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日々短譚 「アナゴ」

作者: 眉無芳一

 人生において生きる意味なんてものはない。勝手に産み落とされて意味なんてものを求められたらたまったものではない。意味なんてものは各々が勝手に考えればいい。結婚して幸せな家庭を築き、それを守っていく、でもいいし仕事で上り詰めて名前を残すでもいい。あるいは嗜好品を楽しむだけのものでもいい、悪くはない選択だ。僕自身大した意味も見出せないまま25年の人生を生きてきた。きっとこのまま何も思いつかないままに生きていくのだろうとぼんやりと思う。こんなつまらない居酒屋の便所に張られたポエムの様な事を考えてしまうのはつい先日奇妙な出来事があったせいだ。


 その日、僕は夜釣りに行っていた。寒い夜に竿先のケミホタルを眺めながら飲むコーヒーが僕は好きだ。その日も竿先を眺め煙草をふかしていた。その日はいつもよりアナゴがよく釣れた。普段よりも近場で大きいサイズが釣れるものだから僕はついついいつもより長く釣りをしていた。日付を越えた辺りで周りにいた釣り人も居なくなり僕一人きりとなった。2杯目のコーヒーを淹れ、チョコレートを齧った。

 少しすると一人の小太りの男がやってきた。その男は大きなバケツを片手に堤防を歩き、先端にある灯台の麓でバケツの中身を柄杓の様なものでもので海に撒き始めた。撒き餌でも撒いているのだろうか、とおもったが釣り竿などの荷物を一切持っていない。彼が何をしているのか僕は気になって仕方がなかった。

 男は中身を撒き終わったのか戻ってきた。男は僕の横へきて口を開いた。

「アナゴやウナギはタンパク質であればなんだって食べてしまうんだってね。魚なんかじゃなくても、なんでも」

 そう言いにやにやとした笑みを浮かべていた。

「そうなんですか」

 僕がそう答えると僕の横に腰掛け話し続けた。

「僕には一人だけ親友が居たんだ。すくなくとも僕は彼を親友だと思っていたよ。でもね、彼からしたら僕はそうでもなかったみたいなんだ。貸したお金は帰ってこないし、外に出かけるときに車を出すのはいつも僕だ。それでも僕は親友だから耐えたよ。いつもにこにこして。そしたらあいつ、俺の好きだった子と付き合いやがった。いつも僕ばかりが嫌な目に合う」

 突拍子もない話に困惑し、「なるほど」とだけ答えた。

「僕の嫌な事をしてきた人になんのペナルティもないんだ。世界は平等なんかじゃなくて上手くやっていける奴とやっていけない奴に分かれるんだ。僕はあくまでも後者だ。でも僕だってやられっぱなしじゃ終われないからね、親友には仕返しをしたよ。それはもう、彼が二度と僕に金の無心にもこれないように」

 なんだか僕は気味が悪くなってきた。知らない人相手に彼は何を話しているのだろう。知らない人だからこそ、ということかもしれないがそういった話はトレンディなバーなんかでマスターに話すものでこんな寂れた田舎の漁港の生臭い潮風に当たって話すことではない。僕は苦し紛れに答えた。

「気味がいいね」

 彼は一頻話して満足したのか上機嫌で帰っていった。彼が通り過ぎた後は何だが鉄くさい匂いがした。僕はなんだかこれ以上釣りを続ける気分にならず、煙草を一本吸い冷え切ったコーヒーを飲んで帰路に着いた。


 翌日ニュースでは一人の男が交通事故で亡くなったと報道されていた。テレビの画面に映し出された写真は昨日堤防で話しかけてきた男だった。昨晩は暗くてよく見えなかったこともあるが中年の男だと思っていたら19歳であったらしかった。自分より随分と若い人間が自分と話した後に亡くなったと思うとなんだかやるせない気分になった。もう少し親身に話を聞いてやればよかったな、と思った。しかし彼は人生の最後にやることはやったような雰囲気だった。それがまだせめてもの救いだろうと思う。

 彼の人生には意味があったものだったのだろうか、それは彼にしかわからない。彼の中では最後に一矢報いたことでなにかの意味を持ったのかもしれない。あるいは何の意味も見出さないままに終わったものかもしれない。だからといって僕に何か言う権利はないし言うつもりもない。ただ彼は昨今の大衆音楽の歌詞の様に本当の敵は自分自身などといった抽象的で粗末なものではなく自分の見定めた敵に向かったというところは称賛に値すると思う。他人の考え方をあたかも自分の考えかの様に思い違え、行動する傀儡の様な人間よりも自分で考え行動する人間の方が素晴らしいと僕は思う。しかし彼が昨日海に撒いていたものは何だったのだろう。嫌な考えが浮かんだがそれ以上考える事を辞めた。これ以上つまらないことを考えていてもどうせまともな考えは浮かんでこない。僕は昨日釣ったアナゴを天ぷらにして夕方から食べ、ビールを二本飲んだ。僕にとって人生とはこのビールやこのアナゴの天ぷらの様なものだ。


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