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痛みと温もり

 

 アンは、ローレンスとニコラに挨拶を済ませる。しかし、私は無視なさって、馬車に乗り込もうとなさってる。


 ニコラが疲れているようなので、帰りはゆっくり行くことにする。彼女を馬に乗せ、私がひくことにする。ローレンスと会話を交している。


「素晴らしい馬だね。ぜひ一度乗ってみたいものだ」


「見ただけで良し悪しが分かるのかい。さすがローレンスだね。僕はかまわないけど」


 ニコラのほうに視線をやると、彼女は気づいているようだ。


「ニコラちゃん、一緒に乗せてもらってもいいかな?」


「うぅん」


「それは、どちらと受け取ればいいのかな」


「ローレンス、一緒にどうぞだってさ」


「それはよかった」


 彼は無駄のない動作で乗り込む。乗り慣れているのだ。騎乗している姿勢も理想的で、ほどよい感じに力も抜けて馬を進めても上体が崩れていない。


 私はその横を歩いている。ニコラは、こっそり振り返っているつもりでのだろうけど、彼は気づいていて、そうされると気を遣ってか顔をそらせている。


 前方には、アンの馬車がゆっくり走っている。今回は護衛兵は同行していない。


 周り畑と草原地でこの地方で栽培が盛んなターニッチがもうじき収穫を迎える。草食動物であるエイラフが牧草を食べている。


 道とは柵で区切られている。草木の香りが漂ってきている。私は、この匂いが嫌いではない。新鮮な気分にしてくれるのである。


 道が二股になっている所まで来た。彼女の馬車は左へ曲がっていく。私たちの行く先は右である。


 しばらく進んでいると、後方から馬のいななきが聞こえてくる。それは、かなり大きい。振り返ってみると、アンの馬車が十人ほどに取り囲まれている。


 ローレンスと顔を見合わせる。


「馬をこのまま借りてもいいかい? いくらアン様でもまずいよ。従者の方もいるし」


「ああ」


 すると、彼はニコラの両脇を抱える。私に頼むと一言添えて彼女を降ろそうとしている。。私は彼女を抱きかかえて立たせる。


「すまないが、アンドゥー。そこの壊れた柵の支柱を引き抜いてくれないかい」


 私は素早くそれを引き抜き彼に手渡す。


「ローレンス……」


「君はクリスティーナの屋敷にニコラちゃんと行くんだ。このまま進むより安全なはずだ」


「でも……」


「心配ない。さぁ急ぐんだ!」


「わかった」


 私は彼女を抱きかかえ走り出す。ここからなら、そんなに遠くはない。彼女の屋敷は見えてきている。もうすぐだ安心だよと声を掛ける。


「アンお姉ちゃんを助けて」


「屋敷に着いたらすぐ行くよ」


 彼女は私の胸で暴れ始めた。走り続けるのが困難なほどである。すると、前方から声がする。クリスティーナである。馬のいななきが気になって出てきたのであろう。


 私は腕が限界で限界でニコラを降ろす。


「早く助けてきて」


「わかった。クリスティーナのとこに早く行くんだ」


「うん」


 彼女が走り出すと、私は体の向きを変えアンらの所へ急ぐ。すぐに馬車が見えてくる。彼が取り囲まれているのが確認できる。


 彼女の従者は馬車の扉の前に立っている。彼女を守ろうとしているのだろう。出てこないよう叫んでいる。


 賊が私に気づき、四人こちらに向かってくる。その一人が剣を振り下ろそうとしているが、その手首を捕まえる。すると、もう一人が襲いかかってくるが、その胸元を蹴り倒すと握っている手首をひねり投げ飛ばす。


「従者の方、今のうちに馬車を出してください」


 ローレンスの声が響く。残りの二人も退け、彼の救援に向かう。従者が慌てて馬車の御者席に乗り込もうとしている。


 ローレンスは二人を相手にしている。残りは地面に座り込み苦痛にもだえている。一人が彼に対し矢を抜いて弓をかまえようとしている。


 私は速度を上げ、矢を奪い取ると蹴り飛ばす。ローレンスは残った一人を叩き伏せた。彼は馬車の前まで馬を進め、アンを呼んでいる。馬車の窓から彼女が顔を覗かせる。


「アン様、このままご帰宅されるのは危険です。クリスティーナの屋敷の引き返しましょう。どうかアンドゥーを馬車に乗せて頂けませんでしょうか? 私が後尾につきながら警戒に当たります」


 彼女は頷くと扉を開いた。彼に促され乗り込み彼女の対面に腰掛けた瞬間、頬を叩かれた。


 私は唖然として彼女を見つめている。


「アナタ、ニコラちゃんはどうしたの?」


 その口調が厳しく大きいことに驚いている。私は一呼吸おいて、クリスティーナの屋敷に向かわせたと伝える。その後、彼女は言葉を発することはなく、何とも言いようのない雰囲気がながれている。


 屋敷に着くと、ローレンスが馬車の扉を叩く。私に門の前に立ち周囲を警戒するように言う。彼は地方警備隊を連れてくると残し去っていく。


 かなりの時間が経過し彼が戻ってきた。そのすぐ後、警備隊が五十騎程入ってきて屋敷の警備についている。


 ロマーナ家の御令嬢が襲撃されたと聞いてこれだけの人員を派遣したのは、容易に想像出来る。


 私はローレンスに促され、屋敷の中に入る。応接間の扉を開くと、ニコラが私の腰元に飛びついてきて泣き出している。


 クリスティーナも近づいてきてくれて、私とローレンスに言葉をかけてくれている。その目は潤んでいる。


 気になってアンを見てみるが、彼女はソファに腰掛けながら私たちの様子を見つめている。


 しばらくすると、ローレンスが彼女の元へ行き報告している。私がニコラを落ち着かせていると泣き止んだ。


 クリスティーナが私の右頬に触れた。私は驚いたが、その手は温かい。彼女の綺麗な瞳から涙がこぼれ落ちている。


 私はどのような表情と対応をしてよいか分からず、その場に立ちすくむしかできない。彼女は、そっとその手を離す。


 ローレンスが報告を終えて、私に帰りの事についてはなしてくれている。私たちにアンが十名の警備隊をつけてくれるそうである。


 アンの元に警備隊の上官らしき人が、そろそろ出発すると報告している。


 彼女が立ち上がり歩き出し、私の横を通過する。


「ごめんなさい」


 私にはそう聞こえた。

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