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3 再会

 陛下は、お優しい方だ。

シュアンには、そのことは、直ぐに分かった。


 皇宮に入ってから、暫くの間、今、思えば、陛下は、この私のことを、陛下なりに激しく愛してくださったのだろう。

 身籠ったときには、予に初めて子ができたのだな、と大変に喜んで下さった。


 そのあとは、それが陛下本来のお姿だったのだろう、陛下の愛は穏やかなものになった。だがより深まったように感じる。


 侍女たちの話から、陛下と皇后陛下のお仲は、お睦まじいとは言えず、シュアン以外に寵姫はいない、ということも知った。それでは、この私は、陛下が、今、愛している唯一の女性ということになるではないか。皇帝ともあられる方が、そういうお方であるということは、驚くべきこと。

そして、あの目も眩むばかりにお美しいシモネッタ陛下より、この私をお選びになられた、ということになる。

 それは、それは、シュアンにとっては、そら恐ろしいことだった。


 皇后陛下にお目にかかる機会もあった。陛下とご同席されているお姿を拝見させていただく機会もあった。

 シュアンは思った。このおふたりは、本当はお互いを愛していらっしゃるのではないだろうか。

 シモネッタ陛下が私をご覧になるとき、陛下は、ご自分の感情を露にされるようなことはない。優雅に、そして、皇帝陛下と並んで帝国の最高位にあられる方の威風を、自然に身につけておられる。

だが、時に感じる、あの目の光りは、あれは私に対する嫉妬なのではないだろうか。

そして、陛下と皇后陛下がお互いに視線を交わされる際、おふたりは儀礼的な感情しか示されない。

だが視線を交わすことなく、陛下がシモネッタ陛下をご覧になられるとき。シモネッタ陛下が陛下をご覧になられるとき、おふたりが時に見せられるあの視線と表情は。

おふたりは、お互いを思っておられるのではないだろうか。

だが、それは、私が口にできることではない。

 シュアンは、そう思った。


 ニキタが生まれ、間もなく二歳になろうとする頃。 

皇帝オットー・キージンガーは、寵姫シュアンに、その身の上を訊ねた。

ミマナの領主コスロフの囲い者、それがオットーが、初めて見た時のシュアンの姿だった。オットーは、シュアンは、これまで不幸な人生を送ってきたのだと思っていた。

コスロフに、シュアンをもらい受けたいと告げたとき、コスロフは、シュアンは不幸な結婚生活を送っており、それを救ったのが自分である、と言っていたのだから。子供についても、あの夫の子供に愛情は持っていない、と言っていたのだから。


ゆえに、オットーは、シュアンにその過去を訊ねることはしなかった。

が、シュアンがオットーの初めての子を生み、オットーが愛する唯一の女性としての時を重ね、親しさをより増していった頃、オットーは、シュアンのこれまでの人生をあらためて知りたい、と思ったのだ。その不幸についても、予にできる精一杯の力で慰めてやりたい、オットーはそう思ったのだった。


結果、オットーは、シュアンがコスロフに囲われる前、極めて幸せな家庭を築き上げていたことを知った。優しい夫。可愛い娘。

コスロフは、自分を良くみせるために、大きな嘘をついていたのだ。

が、何故だ。皇帝に虚偽をなす、それがどれほどの大罪か、その自覚がなかったのか。が、その理由は直ぐに察しがついた。

シュアンについては、皇帝の気紛れ。その女に、皇帝がまさか、その身の上を訊くなどという事態は、想像だにしなかったのだろう。


さらにシュアンは、言った。意を決して。

皇宮に入ってからも、家族とは便りのやり取りを、続けていたと。

オットーは、衝撃を受けた。



オットーは、思った。コスロフのことはともかくとして、それでは、その幸せだった家族が、ふたたび一緒に暮らすことができない、その最大の要因は、この自分ではないか。


オットーは、声を荒げることはしなかった。

「一晩考えさせてほしい」

そう言い残して、去った。


シュアンは覚悟を決めた。


翌朝、シュアンは、オットーに呼ばれた。

陛下が何をおっしゃられようと、自分は従うだけだ。

シュアンは、そう思っていた。

むろん、寵姫たる我が身。陛下のご意向に従うしかない。

だが、このあと、陛下が述べられるお言葉は、今の陛下が最も望まれていることだ。

であるのなら、進んでそのご意向に従いたい。

シュアンは、そう思った。


「シュアンよ。ミマナに行って、そなたの夫だった男と娘、スオウとメイリンだったな。そのふたりに会ってくるがよい」

「陛下、それは」

「そして、今ひとつ問いたい。夫と会ったあと、そなたが身籠った場合、そなたが、その子の父に選ぶのは、スオウか、それとも予か」


この問いは、帝国の民にとっては、大きな意味をもつ問いだった。

自由に恋愛を楽しむ帝国の民たち。

だがその中に、必ず守らなければならない、規範がある。

産まれた子供の父が誰なのか特定できない場合、事実がどうであるかに関わらず、その子供の父親が誰であるかを決める権利は、その子供の母親にあるということだ。

そして、父親として、指名された男は、見に覚えがあれば、黙ってその指名を受け入れなければいけない、ということだ。


そのような事実がない相手を父親に指名すること。そのような事実があるにも関わらず、無いと言い張ることは、大きな罪に問われる。が、そのことは、帝国の民であれば、絶対的な規範として生得的に身に付いており、この点で虚偽をなす者はいない。


シュアンは思った。 

陛下は、陛下は、なんという方なのだ。


陛下は、皇帝という人としての最高位にあられる方でありながら、一般民であるスオウを、対等の男として、この私に

問うているのだ。

シュアンよ、そなたは、スオウと予のどちらを愛しているのかと。


「即答は、できぬか」

シュアンは、黙って下を向いた。


「ゆっくりと考えてくれ。そして結論が出たら予に教えてほしい。その結論がどちらであったとしても、ミマナには行くがよい。本当であれば、スオウに会ったあとで、その結論を求めるべきなのであろうがな」

シュアンは、オットーをじっと見つめた。

「そなたが、スオウを選んだ場合、別れは告げさせてほしいのでな」


 陛下は、ゆっくり考えてくれ、とおっしゃった。でも今日一日考え抜いて、明日にはご返事しよう。

 シュアンは、そう決めた。

 陛下は一晩考えて、今日おっしゃられたことをお決め下さった。陛下は、この私のことを、あんなにもお気にかけて下さっている。それ以上お待たせするのは、陛下に申し訳ない。


 シュアンは、考え抜いた。 

スオウと、陛下。

今、十一歳のメイリンと、間もなく二歳になるニキタ。

そして、スオウ、メイリンとの便りのやり取り。


 翌朝、シュアンは、オットーにおのれが出した結論を告げた。

シュアンは、スオウに便りを出した。

陛下のお許しを得て、ミマナの、スオウとメイリンが住む村に行くと。

七日後、シュアンは、ミマナに向かう馬車の車中にあった。

シュアンの一行には、警護の者、侍女の数人が付いていた。 

が、皇帝は、彼ら、彼女らに、ミマナでのシュアンの行動には、一切関与せず、何でも自由にさせろ、そして、自由に行動できるように守れと厳命した。


 シュアンは、ミマナに五日間滞在した。

その間、メイリンは、シュアンにまとわりついたが、父と母をふたりにする時間も、との配慮もした。

 夜、シュアンは、四年ぶりに、スオウの胸の中にあった。


 皇宮に戻って、オットーの顔を初めて見たとき、シュアンは、陛下が、自分の帰りを、本当に戻ってくるのか、ずっと心配し続けていたことが分かった。


 シュアンが身籠ることはなかった。


 シュアンと四年ぶりの再会を果たした翌年、スオウは、トマスというまだ、二十五歳の若者が説く言葉を聴いた。その教えはスオウの心に大きく響いた。

 スオウは、メイリンとともに、トマスの最初期の弟子となった。教えは広まった。


 スオウの商いは成功し、スオウは、かつてシュアンから送られた金銭の数十倍の財を得た。スオウは、ミマナにおいて有数の富者となった。

 その頃、スオウは、トマス十大弟子のひとりと称されるようになっていたが、教団の中で最も財を持つものとして、教団の財政を支えた。

 そして、メイリンは、その、周りにいる人を惹き付けてやまない、その魅力により、トマス教の姫君、と称されるようになった。


 







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