リライト3
私に変身した栗栖を追いかけると、シャルルくんの部屋に到着する。
「んふ……可愛いっ……」
舌舐めずりをするいまの私と瓜二つの女の子。幼い顔にそぐわない淫靡な魅力を醸し出している。
――これから姉さんのロリロリエロエロな体で、シャルルくんを堕としにかかるんだから♡
この変態発言をした我が妹は、私の姿でシャルルくんを襲おうとしている。
あの発言は冗談ではなく、本当に実行するみたいだ。
それにしても赤く火照った自分の淫らな顔を見るというのは、とても変な感じだ。自分ではないとわかっていても、不快な気分になる。
「寝顔も可愛い♡ 姉さんが好きになる気持ちもわかるかも」
「わかるかーさすが私の妹ね。でもだからって、寝込みを襲うのはどうかと思うわ!」
「逆にショタが近くにいるのに、寝込みを襲わなかった姉さんに驚いたよ」
「好き……だから、嫌われるようなことはしたくないじゃない? そ、それにそんなことしたら、シャルルくんに抵抗されても最後までやっちゃいそうだから」
"好き"の言葉だけ不自然にボリュームが小さくなっていた。
まだ本当に好きであるという自信がないのか、はたまた恥ずかしいからなのか。
「それらしい理由をつけてるけど、意気地なしなだけじゃん。まあ、お手本を見せてあげるから、あたしがたちが男女の営みをした後にでも試してみるといいよ。すっごく気持ちいいから♡」
「そんなことさせるとでも? 私の王子には指一本、触らせないわ。――リライト! ……え?」
私を透明人間から、元の巨乳ひきこもりJKの姿(最低でも幼い自分の姿)に――。
栗栖を私の皮を被ったロリビッチから、痴女JCの姿に――。
そのようにデータを書き換えようと試みるが、
「フラグをありがとう。はい、今回も対ウィルスアプリmk2を用いることで、姉さんのリライトの発動を無効化してまーす」
「わかってた。前回のときに使ってたんだから、今回も使わない道理はないって。でも、それならウィルスであるあなたにも適応されるはずじゃない……? なのに私を透明人間に、自分自身には私そのままに変身するリライトを使って……設定がガバガバじゃないかしら!?」
「対ウィルスアプリ”mk2”って言ったじゃん。姉さんだけが効果の対象になるようにアップグレードをしたんだよ。データを書き換える能力――リライトがこの世界では全能に近いほどの力を発揮しても、外部からの攻撃には手も足もでないでしょ? あははは〜」
「そういう……こと、なのね……」
なすすべもなくその場に崩れ落ちる。
この世界においては栗栖が上手。
彼女こそがこの世界の全知全能の神――。
「夜這いにきちゃったわ。さっきのお返しよ♡」
シャルルくんに跨がり、お尻を下腹部に押しつける栗栖。
栗栖が私の顔、私の声で、シャルルくんを誘惑している。それが悔しく、何もできない自分に腹が立つ。
「うわあ、あっ……ん、ちょっと……待って」
「待てないわ。いままではシャルルくんがまだ子どもだからって我慢してきたけど、シャルルくんが私を誘うから……我慢できなくなっちゃった♡」
「アリスお姉ちゃん、さっきのこと謝るから、だからっ……ま、って……」
「ばっ……く、栗栖、やめなさい。シャルルくんが嫌がってるじゃない」
シャルルくんを栗栖から引っぺがそうとするも、栗栖のリライトで透明にされた私の手は栗栖とシャルルくんの体をすり抜ける。
さらにこれでもかという大声でシャルルくんに「このビッチは私じゃない」、「私はここよ」と何度も呼びかけるも、私の声に反応を示してくれることはなかった。
「やめなさいやめなさいやめなさい!! 私のいうことがわからないのこのビッチ妹が! シャルルくんもシャルルくんよ! こんな明らかに私じゃない人にデレデレしちゃってさ、だから――もう、バカアホドスケベ!!」
やるせない気持ちが爆発する。
現実ではゲーム一筋な私でも、ゲームの世界で"好き"の気持ちが芽生えた。
誰にも邪魔されず、私とシャルルくんの2人だけの世界で、"好き"の気持ちを大きく、確実なものにしようと思っていた。
でも、妹に邪魔されて、初恋の人を寝取られそうになっている。
私はそのことに耐えられないくらいにシャルルくんのことが――。
「好き」
それを羞恥心の感情がなく口にできた私は、妹の栗栖に手をあげていた。
確実に栗栖の頭に拳骨を食らわせたはずなのに空を切る。
やはり透明人間は、人に触れることができない。
でも、当たっていなくても、妹を殴ろうとしたその事実に心がすごく痛くなった。
どんなに嫌いでも、妹だから。
どんなに嫌がらせをされても、妹だから。
でも、それ以上にシャルルくんのことが好きで――好きな人にちょっかいを出す妹が許せなかった。
「ごめんごめんっ……」
もう誰に謝っているかもわからない私の独り言。
栗栖はそれを耳にしていながらも、シャルルくんを襲うことをやめようとはしない。
「ふふ、シャルルくんのは、どれくらいの大きさかなー。お姉ちゃんが診てあげよう」
「ボクの王妃を名乗る不届き者よ――君は誰なんだ」
「え? や、ヤダなぁ……私が藤宮有栖よ? どうしたの急に」
下半身に触れる直前だった手を一度引く栗栖。シャルルくんの怒りを帯びた口調に動揺を隠せない。
私に変身した栗栖の一挙手一投足は、打ち所もないほどに完璧だった。
だからこそ、このままシャルルくんが寝取られるのではないかと思っていた。
けれど、シャルルくんは気づいた。不審な点は、普段より強引に迫っていることくらいなのに。
栗栖も、私も、原因がわからず首を傾げる。
「私が藤宮有栖であることに間違えはないんだけど……一応、その根拠を聞いてもいいかしら?」
「ボクの王妃を語るのは、やめてくれないかな。ボクにだって、我慢の限界はあるよ」
普段の浮かべる優しい笑顔とは違う表情。
寝込み襲われたことへの憤りなのか。
騙されたことへの苛立ちなのか。
それとも私を想っての――。
「もう潮時かな。あーはいはい、ごめんねごめんねー」
感情のこもっていない謝罪を合図に私と栗栖は元通りの姿に戻る。
もちろん、私は巨乳ひきこもりJK――ではなく、シャルルくんと大差ない背丈の女の子に戻った。
「あ、アリスお姉ちゃんっ! あぁ……よかった、よかったよ! やっぱりあっちの変な人はアリスお姉ちゃんじゃなかったんだ!」
「わあぉ……急にぎゅってされるとビックリするじゃない……。そ、そうよ。姉の好きな人を寝取ろうとしたあのビッチは私の妹よ」
不意打ちでシャルルくんに抱きつかれながらも、いまは嬉しい気持ちを抑える。
これは妹の手前、姉のふやけた顔を見せられないという自尊心からである。
もう遅いというツッコミは野暮だ。だから、やめて欲しい。
「自分の妹に対して言うセリフじゃないよね。自覚はあるけどさ。でも、何で偽者だってわかったの?」
「私も気になる。教えてくれるかしら、シャルルくん」
「ええと、それはね――」
ごくりと唾を飲み込む。