表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/14

9 トマス教の姫君

トマスは、夢をみることは、なくなった。もう夢に、あの青年が出てくることはなくなった。

私は間違っていたのだろうか。

トマトは、思った。

いや、私は、あの青年が意味することの、ほんの入り口までは行けたのだと思った。しかし、そこから先に進むことはできなかった。

この世界でいつの日か、あの入り口のその先まで進む人間が出現するのだろうか。

最初の説法から、トマスは、国教をはじめとする、帝国内に存在する既成宗教を批判した。この世界を超えたものを人間の言葉で述べることはできない。と。

たが、結局、私にも、分からなかった。

超越した世界を、ひとは、言葉で語り、文字で読み、既成の何かで感じるしかないのだ。

トマスは、既成宗教への批判をやめた。


どの宗教であっても、それが、ひとの魂にやすらぎを与えるのであれば、各々が、信じる宗教にその身を委ねよ。

ひとは、生を受ける前には、生を終えたあとには、それぞれの宗教が説く魂のふるさとに還る。


だから安心して、生ある限りは、神が人に、生きる指針として与えた真と善と美によりその身を律し、精一杯生きよ。この世界は限りなく豊かなのだ。


この後に、初期教義転回と称される言葉が、トマスから説かれてから、それまで停滞していた教徒の数は飛躍的に増加した。


スオウは、初めてトマスの説話を聴いたとき、胸の中に溢れるものがあった。この教えにどこかで接したことがある。

初めて聴いたはずなのに、そんな気がした。


トマスの教えを信じて日々を暮らすスオウ。

シュアンからは、変わらず、月に二度、三度と便りが届く。

シュアンは、幸せに暮らしている。

シュアンからの文面も、スオウからの文面も穏やかなものになっていた。


これでいいのだ。

スオウは、思った。

私の人生はこれでいいのだ。


スオウは、商いに打ち込み、成功し、ミマナでも有数の財を成し、トマス教の財政を支えた。

トマスは、ミマナに居を移し、スオウが用意した会堂を中心に、その教えを広めた。

やがて、ミマナにおいては、トマス教徒が半数を越えた。


スオウの娘、メイリンは、十五歳になった。その愛くるしい容姿と、快活な人柄により、トマス教徒の中で、いや教徒以外の間でも、ミマナにおける、謂わば、トップアイドルのような存在になった。

人びとは、メイリンを、トマス教の姫君と呼びならわした。


誰がメイリンの、お手ほどきの相手となるのか、それが、ミマナ中の男たちの関心事であった。

メイリンは、もう十五歳になっているにもかかわらず、まだ誰にも、お手ほどきの相手を願う便りを出していない。


 トマス様なのではないか。トマス様に対しては、これまで、数知れない娘からの申し込みがあったが、トマス様は、その全てに丁重に、お受けできないと、ご返事されている。

 だが、メイリンであれば、トマス様は、お受けになるのではないだろうか。 

 おふたりは仲がいい。メイリンは、トマス様に対して、師というよりは、兄であるかのように、接しているし、トマス様もそれを喜ばれているようだ。

 トマス様は、メイリンからの、申し込みの便りを心待ちにされているのではないだろうか。


 ミマナでは、人びとは、そのように噂しあっていた。

 いや、噂という言い方は、適切ではない。

帝国においては、この種の話は、明るく朗らかに語られる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ