け取っておけと書いてあった
購入費は学園側から出してるらしく名前を言えばすぐ受け取れるとか
制服、筆記用具、参考書の3つで筆記用具である魔術道具のペンはちょっとした魔術道具店でも売っているが参考書は学園の研究者達が直接書いた希少物で制服は言わずもがな
レッガーは王都だけあって商業区である西側は日々物売りの声が響いている
そんな商業区の真ん中を貫く大通りを進み大きな商業施設が連なる商業区の中でも一際目立つ巨大な魔術道具専門店に入る
既に魔術の講師兼研究者を退職した人が開店した学園と繋がりの深い魔術道具店で学園卒業者の多くが働いている場所でもある
魔術道具作成の高等教育を受けた若者達が集まるこの場は競争心や発想力が溢れ日々新たな魔術道具が生まれるレンブルス王国の魔術の象徴の1つでもある
それに製作物のどれもが高い品質を有し国民だけでなく世界中を歩き回る冒険者や商人、中には国を問わず貴族や王族からも愛用される魔術道具を販売している場所なのだ
学園と深い繋がりがあるので学園ではここに置いてある魔術道具を中心に扱っているらしい
店内は巨大な見た目と違い木造の落ち着いた雰囲気に包まれ多くの人がいて静かながらも活気が溢れている
入って右側の壁際にあるカウンターに列が出来ているのが見えた
年は私と同じぐらいで店員と二言三言言葉を交わして袋を受け取っている
ここが受け取り場所なのは間違いない、気付かれないように足音を殺し且つ自然体で列に並ぶ
断じて初めての同年代の人に緊張しているとかではない、断じてない
前に並ぶ貴族風の男子2人組が私に気づいた感じはない
仲良く趣味の事について語り合ってるみたいだ
半分まで進んだぐらいで新たに列に並ぶ女子が現れた
まず目が行くのは胸元に刺繍された貴族の紋様
レンブルス王国ではこの紋様の色で階級が決まっているらしい
金が王族、銀が公爵、銅が侯爵、白が伯爵、黒が男爵、緑が子爵となっている
彼女の紋様は白、伯爵だ
それにしても伯爵という階級にしては地味な娘だと思う
貴族では子爵であっても控えめだが高級な服を着て女子ではドレスを着ている
なのに彼女はまるで軍服のような露出のない服を纏い丸縁のメガネをしている
軍服だけならキツいイメージを受けるがその明るい水色の髪と垂れ目のせいで子犬のような印象を受ける
「あの...私はメルツェル・リバンスと言います...魔術学園の道具の受け取りってここで合ってますか...?」
リバンス...リバンスと言えば王都に来てまだ浅い私でも耳にしている有名な家系だ
代々軍の最先鋭である第1軍の軍団長もしくは第2軍団長を輩出している名家だ
それにしても有名な武家の産まれであるのにこの腰の低さ...意外である
独自の魔法と武術を持つ武家の中の武家、イメージでは凛々しく厳格で真っ直ぐな性格...とか勝手に妄想していたが...
おっと、それよりも自己紹介をしなくては
「私はゼロライト、受け取りならここで合ってるよ」
「そうですか...よかった...」
先程受け取った袋の中身の制服を出して喜んでいる人達がいたから間違いない
ありがとうと礼を言われたがやはり貴族にしては物腰が低すぎる
何か人に対して嫌な過去...それか家で悪い扱いを受けているのか
けど真っ直ぐ見つめてくる瞳には一点の濁りもなく純粋な色をしていた
これが素なのかと思うと...私のイメージの武家は大分偏見があるのだろう...
だが物腰は低いが積極性はあるらしく、メルツェルはその後も自分から話題を出し続けて雑談が始まった
いつの間にか私もすっかり話に夢中になって荷物を受け取った後もメルツェルの住む王都北側の貴族専用住宅街に別れる道まで話し続けていた
「あっと...もう...ですね...お話楽しかったです...もっと話たいですけど...残念です...ゼロライトさん...入学時にまたお話しましょう...」
「勿論、私もメルツェルさんと話すの楽しかったから何時でも話しかけてきてね」
「...はい!」
受け取った荷物を絶対に離さぬとばかりに胸に抱き飛びっきりの笑顔を向けてくるメルツェルはとても愛らしかった
途中で止まって振り向きながら手を振る姿も本当に武家の産まれなのかと疑いたくなるほど愛嬌があって自然と頬が綻ぶ
ほんの数十分一緒にいただけで随分癒されてしまった
今日はぐっすり眠れそうだ...
だからホクホク顔で南に向かって商業区を歩き帰路についた
厄介事とは唐突に現れる
宿に戻るために商業区の大通りの途中にある広間から繋がる十字路を進むと向こう側から大柄の男が2人が明らかに私の方に向かって近づいてきた
脇の逸れても私の目の前を塞ぐように位置を変え歩いてくる
しかもさっき妙な悪寒を感じて周囲を警戒していたら脇道にローブを纏った人が私をガン見していて正直怖かった
目的は不明だけど対象が私なのは間違いない、だけど単にお茶に誘いたいだけなのかもしれないし...
だから結局、ぶつかる直前に脇に逸れて全力で逃げる手を選んだ
だけどそんなの上手く行くはずがなく...
「やあお嬢ちゃん、今からどこに行くのかな?俺達と一緒に買い物にいかないか?」
一応隠しているのだろうけど隠しきれていない歪んだ笑みと下卑た目線を寄越しながらそう問いかけられた
胸元に紋様はなく首から赤色の小さなプレート...確か下位冒険者の証を下げている
あまり鍛えていないのだろう、筋肉が付いているが無駄な脂肪が目立つ
片方の男は大柄なのは分かるが脇道にいたやつと同じくローブを纏っていてよく分からない
とりあえず
「お断りします」
今から帰るのにまた何処かに行くなんてゴメンだ
せめてその表情を完璧に抑えてから言ってほしいものだね
「遠慮すんなって、君俺達と同じで旅人だろ?この辺りの道は複雑だから教えてあげるからさ、な?」
さっきよりはまだマシになった表情で食い付いてくる男2名
周りを見てみれば露骨に顔を顰めている人達が見て見ぬふりをして歩き去っていく
特に女性の人達は軽蔑の視線を男2名に向けている、被害者だろうか
このまま帰れば当然宿までついて来るだろうし部屋もバレてしまう
宿の主人曰く夜に忍び込んでの物取り、人攫いは数は少ないがいるらしい
確かレンブルス王国の法律ではこういう手合いは前置き無く成敗してもいいと決められていたはず
最近はあまり体を動かしていない、明明後日には学園に住むことになるから今の内に運動しておこう
「【シェリダー】」
「あ?っぐぁ!!」
「っう...!」
現界に住まう人間にはそれぞれに固有の波長や質の魔力が備わっている
空気中の魔素を取り込み体内で変換する器官である魔肺と魔力を貯蔵、血管に流す魔核
場所的には丁度右胸に魔核、肝臓の逆側に魔肺がある
そして変換された固有の魔力には専用の魔法が宿りそれが世間ではスキルと呼ばれている
私の固有スキルである【シェリダー】は古き神の言葉で拒絶を意味する特殊なスキル
手の届く範囲までと射程はかなり狭いが全方位且つ古き神々の魔法の威力並である衝撃を放つので並の相手ではこの時点で意識を失う
さらに直撃してしまえば全身の細胞単位で振動を加えられるので生きていれば奇跡だ
上から金、銀、銅、黒、白、赤、青、緑でランクが別れている中の赤という下位冒険者では掠っただけでも危ない
目の前の男2名もそれなりのスキルを持っていたの辛うじて意識はあるが細胞の結合は破壊されてまともの機能していない様子
動けないならこのまま放置しても問題ないだろう
この辺りには被害者の婦人達が大勢いるから彼女達が勝手に衛兵のところまで運んでくれるだろうし
...というかこれスキルを行使しただけで運動とは呼べないと思う...
まっいっか!