不思議の国の王妃
ウェディングケーキでできた城――その玄関で私は佇む。
『姉さん、着いた? 愛の巣はどうなってるの?』
インカムから、耳にキーンと響く声が届く。
私の妹――栗栖のナビゲートは、いちごタルトのような甘さの声で煽りながらやってくれている。しかし、それを不快に感じることはなく、脳にすうっと溶け込んでいく。
やはり耳に馴染んでいるか、いないかはかなり重要であると思う。これが初耳であれば、インカムを投げ捨て、粉々に踏み躙っていたことだろう。
「ええ、到着よ。にしても、このゾンビの数はなかなかね」
上の階から見下ろしてくる無数の眼光を全身に感じ、闘志に火がつく。
無力な私を見下すようなあの死んだ目。それを向けられたくなくて、ひきこもった。なのに、なのに、不思議の国に飛ばされてからも、それを向けられなくちゃいけないなんて……。ゾンビのくせに生意気。
『姉さんなら、このクエストを余裕で達成できるでしょ? あ、もう一度、クエストの概要を説明した方がいい?』
「覚えてるわよ。姉を馬鹿扱いするのをやめなさい、阿呆妹」
クエストクリアの条件は、私たちが暮らしていた城の最上階から、『ひきこもり姫2』に修正パッチをインストールすること。
城の最上階は、『ひきこもり2』のあらゆるデータが詰まっている。そのため、そこでインストールすることが不思議の国を元通りにする最速ルートらしい。
『とりま最上階までは、ガンバ姉さん♡』
『頑張って、アリスお姉ちゃん!』
栗栖と、その隣で待機するシャルルくんの後押しに螺旋階段に足を踏み入れる。
城内は、いたるところにゾンビが潜んでいる。最上階にたどり着くには、そのゾンビたちの制止をかいくぐりながら螺旋階段を上っていく必要がある。
うん、余裕――ここでは、私は神に等しいのだから。
「ふぅ……」
息を吸って吐いて、心身を落ち着かせたところで、栗栖が用意してくれたチョコ銃を手に取る。
チョコ銃とは、栗栖がリライトで造型したピストル型のチョコだ。弾はホワイトチョコが代わりを担い、引き金を引くと銃口からホワイトチョコを勢い良く発射できる。構造は、水鉄砲に近いらしい。
なんだかな。姉妹共闘プレイでゲームクリアって、一気に難易度がイージーまで下がった気がして、やる気も激減中だけど――。
「私とシャルルくんの愛の巣に無断で立ち入った落とし前をつけてもらうから!」
狙いを定めるなんて邪道。チョコ銃を乱射しながら、階段を二段飛ばしでゾンビの群れに突っ込んでいく。
ゾンビは一挙手一投足がとろく、ホワイトチョコか面白いように当たってくれる。
「そこ! 当ててと言わんばかりに湧き出て!」
銃口から放たれたホワイトチョコは、ゾンビたちをまとめて吹き飛ばす。それがドミノ倒しのように面白く倒れていった。
「ッ――」
『油断したんだね……』
目の前のゾンビばかりに気を取られ、真下で寝転がるゾンビへの注意が疎かになっていた。
「しぶといわね」
『まあ、ゾンビだからね。ゾンビのゴキブリ以上の生命力を舐めてかかった姉さんが悪いよ』
「悪るうござんし――たっとッ!」
足元に這われた手を避け、ゾンビの頭を越えて跳躍する。
ゾンビにその着地の隙を狙われるが、ゾンビの頭に落下し、そのまま踏み台にしながら上の階へと跳ね飛ぶ。
『ひゅー。でも、リライトありき』
その軽快な動きを見た栗栖は舌を回したが、やはりリライトの使用に気づいたのか。
「いちいち死角をついてきて、うざったいわ」
またも足元から、私の目に向けられたゾンビの人差し指――それをホワイトチョコの水圧がゾンビの腕ごと撃ち抜く。
間一髪。ゾンビの動きがとろいとはいえ、不意打ちをかまされると多分死ぬ。そのことをを意識していなければ、惨たらしい死体と化していたことだろう。
『ねぇねぇ、姉さん! 上見て、上見て。すっごく面白いことになってるよ!』
「うるさいナビゲーターね……今度はなに――ァ……ァァァアアアアなにいいいィィィ!!」
階段の手すりを跨ぎ、落下してくるゾンビの雨。天井の色が認識できなくなるほどにゾンビで埋め尽くされていた。
それを見た私は開いた口が塞がらなくなってしまう。これはもちろん比喩。私はそんなはしたない女ではない。
「栗栖の阿保。はやく言いなさいよね!」
『しょうがないじゃん。だって、いま気づいたんだもん』
「言い訳は不要いらない。ハッ――リライト」
連射では落とせないと瞬時に判断し、群れの中心めがけてホワイトチョコを最大出力で発射!
ゾンビの群れに当たる寸前に、リライトを発動。ホワイトチョコを自分を守る盾の如く、広範囲に伸ばし固める。
それが雨を弾く傘のようにゾンビを跳ね除けた。
そして、床に叩きつけられるゾンビたち。ところどころにホワイトチョコが色付けられ、私はつい卑猥な妄想をしてしまう。
人に白い液体をぶっかけるって――えっちぃ感じがするわね。




