不機嫌な令嬢 ユリア・メリーチ
「エリーザさん。アンドゥーに拭いてもらうのは、どうかしら?」
「それなら……」
「はっきりして頂けないかしら?」
「それなら大丈夫です」
「あら、そうなの?」
「アンドゥー! 私を見てくれるかしら?」
私は、この体勢のまま首を動かして彼女を見る。相変わらずの無表情であるが苛立っているように見える。
「ナンデショウカ?」
「エリーザさんの足を拭いてくれるかしら?」
「……」
「あなたに口は無いのかしら? どっちなの!」
「私には恐れ多くて出来ません」
「では、どうすればいいの?」
「分からないです」
実際、どちらが正解なのか分からない。どちらを選択したとしても、私にとっては悪い結果にしかならない気がする。こうなってしまっては、会話の流れに合わせるするしか無いのだろう。
「やりたくないのね」
「はい」
「エリーザさん。アンドゥーは、やりたくないそうなの。ごめんなさい」
「……それなら仕方無いですわ」
「アンドゥー! エリーザさんに恥をかかせるつもりなの!!」
いきなりどうしたのだろう。何が彼女の怒りに着火させたのか、まるで分からない。いつも人前では常に冷静な彼女は、今日は情緒が不安定なのだろうか、珍しいこともあるものだ。
エリーザは先程より驚いた表情をしている。学院で、そのような口調で話すことは決して無い。そこでは、生徒の誰もが羨望の眼差しで彼女を見ている。
「私は、そうは思ってませんわ。ユリアさん」
「エリーザさんは、お優しいのね」
「アンドゥー! エリーザさんに気を遣わせるとは、偉くなったものね」
「……」
「ユリアさん。そこまで言わなくても宜しいのでは?」
「あの時も、そうだったじゃない。エリーザさん」
「それは言わない約束です。ユリアさん」
「そうだったわ。ごめんなさい」
「いくらユリアさんでも許されません」
「分かっていますわ。絶対に他言は致しませんわ。私は口が堅いので」
「絶対ですよ」
彼女たちは一体何の話をしているのだろう。過去に何かあったことだけは確かである。エリーザは、かなりムキになっている。先程までは、あんなに怯えていたのに余程のことがあったのだろうか。
「やってもらえるわね! アンドゥー」
「……はい」
私は天を仰ぐ。このまま断り続けると何をされるか分からない。些細なことで彼女の逆鱗に触れてしまいそうである。今日の彼女は、いつも以上に読み取れない。
「エリーザ様、宜しいでしょうか?」
「えぇ……」
私は彼女から手ぬぐいを受け取る。そして、私は片膝をついて彼女の右足を持ち上げ、腿に乗せる。彼女は声には出さないが、痛そうな顔をしている。
私は痛がらないようにゆっくりと丁寧に拭く。私は視線を感じて顔を上げるが、彼女は横を向いている。そして、靴を差し出すがうまくいかないようなので、履かせてあげる。左足も同様にして終える。
「終わりました」
「あら、そう」
もちろん、彼女からの礼なんか期待していない。しかし、なぜか納得できない自分がいる。私は、ふとある疑問が浮かんでいる。私は彼女にそうしなくてもよかったかもしれない。
「エリーザ様」
「なによ?」
「エリーザ様は治癒魔法が得意なんですよね」
「それがどうしたのよ」
「あのぅ、ご自分で治されては?」
「……」
彼女の顔は紅潮し俯く。私はユリアを見るが目を閉じている。寝ているのだろうか。それにしても、彼女はエリーザが治癒魔法が得意なのを知らないだろうかと思う。彼女は他人に興味が無いので、知らなくても不思議ではないかもしれない。私は彼女が治癒魔法を使っているのを見たことが無い。
「動揺していたのよぅ」
「そうですか? 戻っても宜しいでしょうか?」
「好きにしなさいよ」
私は一礼して戻ろうとしたが、別の手ぬぐいを水に濡らしてユリアの所へ向かう。彼女は、まだ目を閉じている。
「あのう、ユリア様」
「なによ」
「頬が赤くなっているので、これで冷やしてはいかがと思いまして?」
「あなたは、暑さで気でも狂ったの?」
「……」
「せっかくだから受け取ろうかしら」
「あと、腕を強く握って申し訳ありませんでした」
「それは、エリーザさんを助けようと必死だったからでしょ? 気にしてないわ」
手渡して戻ろうとすると、ここで休むように言われた。断れるはずも無く彼女の裏側に座る。風が吹いていて心地が良い。
エリーザを見ると治癒を始めている。彼女の髪が風でなびいている。その動きを見ていると眠気が襲ってきた。私は仮眠を取ろうと目を閉じる。
爆音がして、私は目が覚めた。




