揺れる3令嬢
「アンドゥー、エリーザさんは、まだなのかしら?」
さすがの彼女でも、もう待ちきれないようである。それは、私に何とかして早くここに連れてこいという命令である。私は乗り気ではないが、エリーザの元へ向かう。
ローレンスもお手上げだよって表情をしている。彼女は両足を抱え込み顔を埋めて、私たちとの防御壁を築いている。何度も、彼女の名前を呼んでいるが無反応である。
私は屈んで彼女の表情を確認しようするが、その隙すらない。彼女の肩を叩こうとするが躊躇われる。彼女と親交があるのはアンくらいである。
淡い期待をこめて彼女を見るが、そっぽを向かれる。こういう形でなければ、手を差し伸べてくれていたのかもしれない。このままでは埒があかない。
「ニコラが、エリーザ様に治癒魔法を習うのを楽しみにしていると言っていました」
「ほんとう?」
「……えぇ」
ニコラは、そんなことを言ってないが嘘でも無いはずである。すると、彼女は、そのままの体勢で私に手を差し伸べてきた。私は彼女の手を握り立たせる。しかし、立たせても俯いている。
「エリーザ様」
私は彼女の手を軽く握っている。しかし、彼女は力を込めて握っている。疲労困憊の私は握り返す力を持ち合わせていない。私は振りほどこうとするが、その度に背中に激痛が走る。
彼女のこの力は、どこから湧き上がっているのだろう。私は理解に苦しんでいる。振りほどこうとする度に、彼女が力を込めるので肩が外れそうである。
ローレンスは、私たちのやり取りを笑いを堪えて見守ってくれている。それが気恥ずかしい。でも、彼のこの様な表情を見たことはないので嬉しくも思っている。
「アンドゥー! この手を離さないで!」
「……はい」
「アンドゥー! いつエリーザ様の信頼を得たんだい!」
私は、ただ単にわがままと言う言葉を飲み込む。ローレンスの私への過大評価が心苦しい。私は、しょうがないのでこのままユリアたちの元へ向かうが、一歩進む度に彼女たちの視線に私の何かが壊れている気がする。
「アンドゥー! いつの間にこんなにエリーザさんと親密になったのかしか?」
「ユリアさん、手助けをしているだけでは?」
普段は言葉を発さないアン様が、火に油を注いでくださっている。先程までは、死んだ魚のような目をしていたが精気が戻っている。ユリア様は何故かお気に召さないようである。
「アンさんが、アンドゥーの肩を持つなんて珍しいこともあるのね」
「彼は親切心から行動しているのでは?」
彼女は私を持ち上げるようなことを仰っている。その内心では私たちの姿を見せることで、クリスティーナの私に対する印象を下げるのが狙いだ。腹黒いにも程がある。
「ユリアさん、アンドゥーは優しい人です。なかなか出来ることではないです。私は素敵だと思いますけどね」
「私もそう思います、ユリア様」
彼女の発言を想定しなかったのだろう。ユリアに微かに動揺が見られる。一方、アン様の表情は次第に曇っていってらっしゃる。ここ短時間での感情起伏が激しすぎる。
「あら、アンドゥーは信頼が厚いのね。意外だわ。エリーザさん、お加減はいかがかしら?」
「……」
彼女は力なく頷く。ユリアが、それはどちらの意味が問いただすと、か細い声で大丈夫だと答える。
「それでは、帰りましょうか?」
「ユリア様たちは署名をもう終えたんですか?」
「してないわよ。アンドゥーが怪我したから帰るの」
「お優しいんですね、ユリア様は」
「行きましょうか? エリーザさん。アンドゥーッ、 早くしなさいっ」
その言葉を聞いて、アン様は大変嬉しそうにしている。しかし、彼女の表情は一変する。クリスティーナが、彼女に私たちと一緒に引き返そうと提案している。
この先、何があるか分からない。人数が多ければ対処することが可能で、そのほうがまだ安全である。彼女は自分は別として、アンとローレンスに万が一の事があってはいけないとアン様に言っている。
アン様は大変不服のようであるが、彼女が目を潤ませながら訴えるので渋々了承する。アンは彼女たちに気付かれないように、私を見ながらスカートを握って地団駄を踏んでいる。地面には穴が出来ている。私は殺気を感じ目を逸らせる。
エリーザ様は、まだ手を離してくれない。私たちが出発しようとすると草むらから音がする。
「身構えるのよ!」
ユリアの言葉で私たちに緊張が走る。彼女は既に無数の光の球を出現させ臨戦態勢だ。クリスティーナとアンは詠唱を始めている。ローレンスは剣を抜き構えている。
「エリーザ様、手を離してください!」
「大丈夫よ。今度は、もっと防御壁を高くするから」
「そういう問題ではありません」
「わかったわよ」
ようやく彼女は手を離してくれた。私も剣を抜き警戒する。そして、その音は近くなってきて姿を現した。ユリアが魔法を放つが、赤い光の球が飛んできて相殺される。その先にいたのはランス先生だ。
「やぁ、君たち大丈夫だったかい? 保護しに来たんだけどな。さすがに私でも君たち全員の相手をしてられないな」
ランス先生は選抜精鋭兵養成学校を首席で卒業し、将来を嘱望されていた。しかし、彼は軍に入隊せず学院の教師になった変わり者である。
ユリアは展開していた魔法を消失させている。彼の背後には軽装歩兵が50人程いる。彼が言うには他の先生たちも保護にあたっていて、私たちで最後のことである。私たちは彼らの護衛のもと出発地点に戻ることになった。




