13 タリスの会戦
草原の最終決戦が始まった。
突厥と、テグリを盟主とする勢力の境界となる場所タリス。
キブタヌイ汗は、自らの配下にある突厥軍十六万騎の内、最精鋭の四万騎をもって、これに臨んだ。その中には、一年前にあった戦いで初陣した王子オゴタイ。百人の女騎士隊を率いる王女クサンチッペの姿もあった。
テグリを盟主とする連合軍。テグリの首長、スクタイ汗は、勢力下にある三十四万騎の内、十四万騎でこれに対した。
両軍は、ともに横陣で、対峙した。
陣の厚さはほぼ同じ、必然的に、連合軍の横陣は、突厥の三倍以上の広がりを持った。
スクタイ汗は、合図を出し、右陣、左陣を前に出し、突厥の横陣の包囲を図った。突厥の横陣は、動かない。
包囲の円が完成されようとした、その刹那、突厥横陣中央のキプタヌイ汗が駆けた。突厥中央部から、順次それに続き、横陣は、瞬時にして、縦陣、一本の矢になった。先頭を駆けるは、キプタヌイ汗。続くは、突蕨の騎士の中でも、卓越した剣技。馬乗技術を持つ、風の千騎士。
キプタヌイ汗は、スクタイ汗のもとに一気に駆けた。捉えた。剣を交わす。一合。二合。スクタイ汗が、馬から落ちる。
スクタイ汗は、直ちに獲された。
キプタヌイ汗が大音声を発した、
「テグリ連合軍の騎士たちよ。戦いは終わった。我に服せ」
俺に構わず、戦いを続けよ。そう叫ぼうとしたスクタイ汗は、その言葉を出すことができなかった。テグリ連合軍は、今のキプタヌイ汗の一言で既に戦意を失っていた。
キプタヌイの草原統一を綴る、「キプタヌイ戦記」。その戦いの中の最高傑作、タリスの会戦である。
この戦いにおける戦死者、テグリ連合軍、三十五。突厥軍、二。
キプタヌイ汗は、スクタイ汗に告げた。突厥四万騎は、今より直ちに帝国に侵攻する。
汝は、その間、統一された草原を、統治し、留守を守れと。
終わったばかりの会戦の敗将に対する、この依頼に、我が命に替えても守る、とスクタイ汗は、応じた。
突厥、四万騎は、移動を開始した。
キプタヌイ汗は、葦毛の愛馬スダホルク(何歳?)を駆って、丘の上に立った。
腰にタスと呼ばれるようになっていた宝剣を凧き、草原を吹き渡る風にその長き漆黒の髪をたなびかせた。
キプタヌイ汗が語り始めた。
居並ぶ四万の騎士たちは、キプタヌイ汗のことばを何一つ聞き逃すまいと、全身を耳にした。
「草原の騎士諸君。草原は統一された。」
四万の騎士たちの歓声があがった。
キプタヌイ汗が、右手を上げ制した。
歓声が瞬時に止まった。
キプタヌイ汗が再び語り始めた。
「草原の騎士諸君。
我らはこの場から直ちに帝国へ侵攻する。
目指すは永遠の都ホアキンだ。
諸君が戦うべき相手は同じ草原の民族ではない。
諸君が戦うべき相手は栄華を思いのままにする帝国だ。
草原の騎士諸君。
何故、帝国と戦うのかと問いたまえ。
俺が答えよう。
帝国と戦い、勝利することが、我らが得ることの出来る最大の栄光だからだ。
草原の騎士諸君。
俺は時々思うことがある。
俺は何のためにこの世界に生まれてきたのだろう、と言うことだ。
偉大なる神もこの問いにはっきりと答えてはくれない。
聖典には、全ての望みが叶う理想の世界が描かれている。
しかし、我らが生きるこの世界は理想の世界ではない。
偉大な神もこの目に見えるわけではない。
人は生まれ、そして人は必ず死ぬ。
生まれる前のことも、死んだあとのことも我ら人間には分からない。
草原の騎士諸君。
今の我らには我らが生きるこの世界が全てだ。
そして、誕生から死に至るまで。それが我らに与えられた時間の全てだ。
草原の騎士諸君。
もう一度繰り返そう。俺は時々思うことがある。我らの魂の故郷である理想の世界を離れて、俺は何のためにこの世界に生まれてきたのだろうということだ。
結局、俺には分からなかった。
これが絶対に正しい答えだ、というものを俺は見つけることが出来なかった。
しかし草原の騎士諸君。
俺は思う。この世界が俺に与えられた全てならば、この生命が俺に与えられた全てならば、俺はこの世界で、俺の持つこの生命を、俺は最高に輝かせたい。
答えの決して出ることのない問題についてあれやこれやと考え続けているほどこの人生は長くない。
俺は俺が考える最高の方法で俺のこの生命を輝かせたい。
草原の騎士諸君。
人は必ず死ぬ。死んだあと、この世界に残されるのは、ただただ、我らがどのように生きたかというその記憶だけだ。
草原の騎士諸君。
俺と一緒に伝説を創ってみないか。
この世界に生きる人々の間で未来永劫に語り続けられる伝説を創ってみないか。
草原の騎士諸君。
諸君はこの俺とともに伝説を創ってくれるか」
歓声が爆発した。
「キプタヌイハーン」
「キプタヌイハーン」
「キプタヌイハーン」
さっきまで、寂として物音ひとつたてなかった、四万の騎士たちは身体の奥底から突き上げてくる感動に全身を震わせ、声を限りに叫び続けた。
キプタヌイ汗が右手を挙げた。四万騎は叫ぶことをやめた。
再び静寂が草原を支配した。
「草原の騎士諸君。
はるかなる南に永遠の都ホアキンがある。
草原の騎士諸君。
我らの伝説は、今日、この草原で始まった。
そして、我らの伝説は、永遠の都ホアキンで完成されるのだ」
キプタヌイ汗は宝剣タスを抜いた。そして自らの頭上に高々と宝剣を掲げた。草原を風が吹き渡る。
愛馬スダホルクに跨り、宝剣タスを掲げるキプタヌイ汗の長き漆黒の髪が風にたなびく。
この時、キプタヌイ汗の漆黒の髪と宝剣タスが太陽の光を浴びて煌めいた。
キプタヌイ汗の全身が光に包まれた。
四万の騎士はそこに自らが全霊をあげて崇拝するべき、
自らの神を見た。
キプタヌイ汗が宝剣タスを永遠の都ホアキンの方向に突き出した。
「ホアキンへ」
一声発して、キプタヌイ汗は単騎駈けた。その後ろに突蕨軍四万騎が続いた。
帝国への侵攻が開始された。




