強引令嬢 エリーザ・ラバーナ
あの赤い趣味の悪い馬車はマチルダだ。私は顔を背け、その場をやり過ごそうとする。
「エリーザ様、マチルダ様の馬車が前方から迫っています。頭を低くしてください」
「わかったわよ」
しかし、ついていない日だ。お互いの馬車は離れていく。私は胸をなでおろす。
「おい、貴様!」
横から声を掛けられているが無視する。すると、前方に騎兵が回り込んでくる。
「無視するとは良い度胸だな!」
それは、あのマチルダの警護主任だ。面倒事は正直勘弁してほしいものだ。周りの人々が騒ぎ始めている。
「何でしょうか? アナタと話すことなんてありません。先日のような騒動を起こす気ですか?」
「おいおい、なにを勘違いしてるんだ。俺は馬鹿じゃないぞ」
「では、何用でしょうか?」
「オマエ、四貴族剣術大会にでるそうじゃないか」
「そうですが」
「昨年は僅差でメリーチ家の護衛隊長に敗れたが、今年は私の優勝間違いなしだな。オマエのような少女も守れないような雑魚出てくるんだから」
「……」
「オマエを選出した人物は、余程の節穴なのだろう。わざわざ相手に勝ちを譲るなんて」
「……」
「まさかと思うが、ヨハン殿ではないだろうな? であれば、元近衛隊長も相当腕が落ちたのであろう」
あの時、狼狽していた者の発する言葉とは到底思えない。ヨハンさんがいなから強気のようだ。彼を侮辱するなんて許せない。
私は拳を強く握りしめる。そして、この者を大会で打ち負かすことを強く誓う。あの時の私とは違うのだ。私は彼を思いっきり睨みつける。
「話は、それだけですか!」
「態度だけは一人前のようだ。まあ、大会まで首を洗って待ってろ」
そういうと戻っていく。その背中を追っていると、馬車の窓が開いた。マチルダが顔を出すと、馬車はわざわざ私たちの近くに付けてくる。反対側の窓が開く。
「あら、アンドゥー。偶然じゃない。何をしてるのかしら?」
「いえ別に」
「アンタみたいな身分の者はいいわね。街をぶらついてるなんて。私は、これから舞踏会のドレスの採寸に行くの」
「そうですか。マチルダ様」
「そうだ。アンタ剣術大会に出場出るそうね」
「はい」
「ローレンスはお兄様に敗れ、アンタは当家の護衛主任に完膚なきまで叩きのめされるのよ! ユリアさんが、お可哀想だわ」
どうやら、彼女は全く反省していないようだ。まあ、彼女と接していれば分かりきっていることではある。
「アチルダ様、体調はいかがでしょうか? だいぶお時間がかかると伺っておりますが? 外出などされてはお加減に影響なさるのでは? 心配です」
「アンタ……」
彼女は、そっぽを向いて馬車を出す。何とか、この場を切り抜けることが出来た。
「エリーザ様、もう大丈夫です」
「あらそう、この体勢疲れるわ。ところでアンドゥー、あなたは、ここへ何しにきたのかしら?」
「食材の買い出しですけど?」
「食材なんて積んでないようだけど」
「向かう途中でしたので」
「なら、先に済ませると良いわよ」
「宜しいんですか? エリーザ様も舞踏会用のドレスの採寸に行かれるんではないでしょうか?」
「……」
そう言えば、ユリアも今日採寸に行くと言っていた。彼女も今日行くのだろうと気を遣ったつもりである。しかし、返事がない。しばらく沈黙が続いている。
「あら、あなたに気を遣ってもらうなんて。私は、再来週くらいに行こうと思っているの」
「そうでしたか? 申し訳ありません」
「別に良いわよ」
やっと店を探し当てたが客で混雑している。私は人混みをかき分け、アルフォンソに命令された品を紙を見ながら選ぶ。
それを購入し、荷馬車に積んである木箱の中に入れる。その姿を彼女は珍しそうに見つめている。彼女とは縁遠いことなのだ。
「エリーザ様。用は済みましたので、ご自宅へこれから向かいます」
「帰るのは後で良いわよ。食材を早く届けてあげるといいわ。メリーチ家の方がお困りになるでしょ?」
「ですが……」
なぜか、こういうところには気がきく方のようだ。しかし、彼女を乗せたまま屋敷に帰るのは非常にまずい。
「それにここからだと、メリーチ家のほうが近いじゃない! そのほうが効率的でしょ」
彼女のいってることは、ごもっともなことである。
「一刻も早く帰られたほうが安全かと思われます」
「大丈夫じゃないかしら? あなた強いみたいだし。それにこれ以上あなたに借りを作るなんて御免だわ」
「しかし……」
「じゃあ、私をここで降ろしなさいよ! 歩いて帰るから」
「本当ですか?」
「……」
どうやら、そのつもりは毛頭無いようだ。彼女の正論とワガママを織り交ぜた会話に頭が混乱してきている。
「それでは、屋敷の近くでいったん降りていただいて、そこで待っていただいてよろしいですか?」
「いやよ。また賊に襲われたらどうするのよ」
これはラバーナ家の令嬢に万が一の事があれば、アンタどうなるか分かってるわねと言う彼女の脅し文句なのだろう。
「それでは、先にご自宅に……」
「届けるのが先よ。これは譲れないわ」
「……」
ここまで度が過ぎると返す言葉も見当たらない。
「そうだ、アンドゥー。提案があるわ! 先に馬車を戻して、そこから食材を届けるのはどうかしら? それなら、お屋敷の方にも見つからないんじゃないかしら?」
彼女との会話のやり取りで、思考能力が著しく低下している。私には、それが名案のように思えてきた。それを了承し屋敷へ向かうことにする。
「アンドゥー。助けてもらったお礼は、させていただくわ」
「お気になさらずに。エリーザ様」
正直、これ以上は彼女と関わり合いを持つのは遠慮させていただきたい。林にさしかかったので周囲を警戒しながら馬車を進めている。
「私が、あなたの様な者に助けてもらうなんて屈辱だわ。そうでしょ? アンドゥー」
「仰るとおりです。エリーザ様」
もう彼女に何を言っても無駄なので、諦めて反論するのを止めることにした。
「ちょっと言い過ぎたかしらね? でも本当の事だものね? アンドゥー。私が別邸に着くまで考えておいてちょうだい」
何にしたら良いのだろうと考えていると、あることを聞いてみたくなった。この際だから聞いてみることにする。それを、お礼にしてもらうことにする。
「質問に答えていただいても、よろしいでしょうか? 失礼に当たるかもしれませんが」
「まぁ良いわよ。でも、本当に失礼なことなら許さないわ」
もう、どうでも良くなってきているので私は決心する。
「エリーザ様は、魔法が使えないって本当でしょうか?」
「あぁ、そのことね。噂になってるのは知っているわよ。わたくしは治癒魔法に関しては、学年一位よ! 防御魔法に関しても、アンさんの次位じゃないかしかね。攻撃魔法はあれだけど……」
「お怒りになられましたか?」
「はぁ! そんでその程度のことで怒るのよ! そんなの魔法力の弱い者の妬みよ! 気にもならないわ」
「そうでしたか? 私どものメイド見習いの者が、治癒魔法に大変興味をもっているんですよ。返答していただいて、ありがとうございました。それでは、これがお礼ということで」
「はぁ! 寝ぼけたこといってるの? アンドゥー。事実を述べただけで、お礼って! あなた馬鹿なの?」
「私は教えていただいただけで満足ですので、はい」
「それでは私の気が済まないわ! そうだ! アンドゥー。そのメイド見習いに、私が自ら指導してあげるわよ」
非常に宜しくない展開になってきている。絶対に断らないとまずい。アンでさえ、こちらは手をこまねいているのだ。
「そう言っていただけるだけで光栄です」
「駄目よ! あなたに拒否権なんてないわよ! そうでしょ? アンドゥー」
私は溜め息をつき、ただただ自らの失言を悔いている。もう、私にとれる手段はないようだ。
「お願いします。エリーザ様」
「それで良いのよ アンドゥー」
私たちは屋敷へと向かう。




