後半
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八月二十三日。今日は晴れて暑くなりそうだ。窓を開けて風通しを良くした教室で勉強を教えていると突然に村長がやってきた。少ししゃべっていた僕たちはしんとなる。それを見た村長はほほほと笑う。
「明日は学校は始業式の準備があるから夏の補講は今日でおしまいじゃ」
男子児童がうおおと喜ぶ。宿題さえ終わってしまえば最後の日くらい思い切り遊びたいだろうな。宿題はこの夏の補講のお陰で(?)無事終わり、二学期を迎えられそうで良かった。
いつも通り最後まで残ったのは僕と百花のふたり。
「明日は午前中からお祭りまで一緒にいようよ」
「お祭りの準備をしなきゃいけないけどそれ以外は大丈夫だよ」
「約束だよ?」
いつになく真剣な顔をしていた。しっかりと指切りをする。その後は少し表情が和らいだ。
お昼の時報のメロディ(野ばら)が響いて百花と別れ家に帰る。途中たまたま部活の帰りの中学生と会う。午後からの卓球部の方は爺さんが倒れて中止になったとか。
「ねぇ竜也さん、明日のお祭り一緒にいきませんか?」
「悪いな、先客がいるんだ」
「百花さんですか?」
「そうだよ」
「ああ~うぬぬ、先越された」
村山が悔しがっているのを見ていた尾花沢はいきなりとんでもないことを言う。
「あの、百花さんって誰ですか・・・・・・?」
狭い村で子供なんてあまりいないのだから知っているかと思っていたのだが。
「この村で唯一の高校生だよ」
「そうそう」
「・・・・・・?」
空気が凍りつく。いや、凍りついたのは僕だけで村山はなんとか思い出させようとして説明している。何故か頭が痛くなってきた。
家に帰って気をまぎらわせるために本を読む。午後四時半頃電話がかかってきた。電話の主は村山愛。勉強を教えてほしいという。五分後村山は勉強道具を持ってやってきた。中三なので高校入試を控えているのでそれなりに頑張っているようだ。どこの学校に行きたいかと聞いてみると僕の通っていた高校だった。この村から通おうとするとそこしか選択肢はないのだった。
「寮のある学校ならもっとレベルの高い高校もあるんだぞ、成績は良いようだし目指してみたら?」
「私はこの村でずっと暮らしていたいんです」
「そうだよね、僕もそうして高校を選んだから」
「働く事になったらきっとこの村から出ないといけないし、それまで少しでも居たいから」
静かな夜、窓の外には人を寄せ付けないが広がっている。人を寄せ付けないような暗闇を眺めながら物思いにふける。
回想 87.12
近所に住んでいたおじいさん。その息子はトラックドライバーだった。その兄さんが三重県に荷物を運ぶついでに伊勢神宮につれていってくれるというので乗せてもらったことがある。お兄さんは中学一年生の僕にいろいろなことを教えてくれた。運ぶ荷物や景色の事をまるで社会科の先生のように丁寧に教えた。
「トラックというのは日本の血液みたいなもんだ。止まったら日本は死ぬだろうな。そして夜の高速は大動脈だ。よく見ておくといい」
夜の高速道路は予想以上にトラックばかりだった。マイカーは全然走っていない。僕の住んでいる外の世界は高い建物があって多くの人々が暮らしているのは知っていたが、しかしそれを支えるトラックの群れは衝撃だった。
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八月二十四日。あまりすっきりとしない曇り空だけど今日も早めに家を出る。学校ではない。百花との約束だ。少しでも早く会いたいというので早めの時間に出たのだ。学校前で集まりいっしょに歩き始める。今日は一日一緒だよ、と百花はにっこり笑う。
今日の気温は予報だと三十三度。夏の最後の暑さのなかをゆっくり歩いていく。引っ越してしばらくたった、友達とたくさん遊んだ思い出の町。
「ここでずーっと前に子猫見つけたよね」
「なつかしいな、十年前だからあの猫ももうすっかり大きくなったな」
「猫の十歳はおじいさんかおばあさんだね」
町をくまなく巡って、小学生やもっと小さい頃の思い出を掘り出して、そして時間はいつの間にかお昼。
「竜ちゃんの家に行っていいかな?台所を借りていいかな?」
「手料理?」
「一回くらいは食べてほしいかな、なんて」
「家にはだれもいないから台所は平気だぞ、それで何を作るんだ?」
「えーと、それは秘密」
と言いかけて百花は凍りついた。
「何を作れるんだろう」
うーんと考え、卵だけを調達して僕の家の台所へ。少し思考してから調理をはじめ、少しして料理の乗った皿を居間に持ってきた。
「はいどうぞ」
「ゆで玉子」
「料理の勉強をもう少ししてくればよかったよ、うう」
「良いんだよ、それにこれ凄くおいしいよ」
「本当?」
「僕は半熟が好きなんだけど丁度一番好きな感じに出来てるよ」
「良かった」
百花はにっこりと笑う。そして僕が食べているところをじっくり眺めていた。食べないの?と聞いてみるとはっと我に返ったかのように食べ始めた。だいぶ熱心に見ていたらしい。
食べたあとは僕の部屋で二人でゆっくり話す。窓から夏の日差しが差し込んでくる。午前中の雲は何処かへ流れていってしまったようだ。窓を開けて風をいれるがそれでも暑い。冷房がある居間に戻ろうか、と言うとこの部屋が良いという。おしゃべりの内容は始めはただの世間話だったが、思い出話にかわり、そして文章に書くのが躊躇われるような愛の言葉が並ぶ。そのまま気持ちを確かめるかのように抱き合う。・・・・・・すると突然百花が涙を流し始める。理由が解らず、
「ごめん、嫌だった?」
と謝る。でも涙は流したまま、
「ううん、嬉しいの、どうしてこうして二人でいっしょに居られて幸せなのに涙が止まらないんだろう」
優しく慰める。僕は涙のわけはよく知らなかったけど、ゆっくり百花の気持ちを受け止めていこうと思った。
すっかり雲の無くなった夕方。暑い日差しが差し込む。夏の長い日もだんだん短くなってきている。お祭りの準備をしなければいけないので、ちょっとシャワーで体を冷してから外出する。テントを持ち上げ、他にもいろいろな機械を設置して準備完了。神社には日が暮れるにつれ人々が集まってくる。村は普段お年寄りばかりなのにこういうときは何処からか若い人がたくさんやってくる。きっと普段は車で村の外に働きに出ているのだろう。
百花は僕の手をとって引っ張るようにいろいろな屋台をまわる。とうもろこしを食べながら金魚をすくう。
なかなか上手くいかず二人でやっととった一匹を百花は大事そうに眺めながら歩く。前を見ないと危ないよと注意したとたんに人とぶつかる。僕が。
「すいません、って村山か、大丈夫か?」
「いえ、大丈夫ですよ」
少し表情が怒っていたような気がした。後でしっかり謝っておこう。
「きっと私が一緒にいたからでしょ」
祭りはいよいよ佳境に入る。太鼓の音が鳴り響き巫女さんが伝統の舞を舞う。これは何百年もの間もこの村に伝わってきたという。この舞がお祭りの最後を締めくくり、祭りの屋台を店を閉める。大人たちは草から大量のお酒を取り出し神社の境内で酒盛りを始める。祭りのちょうちんが明るくともるその下で飲んでいる大人たちから離れて、百花と神社の社殿の縁側に座り込む。明るさから離れ神社の裏側に座ったから、すっかり闇に包まれる。そのなかでも星たちは明るく瞬いていた。
「星がきれいだよね」
「天の川が広がってるね」
そう百花が呟く。そしてさらに続ける。
「人が死んだらお星さまになるってお母さんが昔言ってたよ、きっと本当は別なんだろうけど」
「百花はもし死んだらお星さまになりたいの?」
「私はお星さまが良かったなぁ」
きらきら光る星たちを見つめる。少しして百花は話を変える。
「竜ちゃんは先生になりたいんだよね」
「そうだよ、小学校の先生になりたいんだ、できたらこの村の学校の先生になりたい」
子供たちの教育によって育ててくれたこの村への恩返しがしたい。そう思ってこの道に入ったのだ。
「きっといい先生になれるよ、竜ちゃん優しいけどただ甘いって訳じゃなくてしっかりしてるもん」
「ありがとう」
「いいなぁ、先生。私もなりたくなってきたよ」
「将来の夢?」
「将来・・・・・・じゃないけど夢かもしれないね」
そして静かな沈黙。そんなに時間はたっていないような気がしたが酒盛りは既に終わっていた。静けさが支配する。時計を見ると十一時をまわっていた。
「あと一時間だけ、一緒にいさせて?」
「うん、一緒にいよう」
百花ははじめは静かに肩に寄りかかっていただけだったが、しばらくすると百花は涙を流し始めた。訳を聞いてみるけど答えはかえってこない。だから、不安なこと、辛いことが少しでも和らぐように抱き締める。
百花は小学生のころは泣き虫だったな。中学生のころは泣いてるところなんて見たことなかったけれど。僕に今出来ることは泣いているのを受け止め、守ってあげること。きっと。
十一時五十分。百花は僕の腕時計をちらっと見て、そしてものすごく久しぶりに(、いや一時間前はたくさんしゃべっていたのだけど、それくらい時間がたったように感じた)言葉を発した。
「竜ちゃん、これを飲んで欲しいんだ」
百花は持っていた鞄からあめ玉のようなものを取り出して、手のひらに乗せて僕に渡そうとする。しかし僕に渡す前に・・・・・・
手のひらから飛び出す。そして床に落ちた。暗くてどこに落ちたかは見えない。
「無いっ!無い!」
手探りで床を探すが見つからない。僕も探すがまったく手がかりがない。もしかして隙間に落ちたのかも、と思い床下を覗く。クモの巣も張っている床下に百花は潜り込んでいった。
「待てっ、一回落ち着け!そんなに大切なものなのかっ!」
「大切なんだよ・・・・・・見つからないっ!私の馬鹿ぁ・・・・・・」
子供のように声をあげて泣く百花を強く、どこにも逃がさないかのように抱き締める。百花は五分ほどたって不自然に泣き止んだ。というより・・・・・・絶句。百花は僕じゃない、何かを見ていた。
「肘折百花」
突然空気を圧するかのような声。誰だと思い振り返った丁度その時顔を思いっきり蹴られ倒され、抱いていた百花を奪われる。そこで見たのは黒い影に大きな翼。百花を捕まえてどこかへ飛び去っていった。
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目が覚めると景色がおかしい。やたらと天井が青い。思い出した。ここは神社。いやそれはどうでもいい。百花を探さなければ。体の痛みを抱えたまま辺りを探して回った。いない。どこだ。休み時間に学校に入り聞いてみるがみんな今日は見ていないという。
よく考えたら誰かに連れ去られて飛んでいったのだ。飛んでいった?そんなわけ無いだろう。すぐさま方向転換。錆びかけた自転車に乗り山を下る。なつかしい高校のなつかしい先生にあいさつをすると肘折百花という生徒の事を訪ねる。いない。はじめから。入学していないということだ。うまくバスを捕まえ村に戻り、肘折家を訪ねる。おばあさんが出ると百花の事を訪ねる。思い出話をし始める。そうじゃない。居場所を聞く。不思議そうな顔をされて案内されたのは村の外れのお墓。拝んで帰ったおばあさん。今度は不思議な顔をしているのはこちらだろう。
気配を感じて振り向くとそこにいたのは黒い影に大きな翼。昨日のやつだ。いわゆる悪魔。
「百花をしらないか」
「どこにもいない。肘折百花はいない」
「・・・・・・」
「メッセージを預かっている」
「読んでくれ」
「竜ちゃんへ。言えなくてごめんなさい。竜ちゃんは知らなかったかもしれないけど私は五年前に死んでいました。そしてあの世で生前に犯した罪を償って、それがすべて済んだので生まれ変わることになりました。きっとどこかの星に赤ちゃんとして生まれてきます。生まれ変わると記憶はすべて消えます。閻魔さまに頼んで五日だけこちらに帰ってきました。
私は本当に小さいころから竜ちゃんが好きでした。ずっと一緒にいたかったです。
今の今まで私が死んだこと、そして八月二十四日を最後に二度と会えないことを黙っていてごめんなさい。喋ったら私の好きな普段の竜ちゃんが見れないと思ったからです。
最後に私のことをきれいさっぱり忘れてください。私のことで悲しまないように、邪魔されないようにすべて忘れてください。悪魔さんに記憶を消す薬を持っていってもらいました。本当は昨日の夜のうちに飲ませたかったのですけど出来ませんでした。
これが最後の私のお願いです。
さようなら
肘折百花」
悪魔はメッセージを読み上げるとその薬を見せた。吸い込まれそうなきれいな白だった。
「悪魔、時間はあるか?」
「時間は気にするな」
「一時間たったら飲ませてくれ。抵抗したとしても力ずくで飲ませてくれ」
僕がこんなに泣いたのはいつ以来だろう。小学生のときだろうか。いやもっと下だろうか。僕はいろいろなことをたくさん考えた。考えすぎて百花の事は半分くらいしか考えていなかったかもしれない。
「ひとついいか?百花が帰って来たのは5年前に死んでからこの五日だけなのか?」
「そうだ」
「今年の三月までは毎日のように会っていたんだが」
「・・・・・・なんだそりゃ。そんな筈無いぞ」
「・・・・・・」
僕が見てきた百花は、百花じゃない?この五年間の百花はいったい誰なんだよ。
時間が来た。
「ドーはドーナツのド」
「どーはドーナツのどー」
本当に帰って来たな、岩泉さんちの息子さんは、ほっほっほ。
おじいさんが授業の様子をのぞいて笑った。
おしまい。




