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"好き"の気持ち2

 暗い個室には、グミで手脚を床に固定された私と、高笑いをする栗栖の姿があった。


「あはは、おっもしろい。姉さんがこの世界にのめり込むのはわかってたけど、まさか幼くなった姉さんが小さい男の子を生み出して、その子とイチャイチャしてるなんてさぁ」


「生み出した? シャルルくんを……私が?」


「シャルルくんは、ウィルスである姉さんが作り出したバグなんだよね」


「私がウィルス? 私はここに居てはいけない存在ってことかしら?」


「当たり前じゃん。この世界は大人気乙女ゲーム『ひきこもり姫』の続編――『ひきこもり姫2』の世界なんだもん。だから、世界観もそのまま。ちなみにだけど、『ひきこもり姫2』はまだ未発売の作品だから、姉さんが気づかないのも無理はないよね」


 ウィルスでとはいえ、まさか自分の好きな作品の続編に出られるなんて……!

 嬉しすぎて、鼻血が出そうだわ!


 でも、願わくば、次はウィルスでもなく、体が幼くなった状態でもなく、本来の姿でゲームに登場したい、そう思うひきこもり姫だった。


「あ、なに? その冴えない容姿で、ゲームキャラとして登場するつもり? モブキャラでなら、まあ……ワンチャンくらい? いまのロリ状態なら、他のゲームの方がチャンスありそうかも」


「ばっ……姉の心の中に土足で踏み込んできて……! うっさい。この容姿を馬鹿にするなら、私たちを産んだお母さんにでも言いなさい」


「コンプレックスを弄られたくらいで、すーぐ怒っちゃって。うぷぷ……。だから、彼氏の1人もできないんじゃない?」


「自覚はあるわよ! んっ……ふぅ。で、質問タイムは設けてくれないのかしら?」


 怒りに任せて、口走りそうになった言葉を飲み込んだ。


 栗栖はこの世界に詳しいような口ぶりで説明していた。

 いまはその人間から、情報を聞き出す好機。

 この状況を利用しない手はない。


「自分の立場を理解して、そのお願いの仕方なのかな? まあいいや。気になる点があれば、質問どうぞ」


「ここが『ひきこもり姫2』の世界であるなら、主人公の女の子や攻略対象の男性陣は? その他がサブキャラ――それどころか私とシャルルくん……それに栗栖以外の人間がいないのはどうしてよ」


「姉さんが必要ないものと判断して、削除したからじゃないかなー。もちろん、シャルルくんのお父さん、お母さんがいないのも、ウィルスである姉さんが都合のいいように改竄してるだけ。邪魔がいない方が気兼ねなくイチャイチャできるもんね」


 ウィルスである私が『ひきこもり姫2』に侵入し、ゲーム内にシャルルくんというバグを生み出した。

 どちらも本来存在しないものであり、ウィルスである私は、自分の好きなようにこのゲームを弄り回せる。


「なるほど、私はこの世界――不思議の国の神さまってことね。なら、現実世界に戻る道理はないわ。シャルルくんと一緒に不思議の国で骨を埋める」


「うん、現実世界に帰らなくていいよ。ゲーム内で死んでもらうから。さすがに現実で人を殺すのはいけないことかなーって思って、姉さんをゲームの中に送り込んだわけだし」


「いいえ、私が神であるなら、死の概念すら、なくせばいいわ。違う?」


 私がウィルスであるならば、データを書き換えるくらい――あ、


「あ、ぁ、あ……」


 なんらかの力が働いて、上手く頭が回らなくなる。


「対ウィルスアプリに助力してもらって、姉さんの力の行使を制限してもらってるんだぁ、えへへ」


「馬鹿、ね。ウィルスを削除するアプリをダウンロードすれば、すぐに私を消せたのに」


「日頃の恨みをこの手で晴らしたくて。だから、姉さんを削除するのは、あ・た・し♡」


 ひきこもりになってからは栗栖と一度も会話をしていないし、恨まれることをした覚えもない。

 知らぬうちに妹に恨まれるなど、もう存在そのものが恨まれているのと同義である。


 栗栖は着崩したセーラー服から、不思議の国のイメージにはそぐわない物騒な飛び道具ーーピストルを取り出す。


 そのピストルを両手で構え、私の額に照準を合わせた。


「じゃあね、姉さん。死後は、姉さんにとっての幸せな世界であるといいね」


 死にたくない。

 私はシャルルくんの王妃として頑張ると決めたから。


 死ねない。

 私とシャルルくんしかいない世界なのに、私が死んだらシャルルくんが1人ぼっちになっちゃうから。


 死なない。

 私は、シャルルくんと生きていくことをいまこの場で決心したから。


「助けて、シャルルくんっっっ!!」


 声が枯れたのではないかと心配したくなるほど、大声をあげる。

 こんな大声を出したのは、小学校に通っていた頃以来であると自信を持っていえる。


 だから、だから――。


「お待たせ、アリスお姉ちゃんっ。ボクが来たからにはもう安心だよ」


 私を小さな背に隠し、決め台詞を恥ずかしげもなく言い放つシャルルくん。


 私はシャルルくんが好き。


 別に道端に倒れていた私を助けてくれる優しさに惚れたわけではない。

 私の窮地を救ってくれるかっこよさに惚れたわけでもない。


 ――好きになったから、好き。


 理由は、それだけで十分ではないだろうか。

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