身勝手令嬢 エリーザ・ラバーナ
私がエリーザに目をやる。彼女の透き通るような肌の右手首が赤くなっている。それと両膝が擦れている。
今、気づいたことだが、彼女はメイドが着るような服装である。私は早く路地から出ようと彼女に近づく。
「大丈夫ですか? エリーザ様」
彼女を起こしてあげようと、手を差し出す。
「何で助けたのよ! アンドゥ-」
「……」
思ってもなかった言葉に声が出ない。ため息が出そうなのを我慢している。彼女は自分が置かれていた立場が、理解できていなかったのだろうか。さすがに、そこまで愚かではないと思いたい。
「たまたま、お見かけしまして見過ごすわけにもいきませんでしたので」
「アンタ、私のこと嫌いでしょ! 私に恩を売るつもり? それとも哀れんでいるの? 馬鹿にしないでちょうだい」
すると、彼女は差しのばした手を叩いた。予想外の連続に唯々驚いている。そこまでされるとは、さすがに思ってもみなかった。そうですと言いたいくなったが、言葉を呑み込む。
「ここにいては危険ですので、表に出て王都警備隊に保護してもらっては、いかがでしょうか? エリーザ様」
「気安く、私の名前を呼ぶんじゃないわよ! そんなことしたらラバーナ家の恥じゃない」
「では、どうすればよろしんでしょうか? それでは、場所を教えていただければ、護衛か従者の方をお呼びしてきます」
「そんなの知らないわよ! 内緒で屋敷を抜け出してきたんだから、それは無理よ」
「えぇっ……」
まさかとは思ったが、本当に一人で来るなんて無謀だ。だから、目立たないような服装をしていたのが納得できる。
「なぜ、お一人で来られたんでしょうか?」
「何で、あなたに教えないといけないのよ! 弟の誕生日の贈り物を買いに来たのよ」
彼女は気まずそうにしている。そう言えば、彼女の後方に袋が落ちている。その中に、それが入っているのだろう。
「それにしても、なぜ従者や護衛兵を帯同させてないのでしょうか? 馬車移動してないのも考えられませんが?」
「ホントうるさいわね! 屋敷から出ないように言われているのよ!」
彼女の顔が徐々に紅潮してきている。彼女は私の質問に答えたくないのか、そうでないのか分からなくなる。彼女は顔を背ける。
私は落ちている袋に近づき、それを拾い上げようとする。
「それに触れるんじゃないわよ! アンドゥー」
私は、うなだれてため息をつく。彼女は私の何もかもが、お気に召さないようだ。
「では、ご自分でお取りになられて下さい」
「それは無理よ。腰を抜かしているもの」
そう言えば、彼女は力なく壁にもたれていて動く様子がなかった:
私は再び大きく深呼吸するように溜め息をする。もう、お手上げで、その場を離れたいくらいである。
「何よ! その態度は!! アンドゥー」
それは、こちらの台詞と言ってやりたい。しかし、何倍にもなって、こちらに返ってきそうなので言いかけた口を噤む。
沈黙が続いている。彼女を見てみるが顔を背けたままである。しばらくすると、彼女が、こちらを見ようと顔を動かそうとしたので顔を背ける。
私は上空を見上げながら、屋敷に帰った時のことを考えている。日頃から、アルフォンソに嫌みを言われている。今日は、かなり遅れているので、ただでは済まないだろう。
彼の顔がちらつき、思わず目を閉じ頭を激しく左右に振り、それを打ち消そうとする。
「私を無視して何してるのよ! アンドゥー」
先程の男たちとは違う感情が沸き起こっている。それを必死に収めようとしている。ユリアといい、御令嬢の考えていることは理解しかねる。
「私は、どうしてよいのか分かりません」
「なによ……」
さすがの彼女も、うろたえ始めている。
「どうすればよろしいんでしょうか?」
「だから腰を抜かしてしまって、立ち上がれないの……」
「どうなさいますか?」
「抱え上げてもらうしかないじゃないの? あと袋取りなさいよ!」
私は渋々それを拾い上げて彼女に手渡す。彼女は、それを大事そうに持つ。
「抱え上げても宜しいんですね?」
「えぇ、いいわよ。今日だけはね」
私は彼女を抱え上げ馬車の荷台に座らせる。彼女には、そんなとこに座るのは初めての経験だろう。
行き交う人々が私たちを見ている。まさか、彼女が大貴族の令嬢なんて夢にも思わないであろう。でも、彼女は気になるのか俯いている。
彼女の痛々しい膝の擦り傷は、土で汚れている。私は彼女の了承を得て、飲料用の革袋の中の水を両膝にかけて洗い流している。
「ちょっとアンドゥー、浸みるじゃないの! もっと、ゆっくりかけなさいよ」
私は彼女の仰せのままにする。だんだんと、慣れてしまってきてる自分が嫌になってきている。ユリアに散々振り回されて身に染みついているのだ。流し終えると、私は彼女の濡れている足を丁寧に拭く。
この後どうするかを彼女に尋ねると、彼女の別邸が王都のあり、ここから遠くないという。
そこから学院に通っているそうだ。しかし、決して送ってくれとは言わない。
「お送りしましょうか? エリーザ様」
「そうしたいなら構わないわよ。アンドゥー」
「かしこまりました。しかし、荷馬車でよろしいんでしょうか?」
「あなた、もしかして送りたくないの? 私が良いって言っているのよ。事情が事情だけに仕方ないわ。我慢するわよ」
一言も二言も多いが、もう気にしないことにする。
「腰の具合は、いかがでしょうか?」
「あなた、もう治ったと言った、歩いて帰らせる気なんでしょ!」
「そんなことしませんよ。危ないので奥に移動していただいてもよろしいですか?」
彼女は素直に応じてくれた。私は荷馬車を走らせる。この一件で、どの位の時間が経過したのだろう。そう考えていると前方から見慣れた馬車が向かってきている。




