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不思議の国の王妃2

 蹴散らしても、頭部をブチ抜いても、ゾンビは次々と湧き出てくる。

 ホワイトチョコの残量も残り僅か。ホワイトチョコが尽きれば、チョコ銃はただのお菓子に早変わり。私の腹に吸い込まれる以外に使い道はない。


「これじゃあキリがないわ」


 武器もなしに、おびただしい数のゾンビたちをどう相手にするか――。


『あ、リライトで最上階まで転移させてあげれば、よかったんだ。あたしって、て・ん・さ・い、アハ♡』


 栗栖の黄色い声がインカムを通して聞こえる。


「はなっから思いついてて、嫌がらせしてたでしょ!? 道化師が必死にもがく様は見ていて楽しかったんでしょうね!」


『楽しかったけど、それ以上に姉さんが現実でも頑張れかもって可能性を見出すことができたよ』


「それはどういう――」


 発した言葉が途中で遮られたかと思えば、体が粒状に分解され、体が再構築されたときには体ごと最上階へワープしていた。もちろん、ロリ状態のままで体への異常はなし。このワープは一瞬のできごとだった。


「転移してくれるついでに元の姿に戻してくれてもよかったのに。気が利かない妹ね」


『ごっめーん。量子をちょっとだけ取り零しちゃったみたいで、バスト1cm小さくなっちゃったかーも? あたしのリライト、姉さんの劣化版だから仕方ない仕方ない』


「膨らみかけの胸に嫉妬するとか、もうどうしようもないわね!?」


『アリスお姉ちゃんのむ……む、ねなら、大きいのも、小さいのも好きだよ』


「きゃん、ありがとーシャルルくん」


 シャルルくんだいしゅき、と思ったひきこもり姫は、寛大な心で妹の愚行を許しましたとさ。


 クリームの壁に囲まれた小さい部屋。

 とくに凝った装飾はされておらず、中央に配置されているパソコンを除けば、殺風景な部屋だった。


「ここに暮らし始めてから3週間くらい経ったけど、こんな部屋があったのね。気づかなかったわ」


『この部屋は『ひきこもり姫2』を制御するためにあるから、見つけられなくて当然。でも、ゾンビに侵入されちゃうレベルのガバ具合にショックだよぉ……』


「侵入されてなければ、インストールしてはい終了だったと思うんだけど? まあ、いいわ。あのパソコンに修正パッチをインストールすればいいのよね?」


『もちもちろんろん。やっちゃえ、姉さん!』


『やっちゃえ、アリスお姉ちゃんっ!』


 私は、ゾンビであふれた不思議の国を終わらせるために3体のゾンビと相対する。

 甲冑を纏った金髪碧眼の青年。ツインテールにメイド服を着こなした女装男子。鋭い目つきで睨みつけてくる10歳くらいの男の子。『ひきこもり姫』に登場する攻略対象の3人がこのクソゲーのラスボスらしい。


 3人と愛し愛されあった記憶(データ)が思い出される。

 金髪碧眼の青年――北条院シリル(シリ)に情熱的に迫られた日々。可愛すぎる女装男子――新妻ほたる(ほたるちゃん)に養われた不自由ない生活。不愛想なショタ――菊池照(照くん)に罵倒され続けた毎日。どれも私が唯一無二の青春を犠牲にしてきた大切な記憶(データ)


「――でも、シャルルくんとの未来を邪魔するって言うなら、誰が相手でも許さない」


『そうだよ。例えその3人がシャルルくんのモデルだとしても、ちゃんと倒して、脱ひきこもりをしてくれなくちゃ。シャルルくんと決別して、現実に向き合ってもらわなくちゃ』


「それが本来の目的なのね、栗栖。はぁ……私に助力を仰ぐなんて、おかしいと思ったのよ」


『まあ、概ねは。両親の期待を一身にに背負うのは、なかなかの重圧だからさ、姉さんに肩代わりしてもらうために脱ひきこもりをしてもらおうかなって。このゲームにもさ、そろそろ飽きてきたでしょ? 新しいゲームも買ってあげるから、脱ひきこもり頑張ろ?』


 私がひきこもりの原因となった彼らを倒したら、ひきこもりを脱却できるのではないか。

 彼らを倒したら、シリの金髪碧眼、ほたるちゃんの可愛さ、照くんのショタ――3要素を複合して私がリライトしたシャルルくんと決別できるのではないか。


「なるほど、そういうこと。私のことを理解している良い作戦ね。恐れ入ったわ」


『伊達に姉さんの妹やってないからねー。一応、シャルルくんの意見も聞いとく?』


『アリスお姉ちゃんが現実の世界に帰りたいなら、ボクは止められない。でも、アリスお姉ちゃんと過ごした3週間は、一生の思い出だから』


 インカムを通して、好きな人のいまにも泣き出しそうな声が聞こえた。

 シャルルくんが、勇気を出して口にしてくれたことが声色から伝わってくる。


『ありがとね、シャルルくん。愛しの王子も背中を押してくれたけど、どうする?』


 現実にいた頃の私なら、脱ひきこもりをしないにしても栗栖の言う通りにしていたと思う。所詮、私の好きは、記憶(データ)の中にしかない偽りのものだから。飽きたら、やめればいい、また別のキャラに乗り換えればいいと思ったはずだから。まるでどんな男にも股を開くビッチみたいだ。

 でも、不思議の国にきて、”好き”を知った。本物の好きは、好きになった人以外なにも見えなくなるもの。依存し、尽くし、身を捧げたいとまで追い込ませる呪いだ。

 だから、シャルルくんがいてくれればそれでいい――。


「思い出なんていらない。――リライト」


 私が一言呟くだけで、3体のゾンビは粒子となって消えた。

 リライト――それはこの世界において、神にも等しい力。例え、それがゲームの登場人物であろうとなかろうと神の前では意味をなさない。世界を書き換える神のお告げ。


『現実と向き合う覚悟ができたってことでいいのかな?』


「ばーか。私は不思議の国の王妃よ。それなのに現実と向き合うって……ぷぷ、ばーかばーか。シャルルくんのいない現実なんて、クソくらえ」


『ふむ……』


「重圧が嫌なら、逃げればいいじゃない。私はそうする。人生を捨てて、不思議に国にひきこもってでも逃げる。シャルルくんを好きでいられる不思議の国が私の居場所だと思えるから」


 パソコンに修正パッチをインストールする。

 すると――不思議の国で発生していた不具合が修正されていくのと同時に、私の体も小さくなる前の体格に再構築され、赤いハートが散りばめられた黒いドレスを着飾った。


 インカムに向かって宣誓するのは、独り言のようで恥ずかしいけど、しょうがない。

 妹には、新たな人生の門出を祝福をして欲しいから――。


「現実でひきこもり姫だった私だけど、不思議の国では王妃としてシャルルくんのサポートをしていくから。シャルルくん、これからもよろしく!」


『うん、ボクもアリスお姉ちゃんとずっといる。不思議の国が2人でいられる幸せの場所であるように王子の務めを全うするよ』


 シャルルくんは、明るく弾んだ声で返事をしてくれた。

 これがシャルルくんの本心。”好き”同士がお互いの未来のために頑張ろうとする想い。それはお互いが”好き”でい続けるかぎり絶対に解けない恋の呪い。


 私はシャルルくんに対する呪い(”好き”)をこれからも一生背負っていくことだろう。

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