面倒くさい令嬢 アン・ロマーナ
私は男たちの両手を縛り、そのまま腰回りを縛って立たせる。衛兵に残りの一人を引き渡す。私は男を引っ張りながら門を出る。
私の声を聞いてか、ニコラが兵の間から顔を出すが男をみて引っ込める。それ程怖かったのだろう。ユリアの前まで行くと、二人の衛兵が男の両横について膝まつかせる。
「アンタたちに命令した奴のお名前は、何というのかしら?」
「オマエみたいな小娘に誰が教えるか!」
「そうだ、ガキが!」
「残念ね、まぁ構わないわよ。お仲間みたいにならないと良いけど」
「それは、どういう意味だ!」
「ガキに何が出来る!」
男が唾を吐きかける。それは彼女の靴についた。彼女は、そんなこと気にしてないという感じで、涼しい顔をしている。そんな時の彼女こそ恐ろしい。
男たちは罵詈雑言を浴びせている。衛兵が頭を地面にこすりつけ猿ぐつわをしている。
「アンさんたちは、先にお帰りになられて。アンドゥー、あなたもよ! ニコラをお願いね」
彼女たちは、ゆっくり頷いている。私は衛兵に厳重に警護されているニコラの元に向かう。その中に入ると彼女は、私の両足にしがみついている。すると、大声を上げて泣き出し、その腕の力が強くなる。
「ニコラ、もう大丈夫だよ」
「……お兄ちゃん」
私は彼女が泣き止むまで待つことにする。下手に彼女を刺激してはいけないと思ったからだ。どの位経ったであろうか、彼女が泣き止むと抱きかかえる。私は服の袖で彼女の涙を拭う。
私たちは林の中に入る。アンとエリーザが揉めているようである。
「エリーザ、乗せてよ」
「申し訳ないけど、二人乗りの経験はないの。落ちたら大変でしょ! アン」
このやり取りを何往復もしている。私は左右に首を動かしているが、疲れてきたので止める。私に気付いて、気まずいのか止めた。エリーザが私を見つめている。例のことなのだろうとため息を付いてしまう。
「アンドゥー! さっきため息つくなって忠告したわよね! アンタ、私をおちょくっているの?」
「決してそのようなことは。癖でして、はい」
「だから直しなさいって言ったでしょ!」
「以後気をつけます」
「次はないわよ!」
「はい。ところで何を話されているんですか?」
「アンドゥー……」
これ以降彼女は、だんまりを決め込んでいる。アン様が私を見ていると思ったが、その視線はニコラへのものだ。私の視線に気付くと一瞥して視線を戻す。彼女たちの間には妙な空気が漂っている。
「アン様、騎兵を呼んで参りましょうか?」
「……」
「そうよ、アンドゥー。そうしなさい、珍しく気が利くじゃない。アン、それでいいでしょ!」
何故かアンは彼女を睨みつけている。予想外のことで、エリーザは空を見上げ始めている。私には解決策が見当たらない。アン様が何かを言っているようであるが、か細い声なのでハッキリと聞き取れない。
私が近づくと何をされるか分からないので、エリーザに視線を送る。彼女は首を動かして私に行くように合図しているが、御免である。静寂の中、小鳥の囀りが聞こえてくる。
ニコラは、それが気になるようで頭を動かし、どこかと探している。その仕草は愛くるしい。エリーザの咳払いに問題に引き戻される。
アン様は、まだ言い続けてなさっている。護衛体勢を整えている周囲の衛兵たちも困り果てている。彼らが促すことは出来ない。元気になったのか、ニコラが降りたがっている。
そうすると彼女はアン様の元へ駆けていく。彼女はアン様の口元に右耳を近づけている。聞き取れないのか、さらに近づける。
「お兄ちゃん、ヒトミシリって何?」
「……」
「私はヒトミシリなのって言ってるよ。アン様」
彼女の二言目でようやく理解する。正直面倒くさい性格だなと思ってしまっている。エリーザは必死に笑いを堪えている。衛兵は呆れ気味である。ニコラが手招きしているので、しょうがなく近づくと彼女が俯く。
「ヒトミシリ、ヒトミシリ、ヒトミシリ」
私はニコラの口を塞ぎたい衝動に駆られるが、それは出来るはずもない。エリーザ様は、ついに吹き出してしまっている。アン様は力の限りスカートを握っていらっしゃる。私は目眩がしている。
「アン様、馬車を呼んできましょうか?」
「……」
「もしかして歩いてお帰りになるつもりですか?」
「……」
「ニコラが一緒に帰ってあげるね」
「ニコラ、良いって言うまで後ろを向いてもらっていい?」
「わかった」
彼女がそうした瞬間、鳩尾に強い衝撃を受ける。不意のことなので一瞬呼吸が出来なくなり蹲る。私はアン様を見るが俯いているので、その表情を窺い知ることは出来ない。エリーザ様は引き続きお笑いなさっている。
精神攻撃だけでも辟易しているのに、これ以上の物理攻撃に耐えられる気はしない。
「アン様、大変お嫌でしょうが、私の馬にお乗りになりますか?」
「……事情が事情だけに致し方ないわね。乗ってあげても良いわよ」
御令嬢には、どうしても譲れない何かが、お有りになるようである。事情は貴方様のものである。断ったら彼女は、どのような反応をお取りになるのか興味深いが、恐ろしくて出来ない。
「ニコラ、御免ね。助けてもらったあのお兄さんの馬に乗ってもらっても良いかな?」
「う~ん、しょうがないな~」
「ありがとう、ニコラ」
「どういたしまして」
早く帰りたいのか、率先して衛兵が彼女の踏み台になってくれた。彼女が乗り終えたのを確認して、私も馬にまたがる。私は彼女の間に空間を作っている。彼女の背中から触れるなと無言の圧力を感じるからだ。
そのおかげで、大変騎乗しにくい。唯一の救いは衛兵たちが安堵の表情を浮かべていることである。




